第44話「アレクシオスからの提案」〜激動の二日間〜
「馬で遠乗りですか!?」
「ああ、今日は馬に乗って視察に出かける」
あれから数日後、アレクシオスから急なお誘いがあった。
「私乗馬はあまり自信がないのですが……」
一応聖女教育で多少の手ほどきはあったが、あくまで非常時用で、王妃教育でも横乗りで優雅に乗る練習程度だった。
「それは好都合だ……」
「!?」
アレクシオスの邪悪な笑みに背筋が凍え、嫌な予感しかしなかったが、恐ろしくて何も聞き返せなかった。
応接室には既に仕立て屋が待機しており、すぐに乗馬服の採寸が行われた。
(仕立て師はアレクシオスに最速で作るよう念を押され震えていた……)
その翌日に仮縫いの着用があり、更にその二日後には繊細な装飾があしらわれた上等な乗馬服が完成された。
(嘘でしょ……!?)
前回のドレスの時もそうだったが、普通オーダーメイドの服は、完成までに数週間から数ヶ月かかる。
(それを一日二日で完成させるなんて、どれだけの人間を酷使させたのよ……!!)
「似合うな」
「あ、ありがとうございます……」
私は顔をひくつかせながら新しい乗馬服姿でお礼を言った。
「前回は一日で完成させたが、お前が不満げだったので、少しゆとりをもたせてやったぞ」
「あ、そうだったのですか……」
(あまり変わらない気がするけど……)
乗馬服を持ってきた仕立て師は目の下に大きなくまができていた。
きっと一睡もできていないに違いない……
アレクシオスには伝えなければいけない人間の常識というものが、まだまだたくさんありそうだ。
「相応の報酬は払ってあるから心配するな。それに前回も今回も急を要する案件だったのだから仕方がないだろう」
「え、それはどういう……わぁっ!!」
乗馬服姿の私をいつぞやの荷物のように片手で担ぎ上げたかと思ったら、そのまま厩舎へと向かった。
「ちょっちょっと!!」
すれ違う使用人達が驚き顔でこちらを見ていて、とてつもなく恥ずかしくなる。
「お願いします!下ろしてください!」
足をバタバタさせるがびくともしない。
(なんて馬鹿力なの!?)
しまいには、遠くで庭仕事をしているジュドーが目を丸くしてこちらを見ているのが見えた。
「!!」
「お願いだから下ろしてぇーーっ!!」
後ろ向きで顔の見えないアレクシオスからは軽快な笑い声が聞こえてきた。
ーー厩舎前。
「はぁ、はぁ……次回は歩いてエスコートして頂けると…嬉しいです………それにしても、本当にすごい力ですね……」
私は乱れた呼吸を整えながら言った。
「これくらい当然だ」
(いや、こんな細身で大の大人を軽々と片手で運べるのあなただけですから!!)
アレクシオスはまた軽々と私を持ち上げて馬に乗せた。
「わぁっ!あ、ありがとうございます……馬には一人で乗るのですね……!?」
私が乗せられた馬の隣に一回り大きな馬が待機していた。
(私一人で上手くできるかしら……)
私は馬に自分の緊張が伝わらないように平静を装いつつ、手綱をぎゅっと握りしめた。
◇◇◇
「はぁぁあぁ……疲れたぁーー……」
慣れない長時間の乗馬でいくつかの村を回って田畑の様子を見てきた。
乗りながら徐々にコツが掴めてきたとはいえ、さすがに疲労困憊だ。
クリスティアはぐったりしながら高台から領地を見下ろしていた。
「この土地は気に入ったか?」
「え?はい……視察した村人達も真面目に働く者が多いように感じましたし、昔ながらの建物が並ぶ町並みがとても素敵でした」
「ふむ。では、この公爵領をひとまずお前にやろう」
「え、公爵領を!?ひとまず??」
「嫌か……?」
「嫌も何もありませんが!でもここの領主様は……!?」
「ここは領主不在の土地の一つだ。現在は帝国が管理している。次の後継者が見つかるまではお前が管理しろ」
(つまり、前に話していたように私を公爵にしてくださるということなのね……)
「……ありがとうございます。喜んでお受け致します」
「あぁ……」
アレクシオスは穏やかに微笑んだ。
ーーかくして、私は公爵領を賜ることとなった。
城へ戻ると、アレクシオスの発行した勅許状が既に用意されており、それにサインすると、その日のうちにまた貴族の身分を手に入れた。
奪われたのもあっという間だったが、与えられるのもこんなにあっさりで、なんだか拍子抜けしてしまう。
なんと叙爵式の場も用意されており、主要な貴族達を集めてその日のうちに簡易的に行われた。
(いや、どこまで準備してたのよ!?)
どこの者かも分からない私が突然公爵位を賜ることに不満の声も多いことが予想されたが、このところのあまりに多くの人員入れ替えのためか、ほとんど興味を示されなかった。
アレクシオスが直々に選んだ人間に文句は言えないというのもあるのかもしれないが。
(余計な詮索をされないのは助かったけど、良いのか悪いのか分からないわね……)
いろいろなことが非常事態であり、それが日常となっている異常な現状だ。
私は苦笑するしかなかった。
ちなみに、公爵領の名前は自由に決めていいと言われたので、両親の姓である“マリッシア”を頂いて、マリッシア公爵となった。
(……さすがに隣国にあるマリヌス公爵領と同じ名前を賜るわけにはいかないし……)
とはいえ、これで再び貴族の仲間入りとなり、これからはまた忙しい日々が始まる。
これからは自分が公爵家当主として自分の領民を養っていくのだ。
その責任に気が引き締まる。
あの領地は由緒正しいと言えば聞こえがいいが、あちこち補修が必要な古い設備が目についたので、これを機に大々的に施設の改修をしても良いかもしれない。
ちょうど先日、アレクシオスから偽浄化の報酬として、法外な額をもらったばかりなので、これを領地運営に使うことにした。
税収が増えて帝国へ還元する分が増えれば良い循環となる。
古き良き伝統は残し、快適に過ごすための技術は上手く取り入れて、人々の生活をよりよくしていく。
ただし、領民の理解がうまく得られればの話だが。
生活が変わることに抵抗を感じる者は多かれ少なかれいる。
もしかしたら隣国の噂を聞いて、私に対して悪感情を抱く者も出てくるかもしれない。
そう思ったら、急にすべてが上手くいかなくなるような言いようのない不安を感じた。
(はぁ、ダメね……)
私は俯いて額に手を当てた。
ーーコンコン。
「……はい」
「失礼します、湯浴みの準備が整いました。今日は晩餐まで時間がありませんので、すぐ参りましょう」
侍女がノックをして入ってきた。
「あぁ、ありがとう、リア」
「とんでもございません。今日は、ご視察の後はお忙しくて、すぐにお身体を清められませんでしたから」
「その代わり、叙爵式前に急いで身体を拭いてくれたじゃない。とても助かったわ」
「そんな、もったいないお言葉です!」
そのリアと言う侍女は屈託ない笑みを返してくれた。
(……そうよ、不安になっていてもしょうがないわ。根気強く伝え続けることで、変えられることもあるはずよ……)
そう言って目の前の彼女を見た。
半年前、私が彼女に対して「ありがとう」と伝えた時は変な顔をしていたが、私が変わらない対応を繰り返したことで、今では私の言葉を受け入れ、笑顔で返してくれるようになったのだ。
安易に諦めず、とりあえず一歩を踏み出してみよう。
私は顔を上げて立ち上がった。
◇◇◇
ーー翌朝。
私はいつもの城のベッドで目が覚めた。
(あれ?私いつの間に眠ってしまったのかしら……!?)
寝過ぎてしまったのか、いつもより外は明るく、隣にアレクシオスの姿もなかった。
「んー……」
広いベッドで、一人伸びをしながら昨日のことを思い返す。
昨日は慣れない乗馬でへとへとだった上に、予定外の叙爵式まであり、心身ともに疲れが限界を超えていた。
そのため、入浴から晩餐の記憶も途切れ途切れで、いつ寝たのかまるで思い出せない……
(まさかまた食事中に酔っ払って、誰かに運んでもらったりしていないわよね……!?)
ここに来た初日、アレクシオスに散々迷惑をかけたらしい夜を思い出し、さっと血の気が引く。
とりあえずアレクシオスに昨日の様子を聞かなくてはと、人を呼んで洗顔の用意をお願いする。
ここに来た頃は、これまでの癖で自分一人で身支度をしていたが、侍女達に“自分らの仕事がなくなるからやめてほしい‼︎”と懇願され、そこからは甘んじてお世話をお願いしている。
朝の支度に来てくれたリアともう一人の侍女に、さりげなく昨夜の自分のことを尋ねてみたが、急に顔を青ざめさせて“何も知らない‼︎”と必死に言うので、更に不安が募った。
「ようやく起きたか」
洗顔と整髪が終わり、これから着替えというところでアレクシオスが現れた。
「アレクシオス!昨夜のことなのですが、私何か変なことをしていなかったでしょうか!?晩餐の記憶があまりなくて……」
「お前が変なのは、今に始まったことではないから気にするな」
「!!」
(それはどういう……!?)
私が半眼でアレクシオスを睨むと、彼は満足そうに笑った。
「冗談だ、晩餐中に船を漕ぎ出したから、俺がベッドまで運んでやった」
「そ、それは大変ご迷惑をおかけしました!!」
「口を開けて面白い顔をしていたぞ」
「うっ!!」
(それは言わなくていいでしょうーー!!)
先程まで顔を青ざめさせていた後ろの侍女達が、今度は笑いを堪えるように肩を震わせているのが分かって、いたたまれなくなる。
「それはそうと、朝食の前にお前に見せたいものがある」
「なんでしょうか……?ご覧の通り、私はまだ寝巻き姿ですので、ご準備には少ー々お時間を頂くことになるかと思いますが……?」
私は不貞腐れた顔でそっぽを向いた。
我ながら幼稚な態度をとってしまっていると内心呆れる。
「いや、そのままで構わん」
「え……?わっ!!」
アレクシオスは私の手を掴んで、強引に部屋から連れ出した。
案内されたのはすぐ隣の婦人の部屋……つまり現在の私の部屋である。
アレクシオスがドアを開けるように促す。
以前にも似たようなことがあったなと思いながらドアを開けると
「………っ!!」
部屋には、大粒の宝石が光り輝く豪華な赤いドレスが飾られていた。
「これは……」
「俺からのささやかなプレゼントだ」
(どこがささやかなのよ……!!)
ひと目でとんでもなく高価だと分かるドレスだ。
ドレスに付いている宝石一つ分だけでも相当なものなのに、それが大量に散りばめてるとあっては、一体いくらになるか分からない。
(これはまたイザベラが欲しがるわね……)
前回奪われた赤いドレスを思い出す。
「このような素晴らしいドレスをありがとうございます。ですが私は、先日身に余る報酬を頂いたばかりです……」
浄化のための報酬として、ついこの間、かなり法外なお金を頂いたばかりだった。
「身分に合った服は必要だろう?」
(確かにそうだけど……)
この帝国の公爵になったのに、いつまでも平民の頃のワンピースを着ていては、叙爵してくれたアレクシオスにも失礼にあたる。
「……そうですね。ありがたく頂戴いたします」
私は深々とカーテシーをした。
どのみち断ったら前回のように、無理をさせた者達に返品すると脅してくるだろうから、大人しく受け取ることにした。
「では、いま着てみろ」
「はい」
だから寝巻きのまま連れてきたのかと納得しながら、侍女と共に婦人の部屋へ入る。
扉を閉めようとするが、その前でアレクシオスが両腕を組んで、立ったまま待っていた。
(え、ここで待っているつもりなの!?)
「あの、準備に少々お時間を頂きますので、準備ができたらお呼びしますよ」
「構わん」
(こっちが構うのよ!!)
さすがに帝国の主が扉の前で待っているとあっては、いつものようにゆったりと着替えている場合ではない。
私も侍女も大急いで準備を始めた。
「ーーお、お待たせしました……っ!」
数分後(かなり急いだ)、姿勢を正してドアを開ける。
いつの間にか、隣に護衛騎士ローランの姿もあった。
「わぁ!とっても素敵ですクリスティア様!!」
「ありがとうローラン……」
私は息を整えながら、改めてドレスを見下ろす。
肩周りをぐるっと柔らかい布がおおうオフショルダータイプのドレスで、首から胸元まではレースでおおわれたホルダーネックになっており、放射状に宝石が並んでいる。
スカート部分はふんわりとふくらむプリンセスラインで、上品さとゴージャスさを兼ね揃えたドレスだった。
ふんだんに散りばめられた大粒の宝石が動くたびにキラキラと光を反射させる。
(きれい……)
「気に入ったか?」
「はい。こんなに素敵な物をいただけて、本当に嬉しいです……」
私はドレスを見回しながら、その美しさにうっとりとした。
「今度は盗られるなよ」
「ぐっ……気を付けます……!」
アレクシオスの言葉に、急に現実に引き戻される。
一度目は見逃してくれたが、二度目は命はないかもしれない。
私は肝に銘じた。
「しかし、やはりお前にはこの色が似合うな」
「へ……?」
慌てて着替えたので忘れていたが、この真っ赤なドレスは確か、この国では王妃だけが身に付けられるロイヤルカラーだったことを思い出し、途端に顔が青くなる。
「どうした?顔色が悪いようだが」
近付いてきたアレクシオスが私の腕を引き寄せたかと思ったら、何やら左薬指に指輪をはめた。
「ぴったりだな」
「こ、これは……!?」
極大の赤い宝石に、台座には帝国の精密な紋様が刻まれており、ただならぬ威圧感を放っている。
「えっまさか……!」
「代々この国の王妃に譲り受けられる指輪だ」
(やっぱりっ!!)
私は指輪を凝視する。
特大のルビーだと思われた赤い宝石は、とても希少価値の高いレッドダイヤモンドだった。
小粒でも相当な価値があるものだが、こんなに大粒の物は初めて見た。
私はその価値を考えただけで、ずっしりと手が重くなった。
「クリスティア・マリッシア」
突然アレクシオスが私の前に跪く。
「この先、俺はいかなる時もお前を大事にすると誓おう。どうか俺と婚約してくれ」
そう言って手を差し出した。
(え……っ!?)
予想外の展開に、一瞬頭が真っ白になる。
(これはどういうこと……!?)
(大事にするって、これまで大事にされたことあったかしら……!?最近はともかく)
私はこれまでのアレクシオスの言動を思い返す。
(でも“いかなる時も大事にしてくれる”ってことは、もう殺される恐れはないってこと……?)
私は首に剣を突きつけられた時のことを思い出した。
(いやいや、そうじゃなくて!これじゃまるで本物のプロポーズみたいじゃないっ!!)
一瞬で様々な思考が駆け巡る。
なぜこんな絶世の美男子にこのような告白をされているのか、どんな裏があるのかと勘繰らずにはいられなかった。
「……返事はないのか?」
柄にもなく物悲しそうな雰囲気を出すアレクシオスに、「え、いや…!」と反射的に手を差し出してしまった。
「陛下!遂にやりましたね!完璧です!最高です!!」
私がきちんと返事を返す前に、ローランが大袈裟に拍手をするもんだから、つられて近くの侍女達まで拍手をし始めた。
「おめでとうございますー!!」
盛り上がる外野。
(な、なんか外堀埋められてるーー!?)
ローランがさっと私に紙を手渡す。
それは婚約誓約書で、既にアレクシオスの名前が書いてあった。
準備良すぎない!?
書面を隅々まで確認するが、どこからどう見ても王家から発行された正式な文書だった。
私はゴクリと息を呑む。
いつも捕虜だ友人だ何だと、都合よく冗談めかして有耶無耶にされていたことが、急に本物の婚約者として現実味を帯びてくる。
「……以前、婚約者は名ばかりの存在だとおっしゃっていましたよね?今後破棄する可能性も考えたら、書面に残しておかない方がよろしいのでは?」
かつてアレクシオスが
“婚約者と言っても名ばかりのものだろ。俺はお前を信用していないし、これからもすることはないだろう”
と言っていたのを私はばっちり覚えていた。
「私も信用して頂けない方と正式に婚約したり、ましてや結婚などは気が進みませんので、書面にサインするのはちょっと……」
と、わざとらしく困ったような顔をしてみせる。
本来信頼関係など、貴族間においては全く問題のない話ではあるが、珍しくアレクシオスが下手に出てきたことの真意を図るために、やや強気に相手の出方をうかがった。
あわよくば、それを理由に断ろうと思った。
「確かにあの時の俺はそう思っていたが、その言葉は撤回しよう」
「へ……?」
「どうやら俺は、存外お前のことが気に入っているようだ」
「えぇっ!!?」
「散々適当なことを言って振り回しておいて、今更そんなの信じられるわけないじゃないですかっ!!」
私は予想外のことを言われて頭が真っ白になった。
「別に信用しなくていい。俺も初めての感情で混乱しているところだ」
「なっ……!!」
まさかアレクシオスがそんな人間らしいことを言うなんて……!
全身の血が沸騰するように熱くなる。
「それで返事は……?」
再度返事を催促される。
(本気なの……?)
彼の真意を探ろうと彼の目を見るが、いつになく優しく真摯な目で見つめ返してきて、心臓がドキリと跳ねる。
(冗談……ではないのね……)
私は一度目をつぶって深く息を吸い、覚悟を決めた。
ーー私は自分の自由な人生のために生きると決めた。
それを気付かせてくれたのはアレクシオスだった。
そして、出会った頃から大きく変わったアレクシオスを見て、彼と共に人生を歩める可能性を感じた。
可能性だけだが……
「分かりました。まだまだ不安なことは多いですが……私でよろしければ、謹んでお受け致します」
私は人生で二度目の婚約誓約書にサインした。
「やったーー!!」
私が書き終えるのを確認したローランは飛び上がって喜んでいる。
(なんであなたがそんなに喜ぶのよ……)
当人達を差し置いて、彼が一番喜んでいた。
「やった…やっ……!」
だが、感極まって泣き出したその表情には、いろいろな思いが込められているようだった。
そんなローランを呆れたように眺めるアレクシオスの目はいつになく優しかった。
「さて、これでお前と俺は、正式な婚約者となったわけだ」
「この誓約が破られないことを願います……」
流石に二度の婚約破棄は、傷ものどころではなくなってしまう。
「ははっ!」
アレクシオスは楽しそうに笑う。
……何も面白くないのだが……
私は二度目の婚約破棄の可能性がゼロではない気がして身震いした。
たった今立てた決意が風で飛ばされそうになるが、なんとか自分を奮い立たせる。
(……もし二度目の婚約破棄をされることがあった時には、独身であろうローランに責任をとって結婚してもらおう……)
私は勝手な保険をかけて、不安な心を落ち着かせる。
「これで準備が整ったな」
「準備……?」
「では出発するか」
「え、どこへですか?」
「ルーマ国だが?」
「へ……?」
「数日後に開催される宮廷舞踏会に招待されているからな、一緒に行くぞ」
「なっ……!今からですか!?」
「そうだ」
「き、聞いてないですよーーっ!!」
私の声が部屋に響いた。
ーーー数十分後、私は帝国の豪華な馬車の中にいた。
長旅になるのでコルセットもドレスも脱いで、簡素なワンピース姿であるが、もちろんアレクシオスと二人きりである。
(なんで……なんでこんなことに……!!)
昨日公爵になったと思ったら、今日はアレクシオスの婚約者になり、今は逃げ出したはずのルーマ国へ向かっている。
いくらなんでも数日の間にいろいろあり過ぎだ。
私の頭が追いつく間もなく話がどんどん展開していく。
今となっては、急かされながらドレスを着せられたことも婚約すらもアレクシオスの計画の一つだったのだと気付く。
「……あの婚約誓約書は本物ですか……?」
思わずそんな不敬なことを残虐王に聞いてしまう。
「そんなことを疑われるとは、ショックで胸が痛むぞ」
残虐王が悲しげに眉を寄せる。
(うっ……!だって書類捏造とか平気でやりそうだし……!)
日頃の行いから、つい失礼なことを考えてしまう。
しかし、仮に演技だとしても、そんな悲しそうな顔をされるとこちらの良心が痛む。
「す、すみません……」
「どうやら、もっと俺の気持ちを表現しないといけないらしいな……」
そう言って私の隣に座ると、頭を引き寄せて髪にキスをした。
「わっ!だ、大丈夫です!信用してますから!!」
私は全く信用していない相手に心にもない嘘を吐きながら胸を押し返した。
これまで誠実に生きることを心掛けてきたつもりだったが、アレクシオスの前では思いもよらない自分がどんどん姿を現す。
(私ってこんなにいい加減な人間だったのね……)
思わず自分自身に呆れ返る。
そんな自分に失望しつつも、同時に新鮮さを感じていた。
子どもの時に押し込めてきたであろう人間らしい感情が、アレクシオスの前ではいとも簡単に呼び起こされる。
嬉しいような悔しいような変な気持ちだ。
彼はそんな私をも見透かしたように笑った。
最近よく見られるようになった彼の笑顔を見て、彼もまた人間らしい柔らかな表情が多くなったとしみじみ思った。
(いろいろあったけど、私にはこの人との出会いが必然だったのかもしれないわね……)
馬車の窓から変わりゆく帝国を眺めながら、私は彼との出会いに感謝した。
その後は、馬車の窓から見える帝国の町並みを見ながら、今後の政策について意見を交わし合い、有意義な時間を過ごした。
ーーしかし、国境を越え、ルーマ国の王城が近付くと、目を疑うような光景が広がっていた。
「これは一体どうしたというの……!?」




