第36話「アレクシオスの心の闇」〜アレクシオスside〜
ベルタ国に潜入するため、アレクシオスはローラン案内の元、数名のコマンド部隊と共にベルタ国とルーマ国との国境付近の山の中を進んでいた。
このところ、ローランの様子がおかしかった。
休憩中に斥候と連絡をとると言っては森の中へ消えていき、通常よりも戻るのが僅かに遅かった。
「………」
(お前もか……)
先日、久々に俺の命を狙う大掛かりな襲撃があった。いつものように全員をすべて返り討ちにしたが。
その後、俺がベルタ国へ極秘で潜入する旨をローランに伝えてから、急にあいつの様子がおかしくなった。
身近な者の裏切りには慣れているつもりだった。
親兄弟は生まれた時から敵だった。
弱い者を虐げ奪う連中。
これまで何度命の危険を感じたか分からなかった。
更には俺の将来的な価値を見出して近付いてきたが、情勢が変わると簡単に掌を返す貴族の豚共。
俺の情報を裏で金に変え、毒殺に手を貸す使用人のクズ共。
周りの全てが敵だった。
だが、乳兄弟のお前だけは違うと思っていた……
騎士として高い能力を持ちながらも、どこか間抜けなお前はこんな俺にも辛抱強く側近として付き添い従ってくれた。
俺が身内をすべて虐殺した日だって、何も言わず、俺の指示通り動いていた。
俺に忠誠を誓い、一生を捧げると事あるごとに話していた。
それらすべてが偽りだったのだ。
なぜあいつだけは違うなどと信じていたのか。
人間はみな醜い生き物なのに。
柄にもなく愚かなことをした。
これは俺の落ち度だ……
アレクシオスは自分の先を歩くローランに目をやった。
いつもと変わらぬあの横顔を突然首から切り落としてやろうか。
いや、背後にいる可能性がある何者かを聞き出すまでは殺してはダメだ。
心の中で葛藤がおこる。
「はっ……らしくないな」
いつからこんな甘い人間になったんだ。
先日裏切った貴族達だって泳がせる必要などなかったのだ。
そんなまどろっこしい手を俺はいつから使うようになったのだ……
不意にクリスティアの顔が浮かんだ。
(あいつの影響か……)
関わった時間は僅かだが、確実にあの女の存在は俺の人生に何らかの影響をもたらしていた。
(一体何だというのだ……)
冷え切った暗闇の中で弱々しく瞬く炎のように、自分でも知らぬ間に己の領域に侵入されていた。こんな事は今まで一度もなかった。
傷を癒す不思議な力といい、どこか超越的な力を感じる……
やはり、古代聖女の末裔というのは嘘ではないようだ。
だが、もう俺とは関係のない女だ。
ローランを葬り、その女を記憶から消し、俺はまたただの暗闇の中に戻る。それだけだ。
ローランが不自然な行軍で、開けた湖の前まで案内した時、俺は意を決してあいつを殺すことにした。
湖に向かって水を汲もうとしているローランの背後に近付き、首に剣を突きつけた。
「何を企んでいる……?」
ローランはそのことに驚く様子もなく、静かに動きを止めた。
「やはり気付かれてしまいましたか……さすがは陛下です」
(やはりか……)
剣を握る手に力がこもる。
「……最期に何か言い残すことはないか……?」
また俺は柄にもないことを口走ってしまった。
本当にらしくない。
いつまでも白状する気のないローランに意識を向けすぎていて、いつになく周囲への注意を怠っていた。
気付くとすぐ近くで人が近付く気配がして振り向くと、その視線の先には、たった今、二度と会うことはないと思っていた女が立っていた。
俺は生まれて初めて全身の血が沸き立つ感覚を覚えた。




