何もしない院長 パート17 ― 静けさの理由 ―
この物語の登場人物は架空です。ただし、思い当たる方がいらっしゃるなら、それはあなたの病院にも奇跡が起きている証拠です。
病院機能評価(JQ)サーベイ前夜。
南方病院は、いつになく緊張感に包まれていた。
看護部、事務局、臨床検査部門、放射線、リハビリ、給食、ME……
職員たちは最終チェックに追われ、職場のあちこちにホワイトボードと付箋が飛び交っていた。
副院長・熊田は目を血走らせ、外来の導線図を再確認中。
診療部長・河添は若手医師に「リスク管理項目の逆質問対策」を徹底指導中。
看護部長・澤田は各病棟を走り回り、スタッフの表情をチェックしていた。
ところが――
「……なあ、院長室、やけに静かじゃない?」
そうつぶやいたのは、総務課の若手職員だった。
■ 院長室前、20:40
事務局長・中西がそっとノックしたが、返事はない。
中をのぞくと――
野上院長は、いつもの椅子に腰をかけたまま、目を閉じていた。
机の上には何も置かれていない。
テレビもパソコンも、電気スタンドもついていない。
まるで“電源を落とした宇宙船の艦長室”のようだった。
中西:「院長、もしかして……寝てます?」
野上は目を開けた。
「ああ。……なんや、まだ準備しとんのか?」
「“まだ”って、明日が本番ですよ!」
野上:「せやけど、あんたらもう十分やっとる。
最後の夜は、病院に“静けさ”戻したほうがええねん」
■ その夜の逸話
夜勤の看護師がそっと言った。
「サーベイの前の夜って、こんなに静かだったっけ?」
臨床工学技士がつぶやいた。
「……いや、なんか、空気が澄んでる気がする」
夜の当直医はこう言った。
「ふだんは慌ただしくて気づかんかったけど、
この病院って、案外……あったかいよな」
■ そして、サーベイ当日
JQのサーベイヤーは、午前の病棟ラウンドを終えたあと、ぽつりと言った。
「静かですね。
整いすぎて不自然、ではなく、“自然な秩序”がある。
これはなかなか、簡単にはできませんよ」
評価ミーティングのあと、熊田がぼそっと言った。
熊田:「院長、昨日の夜……何か、したんですか?」
野上:「いや、なんも。……ただ、“静けさ”を置いといただけや」
職員たちは、その意味を、
その日の帰り道になって、やっと理解しはじめた。
■ 院長室のドアに貼られていたメモ
その日、院長室のドアに、こんな付箋が貼られていた。
「“静けさ”は、“信頼”の音やで」—— のがみ
これはフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません




