第32話「イザベラの算段」〜バイロンの思い〜
ルーマ国財務官のバイロンは、このところとても機嫌が良かった。
夜はよく眠れるようになり、顔には血色が戻ってきた。
理由はクリスティアの帰還だった。
彼女が戻ったことにより、今まで滞っていたすべての業務が枯れた川に流れる水のごとく、勢いよく動き出した。
枯渇していた予算に対する対策もすぐに講じ、当面はどうにかなる兆しが見え、バイロンも大きな胸のつかえが取れた。
もちろん半分に減らされたバイロンの給金も元に戻り、今までの不足分もすべて支払われた。
一時はイザベラの進言により財務官としての地位を追われ、ミハイル王子達に媚びへつらう無能貴族がバイロンの後釜にあてがわれ、自分は雑用係を命じられるなど、不遇の日々を送っていた。
それが彼女が来てから一変した。
その貴族がイザベラの貴金属の一部を横領していた証拠を突き止め、ミハイル王子自らに除名させた。
更に財政の危機的状況やバイロンの有用性を言葉巧みに伝えて、見事バイロンを財務官に返り咲かせることに成功した。
その様はさながら商人のようだった。
彼女の優秀さと素早い対応力にバイロンは舌を巻いた。
そんなクリスティアが唯一頭を悩ませていたのが、彼女やバイロンが不在中に施行されていた「贅沢禁止令」だった。
もちろんバイロン同様、ミハイル王子に直談判を試みたが、それだけは自分達に都合の良い法律とあって、絶対に首を縦に振ろうとはしなかった。
だがそれについても、庶民への負担がかかり過ぎないよう、細かな条件を記載した附則を現在作成中だ。
そんなクリスティアの働きぶりを間近で見ていたバイロンは、彼女の見方を改めざるを得なかった。
それまでは、彼女が拙いながらもミハイル王子の政務を手伝っている程度だと思っていたが、それは大きな間違いだった。
このような事態になって初めて、彼女がミハイル王子に代わってすべての業務を行っていたことに気付かされた。
(私は今まで彼女の何を見てきたのだろう……)
これまで悪女だ好色家だなどという彼女らしからぬ噂を確かめもせず安易に信じ込み、これまでの功績もなかったかのように都合よく解釈していた。
自分がこんなにも愚かな人間だったとは、己を嫌悪せずにはいられなかった。
彼女が噂通りの悪女かどうか。
それは目の前にある書類が物語っていた。
ただの王妃候補などではなかった。
彼女は膨大な業務を一人でこなせるだけの高い能力をもちながらも決してそれをひけらかさず、それどころかあたかもミハイル王子の所業のように見せ、婚約者を立てることができる謙虚で有能な人格者だった。
彼女は陥れられたのだろう。
イザベラとミハイル王子に。
現在のミハイル王子は、何かを判断したり熟考したりする能力はなく、イザベラにいいように使われている。
クリスティアのこともイザベラにそそのかされてやったに違いない。
あの二人がこれからの国を支えていくことになるならば、この国の未来はとても暗いと言える。
己の欲望のためにクリスティアの婚約者としての地位や立場を欲し、両親の爵位まで奪うイザベラの強欲さは常軌を逸している。
もちろん彼女が本物の聖女であるはずもない。
聖女を見定める特別な水晶が今回に限って紛失し、いまだに見つかっていないという。
きっとイザベラが選ばれたことと何か関係があるに違いない……
こんなことが許されて言い訳がない……
バイロンは怒りに拳を握りしめた。
◇◇◇
「失礼します、イザベラ様」
一人の騎士が謁見の間に現れた。
「あらぁ〜あなたは最近入った新しい男の子じゃない!どうしたの〜?」
金髪碧眼で美しい顔立ちの騎士を見るや否や、イザベラは身体をくねらせて猫撫で声を出した。
今日はミハイル王子が名ばかりの公務へ出かけて不在ということもあり、目の前の美青年への興味を隠すことなくあらわにした。
「はっ!ミゲルと申します。実は折いってイザベラ様にご相談がございます」
「え〜なぁに?」
イザベラが近くに寄るようにと手を差し伸べると、それに応えるように近付いたミゲルは彼女の手をとり、キスをして跪いた。
そして周りを注意深く確認した後に声をひそめた。
「実はここに赴任する前にいた村で、宝石の隠し鉱山があるという噂を耳にしまして……」
「なんですって!?」
イザベラが目の色を変えた。
「調べたところ、その村に出入りする盗賊が、付近の山をアジトとして所有し、裏で隠れて採掘をしていたようなのです」
「私がその情報を入手したと分かると、盗賊の一味が接触してきました。献上品を渡す代わりに、この事は上の者には黙っておくよう口止めされまして、どうしたらよいものかと悩み、聖女であるイザベラ様にご相談させて頂くことにしました」
「そう、いい判断ね!私は誰にも言わないから安心して!それで、献上品というのは……?」
「はい、こちらが彼らから口止め料として頂いたものです。どうぞお納めください」
そう言ったミゲルの懐からは、大粒の高価な宝石が手のひらいっぱいに出てきた。
「まあ!!どれもこれも最高級の石ばかりじゃないの!!」
「本来であれば、鉱山が見つかった場合は報告の義務があり、一部を税金として国に納めなくてはなりません……」
「そうねぇ……でも……」
そう言いながら、チラリとミゲルを見た。
その意図を察したかのようにミゲルは頷いた。
「このことはまだ、どなたにもお話ししておりません。もちろん、ミハイル王子にも……」
「そう!さすが気が利くわぁ〜♪私賢い男は大好きよ!あなたがいろいろ頑張ってくれるなら、あなたのことを特別扱いしてあげる♪」
「はっ!光栄です!早速その盗賊に、極秘の取引を持ちかけてみます。計画と準備は私にお任せください!」
「うふふ、頼んだわよ♪」
イザベラが口の端を上げて笑った。
◇◇◇
ミハイル王子と両親のことを口約束をした日から、クリスティアは一心不乱に働いた。朝から晩まで。
合間に謁見の間の掃除もかかさず、昼の時間にはルイス達に食事を運びに部屋へ戻った。
自分は食事をとる間も惜しんで執務室へ戻り、ひたすらペンを動かし続けた。
両親のために、困っている国民のために。
ルイスの熱は、なんと10日も下がらず、とても心配したが、私が執務にあたっていた間は、フェリシアがルイスの面倒を見てくれた。
彼女自身も両腕の骨折をして大変だったというのに。
だけど、執務机の山のような書類はなかなかなくならず、気付けば11月も半ばに差し掛かっていた。
そうこうするうちにルイスとフェリシアの怪我も治り、フェリシアは執事に直接交渉して、一時的に下級使用人達と一緒に働くことを許可された。
ルイスは、リオルやライアンが面倒を見てくれ、騎士見習いとして簡単な雑用をしながら、空き時間に稽古をつけてもらっているらしい。
初めは武器を持った騎士に怯えていたようだったが、二人の協力のおかけで徐々に慣れていっているようだ。
周りが少しずつ変化してゆく中、私だけは独り執務室に取り残されているような気がして、人知れず焦りを感じていた。
一ヶ月近く経っても、私は両親に会わせてもらえないままだった。
その日の夜、私はミハイル王子に呼ばれた。
「何か御用でしょうか?」
「遅いっ!!」
謁見の間にはミハイル王子しかいなかった。
ワインを飲みながら機嫌の悪そうな彼は、いつものように私を睨み付けた。
彼はこんなにも醜悪な顔をしていただろうか。
私は元婚約者の顔をまじまじと見た。
目の下には不健康なくまができており、
このところの不摂生の為か、顔には少し肉が付いて全体的に丸くなったようだ。
最近では、執務室には一切寄り付かず、イザベラと浄化の旅に出かけているみたいだが、いずれも王都周辺のようだった。
「少し顔色が悪いようですが、大丈夫でしょうか?今日はお酒を控えられた方がよろしいのでは……」
私は変わり果てた彼の姿を見て心配になり、つい余計な世話をやいてしまった。
「俺に意見する気か!?いつまで婚約者気取りでいるつもりだ!?そうやってお前はいつも俺を見下していたよな!!今はただの平民だぞ!己の立場をわきまえろ!!」
彼はすごい勢いで憤った。
「………失礼しました」
確かに彼の言う通りだった。
しかし、思わず言葉に出てしまうほど、彼の周りには以前とは比べ物にならない程の暗いもやがまとわりついているように見えた。
私が意見すると、案の定彼自身はとても怒っていたが、なぜか少しだけそのもやが薄れたように感じた。
(…………?)
「それで、本日はどのような御用でしょうか?」
「ふんっ!喜べ!また聖女代行の仕事だ!」
「!」
「浄化の旅ということでしょうか、今回はどちらに……?」
「ベルタ国国境付近の山だ」
「山、ですか……?」
いつもは貧しい村に派遣されていたのに、予想外の返答に頭をひねった。
「山で暮らしている民がいるのでしょうか……?」
「ああ、そこへ行けば分かる。話はつけてある」
彼は下卑た笑みを浮かべた。
「出発は明後日だ。一緒にあの異民共も連れて行け!」
「承知しました。私からも一つご確認させて頂いてもよろしいでしょうか……?」
「なんだ?」
「両親のことなのですが……」
「元気だ。会う必要はない」
「会わせては頂けないのですね……でしたらせめて、誓約書を交わしては頂けないでしょうか?」
「なんだと!?」
彼が怒りをあらわにして、私を睨み付けた。
「このところ私は両親のことが気になって、執務も思うように進みません……もしかしたらもう既に亡くなっているのではないかと考えると、とても不安になるのです……」
それはいつも心の奥底で抱えていた不安だった。
言葉にしたことで、しまい込んでいた感情が浮上し、全身の血の気が引いて両手が震え出した。
こんなにも私は不安を感じていたのだ。
「ふん!そんな顔をして同情でも引くつもりか!?政務を行えないと言うのなら、本当にお前の親を処刑してやるぞ!!」
「……それならば、私も共に命を断ちましょう。心の支えだった両親を救うという目的を失ってしまったら、人に蔑まれながら生きていく今の人生に、何の意味も見出せなくなってしまうので……」
「なんだと!!じゃあ今ここで死ぬか!!?」
ミハイル王子が激昂し、侍従に剣を持ってくるよう合図した。
「しかし、まだ両親は生きているということですので、まだ私は死にません。それに……死ぬ前に殿下へ政務の引き継ぎをすべて行わないと、殿下にとって良くないことになりますので……」
「何……っ!?」
「現在、政務が十分間に合わず、私の頭の中にしか入っていない情報が数多くあり、それがなくては作成途中の条例や諸々の執務が進みません」
「ですので、それらをすべて紙に書き起こさなくては、政務が今より更に滞り、ひいては殿下とイザベラ様の評判に傷がついてしまいますので……」
「ふん!そんなの、何かあればまたお前のせいに……」
そう言おうとして、彼はハッとした。
クリスティアが死んでしまっては、もう彼女に罪をなすり付けられないことを。
政務的にも今はまだ殺さない方がいいと言うことに気付いたのだ。
「ちっ!相変わらず無駄に頭だけは回るようだな!……何が望みなんだ!?」
「こちらの誓約書にサインして頂きたいのです」
そう言って、私はあらかじめ用意していた紙を差し出した。
「要求は三つです。両親への三食の食事提供の約束、そして部屋は貴族用の幽閉部屋を使用し、使用人を付けること。それらをこちらが用意した公証人が定期的に確認すること」
「なんだと……!?」
ミハイル王子のこめかみに青筋が浮かんだ。
「両親が投獄されてから、私は一度も二人の姿を見ておりません。こちらをご確約頂き、生存が確認できるのであれば、私は今後も喜んで政務や聖女様代理のお仕事に取り組ませて頂きたく存じます」
私は深く丁寧に頭を下げた。
「………」
ミハイル王子は、私の言いなりになるのは嫌だと言わんばかりに答えを出し渋っていたが、次の瞬間、何かをひらめいたように鼻を鳴らして笑った。
「……いいだろう……書類にサインしてやる」
「!!」
そう言って、乱雑な様子で誓約書にサインをして寄越した。
「ありがとうございます……!!」
「その代わり、旅前にすべての政務の引き継ぎを完璧に済ませておけ!」
「はい、お任せください!!」
私は彼の急な心変わりが引っかかったものの、気まぐれな彼の気が変わらないうちに、逃げるようにその場を立ち去った。
その背後で、彼が残忍な笑みを浮かべていたことに気付かなかった。
◇◇◇
コンタンディオス大帝国における謁見の間にて。
床は辺り一面が血の海となり、
黒いローブ姿の不審な男達の死体が、あちこちに積み上がっていた。
静まり返った部屋の中、アレクシオスは独り玉座に座り、返り血を浴びた手で頬杖をつき、眼下の光景を見下ろしていた。
「……ローランか」
「内通者はあらかた捕らえました!」
音もなく現れたローランが跪いて答えた。
「せっかく泳がせておいたというのに、また人員が減ってしまったな」
彼は何の感情もなく呟いた。
「あのお方がまさかここまでの行動に出られるとは……」
ローランが眉根を寄せた。
「はっ酷いたぬき芝居だ……」
「いかが致しますか?」
「意趣返しがお望みであれば、そうせねばな……」
そう言ってアレクシオスは立ち上がり、赤い瞳を鋭く光らせながら口の端を上げた。
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