何もしない院長パート114回復期病棟の“鉄の女”
回復期病棟。
昼下がりのリハ室では、患者さんが歩行器を押しながらリハビリをしている。
飯窪科長は、スタッフと一緒に記録を確認しながら動き回っていた。
「先生、見ました? 昨日の新聞の地域版!」
若手理学療法士の佐藤がニヤニヤしながら差し出したのはスマホ。
そこには見出しが——
『南方のサッチャー誕生!?』
飯窪は手を止め、目を丸くする。
「ちょ、ちょっと! 誰がこんなこと言ったの!?」
「院長ですよ、院長!」
「また野上先生かぁ……!」
周囲のスタッフも笑いをこらえきれない。
「いやでも、あの会議でのスピーチ、ほんとすごかったです」
「ベテランの先生たちも黙らせるなんて、先生しかできませんよ」
「まさに鉄の女!」
患者さんまで混ざってくる。
「先生、テレビの人みたいやったよ〜」
「わしらのリハビリももっと熱くしてや〜」
顔を赤らめながら、飯窪先生は手を振った。
「もうやめてくださいよ、恥ずかしいから! 私はただ言うべきことを言っただけです!」
——しかし内心では、胸の奥にじんと熱いものが広がっていた。
この回復期病棟で、スタッフも患者も一緒に支え合っている。
その姿が、ちゃんと地域にも届いているのだと思うと。
最後にぼそっと若手スタッフが言った。
「でも……“鉄の女”ってより、科長は“鉄瓶”じゃないですか? 外は固くても、中はあったかいお茶が出る」
一瞬の沈黙ののち、病棟に笑い声がはじけた。
飯窪は頭をかきながら、苦笑した。
「……誰がうまいこと言えって言ったのよ!」