何もしない院長 パート23 ― ”たった5文字 ”最後の日の思い出―
これはフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。が、“何もしない”という選択が、誰かを守ることもある。そんな不器用なやさしさを、あなたにもきづいてほしい。
ある金曜の夕方。
野上院長の机の上に、一通の封筒が置かれていた。
差出人は、事務局長・中西陽一。
病院の経営、人事、渉外、そして“野上の何もしなさ”を誰より支え続けてきた男である。
封筒の中には、辞表と、短い文面。
「院長へ
家庭の事情もあり、今月いっぱいで退職したく思います。
多くのことを任せていただき、感謝しております。
南方病院を、どうかこれからも――」
中西 陽一
翌日、朝の院長室。
野上は静かに、書類を手に中西を呼んだ。
「……ほんまに辞めるんか?」
「はい。まあ、潮時かと」
「うちは、あんたがおらんかったら回らんで」
「いえ、逆です。
“あんた”がいたから、みんな自主的に動けるようになったんです。
野上さんが“何もしない”ように見せて、
実は“誰も邪魔しない”ってことを、全員が理解した」
野上は目を閉じ、しばらく黙っていた。
そして、たった5文字だけ、口にした。
「……まぁ、ええか」
中西は思わず笑ってしまった。
「……やっぱ、それかぁ」
■ 病院内のざわめき
「事務局長が辞めるらしい」
「後任はどうなるの?」
「ていうか、院長、どうするつもり?」
だが、野上は何も言わない。
それでも不思議なことに、誰も騒がなかった。
最終出勤日の朝
中西は、私物を段ボールに詰めながら、院長室に最後の挨拶に来た。
「長いこと、お世話になりました」
野上は座ったまま、窓の外を見ながらつぶやく。
「中西がやってきたことは、みんな見てる。それで充分や。……まぁ、ええか」
その言葉に、どこか救われたような顔をして、
中西は静かに頭を下げた。
玄関を出ると、エントランスには――
病院スタッフ全員が、無言で並んでいた。
拍手も、花束もない。
だが、それぞれが、ほんの少しだけ深く頭を下げた。
そのとき、看護部長がぼそりとつぶやいた。
「……あの人の“まぁ、ええか”は、
本当に“ええ”と思ってるときだけなんです。たぶん」
安心してください(笑) ”思い出”ですから。時間系列としては、ずっと後の逸話となります。まだまだ、中西と野上の二人三脚は続きます。お楽しみに!!




