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第34話「王都出発」

翌朝、私達は早々に馬車に乗り込んだ。


朝から突然イザベラの侍女達がやってきて、私に無理矢理真っ黒なドレスを着せていったので、いま私は、聖女代行の旅に向かう者としては場違いなほど豪華なドレスときらびやかな宝石に身を包んでいた。

昨日イザベラが話していたとおりに、私を偽聖女に見立てて王都の中を通らせる気なのだろう。


馬車もわざわざパレード用の屋根が付いていないものを用意していて、座っている私達が丸見えな状態だ。

万が一私の正体に気付かれてしまったら、何一つ身を守るものがない。

同乗しているフェリシアやルイスにも危険が及んでしまう恐れがあった。


(こんなことまでするなんて……イザベラはどうしてそんなに私が憎いのかしら………どうして……)


私は膝上のドレスを握りしめた。




「まったく…なんでしょうか、この酷い馬車は。まーーた、あの愚か者達の仕業でしょうか?本当にやることなすことすべてが幼稚でどうしようもありませんね。屋根がない馬車で長旅をするということがどういうことなのか、あの愚か者達は分かってるんでしょうか?きっと分からないのでしょうね、愚か者ですから。何よりクリスティア様のそのドレス…さすがイザベラ様のセンスですわ!底意地の悪さが非常によく表れていて……」

「わー!!フェリシア!ダメよっ!!」

「んぐっ!」

私は、またしても口早にとんでもないことを口走ったフェリシアの口を慌ててふさいだ。

幸い護衛騎士兼御者のミゲルには聞こえていないようだった。


「ああ、すみませんクリスティア様!あまりの仕打ちに、ついまた頭に血がのぼってしまいました!」

「フェリシアの気持ちは嬉しいけど、あなたの身まで危険にさらすことになってしまうから、滅多なことを言ってはダメよ!?」

「ごめんなさい、気をつけますわ」

フェリシアは悪びれる様子もなく、いつもの穏やかな笑顔で返した。


(まったく……)

そう呆れつつも、フェリシアのおかげでいつの間にか、先程の鬱々とした気持ちが消えていた。

自分を気遣ってくれる相手がいると思うだけで、心が温かくなった。



「とりあえず、屋根はないけど、前よりもずっと大きな馬車だから荷物もたくさん乗るし、乗り心地も良いからよかったとしましょう!」

私はあえて気丈に振る舞うように笑った。


「うん、オレもう腹痛くない!」

ルイスが両手であばらの辺りをさすった。

「本当ね、無事に治って本当によかったわ!」

私はルイスの頭を撫でた。


この城にやってきた時と同じように、私は両脇に二人を抱え、三人で寄り添うようにして馬車に揺られた。



(それにしても……)



私はチラリと御者席を見た。


今回この旅に同行することになったのは、イザベラの親衛隊であるミゲルであった。

今まで彼女の親衛隊が同行することなど一度もなかった。

以前、同じ親衛隊のリオルがどれだけ根回ししても、それだけは叶わなかったと話していた。


(それなのにどうして……?)


今回、彼である理由が何かあったのだろうか。

昨日イザベラが意味深な言葉を言っていたことを思い出した。


思案げに見つめていると、視線に気付いたミゲルがこちらを振り返って、ふわりと優しい笑みを浮かべた。

「!」

カールがかった長めの金髪と美しい青い瞳、この端正な顔立ちの美男子に笑いかけられた女性は、決して嫌な気はしないに違いない。

現に隣にいるフェリシアは、ぽっと顔を赤らめている。

しかし、一見人の良さそうな柔らかい雰囲気をまとってはいるが、私にはどこか底の知れない恐ろしさが感じられた。


(この人は一体何を考えているんだろう……)

今はまだ何も分からなかった。





出発したのが早朝とあり、まだ王都の人通りも少なかったが、数十分もすると徐々に人が増え始め、私の黒いドレスを見て物言いたげにこちらを睨み付ける者も出始め、私は嫌な胸騒ぎがした。



ーー『知ってる?いま街では聖女様と悪い偽聖女のお話が流行ってるの。これ、私が考えたのよ、いい案でしょ!?』ーー


不意に昨夜のイザベラの言葉が思い出される。


ーー『今では街の皆んなが、あなたの悪事に腹を立ててるわ!ああ、最近贅沢禁止令の反発もすごいから、あなたが立てたって記事を書かせたの。皆んなカンカンみたいよ!きゃはは!』ーー



贅沢禁止令のおかげで、庶民はちょっとした髪飾りなどの装飾品を買うことも贅沢とされ、服の色や柄も華美なものは禁止となった。

また、肉や香辛料などの高価な食べ物を食べることも禁じられ、納める税も相当引き上げられたという。


そんな折に、挑発するかのように豪華なドレスと装飾品に身を包んだ私が庶民の前に姿を現せば、当然全ての不満の矛先はこちらに向かうだろう……



私の姿に気付いた街の者たちが声をかけ合い、馬車の後を追い始めた。

私の鼓動がどんどん早まっていった。




「……ここは危険ですから、少し早めに通り抜けましょう」

ミゲルが私の気持ちを汲み取ったように、馬車のスピードを上げた。


王都の門を出るまであと三十分ほど……


私は両脇の二人に回した手に力を込めた。





◇◇◇




護衛騎士のリオルは、早朝密かにクリスティア達を見送った後、とある新聞社が所有している建物の裏口に来ていた。


「入れ」


秘密の合言葉で中に入ると、中に一人の男が待っていた。


「よう、ルー元気だったか?」


「よう、ラーク」



ラークと呼ばれた目の前の男は、王都で三本の指に入る新聞社の幹部だった。


リオルは、ルーと名乗り、下町で偶然を装って彼に近付いた。

今では定期的に情報を交わし合う懇意の仲となっている。



「ほら、これが頼まれてた情報だ」

リオルが懐から小さな封筒を渡した。

そこには王室に関する秘密の内情が書かれていた。


「おーサンキュー!」

ラークはソファに深く腰掛けて、封筒の中身を読み始めた。


「おーおー!今度はそうきたか!王室もやることがひでぇな〜!」

ラークは他人事のように手紙を掲げてケラケラと笑った。


「よく『火のないところに煙は立たぬ』って言うが、何もないところに大火事を起こしちまうんだもん、クリスティア嬢も酷い連中に目をつけられちまったもんだよな〜!」


「これで分かっただろ、これは王子達による陰謀だ……これがイザベラ嬢の本性だ」


「なるほどな。あの純真無垢で清廉潔白だと知られているイザベラ様の中身がまるきり逆だったとなれば、庶民はさぞかし度肝を抜かれるだろうな。これはいい記事になるぞ!ははっ!!」


「それなら、この記事を今すぐ……」



「いや、残念だが、今は無理だ」



「!」



「前にも言ったが、情報提供者からとんでもない額のカネが毎月うちの会社に渡されてる。命の危険を感じるほどな。一般庶民では到底太刀打ちできない額だ」

ラークは肩をすくめて首を振った。


「………」



「おかしいとは思ったんだ。支援金とは言っていたが、なんで事実を書かせるだけであんな高額な金を持ってくるのかって。あれは俺達の命の値段ってわけだ。下手な記事を書けば、すぐに会社ごと消すぞってな」



「………」



リオルは俯いた。

背後にいるのはイザベラとミハイル王子だ。

彼女らの理不尽さを誰よりも理解してるのはリオルだった。



ラークは立ち上がり、リオルの肩に手をおいた。



「でもこの情報はいい値で買わせてもらう。いつか公開できる日がくるまで大事に保管しておく。俺の命にかけて」



「ありがとう……今はそれでいい」


リオルは静かにラークを見返した。

リオルの澄んだ青い瞳からは、簡単には諦めない強い信念が感じられた。



「贅沢禁止令に増税…おまけにこのところ、あちこちで不作が続いている……この秋ですら収穫が難しい村が多く、聖女の要請が後をたたないらしい。イザベラ聖女様の貧しい村への来村もないし、貯蓄ができない今年の冬は更に悲惨なことになるだろう」


「そうだろうな……」


「そんな顔をするな、ルー。偽りだらけの統治なんて長続きしない。多分な」



「俺はそれを、一刻も早く終わらせたいんだ……!」




バタン……




リオルと別れたラークは、周囲を警戒しながら自室に戻り、リオルから受け取った封筒ともう一つの封筒を見比べた。



(果たして、偽りの統治が終わるまで、偽聖女様は無事でいられるか……)



もう一つの封筒には、イザベラの力を奪い取ったクリスティアが国境付近へ逃げ、そこの盗賊の頭と男女の関係になるといった内容が書かれていた。


先程ここを発ったクリスティアは、今のところ順調にイザベラのシナリオ通りに動いている。

さすがに王室の力を扱える彼女にあらがう力はないだろう。


そもそも、王都を無事に出られるかも分からない。



「無力な公爵令嬢を自分らの私情でここまで陥れるとは…上にはロクな人間がいねぇんだなぁ……」


ラークは天を仰いで皮肉な笑みを浮かべた。





◇◇◇




王都を出るまであと十分。


クリスティア達を乗せた馬車は、異様な速さで街の中を駆け抜けていた。


人が人を呼び、偽聖女らしき女を見ようと、大勢の人が集まりつつあったのだ。


根拠はないものの、目の前の黒いドレスを着た人間が偽聖女であることを誰もが信じ、街道の両側に押し寄せていた。



クリスティアは両脇にいるフェリシアとルイスを抱きしめながら、早まる呼吸を抑えた。

(あの人達が押し寄せてきたら、きっと私やこの子達はひとたまりもないわ……)

私は込み上げてくる恐怖心を必死に抑え込みながら頭を働かせた。


(そうなる前に、この二人だけはなんとか逃さなくてはいけない……)



「二人とも……」


「降りませんよ」

「オレも!」

 

「!!」



私の心を読んだかのように、二人は真剣な目で私を見つめた。


「オレ、どんな時もクリスと一緒って言った!」

「私もです……!」



「ルイス、フェリシア……!」


二人の顔を見て、私は胸が熱くなった。



「あ!偽聖女だ!!」


私の姿を見た一人の子どもが叫んだ。



「「!!!」」



それを聞いた大人達の中のわずかな疑念が消し飛び、次々と偽聖女だ悪女だと声を上げ始め、一斉に馬車に向かって走り出した。



一人が冷やかしで小石をクリスティアに投げ付けると、そこから端を発したように、みんな次々と石や物を投げ始めた。


私を守るために立ち上がろうとした二人を、私は両腕で必死に押さえ込んだ。


石の大きさはどんどん大きくなっていった。


両腕がふさがった私の顔や頭に容赦なく石のつぶてがぶつかってきた。


「ゔっ……!」

絶え間なく頭に強い衝撃が走る。

「クリス!離せ!クリス!!」

「クリスティア様!手をお離しくださいっ!!」


「私は大丈夫だから!動いてはダメよ!…ゔっ!!」

二人を心配させまいと、極力声音を落ち着けて話すが、どうしても頭を揺らす強い衝撃には呻き声がもれてしまう。

頭からはいく筋もの血が流れて視界を封じた。


「お前の贅沢のせいで俺たちの生活はめちゃくちゃだ!!」

「自分だけ高けぇドレスや宝石を買い漁りやがって!!」

「俺らの税金を返せ!!」

「俺達の苦しみを味わえ!!」



血にまぎれて、私の目からは涙が溢れていた。

力のない自分が情けなかった。



私の至らなさが、民を守りきれなかった……


ミハイル王子の婚約者として幼い頃からこの国の民のために身を粉にして働いてきた。

その結末がこれだ。

贅沢禁止令も撤廃できず、昨夜も引き継ぎ資料もロクに作れず、この王都は今後更に荒れることが予想される。


民は苦しみ荒れ、その結果、無関係なルイスとフェリシアまで危険な目に遭わせてしまっている……



私がミハイル王子達に睨まれなければ、両親だってすべてを奪われることはなかったのに……


(すべて私のせいだ……)



(無力で無能な私のせいだ……)


よく両親が私に放っていた言葉を思い出した。



(私がすべての諸悪の根源なのだ……)

私は項垂れた。


(こんな私はこのまま消えてしまった方がいいのではないか……)


最後にはそんな考えすら浮かんできた。



「ごめん…なさい……みんな、本当にごめんなさい……」


涙がとめどなく流れて止まらなかった。



「クリスティア様は悪くありません!!悪いのはすべてあの性悪なイザベラです!!そんな者に騙される愚かな民衆の言葉になど耳を貸す必要はありません!!」

フェリシアは声が枯れるほど大声で叫んだ。


「クリス離せ!!あのバカどもを八つ裂きにしてやる!!」

ルイスは激しい怒りをあらわにして私の腕の中でもがいた。



その時、民衆の一人が馬車のヘリに足をかけ、クリスティアの髪を引っ張った。


「痛っ…!!」

「へへっ!偽聖女を捕まえたぞー!!」


周囲の者達から歓声が湧き上がった。

処刑だ!と口々に叫ぶ声も聞こえた。


その男がクリスティアを馬車から引きづり下ろそうと髪を更に強く引っ張ると、その男の首筋に冷たいものが触れた。


御者席に座っているミゲルが振り向きざまに向けた剣だった。

「!!」


「それ以上は首が飛ぶぞ……」

鷹のように鋭い瞳を見開いて、相手を威圧するように睨み付けた。


「い……っ!!」

先程まで英雄のように勝ち誇った笑みを浮かべていた男の顔は、あっという間に真っ青になった。


すぐにクリスティアの髪から手を離すと、転げ落ちるように馬車から離れていった。


ミゲルはそのまま他の民衆を威圧するように、片手で剣を構えたまま周囲を見回した。

それを見た他の者達も石を投げる手を止め、馬車を追いかけるのをやめた。


次第に街道にたむろした民衆が遠ざかっていき、馬車の中は静まり返った。




「大丈夫ですか?」

再び振り返ったリゲルが、クリスティアにハンカチを手渡した。


「まったく……民度の低い者達が酷いことをされましたね」

彼はまたいつもの感情の読めない顔に戻って、少し肩をすくめて見せた。


私はそこでようやくほっと力が抜けて、両腕に抱えていた二人を解放した。


「クリスティア様!大丈夫ですか!?」

「大丈夫か!?」

腕から解放されるなりフェリシアとルイスが勢いよく私の顔をのぞき込んできた。


「ええ、大丈夫よ……それより強く押さえ込んでしまってごめんなさい、痛かった?」

「クリスティア!バカぢから!!オレ動けなかった!!」

「ふふ、ごめんね……」

力なく笑うクリスティアの顔は血で真っ赤になっていた。


「どうしてあなた様がこんな目に……!!あんな恩知らずなルーマ国民など、皆殺しにすればよかったのです!!」


フェリシアは怒りのあまり、涙を流しながらクリスティアの顔をハンカチでゴシゴシと拭き始めた。

「フェ、フェリシア!痛い!」


「ああ!!申し訳ありません!!私ったらクリスティア様の美しいお顔になんてことを……!!あの愚かな者達のことを考えていたらつい力が入ってしまって……っ!!」


慌てて謝ると、今度は慎重な手つきで顔の血をすべてぬぐい、手際よく手当てをしてくれた。


ルイスはフェリシアの手伝いをしながらも、護衛騎士として鮮やかな腕前を見せたミゲルの後ろ姿を興味深しげに見つめていた。




馬車での騒動が収まって十分後、私達は無事に王都を抜けることができた。




しかし私の心は重く沈んだままだった……

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