何もしない院長 パート20 ― 隣の芝生が青く見えた日 ―
何もしない上司が嫌いな人へ。でも、何かしたがる上司はもっと面倒です。
ある春の日。
地域の主要病院が一堂に会する「中部地域医療連携推進会議」が開かれた。
場所は中立の研修施設。
参加者は、各病院の院長や副院長、事務長クラス。
南方病院からは野上院長と事務局長・中西が出席。
司会は、隣市にある「西野医療センター」の院長・上原。
少しピリついた雰囲気の中、
あいさつ回りを終えた野上は、
いつものようにぽつんと座り、持参した羊羹をほおばっていた。
中西:「院長、少しは話に入ってくださいよ……」
野上:「いやー、“何か言うたら責任が発生する”からなあ」
と、そんな時だった。
■ 休憩時間に起きた“事件”
野上がトイレに立つと、
西野医療センターの院長・上原がスッと近づいてきた。
上原:「あの……野上先生、少しだけよろしいですか?」
トイレ帰り、備品棚の陰でなぜか立ち話。
上原:「実はですね……うちの副院長が今期で退任予定でして。
野上先生、もしご関心があれば……いや、こういう言い方もアレなんですが……」
野上:「はあ……?」
上原:「正直、南方さんの最近の動き、気になってましてね。
JQは満点、大学派遣もうまくいって、若手も定着してると聞きます。
何が違うんですか? 院長、何してるんです?」
野上は困ったように言った。
野上:「いや、なんもしてへんのやけど……
なんも邪魔せんように、だけは、しとるかもなあ」
上原はしばし絶句した。
■ その日の夕方、南方病院・事務局
中西事務局長が院長室に飛び込む。
中西:「院長、今日……スカウトされてましたよね?」
野上:「されたんか? あれ」
中西:「されてましたよ! しかも“副院長でどうか”って」
野上:「あんな大病院.......それ、いまより絶対に“責任ふえる”ポジションやろ。絶対ムリやわ」
中西は苦笑い。
中西:「……ただ、他院の院長にそこまで言わせるって、
院長が“何もしないこと”の価値を、ほんとに証明してるってことですよね」
■地域医療連携の会議議事録
後日、会議の議事録が届いた。
そこに挟まっていた、手書きの小さなメモ。
「南方病院・野上院長の姿勢は、
“現場に任せる信頼”の体現だった。
我々が最も学ぶべきは“無為のリーダーシップ”かもしれない」——上原
その文を読んだ中西は、
野上の机の引き出しにこっそり貼り紙をした。
「そのうち“総理大臣”にもスカウトされるんじゃ……」
野上はそれを見て、
羊羹をかじりながら、つぶやいた。
「いやー……それは責任重すぎやなあ」
これはフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません




