表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何にもしない病院長  作者: しゅんたろう
2/52

何もしない病院長ふたたび



「すみません、明日の厚生部長との会議……日程、間違えてました」

「え!?またですか!」

「……しかも、服、裏返しですよ、院長……」


南方総合病院の院長・野上は、確かに「何もしない」。

それどころか、最近は「よく何かを忘れる」ようになっていた。


・医師採用面談をすっぽかし、職員駐車場で昼寝していた。

・医療安全委員会で議題を取り違え、院内Wi-Fiの電波強化の話を始めてしまった。

・広報誌の院長挨拶欄に、1年前の原稿を再投稿。


「この人、本当に大丈夫か?」と皆が思いながらも、

野上は、どこまでも腰が低く、「すまん、すまん」と笑って謝る。


しかし、その日は違った。


近隣の急性期病院で電子カルテシステムがダウンし、

地域の救急搬送の大半が南方病院に集中することになった。


ベッドは埋まり、スタッフは疲弊。

ICUは満床、OPE室は調整がつかず、救急医は目を赤くしてモニター前に立ち尽くす。


事務局は緊急の災害モードで動き出す。

当然、トップの決断が問われる状況——なのに、野上院長の姿が見えない。


「……また釣りですか?」

皆がため息をついた、その時。


ピンポン、と院内一斉メールが届いた。


《全診療科にて応援対応を》


差出人は、野上。


開封すると、たった三行の文章。


「救急外来が逼迫中です。

診療科の壁を越えて、柔軟な支援をお願いします。

私は診療調整の妨げになりそうなので、病院には戻りません。」


一瞬、職員たちは顔を見合わせた。


だが——動いた。


整形外科の医師が救急に降り、内科医がトリアージに協力。

地域医療連携室が自発的に転院先リストを最新化。

看護部が人員を横断的に再配置。

ベテラン医師がICUの調整役に回った。


「なんで皆こんなに動くのか?」と新人が問うと、主任看護師がつぶやいた。


「“院長が下手に出て、口を出さない”って、現場にとっては一番ありがたいのよ。

主導権、ちゃんと渡されてるってことだから」


 


その日の夜。状況が落ち着いたころ、

控室の白板には誰かが書いた一文が残されていた。


“指揮官が黙ると、現場が自分で考える。現場が考えると、医療が回る。”


 


後日——


外部監査チームがこの対応を「奇跡的な一致団結」と絶賛。

「誰が指揮をとったのか」と問われ、スタッフはこう答えた。


「ええと……一番“何もしなかった人”です」


 

そして、野上院長の机には今も貼られている。


「今日も“なにも邪魔しない”——それだけは忘れずに。」


ただし、その横にはもう一枚の付箋がある。


「でも、災害時には“Wi-Fiの話”はしないこと」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ