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第31話「ベッド下の置き土産」

コンコン……


こちらが黙っていたら、もう一度ノックの音が聞こえた。


フェリシアのミハイル王子達への発言を聞かれてしまったのだろうか……


私は心臓が早鐘を打つのを感じた。



「……開けるぞ」



私は咄嗟に大きな布をフェリシアにかけて姿を隠した。



「クリスティア様、私は……!」

「し!静かに!!」

布の上から彼女を押さえ、一度息を吸ってから顔を取り繕って答えた。



「……どうぞ」


すると、大柄な騎士がゆっくりとドアを開けて入ってきた。



「失礼する」



「何か御用でしょうか……」



「って、ライアン!?」


入ってきたのは、以前リガード村で私の護衛騎士を任されたライアンだった。


「お久しぶりです」


相変わらず強面の彼は、険しい顔でこちらを見つめた後、丁寧に頭を下げた。



「クリスティア様お帰りなさい!ご無事で何よりでした!」


「リオル!」


後ろから顔を出したのは、現在イザベラの親衛隊をしている騎士リオルだった。


「先程の話は、私達以外は聞いていないので、ご安心ください!」


「ふん!もっとも、こんな隔離された場所に訪れる者など、そうそういないしな」

ライアンはどこか怒ったような顔で腕組みする。



「なんだ、あなた達だったのね〜!はぁ〜よかったぁ〜〜っ!!」


私はヘナヘナと背中のベッドにもたれかかった。


「すみません、クリスティア様。私としたことが、つい興奮してしまいました」


フェリシアが申し訳なさそうに頭の布を外し、目の前の騎士を確認すると、リオルを見てびっくりしたように顔を赤らめた。

リオルの整った顔立ちに驚いたのだろう。



(確かに、リオルはイザベラの親衛隊になる程、きれいな顔をしているものね……)

改めて金髪碧眼の彼の顔をまじまじと見た。

爽やかな短髪にキリッとした眉、そして澄み切った空のように青い瞳には、彼の意志の強い誠実な性格がよく表れていた。

その上、私のような人間にも偏見なく親切に接してくれるのだから、彼に好意を抱かない年頃の女性はいないだろう。


「驚かせてしまってすみません。クリスティア様が帰城したと聞いて、いてもたってもいられず……ついライアン隊長まで誘って隊を抜け出して来てしまいました」


そう照れながら、こちらに微笑みかけるリオルは、まるで絵本に描かれる王子様のようだった。


「まったく……訓練中に血相変えて飛んでくるから何事かと思ったぞ」

「へへ、すみません隊長!」


元第一騎士団に所属していたリオルは、隊長を務めるライアンのことを以前から知っていたようだ。

ライアンが僅かに表情を緩めながら、大袈裟にため息を吐くと、リオルが笑顔で謝った。


本来であれば、仕事を抜け出すようなことはしないであろう隊長職の真面目で実直なライアンまでが、わざわざ職務中に駆け付けてくれた。


二人のその気持ちが何より嬉しかった。



久々に会えた懐かしい相手からの変わらぬ優しさを受けて、私は心が温かくなった。


「二人の顔を見たら、何だかとってもホッとしたわ。わざわざ会いに来てくれてありがとう……!」


私達三人は顔を見合わせて笑った。



「以前よりも顔艶が良くなっている……ちゃんと食べられているんだな」


ライアンが安心したように優しい表情を浮かべた。


「ええ、狩人の方から魚や動物の狩り方を教えてもらったの!」

と私が笑顔で答えると、二人がギョッとした顔をして、それについて詳しく話すよう問い詰めて来たので、私はこれまでの旅の話を最初から話すこととなった。


話を聞きながら、リオルは隊で使っていた応急用の添え木や包帯をもらって来てくれて、フェリシアとルイスの手当てをしてくれた。



◇◇◇




「クリスティア様が薬学に精通してらっしゃるのは知っていましたが、まさか弓まで扱う羽目になるなんて!クリスティア様の白魚のような御手が……!」

私の傷だらけの手を見て、リオルが悲痛な表情を浮かべる。


「守るべき相手を置いて去るなど言語道断!その護衛騎士はどこの者だ!?絶対に許さん……っ!!」


ライアンが眉間に皺を寄せて怒りを滲ませた。



「ちょっと待って、ライアン!変なことはしないでちょうだいね!?私は結果的にとても大切な恩人に出会えて、今まで知らなかったたくさんのことを知ることができて、むしろあの方に感謝したいくらいなんだから!」


「ぐぅ…しかし……!!」


「こんな目に遭わせるならば、やはり私が着いていくべきでした……」

「いや、俺が行くべきだった……」


二人は尚も納得が行かない様子で俯いた。



「確かに二人がいてくれたら心強かったわね。フェリシアやルイスにとっても。でも素敵な経験もできたし、こうして無事に帰って来れたわけだから、それで十分よ」


「ええ、私もですわ。何かが少しでも違っていたら、私はクリスティア様と出会えていなかったかもしれないですし……」


「それにしても、お城の中にクリスティア様のお味方がいらっしゃると分かって、とても安心致しました」

フェリシアが私を見て優しく微笑んだ。



「お城の外は、不自然なくらい“偽聖女”様への悪感情が溢れかえっていたので、心配していたんです……」


フェリシアの言葉に、リオルとライアンは顔を見合わせて頷いた。



「……実は、以前クリスティア様から許可を頂いた調査に関して、分かったことがありました」


「調査……?」

フェリシアがリオルに聞き返した。


「はい。イザベラ嬢が現れてからというもの、どの新聞社もこぞってクリスティア様に身に覚えのない悪事を書き立てるようになりました。しかも宮廷で起こったことも瞬く間に記事に上がることから、私は内部の人間が絡んでいると睨んで調査を行いました。その結果指示を出していた相手が分かったのです。その相手は……」


「そんなの分かりきっているわ、ミハイル王子でしょう?」

私はため息混じりに答えた。




「いいえ、指示を出していたのは……イザベラ嬢でした……」



「え……っ!?」

私は一瞬心臓が凍りついた。


「指示出しに関わっていたのは全てイザベラ嬢の従者でしたし、親衛隊の中でも、実際にイザベラがミハイル王子にその件を進言しているのを聞いた者もいるので、確かかと……」


「そう…なの……」


彼女に好かれているとは思っていなかったが、実際にそのようなことを聞くのは、さすがにショックだった。



「確かにあの女なら、そのような低俗なことを考え付きそうですものね。恐らく街で見た黒と白の人形を子ども達に配ってくだらない遊びをさせているのもあの女の仕業なのでしょうね。さすが聖女様だわぁ〜!」

ふふっと冷たい笑みを浮かべるフェリシア。


「フェ、フェリシア……!」



「ミハイル王子は見たところ頭も悪そうですし、大方、裏であの女にいいように操られてるのでしょう。何しろ、謁見の間に恥ずかし気もなくベッドを持ち込むような方ですし……まさか大昔の王族の真似事でもしているのでしょうか?まぁ過去にそんな歴史があったなんてこと、彼らはご存知ないでしょうけど……」


「もうフェリシア!それ以上喋るの禁止っ!!」

「んん…っ!」

私は慌ててフェリシアの口を押さえた。



(でも、それならばどうして……)



私をよく思っていないはずのイザベラが、さっきは私の要望を受け入れてくれたのだろうか……

私は分からなくなった。





◇◇◇




謁見の間にて。



「イザベラ、先程はどうしたと言うのだ?なぜ敢えてクリスティアが喜ぶようなことを許可したのだ?」


「ふふ…こう見えても私、聖女様だからね〜慈悲の心よ♪」


「なぁ〜んて!ああしておけば、後で記者にとっておきのネタを提供できるかなと思ったの!」


「“元聖女の悪女クリスティア、今度は幼い少年を囲って可愛がってる”ってね…♪」


イザベラが口の端を上げて黒い笑みを浮かべた。


「あの人の悪評が広まれば広まるほど、世論は私達の味方になってくれるし、いい事づくめでしょ!?」


「なるほど…!さすが俺のイザベラは賢いな!!」


「えへへ、でっしょぉ〜!?」

二人の高笑いが謁見の間に響いた。






◇◇◇




リオルとライアンが帰った後、私は再び荷物の後片付けを再開した。

フェリシアも手伝ってくれようとしたが、いまだ両腕は使えない状態だし、せっかくリオルが手当してくれた包帯が緩んでしまったら申し訳ないので、今は何もせず、腕を治すことに専念するよう伝えた。



部屋が手狭なため、弓や鍋などの旅に使う道具類はまとめてベッドの下に置くことにした。


下を覗き込むと、奥の方に見覚えのない大きなずた袋が二つ置いてあった。


「何かしら?以前掃除した時には、なかったはずなのに……」


「何ですか……?」

フェリシアも一緒になって覗き込む。


片方のずた袋の中身を確認すると、首周りにレースがほどこされた袖付きの庶民向けワンピースがたくさん入っていた。


「まあ!こちらは全身きれいな藍色で、こちらのワンピースは上が赤で下が白いスカートになってますわ!庶民向けとはいえ、素敵なデザインですわね!」

フェリシアが心躍らせるように声を上げた。



「前の部屋の方のものかしら……?」


前はなかったはずなのに変ね……と首を傾げながら、中の服を手に取ると、小さく折られた紙がはらりと落ちた。



(………?)


何か書いてあるようだったので、私は何気なく折られた紙を広げてみた。

そこには短い文が書かれていた。




『いらなければ捨てろ』


それを見た瞬間、激震が走った。



(この文字は……アレクシオス……!?)



記名もなく、ただ一文だけが書き殴られたものだったが、これは彼からのものだと確信した。



それを示すように荷物の奥から

「主人からの贈り物です、是非お受け取りください。ーRー」

と書かれたカードが入っていた。

おそらくこれはローランだろう。


私が浄化の旅に出ている間に持ち込まれたのだろうか。


袋の中には、庶民の服と質素なドレス、そしてこの国のお金も入っていた。

もう一つの袋には厚手の布がたくさん入っていた。


「こっちは布だわ!!嬉しいっ!!」

私は思わず布を抱きしめた。



「ふふ…ドレスやワンピースよりも、ただの布が嬉しいだなんて、クリスティア様らしいですわね」

フェリシアが微笑んだ。



「だって、この布があれば、ルイスの服をもっと作ってあげられるわ!寝る時には一人一枚ずつくるまって眠れるし、綿を入れれば冬も暖かく過ごせるじゃない!」


「それに、クリスの治療用コルセットももっと丈夫なものが作れるしね!」


馬車での振動を極力抑えられるようにと、少ない余り布と添え木でコルセットを作ってはみたものの、強度も使い心地も決して良いものではなかった。


完全に完治するまでには、あと半年はかかるだろうし、それまで傷んだ部分を保護するものが必要だと思ったのだ。



「コルセットでしたら、先程の騎士様方にお願いすれば、治療用のものをお借りできるのではないですか?」



「確かにそうね!明日早速聞いてみるわ!ありがとう、フェリシア」

「ふふ、どう致しまして」


私の笑顔にフェリシアも同じように笑みを返してくれた。




ーーその夜。

私達はアレクシオスが送ってくれた布にそれぞれくるまって寝た。

ルイスはベッドの上で、私とフェリシアは床の上で身体を折り曲げるようにして。


本当はフェリシアも怪我人だし、ルイスと一緒にベッドで寝るように言ったのだが、私が床で寝るなら自分も床で寝ると言って聞かなかったのだ。


みんなが寝付いた後、私は一人暗い天井を仰いだ。


脳裏に浮かんだのは、美しい紺色の髪に宝石のようなルビーレッドの瞳をもつ彼の顔だった。



アレクシオス・ペルサキス大帝王……


(どうして、わざわざこんなことをしてくれたのかしら……?)



最後に別れたのは、数ヶ月前のこの場所だった。

彼からの強引な誘いを断ったことによる喧嘩別れだった。


(彼はもう私のことを怒っていないのかしら……?私ももう気にはしていないけど……)

 


今回の彼の行動の背景には、きっとローランの働きかけもあったのだろう。



何にせよ、私がいま必要とするたくさんのものが詰め込まれていて、感謝の気持ちでいっぱいになった……


(できることなら、直接会ってお礼を伝えたいけど……)



それはきっと無理だろう……



私はゆっくりと目を閉じた。




◇◇◇




翌朝、使用人用の食事を三人分部屋に運んできたら、ルイスの様子がおかしかった。


顔に触れてみると、すごい熱だった。


「大変…っ!!」


急いで、使用人の調理場に行って薬草を煎じた。

調理場の者達には嫌な顔をされたが、気にしている場合ではなかった。


急いで部屋に戻ってルイスに飲ませた。


「げほっ!……これ、まずい……」


「苦くて飲みづらいわよね……でも飲めば少しは身体が楽になると思うの……飲んでくれたら嬉しいんだけど……」


ルイスは渋々ながらも、頑張って飲み干してくれた。


ルイスをゆっくり横に寝かせた後、無意識に頭を撫でていた。

ルイスは苦しそうに、はあはあと胸を上下させながら息をしていた。


フェリシアもとても心配そうに見守っている。


こんな時、何もしてあげられない自分がもどかしくなる。

せめて願おうと、頭を撫でる手に思いを込めた。


「どうかルイスに健やかな身体を……」


いつもの不思議な感覚が湧き上がると共に、手が温かくなった。

(嘘でもいいから効いて、お願い……!!)

私は藁にもすがる思いで、必死に祈った。


しばらくすると、薬草の効果か、次第に呼吸も落ち着いてきて、やがて静かに眠りについた。


「よかった……」

私は、安らかに眠るルイスの寝顔を見て、ホッと胸を撫で下ろした。

茶色いくせ毛の長い前髪をかき上げると、あどけないながらもきれいな顔をしたルイスの顔があらわになった。

私はその額の汗をそっと拭った。



「クリスティア様、やはりあなた様は……」


一部始終を見ていたフェリシアが何かを言いかけた時、聞き慣れぬ声の騎士が部屋をドンドン叩きながらドア越しに声をかけた。


「ミハイル王子がお呼びだ」



私は昨日に続き、再び謁見の間に呼び出された。



「遅い……!」


不機嫌な態度をあらわにするミハイル王子がベッドの上から私を睨み付ける。

私はアレクシオスに送られた質素なベージュ色のドレスを着て丁寧にカーテシーをした。


「お待たせ致しました」


「ふんっ!ちゃんとドレスを持っているではないか!やはり昨日はおかしな服を着て、わざと頭がおかしくなったように見せていたのだな!?」


「あはは!クリスティアさん、何その格好!?それ私があげたドレスより地味じゃない!?あなたのセンスってすごいのね!!」

イザベラが、笑いを堪えきれないと言った様子で上機嫌に声を上げる。


今の発言から、アレクシオスのドレスと交換したドレスは、自分でも地味だと分かった上で私に渡していたことがうかがえた。




「……昨日着ていたものは、タガルネ共和国の衣装でございます。旅にはあのような服装が機能的で動きやすかったため着ておりました。戻ってすぐ謁見の間に通されたため、着替える時間もなかったため…」


「言い訳はいい!!お前は本当に可愛げのない女だな!!そこはただ黙って謝ればいいのだ!!だから俺のような高貴な者に選ばれないのだぞ!!」


「……っ!」

“可愛げのない女“という言葉の刃が、またグサリと私の胸を刺した。

ふとイザベラと目が合うと、彼女が優越感に満ちた何とも言えない笑みを浮かべていたので、私はたまらず目を逸らした。



「……それで、今日は何の御用でしょうか……?」


「何の御用だじゃないだろう!!契約のことを忘れたのか!?お前のせいで執務が溜まっているのだ!!さっさと仕事に取り掛かれ!!」


「あ、もちろん、私達が出かけている間は、ここの掃除もお願いね♪今日のお昼はお庭で食べる予定だから♪」

イザベラがついでとばかりに言葉を付け足した。



「………承知しました。………ちなみに私の両親は、いまどのように過ごしているのでしょうか………?一目でいいから様子を確認させて頂きたいのですが……」


私は拳を握りしめて尋ねた。



「何だと……!?」


「それは、あなたの働き方次第じゃないかしら、クリスティアさん?」

イザベラがニタリと笑った。



「そうだ!お前の仕事次第では、会わせてやらなくもないぞ!!」


「本当ですか!?」



「だから、さっさと仕事に取り掛かれっ!!」



「……はい!」

私は足早に部屋を出た。



……果たして、彼らの言葉は信じられるのだろうか……?


でもようやく見出せた可能性だ。

今は彼らに認められるよう、頑張って働くしかない……!



そう心に決めて、私は勢いよく執務室の扉を開けた。






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