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第41話「始動」〜ミゲルの思惑〜

帝国の馬車に揺られて四日が経った。


フェリシアとルイス、ジュドーとタッドはそれぞれ別の馬車、私はなぜかアレクシオスと一緒の馬車で移動した。



アレクシオスは必要最低限以外は話しかけてこなかったので、この時ばかりは彼と二人きりになれてとても助かった。


両親が死んでしまったことをいまだ受け入れられない自分と、両親を見殺しにしてしまったことを責める自分とが、私の心の中をグルグルとせわしなく回っていた。



私がもっと早く両親の居場所を見つけていたら、彼らは死ぬことはなかったのではないか。

そう思っては自分を責めた。

責めて責めて苦しくなって、自分も死んでしまいたいと思う度にアレクシオスの言葉が蘇った。


“ここでお前がどうなろうと、既に死んだ者は生き返らない”


身も蓋もない言葉ではあったが、的を射ている言葉でもあった。


起こってしまったことを嘆き、自らの命を絶てばそれまでだ。

しかしそれよりも、これから赴く帝国で、私の命尽きるまで誰かの命を救うために生きる方が、遥かに意味のある生き方だと思えた。

それこそが元聖女エヴァ様の教えに恥じない生き方だと。



昼の休憩時間になると、アレクシオスがエスコートをして小高い丘まで連れて行ってくれた。


フェリシアとルイスが丘のふもとで心配そうにこちらを見ていた。


……二人にも気を遣わせてしまっている。



丘の上は見晴らしがよく、やや冷たい風が吹いていた。

私が寒さに体を震わせると、アレクシオスが自分の上着をかけてくれた。

「……ありがとう……」


私がそこに座ると、アレクシオスは少し離れたところで背を向けて遠くの景色を眺めていた。


あのアレクシオスでさえ、私を気遣ってくれている。


(いい加減整理をつけなくては……)


そうは思うが、心は思うように動かない。

何しろ、両親が亡くなったショックに加えて、それで自分を責め続けていたから、心が疲弊し切ってしまっている。

我ながら愚かなことだ。

だが、愚かなのが私なのだ。


私は不意に元気だった頃の両親を思い出そうとした。


最後に話したのはいつだったか。あまり思い出せない。

どうしてもっと一緒に過ごす時間を大事にしなかったのか……

いつしか、どれだけ努力しても自分を否定しかしない両親と話すのが辛くて避けるようになっていた。

ミハイル王子に婚約破棄をされた日、家を勘当されることを内心覚悟した。

彼らが、すべての地位を失った私に価値を見出すとは到底思えなかったから。


……でも、恐れずにもっと会話をすればよかった。

人々が羨望する次期王妃、次代の聖女、有用な公爵令嬢としてではなく、一人の人間として、もっと私を認めてほしいと、伝える努力をすればよかった。


二人から学ぶことも、まだまだたくさんあったはずだ……

人は失ってから大切なものに気付くというが、本当にそうだと思った。

後悔してももう遅い。

後悔はもう飽きるほどした。


これからは、今いる大切な者達を両親の分まで大切にしよう……

そう心に決めた。


涙は乾いてもう一滴も出なかった。


立ち上がり、振り返ると、アレクシオスと目が合った。


丘のふもとに目をやると、フェリシアやルイスにローラン、そしてジュドーが一様にこちらを見ていた。


私は淡く微笑んだ。

悲しみは尽きないが、前に進んで行こう……そう思えた。


私は差し出してくれたアレクシオスの手を取った。








「美味しい……」


丘を降り、フェリシアが用意してくれたスープを飲むと、温かくて心が落ち着いた。

それを見たフェリシアがたまらず泣き出した。


そう言えばここ三日間、ほとんど食事らしい食事をとっていなかった。

かなり心配させてしまったらしい。

ジュドーも一緒になって涙ぐんでいた。

本当に申し訳ない……


食事で心も身体も満たされると、次第に活力がみなぎってきた。


「……こちらは国境付近ですよね。帝国へはあとどのくらいで着きますか?」


「半日といったところか」



その後、馬車に揺られ、数時間もすると国境を越えて帝国へ入った。


そこで妙な違和感を覚えた。


(道が……ガタついていない……!?)


初めて帝国へ連れてこられた日は、馬車が酷く揺れていたが、今回はそれが全くなかった。

ここは前回と同じ道のはずなのだが……


不思議に思って窓の外を見ると、地平線まで伸びる道がきれいに整備されていた。


「道を整備されたのですか……!?」


「ああ」


「しかも、前回感じた悪臭もないようなのですが、これは一体……?」


「上下水の施設を整備し直したからな。汚物の不法投棄を取り締まる条例も作った」


(なんですって!?)

あの軍事力の強化にか興味のなかったアレクシオスが……!?

政務に一切興味のなかったアレクシオスが条例を……!?


「一体どういう風の吹き回しですか!?」


「お前が残していった草案を実行しただけだが?」


「あの計画を実行されたのですか!」


正直意外だった。


”言うは易し行うは難し”と言うが、この国は大帝国と呼ばれるだけあってかなり広大だ。

施策を実施するにしてもかなりの人員と費用が必要で、その捻出と手配にはとてつもなく手間がかかる。ただでさえ、それらに携わる人員が酷く不足していた状態だ。

そのような中でアレクシオスは様々な下地を整え、実施に踏み切ったというわけだ、驚かないわけがない。


それに、私は計画書に“汚物の田畑への活用”については記載したが、条例については触れていない。

「その条例は陛下が作られたのですか?」

「他に誰がいる?」


(……この短期間で条例案を作って実施までもっていったというの!?)

普通条例案を一つ作るだけでも半年から一年はかかる。

それを公布、施行、そして実施するまでには更に時間を要するものだ。

それを彼はこんな短期間でやってのけてしまった。

少々強引ではあるが、その実行力からも彼がどれほど有能な人間なのかが伺える。


(本当にとんでもない人だわ……)





その後もしばらく馬車に揺られながら窓の外を眺めていたが、なんと道の先に新しい集落が出来ていた。

新しく建てられたらしい建物が並び、近くには区画整理された田畑がきれいに並んでおり、農道や用水路も整備されていた。


(嘘でしょう……!?)


この辺りは、ほんの半年前まで荒れ地で誰も住んでいなかったはずだ。


視察に行った王都近くの村でさえ悪臭の中、痩せ細った者や行き倒れている者であふれかえっていたのに、ここでは健康的な体型の者達が精力的に農作業をしている。

食事をきちんと摂れている証だ。


「……豆を植えているのですね」

「ああ、そうだ。耐寒性のものを植えさせている。春の土壌改良にも役立つし、食料としても有用だ」

「………」

私は一瞬空いた口が塞がらなくなるのを慌てて防いだ。


以前彼にこの国の状況について尋ねた時、「知らん」と、全く把握していないどころか、興味すらもっていなかった。


それが今や、村の改革だけでなく、土壌改良の知識まで携えている。


”一を知って十を知る”という言葉があるが、彼はそこから自ら学び、考え、求めることで、結果として一から百を得るのであろう。

なんと言う能力の高さであることか……


「ここは半年前まで荒れ地で、住む者はいなかったと思うのですが、働き手はどうされたのですか?」


「難民や捕虜がたくさんいたからな、そいつらを移住させた」


「そ、そうですか……」

それはさぞかし、反発があったことだろう……


「作物が安定して収穫できるようになるまでは飯を三食付ける条件を出し、希望した者達に土地を与えたが、思いの外希望者が多かった」


(あぁ、なるほど……)


平時ならまだしも、これまでの酷い状況を考えると、住む場所や食事もなく、明日の生死も分からない者達が大勢いたであろうことを考えると、これは願ってもない条件だったのかもしれない。


「工事の作業員にも三食の食事と住む場所、僅かながら賃金を渡す条件を提示した」


話している間中もそこかしこで作業員がさまざまな工事をしているのが見えた。


「素晴らしい取り組みですわ。ですが、その大量の食料はどこから捻出されたのですか?」


「国の食糧庫を開け放った」


「なっ……!!」


国の食糧庫は、飢饉などの緊急時に備えるためものだ。これらを開け放つということは、統治者の求心力の低下を招く懸念にもなる。

安易に行ってはならない禁じ手である。


「どのみち、このままだと十年もしないうちに食糧が尽きるらしいからな」

私を見ながら意味深に笑うアレクシオスの話を聞いてハッとする。

彼は私が以前言ったことを覚えているのだ。


「この半年でもわずかばかりだが戻りがあった。このまま定住と農作が軌道に乗れば、やがて倍以上の回収が期待できるだろう」


以前、”誰が何人死のうと俺には関係ない“と言っていた彼が、今は先を見越して人や村を育てようとしている……


確かに村の衛生環境を整備し、汚物を有効活用して良質な田畑を増やすことは飢饉や疫病の予防になるし、これ以上ないほどの得策と言える。



ふと、窓の外に一際大きな建物が見えた。

「あれは何ですか?」


「あれは、孤児院を併設した平民用の学校だ」


「が、学校!?」

こんな僻地に!?

しかも平民用の……!?


「昼間は働く子どもが多いから、二部生で時間を選べるようにしている。戦争孤児も一緒に学べるし、負傷兵や浮浪者もあそこで職業訓練を行なっている」


確かに私が作成した計画書にも、平民の識字率の問題を記載はしたが、具体的な案については詰めていなかった。

アレクシオスはそこから自分でここまで作り上げたのだ。

平民、戦争孤児、負傷兵などの社会的弱者に対する対応も忘れていない。

なんて……


「素晴らしい施策ですね!」


私は嬉しくなって思わず身を乗り出す。

それ見て僅かに目を見張るアレクシオス。


「……社会からあぶれた者は、犯罪や治安悪化の一因となりやすい。それを阻止することが帝国にとっての最重要課題だと思ったのだ」

ふいと顔を横に向けられる。

陶器のような白い肌に紺色の美しい前髪がさらりとかかる。


「奴隷を扱っていた連中は厳罰に処し、奴隷だった連中は衣食住付きで学校に通わせている」

「……陛下……!」

私は彼に対する見方を改めた。

なんて慈愛に満ち溢れた有能な統治者なのだろう……

最初の印象とは大違いだ。



ーーーしかし、関心したのはそこまでだった。



行けども行けども整備された平らな道が続き、新しい集落には学校や新しい建物が。荒れ果てていた田畑はきれいに整備され、冬でも青々とした緑が生い茂っていたが。


「………いくらなんでも、一気に工事しすぎではありませんか……?」


「一気にやって何が悪い?」


「これすべて公共事業ですよね?お金はあるのですか?」


「多分大丈夫だろう」


「多分……!?」


貴族院の貴族達の杜撰な管理のせいで、帝国の正確な財源は把握していないが、大半が軍備に使われていて、この国の規模に比べると使える予算は僅かだったように思う。


(……やっぱり根本的に強行的なところは変わってないのね……)

私はガックリと項垂れた。

戻ったら金策を最優先で行うことになりそうだ。


「……お金は計画的に使わないと、後で大変なことになりますよ」


「それは平民になって学んだことか?」


「そうですね。平民の無駄遣いは命取りですから」


「俺のは無駄遣いではなく先行投資だと思うが?」


「そうですが……」


「それに万が一、金がなくなっても多少のアテはある」

そう言ってアレクシオスは暗い笑みを浮かべた。


私は聞いてもロクなことにならない気がしたので、それ以上は深く聞かないことにした。





◇◇◇




「なんだとっ!?」


ルーマ国王城で、ミハイル王子が激昂していた。

手には今朝の新聞が握られていた。


「あの女が盗賊の頭に手篭めにされただと……!?」


「現在では、盗賊の頭の女になってるんですって〜!案外まんざらでもなかったんじゃない?さすが淫乱女よね〜!」

イザベラがきゃっきゃとミハイル王子の腕に抱きつく。


「いや、あいつはそんな女じゃない……っ!!」


「もうミハイル、だから何回も言ってるでしょ、あの女は心優しいミハイルを騙していたすっごい悪女だったって、ねぇ?」


イザベラが傍らに侍る男性二人に同意を求める。

「もちろんです、さすがイザベラ様は人を見る目がおありですね!」

宰相の息子、クレオ・ラリスが嬉しそうにイザベラに同意する。

「あいつは真面目ぶってたが、中身はロクなもんじゃなかった。俺には分かる!」

騎士団長の息子ザックはイザベラに微笑まれて自信たっぷりに大きく頷く。


「そ、そう、だな……」

三人の言葉にどこか違和感を覚えながらも頷く。

しかし、ミハイル王子の脳裏に思い出されるのは、淡々と政務をこなす、陰気なクリスティアの姿だけだった。


男も知らないような真面目なふりをして、俺だけに真に仕えるふりをして、裏では男達をもてあそんでいたと言うのか……?

そう思うと、ふつふつと怒りが湧き上がってきた。


「……あの女を調子に乗らせるわけにはいかない!すぐ連れ戻せ!!」


「えっ、ミハイル、本気!?」

ミハイル王子の言葉に、イザベラが少し慌てる。


「お待ちください!」

その時、扉が勢いよく開いた。


「誰だ貴様は!!」


「私はイザベラ様の親衛隊のミゲルと申します」


親衛隊の制服に身を包んだミゲルが騎士の礼をとった。


「あら〜ミゲルじゃない!ちょうどよかった、いろいろ聞きたいことがあるのよ〜!」

イザベラが身体をくねらせて猫撫で声になる。


「私も何点かご報告したいことがございまして」

ミゲルはきれいに切り揃えられた艶のある金色の髪をサラリと流し、優雅に笑みを浮かべた。


「まずクリスティア様ですが、盗賊に捕まった後はしばらくアジトに拘束されていましたが、何者かの手引きか、いつの間にか別のルートから逃げ出していたようでした」


「盗賊の頭に手篭めにされて、そいつの女になったという話は本当か!?」

ミハイル王子が身を乗り出して聞いてくる様子に僅かに片眉を上げた。

「それは違うと思います。そのような様子は外から観察した限りでは見受けられませんでした」


ミゲルがそう答えると、ミハイル王子はあからさまにほっとしたような表情を浮かべていた。


(以前アレクシオス陛下に帝国へ連れ去られたこともあったが、その時はこれほど動揺してはいなかったはずだが……格下の者に取られるのが嫌なのか……?)


アレクシオスとクリスティアは一夜を共にした関係だと帝国の一部の者の間では噂になっている。

更に訓練中の騎士達の前で彼女の存在を公に発表されたとか。その時自分は既にルーマ国へ潜入していたから、風の噂でしか知らないが。


「ならすぐに見つけ出せ!あいつがいないせいで政務が溜まっているんだ!!貴族院の連中からもまだかと苦情が来ている!」

ミハイル王子がミゲルを怒鳴りつけた。


「はっ!」


(苦情が来ている……?クリスティア様はミハイル王子だけでなく、貴族院の連中の仕事までもやらされていたのか……あの方が帝国を去ってからまだ半月ほどだというのに、一体どれほどの仕事を押し付けていたのか……)

おっとりとしているようで、常に冷静沈着に物事を見る貴族然とした彼女を思い出す。

(やはり優秀な方なのだな……)

それでこそ我が主人にふさわしい。

あの方に選ばれるだけはある。

ミゲルは一人で得心する。


「それでは失礼します」

「ああ、待ってミゲル!もう少し詳しい報告も聞きたいから、後で私の部屋に来てちょうだい」

イザベラが意味深な笑みを浮かべる。


「……かしこまりました」

ミゲルは表情を変えずに礼をした。



◇◇◇



「失礼します」


「いらっしゃい〜♪」


ミゲルはイザベラの私室を訪ねていた。

部屋には人払いをしていて他に誰もいない。


本来であれば、未婚の女性が男性と部屋で二人きりになることなどありえないが、イザベラの護衛騎士だけは特例として許されていた。

イザベラはあろうことかネグリジェ姿で、ベッドに腰掛けて待っていた。


ミゲルは、イザベラの差し伸べる手を取って跪いてキスをする。

それを見たイザベラは満足そうに、ニヤリと笑った。



「それで、隠し鉱山の方はどうなったの?宝石は?」


イザベラはミゲルの身体をくまなく眺めた。


「それが、少々困ったことになりまして……」


「え?」


「クリスティア様が盗賊のあじとを抜け出した際、ちょっとした騒動になりまして、それで近隣の領の者に隠し鉱山のことを勘付かれてしまいました」


「なんですって!?」


「現在盗賊の討伐隊が組まれ、盗賊を壊滅させようと動いています。その後で鉱山に本当に宝石があるかの調査をするつもりのようです。あの中に良質な宝石が山のようにあると分かれば、すぐにでもそこの領主に奪われてしまうでしょう」


「それはどこの領なの!?調査する前に領主を殺してしまえばいいわ!できるわよね!?」


「可能ではありますが、得策ではありません。目立ち過ぎるとかえって注目を浴びてしまいますから、ここは慎重に動いた方がよろしいかと」


「じゃあどうすればいいの!?」



「まずは討伐隊を極秘に殲滅させ、盗賊に鉱山を守らせた状態であの土地ごと買い取るのがよろしいかと」


「そんなことができるの!?」


「はい。しかし、これはいくつかの文書を偽造する必要がありますので、私とイザベラ様だけの秘密にして頂きたいのです」


「わかったわ!!」


「不正文書を無理に通す関係上、ある程度のお金も必要になりますが、そちらはイザベラ様の方でご用意して頂けますか?」


「もちろんよ!いくら必要なの!?」


「とりあえず十億マニーほど」


「じゅ、十億マニー!?」


「はい、討伐隊殲滅のための傭兵集めや周辺領主への根回しに、土地の権利書の捏造、各部署への賄賂など、必要な経費です」


「で、でも……」


「鉱山さえ手に入れれば、十億マニーなんてすぐに取り返せますよ。あそこには百億マニー以上の価値のある宝石がザクザク眠っているんですから。イザベラ様もご覧になりましたよね?」


イザベラは以前ミゲルにもらった大粒で質の良い宝石達を思い出した。


「そうよね……鉱山さえ手に入れられれば、元は取れるものね……」


「ええ」


「でも十億マニーなんて、どこから持ってくればいいの?私用のお金なんてもう全部使っちゃったし、バイロンはうるさいし……」


「私に良い考えがございます。何人かに分けて小切手を用意してもらえばいいのです」


「小切手?」


「はい、ですが、実際にその小切手は使われません。取引の際に用いますが、小切手を渡した相手に何らかの形で使わせないようにし、元の本人に返します。使われない小切手を用意するだけならば、たとえ額が大きくても用意しやすいでしょう」


「なるほど!それはいい考えだわ!早速みんなにお願いしましょう!」


ザックにクレオにミハイルに両親に…と頼る相手を連ねるイザベラ。


「しかし、ことが明るみにならないよう、必ずそれぞれに口止めすることを忘れないでください」


「ええ、もちろんよ!私そういうかけ引きは得意なの♪」


「では、ことは急を要しています。明日の夕方までにきっちり十億マニーの小切手をご用意ください。受け取り次第すぐに鉱山へ出発します」


「ええ、わかったわ!」


「ところでミゲル……」

そう言ってイザベラが妖艶な笑みを浮かべてミゲルに手を伸ばす。が、彼はするりと身体をかわし、「では……」と何も気付かなかったかのように優雅に礼をとると、素早く部屋から出て行ってしまった。


「もう、隙がないわね!……でも、そういう男を落とすのも、たまらなく快感なのよね〜!」

イザベラは歪な表情でミゲルの出て行った扉を見つめて笑った。





「ははっ……」

人目を避けて王城を後にしたミゲルは人知れず笑った。


「クリスティア様を追い出したお方は、相当な強欲者だな……」


清廉な彼女とは対極にいるような人間らしい人間。いや、本能だけで生きている獣のような生き物と言った方がいいか。


ミゲルは空を仰いだ。

イザベラとは正反対の彼女を思い出す。

慈愛に満ちた穏やかな人柄で、異国の女性と元奴隷の少年を連れ歩く不思議な女性……


貴族の娘としての身分が剥奪された今でも、その高潔さが失われることはない。

むしろ彼女が困難に立ち向かえば立ち向かうほど、それらの感覚が洗練され、研ぎ澄まされていくように思えた。



この城を追い出された日は、イザベラによって豪華なドレスを着せられ、怒りを増幅させた王都民達に石を投げられた。そんな中でも怒りを募らせることなく、二人の連れを守ることに徹した。


他人への関心が低いミゲルではあるが、あの時のことを思い出すと胸が苦しくなる。

彼女が傷付けられているのを見過ごす時間がとても耐え難かった。

だが彼女は、護衛騎士である私に守られるなど微塵も期待していないばかりか、とにかく二人を守ることに必死だった。

自分の顔面に石つぶてを何度ぶち当てられようと、彼女は二人を押さえる手を緩めなかった。

彼女の顔のあざを見るたびに、自分のしたことを後悔した。

こんなに自分の心を揺さぶられたのは初めてだった。

これは同情心なのだろうか。

いや違う。

最初に自分が彼女に笑顔を向けた時、彼女は微笑みながらもこちらを探るような様子を見せた。

そんなことは初めてだった。

だから興味をもった。

貴族の女性はどれも同じ反応だと飽き飽きしていた俺に新鮮味を与えてくれた。


(柄にもないことだ……)

ミゲルは笑った。

アレクシオス陛下もそんな気持ちだったのかもしれない。


アレクシオス陛下を除いて唯一自分の気配を悟ったクリスティア。

その時は少なからずショックを受けたが、彼女はアレクシオスと同じ鋭い直感と本能的な運動能力のセンスを持ち合わせていた。

同じ本能でもあのイザベラとかいう女とはえらい違いだ。


そして彼女が手づから煮込んだスープ。

元公爵令嬢の彼女が大鍋を担ぎ出した時には心底驚かされたが、その美味さにまた更に驚かされた。

あのスープには、飲んだ者に癒しと安らぎを与えてくれる不思議な力があった。


また、覚えたてだという狩りの力も見事だった。命中率はとても高い。それもそのはず、毎夜、みんなが寝静まった頃、弓のメンテナンスと修練を人知れず行っていたからだ。

それでも命を刈り取ることには慣れないのか、生き物を捌く時には「ありがとう、ありがとうね……」と半泣きで声をかけている。

そして、そんな弱い部分は誰にも見せない。

なんと強い女性であることか。

アレクシオス陛下が興味を寄せる気持ちがよく分かる。


きっとこれまでも陰ながら努力し続けてきたのだろう。

それだというのに、この仕打ちはあんまりではないか……


彼女のために出来ることはしたいと、いつの間にか思うようになっていた。

今回のイザベラの件も自分からアレクシオスに進言した。

上手く事が運ぶのを願うばかりだ。

もちろん、そのための根回しも入念に準備していく。

ミゲルは美しい青い瞳を細めて、かの方向を眺めた。


生涯に一人、誰かを娶らなければいけないのであれば、彼女のような女性がいい。

彼は柄にもないことを思う自分を笑うのだった。





翌日、小切手を片手に、ミゲルは自分の主と主の傍らにある美しい髪色の女性のいる帝国へ戻るのだった。




[プチ情報]

アレクシオスの前では少し言葉が崩れるクリスティアです。

前回は王都からというのもありますが、1日半の弾丸移動でしたが、今回は人数も多く、スピードもゆっくりめということで、たっぷり5日かけて帰りました。兵士達もほっとしています笑


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