第39話「判明」〜ジュドーとの出会い〜
二日前にゾルド領へ入った我々は、まず町で情報収集を行った。
ミゲルの巧みな話術により、夏頃、この町に不釣り合いなほど豪奢な馬車が領館に入ってきたのを何人もの領民が目にしていたことが分かった。
(夏頃……両親が投獄された時期だわ。豪奢な馬車はきっと王族のものに違いない……)
なぜ投獄されたのが王城の牢獄ではなく、ゾルド領だったのか。
王城の牢獄の方が警護も固く、管理もしやすいと思うのだが。
このゾルド領は、領館こそ立派な出立ちであったが、町は浮浪者も多く、近くにスラム街もできており、決して治安がいい場所とは言えなかった。
町全体に活気がなく、いつ領館に暴徒が押し寄せてもおかしくない状況に見えた。
この違和感のある措置からも、領主であるゲオルク・ラリスとミハイル王子が裏で結託していることが伺える。
「町での情報収集はあらかた終わりましたが、この後の対応はいかがいたしますか」
ミゲルが私の指示を仰ぐ。
「両親が領館にいる可能性が高いので、もし潜入が可能であれば内部の様子を確認してもらえるかしら?」
「はっ!承知しました!」
ミゲルはすぐさま兵士に指示を出し、手早く準備を整えて出発した。
さすが手慣れている。
私は足手まといにならないよう、領館の裏にある林で待機することにした。
明日にはアレクシオス達とも合流予定だ。
今のうちに町で食材を調達し、彼らを労う準備をしよう。
林の中ではあるが、茶色い髪が一般的なこの領で、私の金髪とベビーピンクの髪は目立ちすぎるので、髪を結い上げ頭巾をかぶった。
こちらに一緒に残った兵士一人とフェリシアに買い出しをお願いし、私とルイスで今日の夕食の準備を進めた。
◇◇◇
「そこで何してるんだ」
夕食用のスープを煮込んでいたら、頬がこけてやつれた高齢の男性が近付いてきた。
「あの、すみません。旅の者なのですが、こちらで食事をしようと思って……」
私は動揺を隠して立ち上がった。
ルイスは私をかばうように前に立った。
男は、使い古した木製の桶を抱えていた。
かなりくたびれた服を着ているが、恐らく領館で働く下級使用人と思われる。
私が思案している間も、彼の目は終始こちらの鍋に釘付けだった。
(もしかしてお腹が空いているのかしら……)
「よかったら少し食べますか?もう少しで出来上がるので」
彼は頷く代わりに、鍋の近くに腰を下ろした。
ルイスは依然として彼への警戒を強めたまま、私のそばから離れなかった。
「領館で働かれている方なのですか?」
「…………」
男は黙っていて答えなかった。
彼が持っていた桶の中には、燭台や食器類が入っていたのが見えた。
もしかしたら、領館の物をこっそり売って小金をせしめようとしているのかもしれない。
余計な詮索をされたくないのか、自分のことは話さないし、私達のことについても深く追求しなかった。
やがてスープが出来上がったので、器いっぱいによそって渡した。
「熱いので気をつけてください」
男はスープを受け取ると迷わず一口食べた。
出来立てでとても熱かったようだが、はふはふと息をしながらも、次から次へと必死にスプーンを口へ運んだ。
その姿は、出会った頃のルイスを思い起こさせた。
「火傷しますから、お水を飲みながらゆっくり食べてください。まだたくさんありますので」
彼は私の声など聞こえていない様子で、一心不乱にスープを飲み干している。
それほどまでにこの者は空腹だったようだ。
食べ終わるや否や、すぐに器を差し出し、二杯目を要求した。
私はすぐによそって彼に渡した。
彼は再び一気にスープを飲み込んだ。
そうして三杯目を食べ終えた頃、その男は声をつまらせてむせび泣いた。
「どうしたんですか!?火傷してしまいましたか?」
「いや、こんなうまいメシを食ったのは、生まれて初めてだったもんで……!」
(初めて……?)
私はその言葉に違和感を覚えた。
「領館で出される食事の方が豪華だと思うのですが……」
「そんなわけあるか!あの領主はケチな野郎だから、俺達みたいな下人には残飯しかよこさねぇんだ!」
男は吐き捨てるように言った。
この男は下級使用人よりも更に下の立場の下人だったようだ。
下人とは、どんなに過酷でも職場を変えることも許されず、奴隷のように一生領主に使えることが義務付けられている身分の者だ。
現在奴隷制度は廃止されているが、元々奴隷だった一族を今も下人という形でいいように使っているのかもしれない。
ゲオルク・ラリスの豪華絢爛に見える領館の後ろ暗い懐事情が垣間見えた瞬間だった。
「食事もまともに用意してもらえないなんて……これまでさぞかし辛かったことでしょう」
私は腕で涙をぬぐう彼にハンカチを渡すと、彼は目を見開いて私を見た。
「よかったら差し上げますので、それで涙をふいてください」
「…………」
微動だにしない男を見て、不快になったのかと不安になった。
「すみません、余計なお世話でしたでしょうか……」
「い、いや!」
それを聞いた男は慌てたようにハンカチを受け取り、ゴシゴシと不器用に目をこすった。
顔と手が汚れていたため、握りしめた真っ白なハンカチに汚れが付くのを見ると、酷く残念そうな顔をした。
「すまねぇ、こんなキレイな布を汚しちまって……」
「いいえ、それはもうあなたの物ですので、あなたのお役に立てれば、そのハンカチも本望ですわ」
私は彼に微笑んだ。
「役に……」
私の言葉を口の中で響かせるように呟き、ハンカチをじっと見つめた。
「……俺の名前はジュドーだ」
彼は突然名を名乗った。
「私はクリス……クリスと言います」
私もそれに応えた。
「俺もあんたの役に立ちたい」
「え……?」
「あんたに礼がしたいんだ、何かしてほしいことはないか?」
彼が前のめりで距離をつめてきたので、ルイスが木剣を構えて威嚇した。
彼はそんなルイスすら気に留めない様子で、私に真剣な表情を向けた。
「ルイス、大丈夫よ」
私はルイスの背中を優しく撫でると、ルイスの肩に手を置いたままジュドーを見た。
「お礼を言われるようなことは何もしていないから、気にしなくて大丈夫よ」
私は彼に微笑んだ。
するとジュドーは肩を震わせて俯いた。
「そんなことねぇ!俺……こんな人に優しくされたの、初めてだったから……こんな真っ白でキレイな布切れをもらったのも、生まれて初めてだったから……俺も何か役に立ちてぇんだ!」
彼は涙に声をつまらせながらしぼり出した。
(ずっと辛かったのね……)
彼の肌は日焼けと汚れで浅黒く、服もあちこちすり切れてボロボロだった。
下人は一般的に、自分の服は自分で管理しなければならない。そのため、まめに洗濯することもなければ、補修をしたり新調したりするお金も時間的余裕もなかったのだろう。
食事もまともに与えられない環境下だ。
その他のことについても、人としての扱いを受けてこなかった可能性がある。
だからこそ余計に、こんな何気ない行為に優しさを感じるのかもしれない。
いや、何も持たない彼だからこそ、今「ある」ことへのありがたみを、誰よりも感じられるのかもしれない。
それを素直に感じ、表現することのできる彼は、きっとまっすぐな性根の方なのだろう。
「そんなに喜んでくれて嬉しいわ、ありがとう」
ジュドーに微笑むと、彼はまた目を見開いて「ありが…とう……?」と小さく繰り返した。
「では、もし可能なら教えてほしいのだけれど、少し前に王宮の馬車で連れてこられた方がいたと思うんだけれど、それはご存知かしら?」
「ああ。罪人だとかで、地下の牢獄に閉じ込めてる連中のことか?」
(地下の牢獄……!!)
私は心臓が凍りついた。
(やはり、私の両親はここにいるんだ……!)
「……その方々に会うことはできないかしら……?」
私は冷静を装って尋ねた。
「そりゃ無理だな。入り口にはいつも護衛がたくさんいる」
「そうなのね……」
牢獄まで密かに案内を頼むことも考えたが、これ以上の要求は彼を危険にさらすことになると思い、自力で突破口を探すことにした。
「でも、その連中の様子は知ることができると思う」
「!」
「閉じ込めてるやつの世話は、別の下人が一人で全部任されてるから、そいつに話を聞いてやるよ」
「まぁ!ありがとう!!」
「ありがとうか……そんな言葉を言われたのは、あんたが初めてだが、言われてみるといい気分だな……」
彼はその言葉をしんみりと噛み締めた。
彼の言葉に、私は胸が痛くなった。
誰にも感謝されることなく、最低限の衣食住も保証されず、毎日身がすり切れるほど働かされてきた彼の人生はどれほど孤独で辛いものだったのだろう……
私は無意識にルイスの背中をなでていた。
身分が下の者であればあるほど、この世の中では理不尽なことが多い。
彼が生きるために屋敷の品物を不当に金に換えたとしても、私は彼を責めることなどできないだろう。
限界になるまで彼を搾取し続けたのは、他ならぬ雇い主である領主なのだから。
「すぐあいつに聞いてくるから、ちょっと待っててくれ」
そう言って男は領館へと引き返して行った。
(よかった……)
ひとまず両親の居場所を突き止めることができそうでほっとした。
だが、それと同時に憂鬱な気持ちにもなった。
(私のせいで地下の牢獄に半年も投獄されることになってしまって、二人はさぞかし私のことをお怒りでしょうね……)
ミハイル王子に婚約破棄をされ、次代の王妃兼聖女になる道を断たれた上に、父親の爵位まで奪われるなんて……たとえ彼らに殺されても文句は言えない。
私は両親が最も忌み嫌う無能で無価値な存在に成り下がってしまったのだ。
本来であれば、合わせる顔などない……
しかし、こうなってしまったのはすべて私の責任だ。たとえ親子の縁を切られることになっても、殺されることになったとしても、両親は救わなければならない。
そうでなければ、申し訳が立たない。
私はやるせない気持ちを抱えたまま、滲んだ涙をぬぐった。
「クリス……」
ルイスが心配そうな目でこちらを見ている。
「大丈夫よ、ルイス。私達は私達が今できることをやらなくちゃね!」
そうあえて気丈に振る舞った。
だがその日、男はとうとう姿を現さなかった。
◇◇◇
翌朝、アレクシオスやローランらと合流した。
「ま、まさか本当に三日でお戻りになるとは……」
いつも落ち着いているミゲルが驚きをあらわにしていた。他の残っていた兵士達も同様だ。
私は気になってアレクシオスに尋ねた。
「この三日間、何をしていたのですか?」
「国を一つ滅ぼしてきた」
「は、はぁ……」
一体彼は何を言っているのか。たったの三日で国を滅ぼせるわけがないだろう。悪い冗談だ。
アレクシオスが涼しい顔をしている一方で、後ろに控えていたローラン達は肩で息をし、今にも死にそうな顔をしていた。
「それで、そちらの状況はどうなっている?」
アレクシオスが私を見る。
「ご報告したいことはいろいろありますが、まずは少し休まれてください」
「ふん。一晩寝ないくらい、何ともない」
「え、寝てないんですか!?」
「問題ない」
そう言うアレクシオスの後ろで、ローランが必死に首を横に振っている。
「問題大有りです!休まないと仕事に差し支えますよ!!」
「これまで差し支えたことなどないが?」
「あなたは大丈夫だとしても、他の方は差し支えるんです!前にも言いましたよね、“あなたが休まないとみんなも休めない”って!!」
私はアレクシオスの背中を押してテントまで連れて行った。
「相変わらず口うるさい女だ。三十分だけだぞ」
「三時間は休んでください!!」
不服そうなアレクシオスを寝床へ押し倒し、上から布団をかけてテントから出る。
振り返ると、ローランと兵士達が音を立てずに涙ながらに拍手喝采していた。
「ロ、ローラン達もゆっくり休んでね……」
「はい、クリスティア様!」
そう言って速やかに寝る準備を始め、あっという間に静まり返った。
余程疲れていたのだろう。
彼らの睡眠を邪魔しないように、私とフェリシアは静かに繕いものを始め、ルイスはミゲルと剣を持ってどこかへ消えていった。また稽古をつけてもらうのだろう。
◇◇◇
三時間後、全員が準備を整えてかまどの周りに集まった。
アレクシオスが連れてきた兵士達は交代で周囲を見張っているようで、ここには数名しかいなかった。
作戦会議は昼食を食べながら行うことにした。
昨日フェリシアが買い出しをしてくれたので、今日は鶏肉入りのシチューとサンドイッチを作った。もちろん見張りの人達の分も用意してある。
「うぅ…おいひいでふ……!」
ローランは、今日も感極まった顔をしながら食事を口の中いっぱいに頬張って感涙していた。
その姿はまるでリスだった。
しかしそんなに喜んでくれるなんて、作りがいがあるというものだ。
私はアレクシオス達に現在の進捗状況を伝えた。
夏頃に王家のものらしき豪奢な馬車が領館へ入って行くのを何人もの町民が見たこと。
それらしき要人や馬車は町では誰も見かけてはいないこと。
ジュドーという領館で働く下人から、地下の牢獄に罪人として連れてこられた者がいると聞いたこと。
その世話は別の下人がしているので、どんな様子か確認してもらえることになったが、昨日は結局戻って来なかったことなど。
その他、こちらに残ったミゲルや他の兵士達から、領館を偵察した際の報告があった。
領館の正門には多く護衛騎士が配置されているが、屋敷内を見回る者は一人と異様に少ない。しかもその騎士達の士気も低く、職務中であるのにも関わらず注意力が散漫な様子が見られたとのこと。
「下人として雇われているジュドーの話からも、食事やその他の待遇は決していいものではないようですので、その影響もあるのかもしれません」
私が考えを補足した。
「ふむ」
更に本館の隣には別館があり、その入り口には二名しか配置されていないのに対して、そこの裏口には四名の騎士が見張りに当たっているとのことだった。
これはかなり不自然な配置だ。
「ジュドーは、地下の牢獄は護衛騎士がたくさんいると言っていたので、そこかもしれません」
私はミゲルが大まかに描いた領館の配置図を凝視した。
「なるほどな、現状は理解した」
アレクシオスが顔を上げる。
「下人の言葉はどこまで信用できるか分からないが、一応それが事実である前提で再度調査を行う」
確かに、彼自体が下人に扮装した兵士である可能性もなくはない。しかし、彼が見せた涙は本物であったように感じた。
「それにしても、安易に人を信じ、その者に自分達の命運を任せようとは、相変わらず図太い神経だな。少なくとも、うちの兵士では考えられないことだ」
アレクシオスが私を見やる。
「すみませんね、図太くて。でも今回のことは私が謀ったことではなく、彼の親切心による情報提供のたまものです。そしてその彼の心は澄んで見えて疑う余地はないと思えました」
自分でも根拠のない話をしていると自覚をしながらもアレクシオスを見つめ返した。
「お前がそう言うのならそうなのだろうな」
彼は僅かに目元を緩めた。
「!?」
「こちらには全くない発想で面白い。一歩間違えば諸刃の剣だが、お前にしかできないやり方だ」
以前のアレクシオスでは考えられない反応で、思わず返す言葉が見つからなかった。
彼の表情はとても穏やかで、なんとも言えない気持ちになった。
「陛下!」
その時、近くで見張りをしていた兵から報告を受けたローランがアレクシオスを呼んだ。
「何者かがこちらへ近付いて来るそうです!」
全員に緊張が走り、次の瞬間私とフェリシア、ルイス以外は全員その場から姿を消した。
「え、えっ!?」
「クリスティア様方もこちらへ!」
ローランに手を引かれて、慌てて木の後ろへ姿を隠す。
木と木の間からそっと相手を確認すると、それは昨日姿を現さなかった下人ジュドーの姿だった。
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