第7話「すてきな初夜…!?」
「え、まさか寝る時も……!?」
「当たり前だろう、寝てる時が一番危険じゃないか」
いや、この状況で一番危険なのは、あなたですけどね!!
手枷は頭上のヘッドボード部分にそれぞれ取り付けられていた。
鎖が短いので手を下まで下ろせず、寝る時には両腕を上げなければならなかった。
まさか一晩中この格好で寝なくてはならないの……!?
「これではまるで捕虜ではないですか!!」
「はっ!違わないな」
アレクシオスは笑う。
いや、何も面白いこと言ってないですが……!
「だが……」
アレクシオスがこちらに顔を近付けて言う。
「形はどうであれ、貴様は俺の婚約者だ。今後逃げられないように俺の痕跡を残しておかないとな……」
そう妖しく口の端をあげた。
「……っ」
ぞくりと背筋が凍った。
「わ、私は逃げたりなどしません…!」
「そんな言葉では信用できない」
ですよねー!!
あなた、いやに疑心暗鬼ですものね!!
実際私も隙あらば逃げようと思っているわけですし!!
「ち、ちなみに痕跡を残すとは、一体何をされるおつもりなのですか……?」
聞きたくないけど、一応聞いてみた。
「そんなこと、言わなくても分かるだろ……?」
そう言って淡く笑うと、私の上に覆いかぶさり、侍女が着せてくれていたナイトドレスに手を触れた。
「い…っ!」
「いやぁあぁっ!!!」
思わず相手の股間を思い切り蹴り上げ、少し動きが鈍った隙に両足を振り上げ、渾身の力で両足で首を絞めた。
「くっ!」
さすがに急所攻撃は効いたようで、少し苦痛に歪ませた表情をしたアレクシオスだったが、私の足首を掴むと、容易に首から外してしまった。
「貴様、どういうつもりだ……?」
その赤い瞳は静かに怒りを映し出していた。
「それはこっちの台詞です!!無理矢理女性に乱暴するなんて最低です!王様だからって何をしてもいいと思わないでください!!私は物じゃないんです!」
「何を言ってる。人も物もそう大差ないだろ」
「!!?」
「に、人間には感情があるんです!あなたが私に指一本でも触れたら、この場で舌を噛み切って死にますからね!」
「それなら勝手にすればいい。お前の死が俺にどう関係がある?」
「!!!」
「わ、私が死んだら、この国が立て直せません!!(たぶん)きっとすぐに滅びの道を歩むことになるでしょう!でも私がいれば、その解決策を提示することができます!!(たぶん)」
私は変な汗をかきながら、必死に自分の有用性をアピールした。
「……ふむ……」
少し考え込む様子を見せたアレクシオス。
……よし、あとひと押しだ!
「国が滅んでしまったら、あなたの家族や友達も死んでしまうかもしれませんよ!?それはあなたも嫌でしょう……?」
「……はっ」
それを聞いたアレクシオスは笑った。
「親兄弟は俺がこの手で殺した、その噂は知っていると思っていたが……?」
あ、やってしまった……
私は墓穴を掘った。
「そして友達なんぞというくだらないものは、弱い者が群れをなす為のものだ、俺には必要ない」
「へ……?」
「友達……いないんですか……?」
「何の必要がある?」
「………」
私ですら、少しはいたのに……
もっとも、聖女イザベラの登場で皆疎遠になってしまったが……
それを考えると、私も本当に友達と呼べる相手はいなかったのかもしれないが……
それでも、幼い頃には年の近い相手と一緒に遊んだり、たわいもない会話をして楽しかった思い出がある。
なのに、彼は生まれてから一度も友達と呼べる相手がいなかったなんて……
この性格の悪さ故に、皆んなに嫌われていたのだろうか……
きっと孤独な幼少時代を過ごしてきたに違いない。
そう考えると、少しだけアレクシオスが不憫に思えた。
「友情から学べることもたくさんありますよ。……よかったら、私達友達の関係から始めませんか……?」
不意に心に浮かんだことをそのまま提案をしてみた。
「はっ!何をいうかと思えば、安い同情心でも湧いたか?俺は貴様なんぞ必要としていない、捕虜の分際で立場を勘違いするな!」
「……!!」
そんな性格だから友達ができないんでしょーがっ!!
「そうですか!それは失礼致しましたねぇ!!」
目の前の相手が大国の帝王であることも忘れ、ふてくされて背中を向けると、すぐ脇でしゅるりと布が擦れる音がした。
振り返ると、アレクシオスが目の前で羽織っていたバスローブの紐を解き、脱ごうとしていた。
「ちょ!ちょっと!何をされるおつもりですか!!」
先程の続きでも始めるのかと、慌てて身体を起こした次の瞬間、私は衝撃の光景に目を見張った。
彼が脱いで見せた背中には、無数のヤケドや切り傷などの傷跡があった。
思わず目を背けたくなるほど悲惨な有様だった。
「……っ!!」
「恐ろしいか?これは俺の親父共がつけた傷だ。人間とは、実の我が子をこのように傷つけても何とも思わない程、残忍な生き物なのだ。こんな本性をもつ人間のことなど、誰も信用できるわけがないだろう?もちろん貴様もな」
「………っ」
「友達など、くだらん子どもの遊びだ。所詮人は相手を道具としか見ていないし、利用価値がなくなれは無慈悲に切り捨てるような醜い種族だ。表面上の友好関係など無意味だ」
「………」
……違う……
……人間はそんな残酷な人ばかりじゃない……
そう伝えたかったが、彼は何者も信じないという強い拒絶のオーラを放っていたので、それ以上は何も言えなかった……
でも、私の胸の奥から抑えようのない感情が湧き出てきて、どうしようもなく彼を放っておけない気持ちになった。
「………」
私は自分の心に導かれるように、彼の背中へ手を伸ばした。
「なんだ……?」
「無礼は承知の上で、陛下に触れることをお許しください……」
私は彼への恐怖心を忘れて、鎖をギリギリまで伸ばして傷跡に触れた。
「!?」
私の予想外な反応に、アレクシオスも驚いたようだった。
「貴様……勝手に俺に……」
アレクシオスは咄嗟に私の手を振り払おうとしたが、次の瞬間、動きを止めて黙り込んだ。
そして目を見開いたまま、微動だにしなかった。
私は心に導かれるまま、ゆっくりと彼の背中を撫でた。
まるで、そうするのが当然というような不思議な確信めいたものがあった。
すると、私の胸の中に溜まっていた何かが、自分の手のひらを通ってアレクシオスに流れていく感じがした。
「………」
時間にして数分程度、彼の背中を手で触れていただけだったが、私の中にはよく分からない達成感のような清々しさが胸に広がった。
アレクシオスもさっきとは打って変わって妙に静かになり、不思議そうに自分の身体を観察していた。
「なんだ今のは……?お前、何か力を使ったのか……?」
「いえ、何も。私は聖女ではありませんし、傷を治す力も持ち合わせておりません。ただ、なぜか陛下の傷跡を見た瞬間、強い衝動が湧き上がり、思わず陛下に触れてしまいました。突然のご無礼をお許しください」
……どちらかというと、私の方がご無礼をされているくらいだが、相手はこの国の帝王なので一応頭を下げておく。
「いや……」
アレクシオスは、どこか心ここに在らずな様子で何かを考え込んでいた。
そして無言でバスローブを再び羽織り直したので、こちらも内心安堵して横になる。
安堵したのも束の間、彼もベッドに横になると、肘枕をしながら目の前の私をじっと観察した。
「!!」
ちっ近い……っ!!
美男子のご尊顔に間近で見つめられるのは、とても生きた心地がしない。
さっきまでの眠気がどこかへ飛んでいってしまった。
私は目のやり場に困って、きょろきょろと目を泳がせた。
しばらくしたら、不意にアレクシオスが手を伸ばし、手枷で手が上に上がった状態の私の掌を両手で触り出した。
「なっ何を……!?」
私の発した言葉にも反応せず、真剣に私の手を何度も握ったり触ったりしていた。
私よりもずっと大きくてゴツゴツとした手が男性的で、思わずドキドキしてしまった。
「………」
それが終わったら今度は、自分の腕を私の身体の上に乗せて、私を抱きしめるような体勢になった。
「!!」
「ちょっと陛下…!お戯れはおやめ下さい!!」
彼の身体を押しのけようと抵抗していたら、すぐさま、すぅという寝息が聞こえてきた。
「……え?」
「えええ……!?」
いきなり寝た……!?
しかもこの体勢で!?
どうして……!!!??
私の頭に大量の疑問符が浮かび、またしても眠気を吹き飛ばしてくれたのだった……