何もしない院長 パート18 ― 訓練?! ―
もし“ウチの病院もこうだったら…”と思ったあなた、それはすでに感染しています。ご注意ください。
その日、南方病院では年に一度の災害訓練が予定されていた。
テーマは「震度6強の直下型地震発生時の対応」。
全職員参加の大掛かりな訓練で、地域の消防、DMAT、行政も巻き込んだ一大イベントだった。
事務局長・中西は、3か月も前から台本とタイムラインをつくり、各部署に訓練用シナリオを配布していた。
そして、訓練開始の10分前。
午前10時13分。
本当に地震が起きた。
しかも、震源は県西部、震度6弱。
建物に目立った被害はなかったが、機材が倒れ、院内放送は一時ストップ。
訓練どころではなくなった。
■ 「……これ、本番じゃないか?」
最初に異変に気づいたのは、放射線技師だった。
「あれ? この揺れ、訓練の演出じゃないですよね!?」
訓練用の「震度体験装置」よりも遥かに大きな揺れ。
「これは訓練ではない、本物の地震です!」
——というアナウンスが流れたのは、揺れのあと2分後。
だが、その前から病院はすでに動き出していた。
■ 野上の最初の行動
揺れの直後、
ほとんどの職員が慌てて行動に移るなか、
野上院長は、非常階段を使って、正面玄関へ向かっていた。
誰にも指示を出さず、無線も持たず。
副院長・熊田が気づいたとき、
野上はすでに玄関前の広場に立っていた。
その場で、最初に避難してきた外来患者の手を取って座らせ、
誰よりも早く、安否確認リストの紙を手渡していた。
熊田:「院長、何してるんですか! ここ危険ですよ!」
野上:「せやけど、病院の“顔”はここやろ。
皆が安心する場所に、誰かおらんと」
熊田は絶句した。
■ そこからの連携
その後の展開は、驚くほどスムーズだった。
看護部長・吉永が病棟とERの患者動線を即時整理
診療部長・河添が医師の配置をマップで再配分
中西事務局長が「訓練計画」を即座に「現実対応マニュアル」に切り替え
そして、職員たちの間に流れたひとこと:
「……なんか、落ち着いてるよね。野上院長、もう現場出てたってよ」
■ 夕方の対策会議
災害本部が機能して半日。被害報告も収束しつつあるころ、
院内の全職種が集まった緊急会議が開かれた。
野上は、そこでようやく口を開いた。
「今日はほんま、よぅ動いてくれてありがとう。
……訓練やったらもっとミスが出たかもしれんけど、
現実やったから、みんな本気出たんやろな」
一同、笑いが漏れる。
そして彼は最後にこう締めた。
「ほんで来年の訓練は……“訓練っぽくない訓練”にしよか。
現実って、台本通りには動かへんからな」
■ 災害対応記録ノートに書かれたひとこと
その夜、記録をまとめていた中西事務局長が、
災害対応記録の最初のページに、見慣れた字を見つけた。
「揺れたとき、一番静かに動ける人が、“指揮者”になる」—— 野上
これはフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません




