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第35話「旅の終わり」〜ベルタ国国境付近〜

王都を抜けたその日の夜、私達は王都から遠く離れた村の外れで野宿をした。

顔中傷だらけの私がいてはまた騒ぎのタネになると考慮してのことだった。

またしてもみんなに迷惑をかけてしまった……


本当は深く心が沈んでいて何もしたくない気分だったが、これ以上みんなに心配をかけたくなくて、いつも以上に気丈に振る舞った。


ドレスから動きやすい平民の服に着替えた後、すぐにミゲルと私達用のテントをそれぞれ張り、いつものようにかまどをこしらえて大きな鍋でスープや食事を用意した。(なぜかミゲルはとても驚いていた)

食後は近くの川から汲んできた水で食器を洗ったり身体をふいたりして、それぞれの寝床についた。



「…………」


みんなが寝息を立て始めた頃、私はゆっくりと起き上がり、人知れずテントを出た。



川のほとりにそびえ立つ一本の大きな木に寄りかかって座り、川の流れを眺めながら深いため息を吐いた。


石をぶつけられて出血した箇所は、フェリシアがすべて処置してくれた。

私はまだ痛むその傷跡を上からそっとなでた。


大勢の悪意にさらされて傷付いた心は、頭の傷以上に強く重い痛みが残ったままだった。



私は、いなくなった方がいいのではないか……



不意にそんな思いがよぎる。


そうすれば、フェリシアもルイスもミゲルもみんな、こんな過酷な旅に付き合わされる必要はなくなるのだ。


イザベラは、私がもう城に戻ってこられないよう、相手にも伝えてあるという意味深な言葉を残していた。


恐らく、これから行く先で歓迎されるようなことはないだろう。


先日の王都でのような出来事がまた繰り返されるかもしれないと思うと、更に心が重く沈んだ。



「あぁ、もう……消えちゃいたいなぁ……」

本音とともに涙が一つこぼれた。


捕らえられている両親の手前、それは決して許されないことだと、胸の奥底に押し込めていた自分の本音だった。


「この国の誰も私を必要としてなんかいないのに……」



「私みたいな価値のない人間が……生きる意味なんてないのに……」



押し込めていた弱気な感情が湧き上がり、涙とともに溢れ出た。



「もう……嫌……っ!……人に嫌われるのも、傷付けられるのも!もう何もしたくない……っ!!」


私は声を震わせながら一人泣きじゃくった。


前を向いて進んでも進んでもその先は真っ暗闇で、それでもひたすら前に進み続けた。

でも結局周りの反応は何も変わらなかった。


苦しくて苦しくて

もういっそ、目の前の川に飛び込んで、すべてを終わらせてしまいたいと思った。



吸い込まれるように両手をついて川をのぞき込んでみると、そこには苦痛に顔を歪ませて泣いている自分の顔が映っていた。


(なんて酷い顔……あの日の私もこんな顔をしていたのかしら……)

ふと、宮廷舞踏会でミハイル王子に婚約破棄を言い渡された夜のことを思い出した。


一人泣いていた私の前に現れたのがアレクシオスだった。


彼は出会ってすぐ私に突拍子もないことをしてきたが、結果として、色々なしがらみに囚われていた私の心を解放してくれた。


彼の言葉に頭をガンと殴られたような気分だった。



(今の私を見たら、また頬を叩きたくなるかもしれないわね……)


私は自嘲気味に涙をこぼしながら笑った。



身体に無数の虐待の傷跡があったアレクシオス。

きっと、彼は私なんかよりもずっと苦しくて辛い思いを経験してきたはずだ。


(私のこんな悩みなんて、彼のそれに比べたらきっと大したことないのに……)


でも私にとっては、今はそれがとても苦しいのだ。



私は自分の心を労わるように、痛む胸に手を当てた。


(辛いね……)


目を瞑り、私は自分の心に語りかけた。


(苦しいよね……嫌だよね……もうすべて投げ出したいよね……)


その思いを肯定するように涙が止めどなく溢れ出した。


「うっ……うぅ……っ!」

私は声を殺しながらしばらく嗚咽した。




◇◇◇




どれくらい時間が経ったのか。

僅かに吹いていた風はいつの間にか止み、辺りは静まり返っていた。

すべての感情を吐き出した私の心は目の前の水面のように、静かに落ち着きを取り戻しつつあった。


泣き疲れた私は木に寄りかかり、冷えた手を胸の上に重ねた。




(今日までたくさん、よく頑張ったわね……偉いわ……)


私は子どもを慰めるように、自分の心に優しく語りかけた。



……たとえ大勢の人に嫌われていたとしても、私を慕ってくれる人達は少なからずいる。


私が気にかけるべきは、そっちだ……



そう思ったら、じんわりと心が温かくなり、みんなへの感謝の気持ちで心が満たされた。



(私を守ると言ってくれたルイス……私のことを思って怒ってくれるフェリシア……それにリオルやライアンに他のみんなも……)


(私のことを大切に思ってくれる人達は確かにいる……なんてありがたいことなんだろう……)


今度は嬉しさと感謝の気持ちで涙がこぼれた。


「ありがとう……みんな……いつも私のそばにいてくれて、本当にありがとう……」



感謝の気持ちを込めて目を閉じた後、心が定まった私は、気合いを入れるために、突如両頬を思い切りぱぁん!と叩いた。



その瞬間、気配が揺れた気がして木の後ろを振り返るが、そこには誰もいなかった。


右の方で物音がしたが、私は直感的に左の岩陰に近付いていった。

すると、岩陰から驚いた顔のミゲルがそっと姿を現した。


「……驚きました。私の気配に気付かれたのですか?」


「いや、ちょっと人の気配がした気がして、気になって見にきただけで……!」

私もこの時間に誰かいるとは思わず、慌てて涙を手でぬぐった。



「はは!気配を消すのは得意な方なので、まさか見つかるとは思いませんでした!何か特殊な訓練でも受けられていたのですか?」


「いや、まさか!」

私は慌てて両手を振った。


「そうですか。これまで私を見破った相手はあなたが二人目なので驚いてしまいました。さすがクリスティア様です」

ミゲルは意味深に微笑んだ。


「いや、私のはただの偶然なので、数に入れていただかなくてもいいです!」


「ふふ…直感に対する感度が高い方というのは、あらゆる局面で力を発揮しやすいものです。あなたもその感覚がとても強い方のようだ」

ミゲルは私を観察するように目を細めた。


“あなたも”というのは、彼の主人に対してだろうか?

だとしたら、聖女イザベラのことを言っているのだろうか……?


「しかし、あなたはたくさんのものに守られているようだ」


「たくさんのもの……?」

何のことか、首を傾げた。

ミゲルは答える気はないようで、曖昧に微笑んで背を向けた。


「“夜明け前が一番暗い”と言います。きっと今がその時期なのでしょう。今を乗り越えられれば、この先の未来は明るいに違いありません。今が辛いからと、あなたのその生き方、考え方を変える必要はありませんよ」

振り向いた彼の瞳は真剣そのもので、私の心を射抜くように見つめた。


「……!」

核心をつかれたような言葉に、私は胸がつまった。

ミゲルは薄い唇を少し引き上げて、私に手を差し出した。

「夜は冷えます、戻りましょう」


私も素直に差し出された手に自分の手を重ね、元来た道を戻っていった。





◇◇◇




王都を発ってから数日後、私達はベルタ国との国境付近に来ていた。

幸い、道中は屋根のない馬車が雨に降られることはなく、自前のテントで野宿をしながら順調に進むことができた。




「ここから先は山に入るので、馬だけ連れて行きます」

ミゲルに言われるままに馬から荷台を下ろし、それぞれ荷物を背負って山へ入った。



アントル村近くの山で狩人のアルガスと過ごしたのは二ヶ月半ほど前だったが、私は懐かしい森のにおいに心を躍らせた。



アルガスは今頃どうしているだろうか……


無事に一族のみんなを説得して森を出られただろうか。

あれこれと思いを巡らせた。



「山は得意なようですね」

ミゲルが後ろでクスリと笑う声が聞こえた。


「……へ?」


振り返ると、フェリシアやルイスが遥か後方で息を切らしているのが見えた。


「あ、ごめんなさい!つい浮かれてしまって!」


「はは、山越えに浮かれるんですか?先日は幼い少女のように弱々しく泣いていたかと思えば、今日は頼もしい山の民のようなことを言う。あなたは本当に興味深い方ですね」

ミゲルが澄んだ青い瞳を細めて笑った。


「!」

やはり、あの夜の一部始終を見られていたのだと再確認し、顔が真っ赤になった。


「大丈夫ですよ、この前のことは誰にも言いません。私とあなただけのヒミツです」

そう小声で言いながらウィンクをして見せた。


その魅惑的な振る舞いといい、思わせぶりな言葉選びといい、だいぶ女性慣れしているようだ。


内心で感心しつつも、私は表情を整えて微笑んだ。

「ありがとうございます、お願いします」


「ふふふ……」

そんな私を見て、ミゲルは満足げな笑みを深めるのだった。




◇◇◇




ミゲル案内の下、二日ほど野宿をしながら山道を歩いた。


時々誰かに監視されているような感覚があったが、ミゲルにそれを話すと気のせいだと言われた。

何かを隠しているようにも見えたが、話をはぐらかされてしまってそれ以上追及することは叶わなかった。


ミゲルとはこの旅の間中、ずっと一緒に過ごしているが、いまだにどういう人間なのか、つかめないままだった。




「はっ!やぁっ!!」


このところ山での休憩時間には、ルイスが懇願してミゲルに稽古をつけてもらうようになった。


理由を聞いたら「おれわかる、ミゲルすごく強い!」とのこと。



「大事なのは相手と己をよく知ることです。相手が攻守、カウンター、どれを得意とする相手なのか、自分に必要な間合いはどれくらいなのか」

理論に基づいた丁寧な指導が新鮮だったようで、ルイスもここ数日で目に見えて動きが洗練されていった。


しかし、いくら対戦してもミゲルに一太刀あびせるどころか、近寄ることもできず、力一杯の攻撃もすべて最小限の動きでかわされてしまう。


無駄のない流れるような身のこなしから、彼の実力の高さのほどが見てとれた。

気配の消し方といい、やはり彼は底が知れない相手だと再認識するに至った。




「さあ、楽しい旅もそろそろ終わりに近付いてきましたよ」

翌朝山越えの中、突然私達を振り返ると、意味ありげな笑みを浮かべながらミゲルは言った。



彼の進む先には陽の光が差し込んでいて、森が途切れていた。



私は不意に懐かしい気配を感じ、導かれるように走り出した。




ガサッ!




森を抜けた先には大きな湖があった。



そしてその前には、見慣れた相手の姿がーー




アレクシオスが



わずかに目を見開いたまま、こちらを振り返って立ち尽くしていた。





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