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キラキラ、揺れる

作者: 灯月 寧

海のにおいがかすかに混じる風が吹いていた。

ここは海沿いの小さな町、8月のまんなか。


想太と悠花は、幼なじみとも言えず、恋人でもない、ただのクラスメイト。

だけどこの夏、ふたりの間に少しだけ揺れが生まれた。


きっかけは、プールだった。



夏休みの登校日の帰り。

校舎の裏側にあるプールに寄り道したのは、悠花の提案だった。


「誰もいないね。登校日だからかなぁ?」


悠花を先頭に、プールサイドを歩く2人。


「勝手に入ったりして、怒られても知らないからな」


「何言ってんの。その時は同罪でしょ?」


悠花は日差しを手で遮りながらそう言いながら更に続ける。


「ね、水、冷たそう。ちょっとだけ足つけてかない?」


ニヤっとイタズラな表情をして見せた悠花は、

靴下を脱ぎ、プールサイドに腰を下ろした。

そして、ゆっくり水に足を入れた。水面にふんわりと波紋が広がる。


「う〜ん、ひんやり〜」


「おい、落ちるぞ」


「平気。ねえ、想太も入りなよ」


想太は「正気か」と言わんばかりの気持ちが表情に出ていたが、

観念して靴を脱ぎ、足を水に浸けた。


ぷかぷかと揺れる水。二人分の足音が混じり合う。


「夏って、こういうのがいいよね」


「こういうの?」


「意味とか、目的とかないまま、なんとなく一緒にいられる時間」


そう言って、悠花は水面に手を伸ばした。

水が揺れ、その指先からキラキラとした波紋が広がる。


「……なんか、悠花、変わったな」


「変わりたいって、思ってるだけかも。でも――」


悠花はちらりと想太の横顔を見た。


「想太の前だと、ちゃんとした自分でいたいって思う」


「……それ、ちゃんとしなくてもいいんじゃないの」


言いながら、想太は水を手ですくって、そっと悠花の肩にかけた。


「あ、冷たっ!」


「言っただろ。落ちるぞ」


悠花が笑う。水しぶきがきらめいて、想太の胸の奥がじんとした。



その週末、町の花火大会。


浴衣姿の悠花は、夕方の海風の中で少し大人びて見えた。


「今日さ、花火終わったら言おうと思ってたんだけど」


「うん」


「うち、今月引っ越すんだ。県外に」


想太は一瞬、何も言えなくなった。

海の音と、花火大会の雑踏。

それらが一気に遠のく気がした。


「……なんで言わなかったんだよ」


「言ったら、こんな風に一緒にいられないかもって思った」


「バカだな。言っても言わなくても、どうせ俺、こうなるんだから」


「うん。私もそう思った。でも……言えなかった」


そのとき、大きな花火が夜空に咲いた。


ふたりの肩が少しだけ触れていた。

でも手を伸ばすには、なにかが足りなかった。


花火の音のなか、想太はこらえるように目を閉じた。


悠花の横顔はまっすぐ空を見ていたけど、

その瞳の端には、かすかに光るものがあった。



夏の終わり。

プールの水面は青く煌めき、揺蕩っていたけれど、

そこにふたりの姿はなかった。


想太は一人でその場所を訪れて、水面をのぞき込んだ。


あの日、ふたりでつくったやわらかい波紋は、もうどこにも残っていない。


けれど、確かにここにあったことだけは、

この胸のどこかがずっと覚えている。


ふたりでいた夏。

言えなかった言葉。

触れられなかった指先。


それらすべてが、水の中でキラキラと揺れている。

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