何もしない院長パート100「マッチング面接・野上採点満点事件」
■ 面接の日
普段は「副院長に任せとき」と丸投げする野上が、この日ばかりは自ら面接会場へ。
「将来仲間になるかもしれん人らやろ。顔くらい見ときたいわ」
珍しくやる気である。
■ 候補者その1:太田勇気さん
城北大学出身、3浪を経て入学。総合診療科志望。
野上が聞いたのは定番の質問。
「失敗や苦労をどう乗り越えた?」
太田はまっすぐに答える。
「部活のテニスで、団体戦レギュラー落ちした時です。そこから仲間を支える側に回りました」
――浪人の話は出てこない。
後で荒又が耳打ちする。
「3浪って一番の苦労じゃないんですか?」
野上は笑って答えた。
「本人が言わんかったら、それも彼の物語やろ。……ええんちゃう」
■ 候補者その2:細川小百合さん
南方大学出身。地域枠で現役合格。ラクロス部キャプテン。産婦人科志望。
野上が地域枠の話に触れると――
「授業料免除にお小遣い付きか? 親孝行やなあ」
と爆弾発言。会場爆笑。
吉永看護部長が小声で「院長、それは“言っちゃいけないやつ”」と突っ込む。
細川さんは動じず、「親も助かっています」と笑顔で返す。度胸満点。
■ 面接官たちの評価
荒又医師:医学的資質と将来性を冷静に分析。
吉永看護部長:チームワークと人間性を重視。
中西事務局長:地域医療への貢献意欲に注目。
そして――野上の採点表を見ると、全員満点。
「……院長、これでは選抜になりません」
「いやあ、みんなええ子やん。落とす理由が見当たらん」
結局、5名の定員に5名ぴったりエントリー。結果は全員合格。
■ 野上の“面接哲学”
記録用紙の余白に、彼はこう書いていた。
「完璧な医者はいらん。苦労して、笑って、仲間になれる医者が欲しい」
■ あとがき:マッチング制度のリアル
現在の研修医マッチング制度は、病院と学生の“相思相愛”システム。
定員に満たなければ追加募集、人気病院では数倍の倍率も。
しかし地方の基幹病院では、定員とエントリーがぴったり、というケースも珍しくない。
南方総合病院もそのひとつ。
だからこそ、野上の「全員満点」も、案外理にかなっていた。
■補足 マッチング制度のリアル
◆マッチングとは?
医師臨床研修マッチングは、医学生が希望する研修病院に応募し、病院側の希望と突き合わせて「相思相愛」を探すシステム。いわば「医療版の就活婚活アルゴリズム」である。
◆都会と地方の格差
首都圏・大都市圏の人気病院では、定員数倍の応募が集まり、熾烈な競争となる。一方、地方の基幹病院では「定員ぴったり」や「欠員が出る」ケースも少なくない。
◆南方総合病院の場合
南方総合の定員は5名。今年の応募はきっちり5名。倍率ゼロ、全員合格という結果になった。
「落とす理由が見当たらん。……ええんちゃう?」と全員満点をつけた野上院長の一言は、制度の現実と地方医療の懐の深さを象徴していた。
◆制度の課題
働き方改革で研修環境が重視される一方、「地域医療を支える人材確保」という大命題は依然として難題。マッチングの数字の裏には、都市と地方の医療格差が如実に映し出されている。
これはフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。