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最終話「閉幕」〜断罪舞踏会②〜

アレクシオスの思わぬ発言に頭が真っ白になる。


私はイザベラが現れてからずっと周囲の人々に偽聖女だと言われてきたし、自分自身そうだと信じてきた。


アレクシオスは、私こそが本当の聖女だという流れにしたいのかもしれないが、ここで私に何の反応も起こらなければ、これまで築き上げてきたアレクシオスの舞台をめちゃくちゃにしてしまいかねない。


(私には、水晶を光らせることはできない……)

その重圧におもわず身がすくむ。


どうすれば上手くこの場を切り抜けてアレクシオスに恥をかかせないで済むか、必死に思考を巡らせた。


すると、アレクシオスはそんな私を見透かしたように穏やかな笑みを向けた。

「余計なことは考えなくていい。お前はただ水晶に手をかざせばいいのだ」

そう言って私の手をとり、水晶の前まで連れていった。


(そうだ……アレクシオスはこの先の展開もきっとすべて見通しているのだ。私があれこれ考えてもしょうがない)


私は彼にすべてを委ねる決心をして肩の力を抜くと、覚悟を決めて手をかざした。


するとーー



ぱあぁあぁ!!

水晶がまばゆい光を放つのが見えて、全身が粟立つ。


「!!!」


会場の全員がその光に圧倒され、言葉を失った。


決して人の手では作り出すことのできないまばゆい色調の光が高い天井までを明るく照らし、誰もが本能的に、この水晶が本物であることを確信した。


「これ、は……?」


私は思いもよらないことに放心しながら、なんとか口を開いた。


そんな私を見たアレクシオスは満足げに口の端を上げた。


「やはりお前が本物の聖女だ、クリスティア」

アレクシオスの声が、静まり返った会場に響き渡る。


「私が、本物の聖女……?」

アレクシオスの言葉と共に、この一年間の不遇な日々がよみがえり、胸がつまった。

思わず水晶の前に膝をつき、涙を流した。

いっそ自分がそうであったらと、恋焦がれながらも心の中で否定し続けてきた言葉だった。


「やはりあなた様が本物の聖女様でしたか……」

水晶の奥から現れたのは、財務官のバイロンだった。


「バイロン!!お前今まで一体どこに!?」

ミハイル王子が驚いて声を上げる。


「クリスティア様の無実を証明するため、こちらの水晶を探しにいって参りました」


「私のために……?」


「いえ、自分のためです。優秀なあなた様がいらっしゃらないと政務が回らず、私自身とても苦しい思いをしておりましたので」

そう言うと、私の前に跪いて頭を下げた。


「くだらない噂を信じて、一度でも本物の聖女であるクリスティア様を疑ってしまったことを深く後悔しています。どうかお許しください」


「やめてください!私にそんなことをする必要はありません!」


「あなた様の有能さに、私はとても救われました。言葉では言い表せないほどに」

王宮一頭脳明晰で有能と名高いバイロンに、そのような言葉を言わしめたクリスティアへ、貴族達が驚きの目を向ける。


「このバイロンという男は、お前こそが本物の聖女であると確信し、その後はお前の無実を証明するため、城を離れてずっとこの水晶の跡を追っていたそうだ」


「そうなのですか……?」

「はい、微力ながら」

バイロンは更に深く頭を垂れた。


厳正公平で、貴族の中の貴族と呼ばれるあのバイロンが町中を歩き回る姿は到底想像できなかった。


「ちなみに、見つけ出した水晶の鑑定書を大神官に依頼したのもその男だ」


「そう、だったのですね……」

私は再び信じられない思いでバイロンを見た。


偽物と疑われた時のために、事前に大神官に本物かどうかを見極めてもらうことは重要なことだ。

立場的に、この場に呼ぶことが難しい大神官の証言を鑑定書として紙に残すところも、さすがはバイロンである。


「私一人の力ではありません。ライアン殿を中心に、第一騎士団の方にもご協力いただきました」



「ライアン達が?」


「はっ!私もクリスティア様へ行った非礼に僅かでも罪滅ぼしをさせて頂きたく、お力添えをさせて頂きました。あの時は旅慣れないご令嬢を一人取り残し、あろうことか馬車で野宿をさせてしまい……本当に申し訳ありませんでした……!」

ライアンが声を絞り出しながら深く頭を下げた。


「そのことは前に謝ってくれたから気にしなくていいわ。むしろ、いろいろと陰で動いてくれていたみたいでありがとう」


「いえ、もったいないお言葉でございます!!」

貴族達は、噂と違うクリスティアの対応を呆気にとられた顔で見つめる。


「バイロンにライアン、そして第一騎士団の者達、我が婚約者のためにご苦労であった」


「はっ!誠に光栄に存じます!」

バイロンとライアンが跪いて頭を下げる。

その姿は、二人がアレクシオスを真の主人であると認めているようだった。


「さて……」

アレクシオスがイザベラへと視線を向けた。


「水晶を盗んだ件についてだが、どうやらお前一人の仕業ではないようだな?」

「うぐっ!?」

イザベラが驚きの表情を浮かべる。



「は、離せ!何をするっ!!」

その時、会場の奥から帝国の騎士に連れられてきたのは、なんと宰相のゲオルク・ラリスだった。


「ち、父上!?」

イザベラの取り巻きであるクレオ・ラリスがイザベラの後方から叫んだ。


「裏口から逃げようとしておりました!」


「そうか、やはり見張りをつけていて正解だったな」

アレクシオスが暗く笑う。


「わ、私は何も知らん!!水晶はあの女が勝手に盗んだんだ!!」

ゲオルクが叫ぶ。


「何言ってんのよ!!あんたがクリスティアを陥れるために考えたんでしょう!?」

口の布を外されたイザベラがすごい形相で叫ぶ。


「貴様もクリスティアを蹴落としてミハイル王子を手に入れたいと言っていただろう!!」


「それが何よ!?王妃様だって喜んで賛成してたじゃない!!」

再びカサンドラ王妃の名前が出てきて会場はどよめいた。


「貴様は、伯爵から公爵への陞爵を条件に、王妃の悪事にいろいろと加担していたようだな?」

アレクシオスがゲオルク・ラリスを見下ろす。


「はっ!?な、なんのことだか……!」


「クリスティアの両親であるマリヌス公爵夫妻を秘密裏に匿い、殺したのはお前だろ?」


「!!!」

ゲオルクは酷く驚いた顔で、そのまま固まってしまった。


「な、な、な、何のことだか……」

そしてあからさまに顔面蒼白になり、がたがたと震え出した。


「マリヌス公爵夫妻はお前の領館の地下牢に監禁され、あまりに過酷な環境下に耐えられず、公爵は亡くなり、公爵夫人は後を追うように自害した」


「い、いや、いや……わ、私は知らない!」


「いや、知っているはずだ。公爵夫妻が亡くなった後、事実確認に来たお前は、公爵夫妻の遺体を燃やし、骨を砕いて川へ流すよう使用人に指示した。そしてその件に関わった使用人三人も口封じに殺した。違うか?」


「ど……!!!」

ゲオルクは、“どうしてそれを!?”という言葉を慌てて飲み込んだように見えた。



「「幽閉中の公爵を死なすだと!?なんてずさんな管理なんだ!」」

「「罪のない公爵夫妻になんてことを……!!」」

周囲からは大きなどよめきの声があふれた。


「ち、ち、ち、違うっ!!私がそんな恐ろしいことをする訳がないだろう!!」


「お前の領館の掃除番がすべて見ていたそうだ」


「なんだと!?」

ゲオルクが目に見えて狼狽える。


掃除番のタッドが帝国の護衛騎士に連れられてやってきた。


「へー、先程の話はすべて事実です。死体となった公爵様を片付けさせた後、領主様は公爵様の代わりになる人間を探すよう、使用人達に命令されやした」


「適当なことを言うなっ!!私は貴様のような薄汚い男など知らんっ!!」

ゲオルクはタッドを鋭く睨み付けた。


「へへ、知らないのも無理はないでしょう。俺達下人は奴隷のような存在で、人として扱われていやせんでしたからね〜!こちらの帝王様に捕まってから、初めてまともなメシを食わしてもらいやしたよ。さすがは帝王様!ケチな伯爵様とは大違い!やっぱり懐の大きさがちがうんでしょうねぇ〜!」

そう言ったタッドは、ヒヒヒ…と下卑た笑い声を上げた。


「なんだと貴様!?金をかけて世話してやった恩も忘れて!」

ゲオルクはタッドの安い挑発に乗り、額に青筋を浮かべた。


確かにタッドは、帝国でアレクシオスに無理矢理軟禁されているとはいえ、スラム街で会った頃に比べると、顔色も良く清潔な格好で、身体も以前のように痩せ細ってはおらず、まるで別人のようだった。

口の悪さは相変わらずではあるが……


「下人だって……!?」

領主たる貴族達が眉をひそめた。

奴隷制度が禁止されてから、同時になくなったとされていた身分だった。


「あ、いや、その……!だ、誰がお前を下人だなどと!?お前はれっきとしたうちの使用人じゃないか!!」

ゲオルクは周囲の非難の目に耐えきれず、下人という言葉を否定した。


「ははっ!うちの領主様は、使用人に野良犬も食わねぇような残飯以下のメシを食わせるんですね!自分のあり金を貯めるためにご苦労なこったなぁ!!」


「なんだと、貴様っ!!主人になんて態度だ!誰のおかげで生きていられると思ってるんだ!!」

タッドの言葉に、ゲオルクが激昂する。


「なるほど。ひとまずその下人はお前の雇い人ということで間違いなさそうだな。では、先程の公爵殺しの証言も正しいということになるな」


「えっ!?い、いや、それは……っ!!」

突然衆人環視の前で大罪を暴かれ、大きく動揺した結果、タッドの挑発で簡単にボロを出してしまった。


「残念だが、帝国へ公爵夫妻の替え玉となる奴隷を探しにきたお前の手下も捉えてある」


アレクシオスの合図で、一人の男が連れてこられる。

「領主様……申し訳ありま…」

「私はお前など知らんっ!!」

「そんな……っ!!」


「帝国でならいくらでも替わりの人間を連れてこられると思っていたのかもしれないが、最近法改正をしてな。奴隷の売買や闇オークションに関わる者はすべて厳罰に取り締まっているから、この男もすぐに捉えることができたのだ。すぐに喋ってくれたぞ、お前の命令で奴隷を二人探しにきたと。ご丁寧にマリヌス公爵夫妻の似顔絵まで持参していた。確かに似ている人間じゃないと意味ないからな」


アレクシオスがゲオルクに向けて似顔絵を見せる。

「私は知らない!!そいつが勝手にやったことだ!!」

「そうか」


アレクシオスが視線を送ると、今度はジュドーが現れた。

「同じくお前の領館で働いていた下人だ。公爵夫妻が囚われていた牢の中で、マリヌス公爵家の紋章が入ったカブスと、マリッシアのイニシャルが彫られたネックレスの一部を見つけたという」


「はい、これはどちらも檻の隅の方に落ちていました」

タッド同様、顔色も何もかもが良くなったジュドーが、クリスティアから預かっていた証拠品を掲げた。


いつも品の良い宝飾品を身に付けていた公爵夫妻の持ち物は常日頃、注目の的となっていた。

今回の品も何名かが覚えており、「あれは……!」「やはり公爵夫妻はもう……」などと口々に動揺の声が聞こえた。


「お前の領館の地下牢に公爵夫妻の遺品の一部が見つかるというのは、そこに彼らがいたという確固たる証拠だ。ちなみにジュドーが地下牢からそれを持ち出してきたところは俺の部下が確認している。他に言い逃れはあるか?」

「ぐっ……!」

ゲオルクが忌々しげにジュドーとタッドを睨み付ける。

ジュドーはゲオルクを静かな怒りをもって見返し、タッドはしたり顔で薄ら笑いを浮かべた。


「では、今回のマリヌス公爵の不当な爵位簒奪と殺人及び隠蔽は、ゲオルク、イザベラ、ミハイル、カサンドラの四名で企てたということで良いな?」


「ちょっと待ってよ!!私は人殺しなんてしてないわ!!いつ死んだのかも知らないし!全部あの男が勝手にやったことよ!!」

イザベラが髪を振り乱して必死の形相で訴える。


「だが、元はといえば、お前がクリスティアの公爵令嬢としての地位を欲したのが発端だろう?」


「え、私そんなこと言ってないわ!?」

イザベラが白々しい嘘をつく。


「七月の聖女の叙任式でお前は、クリスティアと同じ公爵令嬢の身分をミハイル王子にねだっていたな?」


「いや、でも、その時はそう思っただけで、本気でそうしようと思ったわけじゃないわ!」


「それについては、私がご説明致します」

アレクシオスの目配せで、侍女姿のフェリシアが前に出た。


(フェリシア!今回の旅に同行していたのね!)

タッドやジュドーといい、馬車での移動中に全く会うことがなかったので驚いた。このところ、あまりローランの姿を見なかったのは、彼女達の護送に関わっていたからなのだろう。


今日の彼女は、いつもゆるく片側に流していた髪を今日はきっちりと後ろで編み上げていた。

しかし、おっとりとした表情と振る舞いの上品さは相変わらずで、一部の貴族令息達は、そんなフェリシアに見惚れている様子だった。


「数ヶ月前までこちらの宮廷で侍女をしていた者です。帝王陛下がおっしゃられた七月の宮廷舞踏会以降に、ミハイル王子殿下とイザベラ様がバカンスに行かれた時の会話を複数の侍女が聞いております。その内容ですが……」


「ちょ、ちょっと何を言う気!?あんたは私の侍女なんだから、分かるわよね!?」

そう言って、イザベラはフェリシアに無言の圧をかけようとする。

それに対してフェリシアは、優雅な笑みを浮かべて返した。

それを見てあからさまに安堵するイザベラ。

しかし、あの笑みはどちらかというと……


「相変わらず、ご自分のことだけですのね」


「………へ?」

想定外のことを言われて、間の抜けた顔で固まるイザベラ。


「公爵令嬢になりたかったイザベラ様は、自分をマリヌス公爵家の養子にするよう、ミハイル王子殿下におねだりして公爵に命令させました。が、残念なことに公爵様に断られてしまったそうです。それはそうですよね、こんな立場や身分をわきまえず、最低限のマナーも身に付いていない女性なんて公爵家の面汚しにしかなりませんもの、公爵家も断って当然です」

フェリシアがにっこりと微笑む。


(あぁあぁ………!)

フェリシアが暴走している。

私は頭を抱えそうになるのを堪えた。


「なんですってあんた…ふぐっ!!」

再び口をふさがれるイザベラ。


「しかし、それで終わらないのが強欲なイザベラ様。今度は自分に無礼なことをしたと逆恨みし、公爵家を取り潰すよう殿下におねだりしました。ついでに公爵夫妻を投獄すれば?帝国に行ったクリスティア様を連れ戻してまた仕事を押し付けることができる〜♪とかなんとか、救いようのない愚かなことをおっしゃって。良識のある聡い方でしたら、そんな馬鹿げた提案など歯牙にもかけないところですが、なんと殿下は名案だとばかりにイザベラ様の案を快諾なさったのです。いつも取り巻きとしてはべっている宰相のご令息であるクレオ・ラリス様も騎士団長のご令息であるザック様も“さすが俺達のイザベラは賢い!”とほめそやす始末。さすがイザベラ様の取り巻きだけあって、頭も同じくらい悪かったようです」


「なんだと貴様っ!!」

そう言ってイザベラの近くに控えていたザックがフェリシアの元に向かうも、すぐにクレオ・ラリス共々、帝国の騎士に拘束されてしまった。


「だってそうではないですか?イザベラ様に“クリスティア様が帰ってきたら、彼女のことを本物の聖女だと讃える人が出てこないか不安〜!”と言われただけで、あなた方二人は新聞記者に頼んでありもしない悪事を書かせたり、悪い噂を流すと約束したりして、まんまとイザベラ様の思惑通りに動かされたのですもの!将来国を背負う貴族子息がこうも簡単に策略にはまってしまうようでは、この国の将来も暗いですわね」


「うるさい!!異国の平民に何がわかる!!貴族の責任の重みも知らんくせに!!」

クレオ・ラリスがすごい形相で睨んだ。


「貴族の責任の重みですか……あなた方が言うととても薄っぺらく聞こえますが、それくらい知っていますよ。私もかつてはシェラ国の亡き辺境伯の娘でしたから」


「なんだと!?」


(やっぱりそうだったのね……)

私は得心した。

身のこなしや喋り方まで、平民とは思えないほど優雅で洗練されていたからだ。

それを私に気遣わせないために隠していたことも。


「貴族は血を繋ぎ、領民を束ね導く責任を負う者です。貴族に求められるのは、領地を統治するための管理能力、人身掌握、マナーと、挙げればキリがありませんが、これまでの振る舞いをみるだけでも、あなた方にそのような素養がないのは一目瞭然でしょう。貴族はいかなる時でも冷静な心を持ち、高貴な立ち振る舞いと表情管理を忘れてはならないのです。基本中の基本かとは思いますが、あなた方はそのような簡単なことすら、お出来にならないでしょう?」

ねぇ?と小馬鹿にしたように優雅に笑う。


「それはお前が俺達を責めているせいだろう!お前が逆の立場だったら、きっと怒りを抑えられないはずだ!」

「そうだ!そうに決まってる!!」

ザックとクレオ・ラリスが反論する。


「あら……」

フェリシアがにっこりと笑みを深める。


「私はねぇ、敬愛するクリスティア様を見下し、尊厳を踏みにじり、あろうことか自分達の駒のようにもてあそんでいたあなた方を死ぬほど憎んでいるのですよ?この手で八つ裂きにしても足りないくらいに……あなた方は特に、ろくでもない女の戯言を間に受けて、罪もないクリスティア様を力任せに拘束し、暴力まで振るったと聞いています。今この場で30倍にしてお返ししたくてたまらないのを堪えているのですのよ……?」

フェリシアが変わらぬ笑顔のまま扇子をギリギリと折らん勢いで握りしめる様に、二人はぞっとした。


「そんな焼けるような怒りすら笑顔で取り繕うのが貴族です。そのように感情のままに声を荒げ、思いのまま表情に出すのは、幼い子どもか、あなた方がお嫌いな平民と変わらないですわよ?そもそも身分だけで人を見下すその人間性もとても幼稚とは言えますが」


「……っ!」

フェリシアの言葉にクレオ・ラリスが言葉に詰まる。


「お、俺達は、守るべき相手を守るのに必死だっただけだ!!」

隣でザックが苦し紛れの言い訳を口にした。


「“必死だっただけ”それだけで、無抵抗なか弱い女性に暴力を振るわれたと!?」

フェリシアが声に力を込める。


「それは……っ!」


「しかもイザベラ様への嫌がらせ?について調べたところ、何の目撃情報もなく、イザベラ嬢の狂言だったことがわかっています。彼女の言葉に殿下やあなた方はまんまと踊らされ、彼女の思惑通りにマリヌス公爵を失脚させてその地位を奪い、本物の聖女であったクリスティア様との婚約を破棄しました。この国益の損失を考えると、これらに加担した方々はどれほどの重罪になるのでしょうかね〜?」


「!!!」

フェリシアの言葉に、ミハイル王子共々青ざめる。


「そもそも守るべき相手と高尚な言い方をしていましたけど、実のところはただの下心でしょう?イザベラ嬢があなた方のすけべ心を利用するため、普段から露出度の高いネグリジェのような格好で寝所に男性陣をはべらせていたのは侍女達の間では有名な話です。あなた方も他の馬鹿な男達同様、自分にもチャンスがあるんじゃないかと考え、鼻の下伸ばして近付いていただけでしょ?そしてそれをまんまと彼女に利用された。彼女の方が一枚も二枚も上手だったというわけですね!」


「う、うるさいっ!!」

図星をつかれたザックは、今度は顔を真っ赤にして激怒した。


「そんな方々が偉そうにご高説を述べられたところで何の説得力もないのです。言動には責任が伴いますから。そうそう、責任逃れと言えばイザベラ様のご両親ですわね。公爵領を強引に奪っておきながら領地の運営はろくにせず、贅沢三昧でお金を湯水のごとく使い、宝石という宝石を至る所に身に付けて夜会やお茶会で自慢して回っているとか。まるで幼い子どもですわね。もう少し…というか、一からセンスを磨かれることをお勧めしますわ」

フェリシアがわざとらしく、クスリと優雅な仕草で笑う。


「な、なんだとっ!?」

奥の方からイザベラの両親である元準男爵夫妻が怒鳴り込んできた。

今日も相変わらず眩しいくらいのアクセサリーを二人して身に付けている。


「ああ、ちょうど良い、お前達には贈収賄と不正の証拠が大量に出てきている」


「な、なんだとっ!?」

アレクシオスの言葉に続いて、帝国の騎士達が二人を拘束した。


「更に、前公爵が築いた莫大な財産の半分を、お前達はものの半年で使い切ってしまったそうだな?領民は度重なる増税で疲弊し、暴動も起こっているとか。お前達に領地をもつ資格はない。そこは我がクリスティアの両親のものだ、返してもらうぞ」


アレクシオスがルーマ国王の方に顔を向けると、陛下は力なく頷いた。

「マリヌス公爵の爵位を、ただ今をもって剥爵とする……」


「そ!そんな!!」

「せっかく大金持ちの大公爵になれたのにっ!!」


「馬鹿か貴様らは。話を聞いていなかったのか?身分というのは責任の重さに比例するのだ。利益ばかりを享受し、実を成さない者は、自らが奪ったものと同じ分だけ奪われるのだ。そんなことも分からない愚かな人間に、公爵領を任せる馬鹿はいない」

そう言って再びルーマ国王を見遣ると、彼は顔を青くしたまま項垂れた。

「待って!私達のお金はどうなるの!?買った宝石やドレスは!?」


「ははっ!もはや話す価値もないな。連れて行け!叩けばいくらでも埃が出てくる連中だ。すべて調べ上げろ」

「はっ!」


「な!何をする!汚い手で触るな!平民風情が!!」

「ちょっちょっと触らないでよ!!私は何もしてないわよ!!やったのは全部夫とイザベラで、私は何もしてないんだから!!」


そう言いながらイザベラの両親も会場から連行されていった。


「………っ!!」

イザベラは驚愕の表情を浮べ、周囲の者達も言葉を失っていた。


バタンという扉が閉まる音が会場に響く。


「さて……話をまとめると、公爵位を簒奪しようと考えたイザベラにミハイルが賛同し、王妃やゲオルグと手を組んでクリスティアを陥れた。そして、イザベラの取り巻きであるザックとクレオが悪評を広め、ありもしない記事を書かせた」


「し、しかし私が記事に書かせたのは最初の二回だけだ!」

クレオ・ラリスが弁解する。


「ああ。その後はそこの女が記事を書かせたのだろう?だが、お前がやった事実が消えるわけではない。むしろ、あの女にくだらないきっかけを与えた罪は重い」

アレクシオスにギロリと睨まれたクレオ・ラリスも腰を抜かして、その場に座り込んだ。


「そうそう、7/9の新聞記事にはこう書いてあったそうだな」


アレクシオスに促されて、ローランが記事を読み上げる。

「クリスティア様が聖女を騙った罪から逃げるため、一度は我が帝王陛下にすがって亡命したものの、やはり宮廷での贅沢が忘れられずに図々しくも国へ戻り、ミハイル王子に泣きついてきた。ミハイル王子は当然そんなクリスティア様に厳しい罰を下そうとしたが、聖女であるイザベラが温かい慈悲で罪を許した。

しかしクリスティア様が尚も宮廷に居続けたいと強く願ったので、仕方なく宮廷に仕えることを許した、と……」

ローランは苦々しい表情で読み上げた。


「クリスティアが我が帝国へ来たのは、七月の聖女お披露目パーティーとやらで、ミハイルに婚約破棄されたクリスティアを、俺が妃として貰い受けるために連れてきたからだ。それはここに参加していた貴族達も見聞きしていたはずなのだが、いつの間にか事実がねじ曲げられて、亡命したことになっていた」


「「た、確かに……」」

「「そういえば、帝王陛下に抱えられて、連れ去られていましたね……」」

「「そう言われてみればそうだった、なぜ忘れていたのか……」」

その場に居合わせていた貴族達がざわざわと、当時のことを思い返す声が聞こえた。

指摘されるまでその矛盾に気付かない者達の多さから、情報操作の恐ろしさを身に沁みて感じたクリスティアだった。


「更にここには、“クリスティアが宮廷に居続けたいと強く願ったから、聖女であるイザベラが温情をほどこした”とあったが、これも真っ赤な嘘だと分かるな?実際はあの女が両親を投獄したと手紙で脅し、無理矢理連れ帰らせたのだ。これのどこが聖女なのだろうな?まんまと騙されて協力した馬鹿王子共も同罪だが」


人々は不審な目でイザベラ達を見た。


「多くの人間の人生を狂わせ、国益を大きく損なわせたお前達の罪は重い。どのように償ってもらおうか……?」

アレクシオスがその場にいるイザベラ達を見回しながら冷淡な目を向ける。


「ま、待ってくれ!!確かにちょっとした手違いでクリスティアを呼び戻したりはしたが、それは私とクリスティアが愛し合っていて、本当に愛人として迎えようと思ったからなんだ!!」

ミハイル王子が必死に訴える。


(は……愛し合っている……?この人は、何を言っているの……?)

彼の自分勝手な言い訳に、私は怒りを覚えた。


「クリスティア、お前はこの男に未練は…」

「まったくありません!愛し合っていたのは私ではなくイザベラの間違いです!私と気持ちが通われたことはただの一度もございません!!」

私は両手を震わせながら答えた。


「だそうだ」


「そんな、クリスティア!!」


「よくもまぁ、ここまで浅はかで見え透いた嘘を吐けるものだ」


「いや、私は本当にクリスティアを愛していたんだ!信じてくれ!!」


「無駄だ。お前がクリスティアを4時間も拘束して無理矢理書かせた契約書がここにある」

そう言って、愛人契約書を掲げる。


「ど、どうしてそれを……っ!?」

途端に顔色を悪くするミハイル。


「こちらに関しては、その場に居合わせた私からご説明します」

アレクシオスの目配せで、再びリオルが前に出る。


「クリスティア様が帝国から連れ戻された際、殿下にご両親投獄の理由を尋ねられましたが、王子殿下は覚えおらず、答えることができませんでした。爵位さえ奪えれば、理由は何でもよかったということかと」


「!」


「ご両親が投獄された理由は皆さんもご存知の通り、自分こそが聖女であると人々を騙して王妃となり、公爵家で王族を乗っ取ろうとした罪だそうですが、そもそもクリスティア様は、一度もご自身のことを聖女などと名乗ったことはないそうです。この中で、そのような発言を耳にした方はおりますか?」


お互いに周りを見合うと、誰もそのようなことを聞いたことがないことが分かり、貴族達は息を呑んだ。


「クリスティア様に無理矢理署名させた契約書には、愛人という立場で、一生働き続けるという内容が書かれていました。クリスティア様は殿下に問われました。“あなたはイザベラ嬢と出会い、恋に落ちたことで、婚約者だった私の存在が邪魔になったのですよね?それでどうにか排除する方法を考えたけれど、王族としての行うべき執務はやりたくないから、私を愛人という形で手元に置き、王族の責務を押し付けようとした……違いますか?”と。それに対して殿下は、“だからどうした!?”と発言をお認めになっていました」


「ち、違うっ!!俺はそんなこと言ってない!そいつがでたらめを言ってるんだ!!」


「でたらめも何も、私やクリスティア様の他にも侍女や騎士達が数名その場で聞いておりました。仮にも王族の方でしたら、ご自分のご発言には責任をもっていただかないと……殿下といい、自称聖女のイザベラ嬢といい、先程からいい加減な発言ばかりなさる……そのような戯言が許されないのはもうお分かりでしょう?」


リオルは見たことないほど冷たい表情で二人を横目に見た。


「そして、その話の途中で、突然イザベラ嬢がクリスティア様の赤いドレスを欲しがり、それを自分によこすように言ってきました。帝王陛下から直接プレゼントされた大事なものだったのでクリスティア様は抵抗されましたが、我儘なイザベラ嬢がそれで引くはずもなく、“もう自分が公爵令嬢で、あなたは平民だから”という理由で奪おうとしました。隣接する大国の帝王陛下から直接賜った物を横取りするなど、本来は考えられないことですよね?下手したら外交問題になりかねない極めて危険な行為です」


貴族達は当たり前だと言わんばかりに深く頷き、彼女のあまりにも愚かな行為に驚きを隠せない者もいた。


「しかし、尚も抵抗されるクリスティア様にしびれを切らしたイザベラ嬢は、いつものように殿下に泣きつきました。そこで殿下は、またもやイザベラ嬢の肩をもち、言うことを聞かなければ両親の首をはねると脅してドレスを無理矢理奪ったのです」


「なるほど。クリスティアにプレゼントしたドレスをあの女が着ていたのはそういうわけか。これは我が帝国を相当侮っているということになるな。この国は戦争がお望みなのか?」


そう言って、アレクシオスはルーマ国王を見る。


「と、とんでもありません!!それはその女が勝手にやったことです!」

国王陛下が慌てて首を振った。

「!!」

「ち、父上っ!」


「ほぅ?その女はこの国の大事な聖女様ではなかったのか?」


「先程お話がありましたように、この者は聖女ではありません!聖女を騙った偽物です!本物の聖女はクリスティア・マリッシア、ただ一人です!」


「「!!」」

国王の発言に、辺りは騒然となった。


「そ、そんな……」

ミハイル王子とイザベラは呆然として顔色を失う。


「ようやく認めたか。すべて手遅れだがな」


「だからどうか、今回の件はお見逃し頂けないでしょうか……!?」

ルーマ国王の言葉に、アレクシオスがピタリと動きを止める。


「見逃す……?バカを言うな。クリスティアが受けた屈辱をそんな謝罪ですらない言葉で簡単に水に流す気か?揃いも揃って愚かなことだ。俺が望むのは無条件降伏と無血開城だ。今日からお前達の国は我が帝国の一部となるのだ」


「なっ……!それは……!!」


「もちろん抵抗するならすればいい。こちらは大軍をすぐ近くで待機させている。戦争となればここにいる者はほとんど命を落とすことになるだろう。軍事強化中だったデルタ国は一日とかからずに落ちた。弱小国のこの国はどれほどもつか、考えるまでもないはずだ」


「「な………っ!!」」

デルタ国崩壊の原因がまさか目の前の残虐な帝王と呼ばれる男によるものだったと知り、全員の顔から血の気が引いた。

改めて彼の二つ名の意味を再認識した。


「恨むなら馬鹿な行いをしたあの者達と、それにまんまと騙されて踊らされたお前ら自身を恨むのだな。責任は全国民で取ってもらうぞ」

アレクシオスは酷く冷えた目で、彼らを見下ろした。




◇◇◇




記者や貴族達の見守る中、ルーマ国王は主権移譲協定にサインし、全領土をアレクシオスに移譲した。


「これでもうお前は王族ではない。ただの一庶民。いや、罪人だったな……」

アレクシオスがミハイル王子を見て嘲笑う。


「こ、この私が、平民だと……!?」

彼はまだ信じられない様子で、わなわなと両手を震わせた。

それは彼にとって何より耐え難い、屈辱的な罰だった。


「その女にももう用はない。他の罪状がすべて明らかになるまで牢に閉じ込めておけ」


「はっ!」


「ちょっ!離しなさいよ!!アレクシオス様!私の話を聞いて!!あなたはその悪女に騙されているんだわ!!私だけがあなたを助けられるのよ!!アレクシオス様!!」


「クリスティア、最後にあの女に何か言うことはあるか?」

アレクシオスは、イザベラの言葉などまるで聞こえていないかのように、私に視線を向けた。

イザベラを連れて行こうとした騎士達は、クリスティアの方にイザベラを向かせた。

「えっ……」

私はそう言われてじっとイザベラを見た。


私を睨み付けるイザベラの髪はぼさぼさで振り乱れ、眉間には深いしわが寄り、いつもの勝ち誇った笑みを浮かべるイザベラとはまるで別人だった。


(彼女は、何がしたかったのかしら……)


平民として生まれ、仮面舞踏会でミハイル王子と出会い、恋に落ちて……

いえ、複数の男性と関係をもっていたという話だから、恋に落ちたのではなく、王族になるという野望を抱いたのかしら……?


ミハイル王子の懐に入り込み、私を陥れて婚約を破棄させ、公爵令嬢という立場や贅沢な生活を手に入れた。


しかし、それだけでは飽き足らず、その後もずっと私の悪評に関する記事を書かせ、吟遊詩人やぬいぐるみを利用しては世論を操作した。

更には聖女代行と称して、身一つで私を遠方の地へ赴かせた。


「……どうして私にあんなことをしたの?」


「どうしてって、そんなの決まってるでしょ!?あんたが気に入らないからよ!!」

イザベラは醜悪な顔を私に向けた。

もう周囲の印象を取り繕うつもりもないようだ。


「でも、あなたは私の持っていたものをすべて奪ったでしょう?どうしてその後も私を執拗に攻撃する必要があったの?」


「はっ!そんなの、あんたの苦しむ顔を見たかったからよ!!どれだけ奪ってもあんたは何でももってるような顔をして、すごく気に入らなかった!!」

イザベラは濁声で叫んだ。


「……そう。あなたは、どれだけたくさんの人や物を手に入れても満たされなかったのね……」


「!!」


私を陥れて嘲笑い、好みの男達に囲まれ、贅沢の限りを尽くしていたイザベラだが、結局本当の幸せは手に入れることができなかったのだと知った。


「はっ!?なに!?なによその顔は!?あんた私を見下してるの!?ふざけんじゃないわよ!!そういうところが気に入らないのよ!!次期聖女だ王妃だって皆んなにチヤホヤされて!それを全部奪っても、どんだけいじめても、悔しそうな顔一つしないし!いつだってあんたの周りにはいい男がいるし!あんたさえいなけりゃアレクシオス様は私のものだったのに!!」

イザベラは声を荒げてまくし立てる。

周囲の男性陣が驚き、その剣幕に圧倒されているのにも気付かない。


「確かに、私は人に恵まれていたと思うわ」

私は婚約破棄されてから出会った人々を思い浮かべて言った。


「そうでしょう!?あんたばっかズルいのよ!!それに比べて私はろくでもない人間ばかり集まってくるし、本当不公平だわ!!そいつらさえいなけりゃ、私は幸せになれたのに!!アレクシオス様さえ手に入れば、私はもっとお金持ちになって、もっとたくさんのものを手に入れて幸せになれたのに!!」


「馬鹿を言うな。クリスティアがこれまで何度もいろんな者に傷付けられてきたのを忘れたのか。それでもクリスティアは人間の良い部分を見ようとし、お前は醜い部分を見続けた。クリスティアは人に感謝することを忘れず、お前はすべてを人のせいにしてきた。その違いだ。人間は同じ種類の人間が集まってくるのだ。お前の人生は、すべて自らが引き寄せた結果だ」


(アレクシオス……)

彼の言葉に胸が詰まった。


「そして、俺はお前のような自分勝手で心の醜い女など、同じ空間にいるだけで反吐が出る。何度出会ったとしても、貴様のような醜悪な女に引っかかることはない」


「わ、私が醜いですって!!?」

イザベラが金切り声を上げる。

醜いと言われたのがよっぽど気に障ったようだ。


「連れて行け」


「ちょっと待ってよ!!私が醜く見えるのは、その女が私に何かしたせいだわ!!あなたは騙されているのよ!!全部その女とミハイルがやったのよ!!信じてアレクシオス様ーー!!」


イザベラの苦し紛れの言い訳も、バタンという扉の閉じる音と共に静かになった。




「イザベラ……」

ミハイル王子が彼女が連れ去られた方向を呆然と見つめた。


イザベラはアレクシオスを見るばかりで、彼には見向きもしなかった。

思えば、たった一年で、彼の人生は大きく変わってしまった。

しかし、イザベラと出会った頃の彼は、最愛の人を見つけたとばかりに自信満々で勝ち誇り、とても幸せそうだった。


「お前にはもう一件ある」


「ああ……」

ミハイル王子は、力なく膝をついて項垂れた。

もはやいつもの威勢はなかった。


「お前は公爵夫妻の待遇について、クリスティアと誓約書を交わしていたな」


「!」


「要求は三つ。両親への三食の食事提供の約束、そして部屋は貴族用の幽閉部屋を使用し、使用人を付けること。それらをクリスティアが用意した公証人に定期的に確認させること。このどれか一つでもお前が実践したことはあったか?」


「そ、それは……」


「まあ、やっていたら、公爵夫妻は今頃死んでいなかっただろうからな。お前は人殺しも同然だ」


「そんな……!し、しかし!その頃には既にあの二人は死んでいたのだろう!?そのことは、私には関係ないはずだ!!」


「いいや、仮に彼らが生きていたとしても、お前は最初からこの約束を守るつもりなどなかったはずだ。現にクリスティアが用意した証人は、その日のうちにお前が買収したそうじゃないか」


「どうしてそれを……っ!?」


「なんですって!?」

これには、さすがの私も黙っていられなかった。


「あなたまさか、私の両親が既に亡くなっていたことを知っていたの!?」


「いや!それは本当に知らなかった!誓って言う!!」


「お前の言葉など、誰が信じるか」

アレクシオスの言葉に肩をビクつかせるミハイル。


「だが、この男が知らなかったというのは事実だ。ゲオルクは王族達を騙すつもりで替え玉の奴隷を探していたわけだからな。あの男は、最初からお前のことなど全く信用していなかったというわけだ」


「くっ!!」


「しかし、クリスティアとの契約を守らなかったことと、証人をもみ消し、彼らを見殺しにしようとしたことは事実だ。それについてはしっかり罰を受けてもらうぞ。我が帝国北部での重労働に死ぬまで参加してもらう。クリスティアに乱暴を働いたイザベラの腰巾着共も一緒だ」


「ひっ……!!」

「なんだと……!?」

クレオ・ラリスとザックは青ざめたまま、騎士達に連れ去られていった。


その場に取り残されたミハイルは、アレクシオスの圧のこもった言葉を聞いて、ガタガタと身体を震わせると、不意にこちらに顔を向けた。


「クリスティア!助けてくれ!!お前は私の婚約者だろう!?」


その言葉に、私はため息を吐いた。


「“元”です。現婚約者はイザベラ様でしょう?私との婚約は、あなた自身が衆人環視の元、破棄なさったはずです」


「それは撤回する!!婚約破棄はなしだ!!」


「撤回……?何を馬鹿な……」

私は怒りで両肩が震えた。


これまでの両親や私への謝罪ではなく、一番に自分の保身の言葉が出てくるなんて、この人はどこまで自分本位なのだろう……


私は怒りを吐き出すようにしながら、断るように頭を振った。


「クリスティアっ!!」


「ここまで愚かだと、いっそ清々しいな」

アレクシオスがミハイルの前に来て、顔を握り潰す勢いで掴んだ。

「あがっ!!」

ミハイルが苦しげな声を上げる。


「いいか……?謝罪こそすれ、貴様がクリスティアに助けを求める権利などない。馬鹿でも分かることだ。責任を人に押し付け、利のみを享受してきたツケだ。監獄の中で、その意味をよく考えるんだな。連れて行け」

アレクシオスが軽く腕を振り上げただけで、ミハイルは遠くまで吹き飛ばされた。

それでもミハイルは、這いつくばったまま、尚もクリスティアに食い下がった。


「まっ待ってくれ!!クリスティア!!悪かった!!俺はあの女に騙されていたんだ!!本当はお前だけを愛していたのに!!だから私を助けてくれっ!!クリスティアっ!!」

ミハイルが私の方へ向かって手を伸ばした。


私はそれをただ黙って見つめた。

アレクシオスが、連れ去ろうとする護衛の動きを手で止めたので、私はゆっくりとミハイル前王子に近付いて行った。


「………殿下、これまでお世話になりました」

私は静かにカーテシーをした。


「クリスティア!!俺は……っ!!」


「決して短くはない時間を過ごしましたが、殿下がイザベラ様に心奪われてからは、苦痛と苦難の連続でした。他の貴族の方々も皆一様に手のひらを返し、人を信じることが恐ろしくもなりました。しかし、次期王妃・聖女になるべく学べたことは私の誇りであり宝です。学んだことは消えないからです。殿下がこの先たくさんの経験をされ、多くの学びと成長を得られることを願っております」


「クリスティア!そうだろう!?お前も私の婚約者でいた方が幸せなはずだ!!俺とまた婚約し直そう!そうすればすべて元通りだ!!」

ミハイルは私に向かって両手を広げた。


私はそこで限界を迎えた。

「すべて元通り………?」

「ああ、すべて…!」

「何ふざけたこと言っているんですか!!?」


クリスティアの怒声が会場にビリビリと響いた。


「すべてが元通り!?そんなわけないでしょう!?私の両親はもう帰って来ないんですよ!?それなのに、これまでご自分がしてきたことをすべてなかったことにできると、本気でお思いなのですか!?お二人で使い込まれた多額のお金も!?」

彼女の勢いに、ミハイルは目を見開いたまま硬直した。


「散々私を傷付けるようなことをしておいて、謝罪もせず何事もなかったかのように私の婚約者に戻れると!?これまでのことはすべて嘘だと言えば、私を丸め込めるとでも思ったのですか!?私の感情をすべて無視して!?人を馬鹿にするのもたいがいになさい!!自分の利益しか考えられないあなたはは最低です!!そして、そんな最低な方との婚約など、二度とごめんです!!もういい大人なんですから、自分の発言には責任をとりなさい!!あなたと私の婚約は、あなたが破棄しました!その時点で、あなたとの縁はきれいさっぱり完全に切れたのです!!もうこれ以上私に関わらないでください!!」


私は力一杯言葉を吐き切った。

この一年間の思いを吐き出すように。


辺りは、水を打ったように静まり返った。



ミハイルは呆気にとられ、言葉を失っていた。



はぁはぁと荒げた息を整えているうちに、じわじわと後悔の念が湧き上がってくる。


(あぁ、やってしまった………!!)


なんとかこの場を収束させなくてはと、心を落ち着けて言葉を続けた。


「と、とにかく、これはあなたが招いた結果です。それはご自分の責任として受け取るしかないのです。これからは、その意味をお考えになりながらお過ごしください。では、金輪際さようなら」


私は最後に深く丁寧なカーテシーをして見せた。


「あっ……ク、クリスティア、俺は……っ!」


まだ何か言いたげな様子だったが、アレクシオスの指示で今度こそ扉の奥へと消えていった。



「…………」



会場全員の視線が痛いほど自分に向けられているのを感じた。

私の怒声に対する戸惑いと驚きの感情が会場に入り乱れていた。


(ああ、つい大声を出してしまったわ………)

感情のままに叫ぶなど、これまで一度もしたことがなかった。

慣れない大声で喉がヒリヒリと痛む。

まだ少し興奮状態の呼吸を整えながら、恐る恐るアレクシオスの顔を伺うと、くくく…と楽しげに笑っていた。


「やはりお前はそうでないとな」


「うぅっ……」


アレクシオスは顔を上げると、貴族達の方へ顔を向けた。


「これよりこの国は、我が帝国の領土となったわけだが……」


よく通る低い声が会場に響き、人々の顔が再び青くなる。


「旧ルーマ国の土地はすべて公爵領とし、クリスティア・マリッシアを領主とする。名は亡きマリヌス公爵領の名を冠することとする」


「えっ!?」

私は驚きの声を上げた。

アレクシオスと目が合うと、彼は僅かに口の端を上げた。


「よいな?」

(いや、よくないけど……!?)


元々王国だった規模の土地をすべて公爵領にするということは、実質的そこの国王になれと言われているようなものだった。

「………」

だが、とても断れるような状況ではなかった。


(きっと、アレクシオスは最初からそのつもりだったのね……)

私は深くため息を吐いて覚悟を決めた。


「………はい、謹んでお受け致します」


「うむ。この決定事項に不満のある者はいるか?いるならこの場で言うがいい」



「………」

“そんなの言えるわけがない……”


そうみんなの顔に書いてあった。



「いないようだな?ではクリスティア、この書類にサインをしろ」


完璧に整えられた書面を見て、ここまでがすべて織り込み済みであったことを確信し、観念する。

「……はい」



私は公爵位の叙任状と封土授与状にサインをし、正式に公爵としてこの土地を授けられた。




「お、お待ちください!この国が公爵領になるということは、我々貴族はどうなるのですか!?」


「もちろん、爵位を失い、平民となる」


「「そんなっ!!」」


「だが、今の領地の統治権を与える。現在の領地をそれぞれ郡とし、お前達はその土地の郡主となる。領土の中の村や町は基本的に名称もそのままとする。真面目に働けば、最低限の贅沢な暮らしが保障されるだろう」


「し、しかしっ!!」

「急にそのようなことを言われても……っ!」


「王族だけ罰が与えられて、お前達には何も咎めがないとでも?まさかこれまでの責任を何もとらずに現場に復帰するつもりでいたのか?」


「「………っ!!」」


「人々を束ねる権力は強大だが、道を誤れば自分を危うくする諸刃の剣だ。それは大きな力をもつ者は常日頃意識しているものだろう?お前達は国の圧政に加担した上、聖女を虐げることに協力した。これがどれほどの国益を損なう行為だったかは現状を見れば明らかだろう。俺が介入しなければ、いずれ国は滅亡していただろう。まあ、俺としてはその後に奪う方が都合がよかったのだが」


「「………っ!」」

アレクシオスの意図を読み取り、その場の者が皆顔を青くした。


「揃いも揃って下らない女に騙され、取り返しがつかぬことをしたと自覚することだ。今更後悔しても遅い。お前達の爵位はもう戻らん」


「そんな……」

「どうしてこんなことに……」

口々に自分達の過去を悔やむ声が聞こえた。

その中には、ティーパーティでクリスティアを嘲り笑っていた貴族令嬢達の姿もあった。


「なに、そう怯えることはない。元々崩壊寸前だった国だ。もし戦争で帝国の属国となり、不平等条約で帝国に搾取され続けた先は荒れた国土と死しか待っていなかった。それを元王妃候補であったクリスティアに統治を任せ、平民となるだけだ。その方がお前達にとっても利になる選択のはずだ。誰だって自分の命以上に大切なものはないだろう?抵抗する者はすぐに別の者に変える。くれぐれも変な気を起こさぬことだな」


アレクシオスが赤い瞳を光らせて残忍な笑みを浮かべると、貴族達が息を呑んで後ずさった。


アレクシオスが新聞記者達へと視線を移すと、記者達も心得たとばかりに、平民への注意喚起の旨を紙に書き殴った。


「しばらくこの新たな公爵領は、財務官のバイロンとこのミゲルに采配を委ねる」


「はっ!」

「しょ、承知致しました……」

いつの間にか現れたミゲルに続いて、バイロンが驚いたように返事をした。


「前ルーマ国王は幽閉し、新体制が整うまではクリスティアやミゲル、バイロンらへの協力を惜しまぬこと。良いな?」


「……仰せの通りに」

前王はアレクシオスに深く頭を垂れた。


「では、これで一時解散としよう。これまで不正に手を染めていた者達は、今のうちに過去の精算をしておけ。もしくはすぐに国を出ることだ。決して罪をもみ消すようなことはしない方がいい。見て分かる通り、俺の婚約者は怒らせると恐ろしいからな」


「………っ!」

貴族達がゴクリと生唾を呑み込む様子が伝わってきた。




◇◇◇



「はぁぁ……」

帝国へ帰る馬車の中で、私は盛大にため息を吐いた。


「どうだ、今回の舞踏会は少しは楽しめただろう?」


「どこがですか!もう本当にあなたって方はーー!!」

アレクシオスに向かって拳を振り上げるが、すべてはあとの祭だと悟り、脱力する。

「はぁ………次はせめて、事前に教えてください……」


「また、このような断罪劇をお望みか?」


「そういう意味ではありませんっ!!」


「ははっ!」


「何がおかしいんですか!大体水晶だってたまたま光ったからよかったものを、私が聖女でなかったらどうするおつもりだったのですか!?」


「もちろん、お前が眠っている時にちゃんと試したに決まっているだろう」


「え!?試した……眠っている時に……?」



(あっ!あの時だ!!)


私は馬で遠乗りに行った日のことを思い出した。


突然の慣れない乗馬で疲れ果て、眠った記憶がないほど深い眠りに落ちた。

まさかあの出来事すらアレクシオスの計画のうちだったかと思うと途端に悔しくなり、アレクシオスをじとりと睨み付ける。


なのに彼は、馬車の窓枠に頬杖をついて、楽しげに私を見つめている。


「何を笑っているのですか、もう!ですから、そういう大事なことをなさる時はちゃんと事前に私に話を……!」


「それで、新しい公爵領は気に入ったか?」


「へっ?公爵領ですか……?気に入ったも何も!まさか国ごともらい受けるなんて思いもよりませんでしたよ!確かに属国にするよりは、民にとっては良いかと思いますが、爵位を剥奪された方々が素直に平民としての立場を受け入れられるのかは激しく不安です……!」



「お前がすぐに領内の混乱を鎮め、これまで以上に領内を富ませれば良いだけだ」


「そんな簡単に言わないでください!もちろん、尽力はするつもりですが……」


「ふっ」


「でも、帝王陛下の婚約者でありながら公爵位を継ぐだなんて、他に聞いたことがないのですが。それに先日いただいたばかりの公爵領もありますし。どれだけ働かせるつもりなのよ」


「公爵領はいずれも、ゆくゆくは然るべき相手に受け渡す予定だ。それより今は、両親の名誉を回復し、生まれ故郷へ骨を還すことの方が大事だろう?」


「!」


「両親の存在とやらが、お前にとっては大事なようだからな」


アレクシオスは存外に優しい笑みを浮かべてこちらを見た。


「アレクシオス……」


私は思わず彼に抱きついた。


「!」


彼が僅かに驚くのが気配で分かった。


「まだ婚約者の立場ではありますが、これからは私があなたの家族となります!私はあなたを家族として大切にします!!あなたにとっての大事な存在にならせてください!!」


「お前……」

アレクシオスの声が僅かに震えたと思ったら、彼のたくましい腕が私をぎゅっと抱きしめ返した。


「安心しろ……俺にとってお前は、既になくてはならない存在だ。お前は唯一無二の俺の家族だ……」


「アレクシオス……」



そして彼は私の顔に触れ、初めて二人しかいない場でキスをした。

何の打算もないキスだった。


美しいその人は、透き通るような赤い瞳で私を優しく見つめた。


「人間は追い込まれている時ほどその人間性が現れる。お前はそのような中でも下人への労りと敬愛を忘れなかった。仮に水晶が光らなかったとしても、俺はお前こそが本物の聖女だと思う」


彼の言葉を聞いた私の目からは、とめどなく涙があふれた。


私を認めてくれるその言葉がどれだけ嬉しかったか。

その言葉をどれだけ心が渇望していたことか。


……いや、これまでも私を聖女だと認めてくれる人達は確かにいた。

でも私は自分が偽聖女であると疑わず、彼らの声を受け入れることができなかった。


それに気付かせてくれたのはアレクシオスだった。

あらゆる障壁を取り除き、私を硬い殻の中から救い出してくれた。


「アレクシオス、ありがとう……」

感謝の気持ちでいっぱいになった私は、今度は自分からアレクシオスにキスをした。


「貴様……自分が何をしているか、分かっているのか……?」


いつになく苦しげに顔を歪ませるアレクシオスに笑い、私は再び彼に抱き付いた。


このいびつで不器用な彼を私は生涯大事にしていこう。

自分がこれまで受け取ってきた以上のものを、全てのものに返していきながら。


澄んだ星空の下、私はそう誓った。



最後までお読みいただきありがとうございました!

これにてクリスティア達の物語は完結となります。

この後、エピローグを一話投稿予定ですので、よかったらそちらもお読みいただければ幸いです☆


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― 新着の感想 ―
完結おめでとうございます。 王国が王族だけでなく丸ごと腐ってましたね。貴族がバカ過ぎるし、平民にも新聞社みないなのいるしそりゃ滅びるわと。ろくに考えず悪評流したり鵜呑みにしてた連中は滅亡後ガクブルし…
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