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第4話「クリスティアの決意」

やや残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。





アレクシオスの言葉に、会場は騒然となった。



「……っ!」



一体どういうこと……!?


突然のことに青ざめながらも、クリスティアは再び必死に頭を働かせた。


彼の顔を見つめるが、その真意は読み取れない……


そこにミハイル王子が噛み付いた。

「その女は私の婚約者だ!そう簡単に他国の者に渡すわけにはいかない!!」


「“元”だろ?先程公衆の面前で婚約破棄を宣言したのだ、もう赤の他人だ。しかもその元婚約者を今まさに自分の手で殺そうとしていたではないか。まさか人のものになると分かった途端、急に手放すのが惜しくなったのか?それはあまりに幼稚で身勝手な話ではないか……?」


アレクシオスの言葉に、ミハイル王子はぐうの音も出なかった。


そこに「あの……」と控えめに聖女のイザベラが口を挟んだ。


アレクシオスに睨まれると、ビクリと華奢な肩を震わせた。


「そ、その方は、自分が本物の聖女だと皆んなに嘘をついた罪人です。そんな方と結婚しては、あなたの名前に傷がつくのでは?」


「ほう、つまり……?」

アレクシオスが興味深しげにイザベラの話に耳を傾ける。


するとイザベラは、もじもじと恥ずかしそうにしながらも

「なので、よかったら私が彼女の代わりにあなたと結婚します!」

と言って微笑んだ。



「な、何を馬鹿なことを……!!そんなこと、この俺が許さないぞ!!」


「ですが、ミハイル様!私一人が犠牲になるだけで、この国が救われるのです!これは聖女として私がやるべき役目なのです!!」


「あんな悪魔の元へ嫁いだら、何をされるか分かったものではないぞ!」


「それは覚悟の上です!私は彼になら……何をされても構いません……!!」


「イザベラ!!それほどまでに我が国のことを考えてくれるとは……!だが、私はお前を失うことなどできない……!!」


「ミハイル様……!!」


またしても二人の世界へ突入した二人。


だが、それをそばで聞いていた私は気が気ではなかった……



よりにもよって残虐な王と呼ばれているアレクシオスの前で、彼との結婚を「馬鹿なこと」だの「自分が犠牲になる」だの「悪魔」だの……



彼らは帝国に戦争でも仕掛けたいのだろうか……?

そう思われても仕方ないほどの目に余る失言の数々だった……



チラリと隣に立つアレクシオスの顔を盗み見るが、相変わらずゆるやかな笑みを携えたままで、表情を崩さない。

とても不気味だ……



彼はしばらく2人の会話を聞いた後で、温度の感じられない目で言葉を返した。



「生憎だが、俺が欲しいのはこの女だ、お前ではない」


「!!」



どうしてそこまで……!?



イザベラが現れてからというもの、私が自分の地位を守るために彼女をいじめているという噂が流れ始め、しまいには自分の地位を利用して好き放題する悪女だと囁かれるようになった。

それまで私を支持してくれていた者達も徐々に私から離れていった。


10日前にイザベラが聖女に選ばれた時には、やっぱりかと、最後まで私を信じてくれていた者達も離れていってしまった。


誰もが私よりイザベラの方が素晴らしい存在だと口を揃えた。

そんな私を彼女より優先してくれたのは、アレクシオスが初めてだった。



「………」




「どうして!?納得できないわ!!」

自分の提案を拒絶されたイザベラがやや声を荒げた。


「私は彼女よりも若いし美しいし、この国の聖女なのよ!?何が不満だというの!?」



アレクシオスはやれやれとばかりに鼻で笑って言葉を返した。

「俺は俺に相応しい身分と能力のある女を必要としているだけだ。見た目など、どうでもいい」


「花嫁にするなら、見た目は美しいに越したことはないでしょう?じゃあ、私が彼女と同じ公爵令嬢になったら、あなたと結婚できるということ!?」

アレクシオスが曖昧に笑って返すと、それを肯定と受け取ったイザベラは、ミハイル王子に向かって今すぐ自分を公爵令嬢にしろと懇願し始めた。


彼女のその言動から、先程の国の犠牲になるという話はただの詭弁であったことが浮き彫りになった。

アレクシオスは冷めた目で二人のやり取りを眺めていた。


一方で、私は先程の彼の言葉を反芻していた。


“俺は俺に相応しい身分と能力のある女を必要としている”



……なるほど。


確かに私は弱小国とはいえ、公爵家の娘だ。

我がマリヌス公爵家は、この国に二家しかない大公爵家の一つであり、代々聖女を輩出していて王族との血縁関係もあり、他国へ嫁ぐには十分な身分と言える。

彼がそれをどこまで知っているのかは分からないが、ミハイル王子と婚約していた時点で、それなりの身分だと判断したのだろう。


能力のある女性を欲していると言うことは、結婚後は王妃としての責務をしっかり果たせる者を望んでいるのだろう。

見た目にこだわらないということは、あくまで仕事上のパートナーとしての役割を担う相手のみを必要としているということだ。

将来王妃になるための教育をしっかり仕込まれてきた私はまさしく彼に打ってつけの存在だったと言う訳だ。


公衆の面前で派手に婚約破棄をされ、この国の社交界から追放されたも同然の私にとってもありがたい話ではある。


しかし、彼には一つ問題があった……


彼はあれだけの美貌と地位があるにも関わらず、婚約者もいなければ、彼の王妃候補を望む者もいなかった。


それは彼が起こしたクーデターの噂が原因だった。


彼はクーデターを起こした日、王妃と兄を惨殺した後、特に恨みの強かった父王に対しては、半殺しの状態で城壁から吊るし、苦しみもがく姿を笑いながら半日眺めていたというのだ。


誰もそんな残虐非道な男の元に、大事な娘を嫁がせたいとは思わないだろう。


私もいくら自分を必要としてくれる相手とはいえ、そんな残忍な相手に嫁ぐのは正直嫌だ……


先程まで死を覚悟していた私だが、生きる選択肢があるのならば、できれば幸せな人生を選びたい。


私はもう自分で自分の人生を選択すると決めた。

死ぬなら苦しまずに楽に死ねる方がいいし、死ななくて済むなら、それに越したことはない。

ましてや、恐ろしい相手と結婚し、いつ殺されるか分からない恐怖に怯えて余生を過ごすなど、絶対に嫌だ。


ある意味、あんなにも彼との結婚を望むイザベラは貴重な存在であると思われた。



私は彼を激昂させる覚悟で、恭しく進言した。


「陛下、恐れながら申し上げます。陛下からの大変有難いお申し出ですが、婚姻の件は丁重にお断りさせていただきぃいーー!?」


私が最後まで言い終わらぬうちに、彼は私をまるで荷物のように片手で持ち上げ、肩に担ぎ上げた。


ミハイル王子とイザベラも呆気に取られて口をあんぐりと開けている。


「この女はもらっていくぞ」


「お待ちください陛下!!私は婚姻など致しません!!」


彼は私の言葉など意にも介さず歩き始める。


これでは人攫いと一緒ではないか……!!



「ま、待て!待つのだ……!!」

一歩遅れて、ミハイル王子とイザベラも後を追いかけてくる。

後ろからよろよろと腰の引けた取り巻き達も追いかけてきた。


「その女はこの国の罪人だ!この国で裁く必要がある!勝手に国外に連れ出すことは許さないぞ!!」

ミハイル王子が叫ぶ。


先程は婚約者だと言っていたくせに、今度は罪人とは……

彼の首尾一貫しない発言に思わずため息が漏れる。



アレクシオスはミハイル王子の言葉に反応して立ち止まると、ゆっくりと振り返った。


「貴様……誰にものを言っている……?」


その瞳は暗く光り、残虐な王の顔を見せた。


「この俺が欲しいと言っているんだ、黙って差し出せ。この国を潰して無理矢理この女を奪い取ってもいいんだぞ?こんな取るに足らない小国など、我が帝国にとっては赤子の手をひねるように容易いのだからな」


彼の冷たく禍々しいオーラに、私は心臓が凍り付いた。


ミハイル王子もあまりの恐怖に腰を抜かしたが、かろうじて倒れないよう隣のイザベラにしがみ付いていた。



彼はそれだけ言うと、私を抱えたままそばにいた従者を伴って会場を後にした。




◇◇◇




ドサッ



私は有無を言わさず彼の馬車に乗せられた。



私の向かいにアレクシオスが悠然と座る。

馬車はすぐさま走り出した。



アレクシオスは足をゆったりと組み、窓枠に肘を付いて、表情の読めない顔で私を観察した。


私は居心地が悪くて、足上のスカートを両手で握りしめて俯いた。



なんでこんなことに……


つい今し方、彼のおかげで自由な人生を謳歌すると心に決めたばかりなのに……


気付けばなぜか、彼のせいで自由からかけ離れた人生を送ることになりそうになっている……



「顔をよく見せろ、俺のフィアンセ殿」


困惑した表情で顔を上げると、彼は美しい顔を近付けて至極ご満悦な様子で笑った。

まるで新しい玩具でも手に入れたとでも言いたげに……


生まれてこの方、ミハイル王子以外の男性と二人きりになったことのない私は、気恥ずかしくて頬を赤らめた。


「甘い果実のような金髪に深い湖のような青い瞳…お前、存外に美しい顔をしているではないか」


「………」

私は甘い言葉にときめきそうになる気持ちを必死に振り払って、目の前のアレクシオスを冷静に見据えた。


「あなたは、私を国に連れ帰って何をさせるおつもりなのですか?」

口を結んでアレクシオスを見つめると、彼は満足そうに笑った。


「はっ、これは話が早くて助かる」

アレクシオスは背もたれに寄りかかり、気怠げに襟元のボタンを緩める。


「さっきも言っただろ?適当な身分と能力のある女が欲しかった」


「私に王妃の仕事をさせるために……?」


「いや、全部だ」


「!?」


アレクシオスはニヤリと笑った。


「俺は国王にはなったが、政治になど興味はない。だからそれをすべてお前に任せたい」


「そんな…っ!国の内政は宰相を中心とした大臣達がいらっしゃるから、私の出る幕など……」


「大臣達も大半は殺してしまった」

「!!」

「だから後任者の選出もお前に任せたい」


「……っ!!」


そんな無茶苦茶な……!!


帝国についての詳しい内情も分からない私がそんな大役を任されてもできる気がしない……!


「私には、そのような大役なんて…っ」


「やるのだ」


立ち上がろうとした瞬間、首筋にひやりと冷たい物が触れた。

アレクシオスの右手には抜剣した長剣が握られていた。


「……っ!!」


「言っただろ?お前を飼い殺すと。逃げようなどと考えたら、その場で切り刻んでやるから覚悟しておけ」


感情のない冷たい目が、それが本気であることを物語っていた。


……嫌だ……

 

切り刻まれるのだけは嫌だ……!


一瞬そんな自分を想像して、血の気が引いた……


「あ、あなたは、私に自由な人生を生きろと仰ったではありませんか……!」


「俺はそんなことは言っていない、曲解するな」


「!!」


そんな……取り付く島もない……





気付けば逃げ道のない袋小路に追い込まれてしまった気分だ。

私はそれでも必死に頭を働かせた……



「わ、私は偽物の聖女です。国を救えるような力は何もありません」


「それがどうした?俺はそもそも聖女の力なんぞ信じちゃいない」


「!!」


「あんなものは、平民をうまく統率するために仕立て上げられた、ただの道化だろう」


「……っ」


聖女を神聖視する我がルーマ国と違って、コンタンディオス大帝国には聖女がいなかった。


何代か前の王に殺されたと聞いたことがある。

それ以来、聖女に頼らぬ統治を行い、国を傾けるどころかどんどん勢力を拡大しているのだから、アレクシオスのように考えるのももっともな話なのかもしれない。



「私は、聖女の力は本物だと信じています。この世界に必要だから、存在しているのだと」


「そうか」

アレクシオスは心底興味のない様子で返事をした。



「そんなことより選べ、今ここで自由な人生とやらを選んで死ぬか、俺のために生きるか」

彼は薄ら笑いを浮かべて私を見た。


「………」

そんなの言うまでもない。


私は拳を握りしめて、意を決して口を開いた。


「……私は……」



「………」


アレクシオスが黙って私の次の言葉を待つ。





「自由な人生のために、生きることを選びます!!」



そう言ってアレクシオスを見つめ返した。

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