何もしない院長 パート27 ― ある日突然、全職員に届いた“1通の封書”
改革を叫ぶ者は目立つ。けれど、何も叫ばずに居続ける者が、組織を保っているのかもしれません。
秋の気配が漂い始めたある朝、南方病院の全職員宛に、1通の封書が配られた。
宛名面には、それぞれの氏名と部署。
そして差出人は――
「南方市民病院 院長 野上太郎」
これまで、ほとんど“職員全体”に対して発言らしい発言をしたことのない野上からの、異例の便りである。
ざわめく看護師詰所。
ソワソワする事務棟。
カンファ前の研修医室でも、誰も開けようとせず、互いの表情をうかがっていた。
■ 中身は、たった一枚の手紙だった
各位
いつも南方市民病院の仕事を支えてくれてありがとう。
JQサーベイも終わり、少しだけホッとしてる人もおるやろ。
ワシもそうです。
この病院、ようやってると思います。
せやけど、これから先もっと大変になるのも、みんなわかってると思います。
人が減ってく、患者も変わってく、働き方も変えなあかん。
でも、ワシは“どんな時代でも信頼される病院”は残せると信じてます。
せやから、
「信じて任せる」
ワシのやり方は、ただそれだけです。
何かあったら、また考えましょう。
ワシらはチームやし、誰かが前に出たら、誰かが支えればええ。
「病院」いうのは、そういう場所やと信じてます。
院長 野上太郎
令和〇年〇月〇日
■ 静かな反応
手紙を読み終えた看護部長・吉永は、デスクの上でそっと眼鏡を外して黙った。
事務局長・中西は「らしいな」と笑いながら、
副院長・熊田と河添診療部長はそれぞれ黙読のまま、何も言わなかった。
研修医・佐々木はポケットに手紙をしまい、
そのまま外来に向かう途中、1階ロビーのベンチで、
白衣姿の院長が猫背で缶コーヒーを飲んでいるのを見かけた。
思わず、深々と頭を下げた。
野上は、ニヤリともせず、
ただ缶を振って一言だけつぶやいた。
「……ほな、今日もよろしくな」
■ 事務長・中西のひとこと
その日の夕方。
事務局長・中西は、業務日報にこう記した。
「本日、院長より“何もしない”のではなく、
“何かを、信じて任せる”という明確な意志表示あり。
……多くは語らなかったが、確かに“伝える”という行動を取った。
やはりこの人は、“静かなトップ”として、
一つずつ、何かを残していくのかもしれない。」
この物語に登場する人物・団体はすべて架空です。




