第45話「開幕」〜断罪舞踏会〜
ルーマ国へ入ると、干からびた土地や手入れされていない畑跡がぽりつぽつりと見られるようになり、そこで暮らす者達も痩せて貧しく、以前とは比べようもないほど荒れ果てた様子だった。
冬の間に畑を整備し、土壌改良を進めているコンタンディオス大帝国とは大違いだった。
(国境付近とはいえ、ここは王都からそこまで離れていないはずなのに……この数ヶ月の間に一体何があったと言うの……!?)
先月この道を通った時には、両親を亡くしたショックで景色を見るどころではなく、この異常事態に全く気付かなかった。
最近飢饉があったとは聞いていない。
畑に水を引く灌漑設備も十分整っているはずだ。
しかし先日視察した帝国の村と同様に、田畑が黒いもやに覆われていて、私は妙な胸騒ぎがした。
王都近くの町に入ると、以前は見られなかった浮浪者がちらほらと目につくようになり、更に不安をかき立てられた。
ようやくたどり着いた宮殿前では、信じられない光景を目の当たりにした。
「これは一体どうしたというの……!?」
大勢の民衆が怒号を発しながら城前に押し寄せていたのだ。
「俺達の金を返せ!」
「食い物を寄越せ!」
「税を下げろ!」
中には「あの悪女を出せ!」という声もあり、王都での暴動を思い出した私は、恐怖で身体をこわばらせた。
「気にするな」
アレクシオスは私の隣にすっと座ると、落ち着かせるように肩に手を置いた。
「ありがとう、ございます……」
彼がついていると思うだけで心が緩み、無意識に止めていた呼吸も楽になった。
私達は元来た道を少し戻って裏門から城の中へと入っていった。
長旅のため、余裕をもって昼過ぎに到着したが、あの騒ぎでは、他の者達の往来も妨げられることだろう。
今回は年初めの大きな舞踏会で、他国の要人も多く招いているはずだ。
ならばこそ、なぜこのような危険な状況下で開催を決定したのか、私の頭の中は疑問でいっぱいだった。
他国に国内の不安定な情勢をさらけ出すのは、外交面においてもマイナスでしかない。
国王陛下やカサンドラ王妃は、この現状を把握しているのだろうか……?
(もしかして、イザベラがミハイル王子に舞踏会の開催をねだったのかしら……)
イザベラの本性を知るまでは、ミハイル王子が全てのものを自らイザベラに与えていたのだと思っていたが、彼が気付きようもない細かいものにまで高額な請求がなされており、違和感を感じていた。
しかし、今回のことでようやく点と点が繋がった。
(イザベラがミハイル王子に、自分の要求を上手く伝えていたのね……)
国王陛下は、いつも我が強いカサンドラ王妃やミハイル王子の言いなりだった。
イザベラは、そんなミハイル王子を上手く利用して、陛下に自分の要求を通していたのだろう。
謁見の間をミハイル王子とイザベラに自由に使わせているのも、イザベラのおねだりからきたものだと後から聞いて知った。
今回の強引な舞踏会開催も、可能性としては十分に考えられる。
(せめて舞踏会中に暴動が起きないよう、祈るしかないわね……)
そもそも暴動が起きるということは、庶民の暮らしが困窮しているということだ。
(こんな状況下で、食糧はちゃんとみんなに行き渡っているのかしら……)
極限の空腹の辛さは身に染みて知っている。
自分がいなくなった今、国王陛下に民への穀物政策を進言する貴族はいるのだろうかと、いささか心配になる。
しかし王都を出る際に、私に憎しみを向けて石を投げ付けてきた人々の姿を思い返し、頭を振った。
(……そんなの余計なお世話よね。私はもうこの国に関わらない方がいいんだわ。その方がきっとみんな幸せになれるのよ……)
私は胸の痛みと共に、すべての感情を心の奥底へしまい込んだ。
◇◇◇
「ようこそおいでくださいました!」
裏から正面の入り口まで馬車を回してドアを開けると、国王陛下とカサンドラ王妃が直々に迎えに来ていた。
(わぁ、さすが大帝国の帝王様は対応も特別なのね……)
私はアレクシオスのエスコートで彼の隣に立って挨拶をする。
私の存在に気付いたカサンドラ王妃は目を見開いて驚愕の表情を見せた。
そして、「なぜお前がここに……!?」と小さく呟くと、憎しみのこもった目で私を鋭く睨みつけてきた。
しかし、その場で事情を追及されることはなく、私達は国王陛下の案内の元、私的な謁見室へと招かれた。
そこは最上級賓客のための部屋だった。
(いつもの謁見の間は、あの二人の私室と化していたけれど、他の来賓はどこに通されるのかしら……?)
全員をこの謁見室に呼ぶわけにはいかないから、もしかしたら今回は大勢の来賓のために、あの部屋も元に戻されているのかもしれない。
私の知る由ではないが。
「本日は遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」
陛下が自分の子どもほどの年のアレクシオスに恭しく頭を下げる。
「あぁ」
アレクシオスは動じることなく椅子にもたれかかったまま、尊大な態度で返事をする。
「……その娘はどうしたのです?」
カサンドラ王妃は挨拶もせずに、不躾な質問をアレクシオスへ投げかけた。
本来であれば、王妃として来国へのねぎらいと感謝の言葉を伝えるべきなのに、私への憎しみに駆られて分別を失ってしまったようだ。
アレクシオスに対するぞんざいな態度に、後ろに控えていたローランが殺気を放つ気配を感じる。
「はっ……俺の婚約者だが?」
アレクシオスはそれを鼻で笑い、小馬鹿にしたような視線で返す。
「その娘は確か我が国の卑しい平民だったはずですが……」
アレクシオスの反応をものともせず、カサンドラ王妃は言葉を続ける。
隣に座る国王陛下は王妃の言葉に顔を青くし、しきりに顔の汗を拭いている。
「ああ、由緒ある身分の女性のようだったが、強欲で低脳な者達に爵位を奪われ、不遇の扱いを受けていたようなので我が帝国で保護し、公爵の身分を与えたのだ。高等な教育を受けている有能な婚約者を手に入れることができて僥倖だった」
アレクシオスは首を傾げて口の端を上げる。
「元婚約者の義母にいたっては、未来の娘が自分より優秀であることを恐れて、自分を高めるどころか、その娘をおとしめることで自分の地位を守ろうとした愚か者のようでな。当然、貴族としての基本的なマナーや表情管理が全くできていないのだが、それもその愚かで浅慮な性分故、努力を怠ってきた結果なのだろう」
そう言ってアレクシオスは蔑むように笑った。
王族どころか貴族として最低限の振る舞いもできていないと揶揄されたカサンドラ王妃は、扇子を握りしめて、わなわなと怒りに肩を震わせた。
私もルーマ国王と同じくらい顔を青くして、冬だというのに嫌な汗が何度も背中をつたった。
「話は終わりか?」
アレクシオスがおもむろに立ちあがろうとする。
「お、お待ちください!この後、愚息と我が国の聖女が帝王陛下へご挨拶を切望し、待機しておりまして……!」
国王陛下が慌てて立ち上がる。
「必要ない。どうせ舞踏会で嫌というほど顔を合わすだろうからな」
アレクシオスは嘲笑して背を向けた。
「なんと無礼な!!我が国を侮っているのか!!?」
カサンドラ王妃は拳を握りしめて声を荒げた。
他国の要人に対して感情をあらわにして取り乱すなど、王妃として品位のかけらもない振る舞いであったが、これまでなんでも思い通りにしてきたカサンドラ王妃にとって、アレクシオスの横柄な態度は相当我慢ならないことだったようだ。
「……侮っているのはどっちだ。最初に礼儀を欠いたのは貴様だぞ。人のパートナーを出会い頭に睨みつける王族がどこにいる。こんな弱小国、俺の気分次第ですぐにでも潰してしまえることを分かっていないようだな……?」
アレクシオスが赤い瞳を獰猛な獣のように光らせる。
カサンドラ王妃は唇を震わせながら悔しげな表情でこちらを睨み付けるも、それ以上何も言葉は返さなかった。
(さ、さすが残虐な帝王様……圧倒的な軍事力を盾に、他国の王族に対しても強気ね……)
私はアレクシオスの対応に圧倒されながら、その場を後にした。
「お、お待ちください!私がお部屋をご案内致します……!」
後ろから、まだ顔色が悪いままの国王が騎士達と共に追いかけてきた。
その後、城の中で一番豪華な賓客室に案内され、ようやくひと息つくことができた。
「はぁーー………」
さっきはまるで生きた心地がしなかった。
ソファに腰を下ろすと、数日間の移動の疲れも相まって、すぐにまぶたが重くなってくる。
「舞踏会までまだ時間があるから、寝室で少し休んでいろ」
アレクシオスは、私の手を引いて部屋の内側から通ずる寝室へ連れて行ってくれた。
広いベッドにドレスのまま腰を下ろす。
今日は、スカートを膨らせるパニエを履いていなかったので、このまま横になってしまおうかという誘惑が頭をもたげる。
アレクシオスはというと、私を置いてそのまま部屋を出て行こうとするので、ふと気になって尋ねた。
「アレクシオスは休まれないのですか?」
彼は少し意外そうな顔をして振り返った。
「城を出る前も夜遅くまでお忙しくされていたようですし、馬車や宿屋でもあまり休まれていないようでしたので、私よりもお疲れかと思いまして」
いくらアレクシオスの体力が人並外れているとはいえ、同じ人間だ。休まなければ体調を崩してしまう可能性もなくはない。
「はっ……」
アレクシオスは小さく笑うと私に近づいて、頬にかかる髪を耳にかけた。
「俺の体調を気にかけるのはお前くらいだ」
「そんなこと……ローランだっていつも心配していますよ」
「あいつはただ小言が言いたいだけだろ」
「好きで小言を言う人なんていませんよ」
「あいつ以外はな」
「………」
「まぁ、そんなに俺と寝たいと言うのなら、少しだけ一緒に寝てやる」
「えっいや、そういう意味では……!」
それではまるで私が、一緒に寝たくて誘ったみたいではないか!
反論する間もなく抱き抱えられ、ベッドの中央へ寝せられる。
「コルセットも脱がなくてはな」
国王に謁見するために着ていた青色ドレスの背中のひもをすーっと引っ張る。
「いえ!それは侍女にお願いするので大丈夫です!」
「遠慮するな、婚約者だろう?」
アレクシオスは面白がって身をよじる私の上半身のドレスを器用に脱がせていき、肩まで下ろしたところでコルセットのひもに手をかけた。
「ちょっとアレクシオス……っ!」
そんなことをしていると、部屋の外で人のもめる声が聞こえ、ドアの開閉と共に聞き慣れた女性の声が近付いてきた。
「アレクシオス様ぁーー!どこにいるのですか!?あ、寝室にいるのね!?アレクシオス様、会いたかったですわーー♡」
聖女イザベラが勢いよく寝室に飛び込んできたと思ったら、私の姿を見て顔を歪ませた。
「え!?なんであんたがここにいるのよ!?死んだはずでしょ!?いや、なんでもいいけど、早くそこをどきなさいよ!!」
アレクシオスに押し倒され、服を脱がされているかのような(間違いではないが)構図にイザベラが激昂する。
「またいやらしい手を使ってアレクシオス様の気を引いたのね!!許せないっ!!」
私が慌てて起きあがろうとすると、アレクシオスの力強い手で両手首を押さえつけられる。
彼の目には、先程はなかった妖しい光が宿っていた。
(ああ、これは危険な流れだわ……)
私は背筋がゾッとした。
「人のお楽しみ中に勝手に部屋に入るとは、この国の人間は最低限のマナーも知らないのか」
そう言いながら、挑発するように私の胸元に唇をはわせる。
(ひいぃっ!!)
ぞわりと全身に鳥肌が立つ。
頼むからこれ以上アレクシオスを刺激しないでくれとイザベラに願う。
「その女は盗賊とも関係をもつ汚らわしい女です!アレクシオス様には相応しくありません!!」
イザベラの言葉にアレクシオスが更に笑みを深める。
「そうか……」
(やめてっ!あおらないでっ!!)
私の必死の願いもむなしく、アレクシオスは私の顎を引き上げたと思ったら、濃密なキスをした。
「っ!!!」
「きゃー!!何してるのよ!!」
イザベラの金切り声が部屋中に響いた。
その声で、イザベラを止めるためにやってきた侍女のリア達と護衛騎士が寝室になだれ込み、私が半裸でアレクシオスに組み敷かれている姿を見られる。
「っ!!!」
その場の全員が、見てはいけないものを見てしまったかのような顔で言葉を失う。
(違う!違うのーー!!)
大声で弁解したかったが、アレクシオスの力強い腕はびくともせず、彼から逃げ出すことは叶わなかった。
「ぷはっ!」
ようやく唇が離れ、呼吸が楽にできるようになるや否や、アレクシオスは護衛騎士達に向かって指示した。
「その非常識な無礼者を早く追い出せ。この国の聖女だからと遠慮する必要はない。次は二度と部屋へ入れるな」
「はっ!!」
「ちょっと!何するのよ!!私はこの国の聖女よ!!私に手を出したら陛下達が黙ってないって言ってるでしょーー!!」
二人の護衛騎士は、今度こそ有無を言わさず、イザベラを強引に連れ出して行った。
「……っ!!」
アレクシオスから解放された私は、急いで身体を起こして身なりを整える。
(うぅ……リア達には、後で弁解しておこう……)
さすがに、招かれた先で破廉恥なことをする非常識令嬢だと思われたくはない……
「何を考えている?」
ガックリと気を落としていたら、強引に顎を引き上げられる。
再びキスされそうなほど顔が近付いてくるが、先程までの緊張感はもうない。
予想外のことが起こりすぎて、多少の刺激では驚かなくなっていた。
「先程のことです。もう……!また変な誤解を招いてしまったではないですか!あの騎士さん達にはちゃんと弁解しておいてくださいね!!」
「別に言わなくても分かるだろう」
「そんなわけないでしょうっ!!」
「ははっ!」
「いや、笑い事ではないですからーー!!」
アレクシオスが私のコルセットのひもをほどきながら軽やかに笑う。
もちろん、コルセットを緩める手伝いをしてくれただけで、替えの服を侍女から受け取ると、上から豪快に服をかぶせられ、そこからさっとコルセットをはがされた。
(なんて雑な……)
まるで子どもの着替えだった。
呆れながらも、疲労困憊だった私はそのままドレスを自分で脱ぎ、ワンピース姿でベッドに横たわった。
(はぁあ………)
今日はいろいろと心臓に悪いことが多すぎた……
ふと隣を見ると、何事もなかったかのように涼しい顔で上着を脱ぐアレクシオスに悔しくなり、つい口を尖らせる。
「アレクシオスはいつもイザベラの前でだけキスをするのですね……」
「なに?」
「それはもっとしてほしいということか……?」
妖しく笑いながら再び顔を近付けるアレクシオス。
「ち、違いますよっ!!」
「だろうな」
「へ……?」
アレクシオスはそう言うと、私に背を向けて横になってしまった。
(あ……)
傷付けてしまったのかしら……
理由は分からないが、そんな気がした。
手を伸ばして彼の背に触れようとしたが、何と言葉をかけていいか分からず、一言だけ謝ったが、彼から返事が返ってくることはなかった。
しばらく、何も言わない彼の大きな背中を見つめていたが、いつの間にか睡魔に襲われ、意識が遠のいていった。
◇◇◇
「クリスティア様、そろそろご準備を致しましょう」
侍女の声で目が覚める。
身体を起こすと、隣にアレクシオスの姿はなかった。
「アレクシオスは休めたのかしら……?」
「陛下は30分ほどお休みになられた後、お部屋を出ていかれました」
「そう……」
肩にはブランケットと彼の上着が掛けられていた。
「クリスティア様がお風邪を召されないようにと、かけていかれました」
「私が布団の上で寝てしまったばかりに、気を遣わせてしまったわね。アレクシオスは今どちらに?」
「存じ上げません」
「そう。これから寒くなってくるから早く上着を返さないと」
「他の者に聞いて参ります。それより、そろそろ準備に取り掛かられませんと!!」
ギラリと目を光らせた侍女達に両腕を掴まれ、有無を言わさず隣の部屋へと連行された。
そこからは、今や遅しと待ち受けた侍女達に徹底的に磨き上げられた。
「みんな急いで!!時間は有限なのよ!!」
「なんだか、寝てしまって申し訳なかったわね……」
「いえ、お疲れが一番よくないので、少しでもお休み頂けてよかったです!お顔色がとても良くなりましたわ!」
忙しなく手を動かしながらベテランの侍女が答える。
「後は私達にお任せください!!今日は陛下の婚約者として初めてのお披露目の場ですから!!」
侍女達が一丸となって気合を入れる。
「お、お願いね……」
ーー数時間後。
「準備はできたか?」
アレクシオスが部屋へ入ってくる。
「はい、なんとか……」
大きな鏡の前で最終確認を終えた私はアレクシオスの方へ身体を向けると、彼は「ははっ!」と笑った。
「そ、それは何の笑いですか!?」
「いや、前回よりも更に美しいではないか」
自分がプレゼントした赤いドレスを見下ろしながら、彼は満足げに目を細めた。
「あ、ありがとうございます……」
前回このドレスを試着した時は、寝起き丸出しノーメイクだったので、それと変わりないと言われなくてほっとする。
後ろで侍女達が誇らしげに頷いているのが伝わってくる。
「先程は上着をありがとうございました。おかげでゆっくり休めました」
「ああ」
私が上着を広げると、彼が背を向けて袖を通す。
アレクシオスは今回も紺色の髪を後ろに撫で付けているため、白い肌に整った眉と切れ長の赤い瞳が美しく映えて、いつも以上に大人っぽい雰囲気を醸し出している。
「さあ姫、こちらへ」
そう言って優雅な笑みを浮かべ、私の手を取るアレクシオスに思わずドキリと心臓が跳ねる。
しかし、これから向かうのは、私のことを忌み嫌う者達がひしめく戦場にも等しい場所だ。
先程のイザベラの反応を見るに、今回の宮廷舞踏会も平穏無事には終わらないだろう。
でも、私を連れて行くと決めたのはアレクシオスだ。きっと何か意味があるに違いない。
私は気を引き締めて顔を上げた。
◇◇◇
他の貴族達が来場し終えた後、私達他国の客人は、王族と同じ二階の扉からファンファーレと共に入場した。
アレクシオスは大国の帝王ということで、陛下と一緒のタイミングで入場し、席も玉座の隣に設けられる特別待遇だった。
(さすが帝王様ね……)
階下にいる貴族達は、アレクシオスの美貌にうっとりする女性達と恐怖で顔を強張らせる男性陣とで反応が分かれた。
その後、隣にいる私の存在に気付いた者達がざわざわと騒ぎ出す。
隣からも鋭い視線を感じ、そちらに目をやると、イザベラとカサンドラ王妃が憎しみを隠そうともせず、こちらを睨み付けていた。
(血は繋がっていないはずなのに、なんだか振る舞いと顔付きが似ているわね……)
いつもは憂鬱な二人の存在であるが、今日はアレクシオスがいる安心感から、どこか冷静に二人を見ることができた。
隣のミハイル王子は、私の姿を見て瞠目し、あからさまに動揺していた。
パーティーが始まるや否や、ミハイル王子がイザベラを伴ってこちらに向かってきた。
「クリスティア!貴様生きていたのか……!!」
ミハイル王子は目を見張り、悪辣に笑っているような怒っているような形容し難い表情で声を震わせた。
「盗賊のかしらの元で、あーんなことやこーんなことを毎日していたのよねーー!?」
イザベラが周りに聞こえるようにわざと大きな声で言う。
「やれやれ、非常識な連中だ。話しかけるタイミングもわきまえられないのか。せめてファーストダンスが終わるまではおとなしくしていろ。美しく着飾った私の婚約者を皆に披露せねばならぬのでな」
そう言って二人の間を通り過ぎるが、すぐに足を止める。
「ああ、この国は王族となる人間に最低限のマナーも施していないのだったな。この国の聖女様は、許可なく人の寝室に入り込んでくる娼婦のような節操なしだしな」
「なっ!!」
「寝室?どういうことだ、イザベラ!?」
「な、なんでもないわ、ミハイルっ!!」
イザベラは慌ててミハイル王子の腕にからみついて笑顔で誤魔化した。
それを見てほくそ笑んだアレクシオスは私の手を引いてダンスホールの中央へと向かった。
「あ、あのアレクシオス……ファーストダンスは……」
「ん?」
「待て!!何をしているっ!!」
その時、後ろからカサンドラ王妃が血相を変えてやって来て、辺りは静まり返った。
「ファーストダンスは主催者であるこの私と踊る予定だったはず!汚らわしい平民の女は今すぐ下がれ!!」
ファーストダンスは主催者のカサンドラ王妃と来賓の中で最も身分の高いアレクシオスが踊る予定だった。
周囲の者達も私を見て眉をひそめた。
「何か文句でも……?」
アレクシオスが高圧的な態度で尋ねた。
「だから……っ!」
「私もこの国の慣例にのっとって不快な要求を飲んでやろうかと思ったのだが、どうにも心の卑しい女と踊るのは耐えられなかったのだ、許せ」
「なっ……!!その女より私の方が劣るというのか!?」
「当たり前だろう?」
「っ!!」
「これ以上の無礼は許さん。俺の気が変わらんうちに下がらせろ」
それを聞いた国王と護衛騎士達が、アレクシオスに向かっていこうとするカサンドラ王妃を必死に止めた。
カサンドラ王妃が叫びながら会場の奥へと連れて行かれるが、アレクシオスは気にすることなく私を連れてダンスフロアの中心へと向かった。
「アレクシオス……本当に私とで大丈夫なのですか?」
私は周囲の目を気にしながら恐々と尋ねる。
どのみち、これは彼の中での決定事項だと知りながら。
「お前以外の女と踊る必要があるか?」
「!」
何の気なしにそんなことを言うのだから、本当にこの男性はタチが悪い……
周囲の女性達から感嘆の声が漏れ、遠くでイザベラの発狂する声が聞こえた。
「ーーさあ気を取り直して、美しい姫君、どうか私と踊って頂けますか?」
ダンスホールの中央で、アレクシオスは恭しく私の手にキスを落として彫刻のように美しい顔で微笑んだ。
「……私でよければ」
周囲が静かに見守る中、アレクシオスの視線に促されて、遠慮がちに音楽が奏でられ、ダンスが始まった。
ダンスは帝国を出発する前日に一度だけアレクシオスに相手をしてもらっただけだったが、物心つく前から習っていることもあり、ちゃんと身体が覚えていて安心した。
アレクシオスのエスコートは驚くほどスムーズで、とても踊りやすかった。
クリスティアが回るたびに赤いドレスに散りばめられた宝石がキラキラと光り、周囲の目は中央の二人に釘付けとなった。
(頭も良くて、剣も強くて、ダンスも上手いなんて、この人に欠点なんてあるのかしら………あ、性格がちょっとあれだったわ……)
しかしその欠点も、もうなくなりつつある。
今の彼は、出会った頃の彼とはまるで別人だ。
彼の学習能力は常人のそれではなかった。
(本当にすごい方だわ……)
私が感心した顔でアレクシオスを見つめると、彼は少し居心地が悪そうに顔をしかめた。
そうこうしているうちに、無事にダンスを踊り終えることができ、音楽が鳴り止んだ。
すると、一瞬の静寂の後、会場いっぱいに拍手の嵐が巻き起こった。
「!」
(私が一緒にいるのに、こんな拍手をもらえるなんて、アレクシオスは本当にすごいわ……)
人々の純粋な感動の波が、心に伝わってきた。
大衆から悪意を向けられることの多かった私にとって、こんなきれいな感情を引き出せるアレクシオスの存在がとてもまぶしく見えた。
遠くでカサンドラ王妃が自分の護衛騎士達になだめられながら、悔しそうにこちらを睨み付けているのが見えた。
「待て!!」
私達のダンスが終わり、他の貴族達がダンスフロアに足を踏み入れようとした瞬間、今度はミハイル王子の声が響いた。
音楽は鳴り止み、誰もが足を止めた。
ダンスフロアの中心にやってきたミハイル王子とイザベラ、そして私達に注目が集まる。
(今度は何を言い出す気かしら……)
一年程前、この場で婚約破棄を言い渡された時のことを思い出し、心臓が嫌な音を立てた。
「クリスティア!そこで何をしている!早くこっちに戻ってこい!!約束を忘れたのか!!」
ミハイル王子が我慢ならないといった様子で怒鳴りつける。
私が身体をこわばらせると、アレクシオスが私の前に立った。
「まさか自ら寿命を縮めにやって来るとは、愚かな奴らだ」
「な、なに!?」
ミハイル王子が僅かに身構える。
「お前達が俺の婚約者をおとしめたこの場所で、今度はお前らを一人残らず断罪してやると言っているのだ」
アレクシオスは暗い笑みを浮かべた。
「そんなことは許しません!!」
カサンドラ王妃が護衛騎士を引きずるようにしてこちらに向かってきた。
アレクシオスはそれを見て深くため息を吐く。
「揃いも揃って酷く醜いな。お前の出番はまだ後だ。少しは静かに待っていられんのか」
「なにっ!?」
それを聞いて顔を真っ赤にして激怒するカサンドラ王妃。
「まあいい、折角自ら身を滅ぼしに来たのだ、貴様から始めてやる。ローラン」
「はっ!」
いつの間にか後ろに控えていたローランが紙の束をアレクシオスに手渡した。
「この国の王妃は、好奇心旺盛なのか、様々な悪事に興味があるようで、調べるのが少々大変だったぞ」
「何だと……!?」
「まずは闇オークションに多額の出資をし、優先的に顔の良い奴隷を手に入れ、毎晩可愛がっていたとか」
近くにいた護衛騎士の何人かはびくりと肩を揺らし、カサンドラ王妃はあからさまに顔色を変えた。
「それから長期に渡って政治資金の私的流用。更には、怪しい連中を雇って王族や貴族を何度も事故死に見せかけて殺しているな。その他に…」
「なっ……嘘だ!嘘だ!デタラメを言うな!!」
彼女は動揺を隠せない様子で声を荒げる。
それを見て周囲の貴族達も目を見張る。
「ルーマ国王はすべて知っていたのか?闇オークションへの参加も奴隷の売買も殺人も。王族であろうと極刑は免れないが、まさか共に企てたことではあるまいな?」
「いや!私は何も知らないっ!!」
国王は首をぶんぶんと振って否定する。
「では、王妃一人の企てということだな」
アレクシオスが手を挙げると、帝国の騎士達がやってきて、カサンドラ王妃を拘束した。
「何をする!!無礼であるぞ!!お前達助けぬかっ!!」
カサンドラ王妃が自分の護衛騎士達に声をかけるも、彼ら自身も剣を向けられ、誰一人身動きがとれない状態だった。
そもそも先程の話に動揺して、戦意を喪失している者が大半だった。
「あなたは金で貴族を買収するのがお得意なようなので、牢獄へ入れるまでは我が帝国の騎士にお供させて頂く。なに、もし無実が証明された場合はすぐ出られるのでご安心を」
アレクシオスは言葉とは裏腹に、邪悪に笑った。
まるで、そんなことは起こらないと言っているかのように。
カサンドラ王妃は、唇をわなわなと震わせながらアレクシオスを睨み付けるも、すぐさま部屋の外へ連れ出された。
「ーーさあ、次はお前達だ」
そう言ってアレクシオスがミハイル王子とイザベラに視線を向けると、二人はびくりと身体を揺らした。
「俺の婚約者に対してありもしない悪評を流し、随分と良いように利用してくれたな」
「お、俺は何もしていないっ!!」
「そんな!私を疑うなんてひどいですわっ!!」
「そうか、二人とも何もしていないと言うのだな」
「もちろんだ!!」
「もちろんですわ!!」
「しかし調べたところによると、この国の新聞社に法外な資金援助と共に、偽聖女の悪評を流すよう、長期間イザベラ嬢から圧力がかけられていたことが分かったのだが、これはどう言うことだ?」
「わ、私はそんなことしていません!きっと私の侍女が勝手にやったのですわ!」
イザベラが瞳を潤ませて訴えた。
「そんな!イザベラ様、あんまりです!!私はあなたに頼まれて仕方なく…!!」
帝国の騎士に連れられ、姿を現したイザベラの侍女が顔を青くして叫ぶ。
「うるさい!うるさい!全部あんたが一人でやったのよ!!」
「しかし、一介の侍女が、すべての新聞社を黙らせるほどの金を定期的にばら撒き続けるというのは、さすがに無理があるのではないか?」
「それは、その子が国のお金を横領して……!」
「私はそんなことしていませんっ!お金もイザベラ様に……!」
「うるさいっ!!罪人は黙ってて!!」
「ははっ!そちらの侍女殿ではございませんよ」
そう言って見慣れない平民の男性が前に進み出た。
「華やかな舞踏会中に失礼致します。私は王都新聞社の編集長を勤めているローレンスと申します。先程のお話ですが、帝王陛下のおっしゃる通り、我が社は支援金として、イザベラ様のサインの入った小切手を毎月頂いておりました。こちらのお金は聖女様の銀行口座を通してのみ換金できますので、そちらの侍女殿が仮に不正をしたとしても、すぐご本人に気付かれてしまうでしょう。つまりこれは聖女様ご同意のものだった。むしろ、聖女様のご意志によるものだったと言えるでしょう」
そう言ってイザベラのサインの入った小切手をみんなの前で掲げた。
証言をしたローレンスという男は、以前リオルと取引をしていた大手新聞社の幹部だった。
リオルの地道な説得と、このところの情勢変化を受けて、ようやく重い腰を上げたのだった。
「他の新聞社にも確認したところ、同様に毎月高額の小切手を渡され、定期的にクリスティア様のありもしない悪評を記事にするよう、情報を渡されていたことが分かりました!」
ローレンスの隣で、イザベラ親衛隊のリオルが補足した。
リオルが促すと、その他の新聞関係者がぞろぞろと会場へ入ってきた。
「そんなの嘘よ!みんな私をはめようとしてるんだわっ!!」
「そうだ!イザベラは聖女なのだ!聖女がそんなことするわけがないだろう!!」
「うるさい黙れ」
「ひいっ!!」
アレクシオスに鋭く睨みつけられ、ミハイル王子は腰を抜かして言葉をなくした。
リオルは更に続けた。
「そもそも、クリスティア様は噂のような悪女などではありません!朝は執務室でずっとミハイル王子殿下の執務を代わりに行われて、昼はイザベラ様のご命令でお二人が使っている部屋をたったお一人でお掃除され、それが終わるとまた執務室で残りの政務を夜遅くまでこなされるのです。時にはお茶会や舞踏会の準備もお一人で任されたり、聖女の代行と称しては僻地まで赴かされたりして、とても新聞に書かれているような悪事をする時間などありません!むしろ、男をたぶらかし、国の金を食い潰していたのはイザベラ様の方です!!」
「リオル!あんた!!」
目を血走らせてリオルに近付こうとするイザベラを帝国の騎士達が取り押さえた。
「何をするのよ!!私はこの国の聖女なのよ!!こんなことをしたら国王陛下が許さないわ!!」
そう言って国王に視線を向けるが、彼は首を振って力なく項垂れた。
「慌てるな、まだ話は終わっていない。ルーマ国王にはこちらの証言を聞いた後でご発言頂こうではないか」
アレクシオスが地の這うような低い声を広場に響かせた。
(アレクシオス……!こんなことをして、一体どういうつもりなの……!?)
私は想像を超えた彼の言動に、頭が真っ白になっていた。
リオルの言葉を聞いた貴族達は、クリスティアとイザベラを交互に見ながら戸惑いの表情を浮かべた。
そこに第一騎士団のライアンも現れてリオルの隣に並んだ。
「私は護衛騎士としてクリスティア様の浄化の旅に付き添わせて頂いたことがありますが、聖女への待遇とは思えない酷いものでした。替えの服はなく、食事もお金も持たされず、着の身着のまま護衛騎士一人と粗末な馬車で城から出されたのです。それはイザベラ様とミハイル王子殿下からのご指示だったと伺っております。このような待遇の悪さから見ても、クリスティア様があのお二人に冷遇されていたことは明白です!」
ライアンの言葉に、信じられないといった声が記者達から漏れ出た。
ライアンは続けた。
「貴族の方でしたら、普通生きては帰れないでしょう。しかし、クリスティア様は、そのような待遇に対して一言も不満を漏らしませんでした。村へ行けば、噂を聞いた者達に石や砂を投げられ暴言を吐かれ、挙げ句、屋敷に招かれることもありませんでした。しかしそれでもクリスティア様は文句も言わず、馬車で一人、一夜を過ごされたのです」
会場は息を呑むように静まり返った。
続いてリオルが口を開いた。
「私はイザベラ様の親衛隊を務めておりました。イザベラ様は浄化の要請が来る度に、クリスティア様に力を奪われたと言っては要請を断り、部屋に男を侍らせて毎日酒盛りをしておりました。私達のような親衛隊に声をかけては毎夜寝室へ呼び込み、服を脱ぐよう命令をしたり、ふしだらな行為をしていました」
「リオル!あんたそれ以上しゃべったら…ふぐっ!!」
「人の話は最後まで聞くのがマナーだろう?」
アレクシオスが騎士に目で指示し、イザベラが言葉を遮らぬよう、口に布を噛ませた。
「ーーまた、浄化の旅と称しては、王都近くの別荘地を訪れ、日がな若い男性達とバカンスを楽しんでおりました」
「なんだって……!?」
それを聞いた平民の新聞記者達は顔色を変え、持っていたメモに話の内容を書き殴り始めた。
「貧困にあえぐ村々からの要請は毎日のように届きましたが、その度に遠方の大変な村に派遣されるのはクリスティア様でした。しかし、どこへ行ってもクリスティア様が受け入れられることはありませんでした……国民はみんな、イザベラ様が出した新聞の内容を真実だと信じていたのです」
「…………」
「馬鹿なお前達は、揃いも揃ってまんまと騙されたわけだ。貴族共に至っては、クリスティアがこれまで次期王妃そして聖女として努力を重ねていた姿を知っている者もいただろうに、本当に愚かなことだな」
アレクシオスが冷ややかに言い放ち、身に覚えのある者達はみな一様に俯いて沈黙した。
アレクシオスがイザベラの方へ向き直り、口枷を取るように指示した。
「ぷはっ!はぁ!はぁ!」
「貴様はクリスティアのせいで聖女の力が奪われたと言っていたらしいが、本当はそんな力はなかったのではないか?」
アレクシオスがイザベラを見下ろした。
「そんなわけないじゃない!!私が本物の聖女だってことは、お偉い人達みんなが証明してんのよ!!あの女の方が偽物なのは間違いないわ!!ねぇ、そうでしょ!?」
そう言って周りの貴族達に同意を求めるが、誰もが目を逸らして後ずさった。
「ミハイル!!あんたも何か言いなさいよっ!!」
イザベラの怒気を含んだ言葉に飛び上がり、つられるように口を開いた。
「そ、そうだ!イザベラは聖女の儀で正式に認められた聖女なのだぞ!!」
「だが、今年は何者かに聖女を見極めるための水晶が盗まれたとか。代わりに有識者を集めて聖女を判定し、その女が選ばれたのだったな?」
「そ、そうだ!!」
「有識者は全てその女の父親であるグレク元準男爵に買収された者が選ばれたそうだな?」
「何……っ!?」
「おや、知らなかったのか?まさか本当にあんな女が聖女だと信じていたわけではあるまい……?」
「……っ!!」
「だってそうだろう?これまで二つの公爵家からしか輩出されていなかった聖女が、水晶が紛失した年に限って平民から聖女が選ばれるなど、誰かの策略としか考えられぬではないか。そんな子どもでも考え付くような手に、まさか揃いも揃って騙されるとは。しかも、当時の準男爵に高位貴族を買収する資金などないことを考えると、お前からの貢ぎ物を金に替えて使ったと考えるのが妥当だろう。まあ、調べはついているのだがな」
そう言って品物の転売記録が書かれた紙をミハイル王子の前にバサっと投げると、彼は膝を付いて食い入るようにその文字を追い、信じられない顔でイザベラを見上げるが、彼女は目を合わせようとしなかった。
「そんな………!」
「まあ、お前の食事には毎回媚薬が混ぜられていたようだから、まともに考える力もなかったのかもしれないが」
「媚薬だって!?」
ミハイル王子は瞠目した。
「だが、こうも簡単に懐に入れることを許し、いいように利用される愚かさ加減が問題だ。これまで王族としての努力を怠ってきたツケだな」
ミハイル王子はもはや立ち上がる気力すらなく、床に座り込んだまま呆然とイザベラを見つめた。
「び、媚薬って何のこと!?私はそんなことしてないわ!!やってたのはクリスティアよ!!ミハイルにまだ未練があったんだわ!!」
「未練があったのなら、長時間拘束して無理矢理愛人契約書にサインさせる必要はなかったはずだろう?きっと喜んでサインしたはずだ」
「「愛人契約書……!?」」
周囲の者達が疑惑の目を向けた。
「面倒な仕事はすべてクリスティアに押し付け、自分達は王族としての甘い蜜だけを吸って暮らすために、愛人という名目で無理矢理契約書にサインさせ、そばに置いて飼い殺そうとしたのだよな?その証拠がこれだ」
アレクシオスが契約書をチラつかせる。
「なぜそれを!?私の部屋で保管していたはずなのに……っ!!」
ミハイル王子が口を滑らせたことで、その事実が証明され、周囲がざわめいた。
「お前達はクリスティアに働かせる傍ら、酒に浸り、遊び呆けて執務を放棄していたな。平民が一生かかっても手に入れられないような高価なワインを何本も飲まずに割って遊んでいたと聞いているぞ?」
「そ、それはイザベラがやっていたんだっ!!」
「ちょっと!自分だけいい子ぶる気!?あんただって、一口しか飲まずに捨てたこととかあったじゃない!!」
「俺は割ったりしていない!」
「……お二人は、私達の税金をそのように使われていたということですか……!?」
記者達の額に青筋が浮かぶ。
「おまけに、ドレスに馬車、宝石に、自分好みの親衛隊の結成やその制服にと、金を湯水の如く使い、短期間で国庫の十分の一を使い切ったとか。その苦肉の策で出されたのが“贅沢禁止令”だったそうだな?それもクリスティアの散財が原因で出させたことにしたとか……全く、自分達は散々贅沢の限りを尽くしておいて、いざ金が無くなったら平民に贅沢を禁止させるとは、随分と自分勝手なことだな」
「……あんたらの散財のツケを、俺達に払わせていたのか……!?」
「今回の増税で食う物も食えなくなった連中がどれだけいるか知ってるのか!?」
「税が払えなくなって、泣く泣く畑を捨てた者達で、いま村も町も大変なことになっているんだぞ!!」
平民代表ともいえる記者達の怒りが頂点に達し、イザベラへと向かった。
「そういうお前達だって、イザベラの情報操作の片棒を担いでおいてよく言う。ろくに調べもせずに出したお前らの記事のせいで愚かな国民はまんまと騙され、クリスティアは彼等の心ない攻撃で幾度となく怪我を負ったのだぞ」
アレクシオスが冷たく睨み付ける。
「そ、それは……!」
「むしろ喜んでいたのだろう?賄賂で会社が潤う上に、刺激的な話題を提供すれば更に新聞が売れるなどと安易に考えて。その結果がこいつらを更に増長させたのだ」
アレクシオスの真っ赤な瞳が刺すように光る。
記者達は、当時の自分達の心情を見透かされたようで、誰も返す言葉がなかった。
私は息を殺しなから、そっと彼の後ろ姿を見上げた。
入念に調べられ、準備されていた資料。
(アレクシオスは、最初からこれをするつもりで舞踏会に参加したのね……)
(でも、何のために……?)
まさか、私のため……?
いや、そんなはずはない。
では一体なぜ……?
考えても分からなかったが、とにかく今は、彼が繰り広げる舞台を邪魔しないよう、静かに見守ることにした。
「はっ!どいつもこいつも愚かなことだ。騙される方も騙される方だが、騙す方はより罪が重い。それを企てた者なら尚更な」
アレクシオスは周囲の貴族や新聞記者達、そしてミハイル王子とイザベラを順に見回して嘲笑した。
「ち、違う!!私はやってない!!本物の聖女の私がそんなことするわけじゃない!!あの人は悪女のクリスティアに騙されてるのよ!!悪いのは全部あの女なんだからっ!!」
イザベラがアレクシオスと私を交互に指差しながら力一杯叫ぶ。
「本物の聖女か……なら、いま一度ここで証明してもらおうか」
「も、もちろんよ!!この前の検査に関わった人達をもう一度集めましょう!!」
「買収された人間に発言力なんてない。馬鹿を言うな」
「ば……っ!?」
「ちゃんと見つけてきてやったぞ」
そう言ってローランに合図をすると、会場後方から美しい光を放つ大きな水晶玉が運び込まれた。
「どうして!?あれは処分させたはず……っ!!」
イザベラが興奮して思わず口を滑らせ、ミハイル王子がその言葉に唖然とする。
「お前は城の下級使用人の男に金を握らせて水晶の処分をさせたつもりだったようだが、その男は何をしても傷一つつけられないこの水晶を、密かに闇オークションに流していたのだ。お前からもらった宝石と共にな」
そう言ってアレクシオスが掲げた宝石を見て、ミハイル王子が動揺する。
「あ、あれは私がイザベラに贈った物ではないか……!?」
「と、盗られたのよっ!!私は誰にもあげてないわ!!」
「その男に詳しい話を聞こうと思ったのだが、あいにく既に何者かに殺されていた。現在人を使って詳しく調べさせているが、お前、何か知らないか?」
「わ、私がそんな男、知るわけないでしょ!!その水晶だってきっと偽物に違いないわ!!」
「ほう、これがか?台座にルーマ国の紋章が刻んであるし、台座から水晶が外された形跡もない。神殿関係者に確認させたが、間違いなく盗まれた本物の水晶だそうだ。しかしまあ、そんなに疑うならこれを見てみるがいい」
アレクシオスはローランが差し出した剣を受け取ると、鞘から抜いて構えた。
「少し下がっていろ」
アレクシオスに言われた通りに少し距離を取ると、彼は剣で思い切り水晶を斬りつけた。
ガキンという大きな音ともに剣が真っ二つに割れて空を飛ぶが、水晶にはかすり傷一つ付いていなかった。
「!!!」
「普通の石であれば、割れるか傷の一つも付くはずだ。俺の知る限り、人の手でこのような物を作り出すことは不可能だ。これが偽物だというのなら、何という素材で作られているのか、答えてみよ」
「………それは、だから……っ!」
「ちなみにこれが大神官からの鑑定書だ。これを偽物と言うことは、大神官の意見を真っ向から否定することだということを覚えておけ」
「………っ!!」
「というわけだ。この水晶は、手をかざすと誰が本物の聖女か分かるらしいが、試してみるか?」
「え、ちょっと待ってよ……っ!」
イザベラが神秘的な光を放つ水晶を見て狼狽える。
「どうした?動揺しているようだが。お前は自分こそが本物の聖女だと自負しているのだろう?」
「も、もちろんよ!!でも私はクリスティアのせいで聖女の力を奪われていて……!!」
「力を奪われると言うことは、受け渡しが可能な力だということか?だとしたら本物の聖女は、いまその力がある者ということになるな?」
「!!」
「そもそも力の受け渡しができるなど、どの文献にも書かれていないがな。もし仮にそれが可能だとしても、本物の聖女であれば、格下の誰かに力を奪われたところで、そう簡単に枯渇したりしないと思うのだが。ただの言い訳に聞こえるのは俺だけか?」
「だから、それは……!!」
「奪われたのではなく、最初からなかったのだろう?」
「!!」
「誰か、この中でこの女が聖女の力を使ったのを見た者はいるか?」
誰もが首を横に振り、彼女を擁護しようとする者はいなかった。
「これが答えだ。確か、この国でも王族を欺いた者は即処刑だったと思うが……?」
「違う!私は……っ!!」
「ならば、お前のその命運を賭けて、手をかざしてみよ」
「え、いや!離して!触らないでよ!!」
騎士に連れられ、強引に手をかざせられる。
がしかし、水晶は何の反応も示さなかった。
「!!」
遂に確固たる証拠を得て驚愕する一同。
「に、偽物よ!やっぱりこれは偽物なんだわ!!」
「黙れ。偽物はお前だ。これまで王家や国民を騙してきた罪は重いと思え」
「う、うわぁあぁっ!!」
イザベラは取り乱すように、その場で泣き崩れた。
「黙らせろ」
「はっ!」
再び口に布を巻かれるイザベラ。
その様子を放心状態で見つめるミハイル王子。
「この通り、聖女でない者が手をかざしても、何の反応もない」
そう言ってアレクシオスは私を振り返る。
「クリスティア、次はお前がやってみろ」
(え……?ええええっ!!?)
私は思わぬ展開に、頭の中が真っ白になった。
[プチ情報]
毎年十二月の頭には、ミハイル王子がイザベラと出会うきっかけとなった仮面舞踏会が開催されており、国内の平民達も参加していたが、今年は平民の暴動を恐れて水面下で中止となっていた。
今回の一月の宮廷舞踏会でアレクシオスと出会うことを楽しみにしていたイザベラと、クリスティアのことで頭がいっぱいだったミハイル王子は、自分達が出会った記念すべき舞踏会が人知れずなくなっていたことに気付いていないのだった。
年内に断罪パートまで投稿できてひと安心です!
あともう少しだけお付き合いください。
皆様よいお年を⭐︎+。.゜:.。+゜




