何もしない院長パート96「森川看護師長の憂鬱」
■ 転棟した患者
森川看護師長が抱えていたのは、70代後半の男性患者。
誤嚥性肺炎は改善し、バイタルも安定。
TransMedicaの判定では「看護必要度は低下、包括ケア病棟へ転棟適応」となった。
しかし、実際の病棟スタッフは皆、首をひねっていた。
「夜間せん妄が強く、ベッドから頻繁に立ち上がろうとする」
「転倒リスクが高すぎる」
けれど数字上は“軽症”。転棟は避けられなかった。
■ ヒヤリとした夜
転棟して2日目の深夜。
ナースコールの音に駆けつけると、患者が廊下に出てフラフラと歩いていた。
あと数歩で階段に向かうところだったのだ。
「危なかった……」
スタッフは胸を撫で下ろし、すぐにセンサーを追加。
幸い事故には至らなかったが、森川の胸に重いものが残った。
■ 検討会での発言
週例の病床運営検討会。森川は珍しく語気を強めた。
「TransMedicaが“必要度低下”と出しても、実際には夜間せん妄のリスクが残っています。
数字が示す“軽症”と、私たちが感じる“危険”は違うんです」
好岡リハ科長が補足する。
「回復期に乗せる前に、リスクマネジメントの視点をもっと入れるべきですね」
事務局長中西も頭をかいた。
「収入のことばかり優先して、ヒヤリ・ハットが増えたら本末転倒やな……」
■ 野上院長のひと言
沈黙の後、野上院長が羊羹をかじりながら言った。
「……数字で見たら軽い。でも、人で見たら重い。
そのギャップを埋めるんが、あんたら看護や。
……ええんちゃう、看護必要度に“もう一つの物差し”を足してみたら」
森川は少しだけ肩の力を抜き、
「……院長、軽く言ってますけど、実は一番重い宿題ですよ」と笑った。
会議室に小さな笑いが戻った。
■ 会議録の末尾
《本日の野上語録》
「数字で軽い、でも人で重い。その差を埋めるんは看護や」