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第28話「カナス村①」〜フェリシアとの出会い〜

ルーマ国宮殿内にある執務室にて。


「はぁ……」


財務官のバイロンは大きなため息を吐いていた。

元々長身痩身の彼は、このところの気苦労で益々頬は痩せこけ、誰の目にも明らかなほどやつれていた。


彼の手には前期の財務報告書があった。

今年度の財政は未だかつてないほど酷い状況となっていた。


原因はイザベラだった。

彼女がミハイル王子のお気に入りになるや否や、次から次へと新しい宝石やドレスをねだり、あっという間に王子に割り当てられた予算を全て使い切ってしまった。


彼女は、ミハイル王子がクリスティアと婚約破棄をすると更に立場を強めて、自分専用の親衛隊を作って高額な報酬を渡すことを勝手に約束したり、謁見の間を自室のように改造したり、しまいには浄化の旅に使う豪奢な馬車を複数台用意させたりと、湯水の如く金を使い込んだ。


その結果、たったの半年で国庫の一割近くの金額を使い果たしてしまった。

これは飢饉の金策に匹敵するほどの額だった。


このままのペースでいけば、十年もしないうちに国庫が底をついてしまうだろう……


新しくマリヌス公爵となったイザベラの父親達も散財と増税を繰り返して、領民達を苦しめているという。


子は親に似ると言うが、何の責務も果たさず、ただ人々の血税を私利私欲のために使い込んでいては、やがて人々の反感を生み、身を滅ぼすことになる。

考えれば分かるようなものだが、そんな頭すらないとは、彼らの程度の低さが知れるというものだ。


彼らは人の上に立つ器ではない……


ましてや、イザベラが聖女であるはずがない……



イザベラには今まで散々苦言を呈してきたが、彼女は上手くミハイル王子を利用し、散財をやめることはなかった。

それどころか、「お金がないのなら」とバイロンの給金を半減にした。


イザベラのせいで予算の再調整を余儀なくされ、予定外の仕事に寝る間も惜しんで取り組んでいた矢先の仕打ちだった。


「あれのどこが聖女だと言うのだ……!ただの金食い虫ではないか……っ!!」


バイロンは怒りのあまり、書類を机に叩き付けた。


浄化の旅と称しては、使用人を大勢引き連れて王家の別荘がある豊かな領地へ赴き、取り巻きの男達とほぼ村を回ることなく日がなバカンスを楽しんでいるという報告が常だった。

その為に使われる費用も歴代の聖女とは比べ物にならない額だった。


一方で、ひっ迫した要請のあった貧しい村々へは、聖女代行と称してクリスティアを派遣した。

ミハイル王子らが王妃を通して国王へ働きかけたらしい。

街でも悪女が城から追放されたという記事が出て、上を下への大騒ぎだったらしい。


長く過酷な旅になることが容易に予想されたが、王命により、彼女には初日に持たせるパン1つと御者を兼ねた護衛騎士への賃金しか支払うことを許可されなかった。


贅沢三昧な彼女達とは打って変わって、こちらは異例中の異例の低予算だった。


いかに慎ましやかな聖女様であっても最低限の衣食住を保証するための様々な準備は必要だった。

道中に何かが不足してしまっては只事では済まないからだ。


ミハイル王子らにとっては軽い嫌がらせのつもりだったのかもしれないが、公爵令嬢として何不自由なく育てられた彼女にとって、この仕打ちは死刑宣告も同然だった。

彼らはそんな想像力すら持ち得なかったのだろう。


彼女が城を追い出されてから1ヶ月が経つが、護衛騎士からは何の報告もない。

「どこかでのたれ死んでいないといいが……」


正直バイロン自身もクリスティアが偽聖女だと判明し、悪行の数々が暴かれてからは、彼女のことを好ましく思っていなかった。


しかし、イザベラの横暴が目に余るほどになって、ようやくかつてのクリスティアがいかに節制を心がけ、民の為に働いていたかに気付き、次第に考えを改めるようになったのだった。


「とりあえず、今は早急に残りの予算で諸々の計画を練り直さなければ…!これ以上あの女が余計なことをしないといいが……」

バイロンは書類を握りしめた。






◇◇◇




「ねぇ聞いてミハイル!バイロンったら酷いのよ〜!」


「どうしたイザベラ?」


謁見の間の中央に置かれたベッドの上で寝転がりながら、イザベラは泣きそうな表情でミハイル王子に訴えた。


「今度のパーティーのドレスを注文したら、買っちゃダメって言われたの!もう沢山持ってるからって!」


「何だと!?」


「パーティーに一度着たドレスなんて着ていったら恥をかくのに……!彼はそれを分かっててわざと言ったのよ!私、あなたに相応しい女の子になる為に身なりだってもっと気を遣いたいのに、彼はいつも私を目の敵にして意地悪ばかりしてくるの!きっと私やミハイルのことが気に入らないんだわ!!」


悲しげに瞳を揺らす彼女を見て、ミハイルはバイロンへの怒りが込み上げてきた。


「あいつはどうやら自分の立場を勘違いしているようだな!俺がその気になればあんな奴、今すぐクビにできるというのに……!」


「さすがミハイル!!なんて頼もしいの……!!」


「あ、そうだ!それならお金の担当を、もっと話が分かる相手に変えたらどうかしら!?」


「それもそうだな」


「あとね、私いいこと思い付いたの!」


「なんだ?」


「この前バイロンが、あと数年で国のお金がなくなるって言ってたでしょ?それってきっと、平民が贅沢をしてるせいだと思うの。だって平民は貴族よりもずっとずっと人数も多いし」


「だから、平民に贅沢を禁止する“贅沢禁止令”みたいなのを作ったらどうかしら?そしたらもっと税金をとれるようになるし、いいことづくめでしょ!?」


「なるほど、それは名案だな!さすが俺の聖女は賢いな!!」


「えへへ、でっしょ〜!」


「そうと決まれば、急いでその法律を作らせよう!」


「うん!これでドレスが買えるわね!」

イザベラは上機嫌に声を上げた。



かくして、平民に布かれたこの「贅沢禁止令」は、反対するバイロンや議員達を押し除けて異例の速さで施行され、すぐさま領の隅々にまで伝達されることとなるのであった。






◇◇◇




「ん〜疲れたーー!」



クリスティアは馬車の中で両腕を上げて、思い切り上半身を伸ばした。


服は相変わらずタガルネ共和国の身軽なズボンにチュニック姿だが、今はその上に、アルガスからもらったショート丈の革製のベストを着ていた。

これが見た目よりとても収納が多くて便利なのだった。


服が動きやすいのをいいことに、何度も身体を捻ったり伸ばしたりして、身体の凝りをほぐした。

一応人目がないことは確認したが、周りの目を気にせず、好きな時に自由に身体を動かせる身分はなんて気楽で素晴らしいのだろうかと、今の立場の身軽さを噛み締めた。



アルガスと別れてアントル村を後にしたクリスティアは、馬車に揺られて次の村へと移動中であった。


いま向かっているのは、イザベラの取り巻きの一人であるザックの親が治めるソルタ領の西部にあるカナス村という所だった。


ルーマ国東部にあるアントル村から、コマリ村を通り越して、倍の日数をかけてカナス村へと向かっているところだ。


どうせなら端の領地から移動すれば無駄に往復する必要もなかったのにと思わず苦笑いしたが、これもきっと全て意味のあることなのだと、再び自分に言い聞かせた。



悪路に揺られながら窓の外を見た。

9月も後半に入り、日中の日差しも弱まって過ごしやすい日が増えた。


「これから寒くなるわね……一応聖女代行の旅は次のソルタ村で最後の予定みたいだけど、冬に向けて商人から厚手の布を買っておこう……!」


毛皮のコートは、アルガスが大きなずた袋に入れて持たせてくれたが、やはり野宿には汎用性の高い大きな布があると便利だ。

城に戻ってからも寒い日にはきっと重宝できるだろう。

きっと今年の冬は、今まで経験したことのない厳しいものなるだろうから……



「………」


私は牢獄にいるであろう両親を思い浮かべた。

自分が調べたところ、貴族用の牢は現在誰も使用していないようだった。

ということは、平民用のどこかの牢獄に閉じ込められてるということだ……


ずっと公爵家の人間として生きてきた両親にとって、それはどれほど過酷な生活であろうか……


(寒い冬が来る前に、絶対に助け出さなくては……!)


私は拳を握りしめ、決意を新たに顔を上げた。




◇◇◇




コマリ村近くで休憩した際に通りがかった商人を引き止めて、アルガスにもらった干し肉と革製品を厚手の布や食べ物などと交換してもらった。


「こんな質のいい干し肉は初めて食ったぜ!こっちの革袋も水筒としてかなりの優れものだ!お嬢ちゃんありがとな!!」

試食として干し肉を食べた商人はやや興奮気味に答えた。



(ふふ!そうでしょう、そうでしょう!?)


数日前に別れた師匠の顔を思い浮かべながら、私は自分まで誇らしい気持ちになった。


アルガスの腕はやはり確かだった。

あれだけ質のいい革製品や干し肉を商人に上手く売り込めれば、その利益でアントル村に頼らなくても自立した生活が送れるようになるに違いない。

いや、きっとそれ以上に豊かになるはずだ。


今すぐこのことを伝えにウドゥフの森に戻りたい衝動に駆られるが……

(きっと、森の外に出た師匠は自分でその結論に辿り着くに違いない)

そう信じることにした。


(彼は私なんかより、ずっと賢く聡い人だから……)




「ところで、お嬢ちゃんは西に向かってるのか?」


「はい、そうです」


「それじゃあ気をつけた方がいい。三日前にベルタ国が戦争を始めたらしいからな」


「え、戦争!?一体どこと!?」


「お隣のシェラ国とだ。ベルタ国が一方的に戦争を仕掛けたらしい」


ベルタ国は今から向かうカナス村が隣接する西国だ。シェラ国は更に西側に位置する中立国だ。


「そうなのですか……」


「おまけに開戦と同時にベルタ帝国を名乗ったって話だ、“帝国”に対抗してのことなのか知らんが……」


彼の言う“帝国”とは、コンタンディオス大帝国のことだ。

そもそもこの世界においての帝国とは、多民族や他国家を統一した大規模な国家のことを指す。

ベルタ国は、かつての古代帝国が3つに別れた後、更に2つに別れて出来た小国である。

もちろん単一民族による単一国家なので、帝国という条件は全く当てはまらない……


シェラ国を手中に収めたのならまだしも、数日前に戦争を仕掛けただけなら、気がはやり過ぎだろう。

それとも、いずれは周辺国すべてを手に入れるという意思表示なのだろうか……?



開戦の知らせは恐ろしいが、今から向かうカナス村の人々に被害が及んでいないか心配になり、商人にお礼を伝えるとすぐに出発した。




◇◇◇




ーーそこから二日ほど経って、ようやくソルタ領に到着した。


村に入る前には必ず領主に挨拶に行くのが決まりだが、私の噂を知ってか、これまで挨拶に伺って領主が出てきた試しはなかった。

ここの領主は、イザベラの取り巻きであるザックの父親だから尚更だろう。


今回もやる気のない護衛騎士が門番に声をかけるが、案の定領主が顔を見せることはなく、案内役として下人を一人だけ寄越してきた。


毎度毎度、領主には無視され、村人達には反感の目を向けられる……辛くないと言えば嘘になるが、毎回「しょうがない」と自分に言い聞かせるしかなかった。


(今回は村に入れてもらえるといいけど……)


コマリ村に続き、アントル村でも私の話に耳を傾けてくれる者はおらず、何も手が出せなかった。

このままでは、村へ何の貢献もできないまま、ただ村外れでいたずらに時間ばかり費やすことになってしまう。

それだけは避けなければならない……


私は気を引き締めて、再び馬車へ乗り込んだ。




◇◇◇




カナス村へ向かって馬車で三時間ほど進んだところで、珍しく数台の馬車が立ち往生していた。


「どうしたのかしら……?」


馬車を降りて様子を見にいくと、道を横断しようとした大きな荷馬車の車輪がえぐれた地面にはまり、身動きが取れなくなっていた。


周りに居合わせた御者や乗合馬車の乗客達が力を合わせて馬車を動かそうとするが、テコでも動かない。

一体どんな重い荷物を乗せているのだろうか……


当の荷馬車の主である商人らしき男は

「何やってるんだ!早く動かせ!!」

と、自分は何もせずに大声でわめき散らしている。


荷馬車はこの国では珍しい幌付きの馬車である上に、商人の言葉に独特な訛りがあることから、この国の者でないことが伺えた。


この大陸は元は一つの国だったため、言語に違いはないが、国ごとに派生した独特の訛りがあった。

荷馬車が西の方角からやってきたことを考えると、彼らは最近戦争を始めたというデルタ国から来たと思われる。


「馬車が重すぎる!中の荷物を下ろさないと無理だ!」

誰かが声を上げた。


「ダメだ!大事な商品だ!中を見ることは許さん!!」

男はすごい剣幕で怒鳴ってきた。


「………」

私は眉を寄せた。



戦争中のデルタ国から早々に運び出される大量の荷物……

しかも敵地とは真逆の国に……



「まさか……っ!」



私は恐ろしい仮説に辿り着き、思わず荷馬車に向かって走り出した。


「なんだ女!?荷馬車に近付くなと言っただろうが!!」


男が私に気付いて腕を広げて阻もうとしたが、その腕を素早くすり抜け、荷馬車後方に足をかけて荷台に飛び乗り、勢いよく幌を開けた。


「やめろっ!!」


バサッ!!



幌開けたすぐ手前には、不自然なほど山積みされた荷物が乗せられていた。


しかし……



その荷物をかき分けると、その奥に大量の人間が両手足を拘束された状態で詰め込まれていた。

ご丁寧に喋れないよう猿ぐつわまでつけて……


「あれ!?荷物の後ろに、どうしてこんなに多くの人が乗っているのですか!?」


私は人々の前で大袈裟に声を張って尋ねた。


「い、いやぁそれは……っ!」

男はさっきとは打って変わって、しどろもどろになりながら言葉を詰まらせた。


「あなたはデルタ国の人間ですね!?」


私の鋭く言い放った声に大きく肩をびくつかせ、顔面蒼白になった。

分かりやすい肯定の合図だった。

周りにいた者達もぎょっとした顔でその男を見た。


「最近開戦したばかりのデルタ国から急いで連れ出すのは、まさかシェラ国で捕らえた捕虜かしら……?」



「う、うるさい!そんなことお前に関係ないだろ!!」


彼は冷や汗を流しながら虚勢を張った。



「いや、そんなことないわ。だってあなた、この人達を奴隷商人に売るつもりなんでしょう?」


「!!」


男は大きく目を見開いて益々青い顔をした。

周囲の者達も驚愕の表情で彼を見た。


それもそのはず、奴隷制は数百年前に大陸全土で廃止され、現在も守らぬ者には極刑が科される法が生きていた。


しかし、最近旅の途中で不穏な噂を耳にしていたのだ。

ある国では、今も秘密裏に奴隷の売買が行われているという……



それがコンタンディオス大帝国だった……


帝国にいた時、執務室の資料にはほとんど目を通したが、奴隷に関する記述はどこにもなかった。

恐らく、国では容認していないが、帝国の目の届かぬ所で永続的に悪事を働いている集団がいるということだろう……


「ご存知かもしれませんが、ルーマ国では人身売買に関わった者は、傍観者も例外なく極刑に処されます」


「たとえ“他国”へ運び出すために通過しただけだとしても……」


「……っ!」


男が歯を食いしばって、私を憎々しげに睨みつけた。

そして不自然に右手を後ろに回した。


それを見た私も相手に気取られぬよう、さりげなく馬車の幌の裾を掴んだ。

相手が飛び道具を持ち出してきたら幌で防ぐつもりだった。


「だったらお前ら全員ここで死ね!!」


そう言って男が背中から取り出したのは短剣だった。


(なんだ、飛び道具じゃないのね……)

内心ホッとしながら素早く幌から手を離し、後ろの荷物に触れる。


彼は短剣を振り上げて私に向かってきた。


私は彼に向かって後ろにあった荷箱を力いっぱい投げつけた。

中には重し代わりの芋が入っていて、男にぶつかると芋がゴロゴロと散らばった。


彼の動きが一瞬止まった隙に、私はベストの内側に隠していた小型ナイフを男の足元に素早く投げた。


一本目は手元が狂って足元の芋に刺さった。

「く…っ!」

荷台から狙うには角度が鋭角すぎた。

眉間や首元を狙う方が簡単だが、獲物を狩るのとは訳が違う。

私はまだ人間を殺す覚悟がなかった。

しかし、卑劣な人間の行為を見逃す気も毛頭なかった。



(このままじゃ逃げられる……!)

中途半端な思いでは、周りの人達も危険に晒すことになる……


(仕方ない……!)


私は、やむなく人を傷付ける覚悟を決めた。



私の攻撃を見て逆上した男は、物凄い勢いでこちらに突進してきた。

私がナイフを構えると、彼は剣で顔を隠したので、私は彼の腕目掛けてナイフを投げた。


二本三本と狙いを外し、四本目でようやく右腕を突き刺すことができた。


「うぎゃあっ!」

相手の動きが止まったところで、両太ももに思い切りナイフを投げ付ける。


男が転げ回って叫んでいる所に、上から荷箱を投げ付け、視界を奪った一瞬の隙に彼の元へ飛び乗り、短剣を奪った。



その剣で男の腕を切り付け、身動きが取れなくなった状態で、周りで見守っていた男達にしっかり全身を縛り上げてもらった。






「くそっ!離しやがれ!このアマがっ!!」

男が尚も身をよじりながら、クリスティアを睨みつけた。


「すぐ城に遣いを出すわ。その間に自分のしたことを省みておくといいわ」


「くそっ!あんな所で立ち往生さえしなければ……!!」


「ーーしなければ、あなたは罪を償うことなく、もっと重い罪を心に背負うことになっていたのよ……」


「はっ!そんなこと知るかよっ!!」


「罪を重ねれば、心は曇り、幸せからどんどん遠ざかってしまうわ。これまでの人生が不幸せだったのなら、これからは前を向いて幸せに向かっていきましょう……」

そう言って縛った彼の背中をなでた。


「………っ!」


男は目を見開いて黙り、その後は一言も話さなかった。



「さてと次は……」



「……うぅ……っ!!」


「!!」


その男が動けなくなると分かるや否や、馬車の中で様子を見ていた捕虜達が一斉に馬車から降りようと押し寄せた。

皆んな手足を縛られていたため、ある者は倒れ込んで人々の下敷きになり、またある者は結構な高さがある馬車から身体を投げ出そうとしていた。


突然の開戦と共に捕虜となった数日間、彼らは余程恐ろしい思いをしたに違いない。


「皆さん安心してください!あなた達に害をなす者はもういません!」


「いま順番に拘束を解きますから、落ち着いてください!!」



正気を失ったように外になだれ込む者達に向かって私は精一杯声を張り上げた。



私がナイフで彼らの拘束を解いていると、周りで見ていた何人かが協力してくれた。



解放された者達の一部は、自由になるや否や走ってどこかへ逃げていってしまった。


ある者達は、我が国で保護してほしいと懇願してきた。

とりあえずこのソルタ領で一時的に預かってもらい、王都と連絡をとってもらうことにした。その連絡調整は、たまたま居合わせた子爵家の男性が請け負ってくれた。


その他の者達は、自分の家族が心配だから国に戻りたいと言っていた。

さすがに敵国のベルタ国を通るのは自殺行為なので、他国から迂回して戻ることを提案した。

これには、同じくこの場に居合わせた乗合馬車の御者が国境付近まで送ってくれると進言してくれた。


逃げた者達については、近隣の領に知らせを出して、必要があれば保護してもらうよう要請した。

方々へ向かう御者達に伝達をお願いした。


ひとまずはこれでおおよその方が付いた。


ある二人を除いて……





◇◇◇




その夜、クリスティアは焚き火の前で途方に暮れていた。

あの騒動の後、予定通りカナス村へ辿り着いたのだが、そこでも村人達の迫害を受け、今回も村に入ることすら許されなかった。


「なんか、行く所行く所でどんどん対応が酷くなっていってる気がするわ……」

私に対する悪評は今も変わらず人々に吹聴されているようだ。

道中、吟遊詩人が子どもや大人達に、私のこれまでの悪事を並べ立て、この国の悪の根源であるかのように歌っているのは聞いたが。

もちろん、すべて身に覚えのないことばかりだったが。


「はあ……」

ため息を吐きながら、焚き火に火をくべる。

今回のため息の理由は別にあった。


私は目の前のテントに目をやった。

中には人が二人寝ていた。

先程捕虜として連れてこられた者達だった。

この二人だけは怪我と衰弱が酷かったため、すぐさま帰すことができなかった。


一人はフェリシアという女性。

茶色い髪を左で三つ編みにして肩に流し、優しげな青い瞳が特徴的だ。年は18だという。

逃げ惑う他の捕虜達の下敷きになり、両腕を骨折してしまった。


もう一人は十二才くらいの少年だ。

不自然なほど痩せ細っていて、髪は長くボサボサ。全身には古い打撲跡が多数つけられていた。

まだ意識が戻っていないが、カナス村までの道中、馬車の揺れでうめき声を上げていたので、フェリシア同様、どこかしらの骨が折れてしまっているようだ。


もう日も暮れかけていたので、ダメ元でカナス村へ行って看病をお願いできないか頼んでみたが、やはり「他人を預かる余裕などない!」と一蹴されてしまった。

通ってきた村々を見ても、余裕がありそうな村などなかったため、彼らの回復を待って、領主の所へ保護を求めに行くことにした。




焚き火で師匠直伝の特製スープの準備を始めながら、私はどうしたものか考えあぐねていた。


私と怪我人をカナス村まで運んだ御者兼護衛騎士の者は、私が懇願したにも関わらず、私達を降ろすや否や、「また十日後に迎えに来る」とだけ言い残して、どこかへ消えてしまった。



となると、通りがかりの馬車に頼むか、歩いてソルタ領の領館まで向かうしかない。

しかし馬車に同乗させてもらうにも、寝たきりの人間を運ぶのはスペース的にも道的にも厳しいだろう。今日もそういった理由で二人は残る羽目になってしまったのだ。

となると、少しずつ歩いて移動するしかない。



仮に無事に辿り着いたとしても領主に私の話を聞いて受け入れてもらえるかどうか、とても不安だった。


「それがダメだったら、またカナス村に戻って、十日後に迎えの馬車が来るのを待つか、あるいはこのままここで待機しているか……」


でも王都に戻った所で、二人はちゃんと保護してもらえるだろうか……?

私と一緒に来たことで、二人まで不遇な扱いを受けることになってしまったらどうしよう……



考えれば考えるほど、気持ちが重くなってきた。



私は俯いて、木を削るために出したナイフを静かに撫でた。


このナイフはアルガスがくれた手土産の一つだ。

長距離攻撃タイプの弓を補う短距離攻撃用として、防犯のために彼が渡してくれたものだった。

もちろん先程使ったナイフはすべて回収した。


アルガスはこんな私にも優しくしてくれた。

今までに出会った人の中にも優しい人はいた。

騎士のリオルやライアン、リガード村のロイ。

そして今日助けてくれた人達……


元聖女のエヴァ様もマリヌス公爵家の使用人や領民達も……皆んな優しい人達だった……


世の中には、意地の悪い人もいるが、そうでない人もたくさんいる。

希望を捨ててはいけない……


皆んなの顔を思い出すと、目の前の焚き火のように、心が少し温まった。



「あの……」


その時、テントの中からフェリシアが出てきた。


「あら、目が覚めたのね。もう少しでスープが出来上がるから待っていてね」


「両腕がこんなことになってしまったばかりにご迷惑をおかけしてしまってすみません……」

彼女は申し訳なさそうに俯いた。


「いいのよ、気にしないで!どのみちもう一人怪我している子もいるから」

私は穏やかに微笑みながら、隣に座るよう促した。


「それにしても、さっきの“おまじない”すごかったですわ!」


「うっ……!」


実はまた性懲りも無く、私は二人に聖女様の真似事をしてしまった……

でも苦しんでいる彼らを見て、何もせずにはいられなかった。


「手当て」とは、かつて傷口に手を当てて傷の回復試みたことからできた言葉と聞く。

私のその行為で、少しでも彼女達の怪我を早く治すことができるならば、やらないよりもやった方がいいと思ったのだ。


「あれをしてもらうと、早く治る気がします。よかったらもう一度お願いできませんか……?」


「ええ、もちろん!」


そう言って私は彼女の腕に触れた。


私は心の中でそっと(いにしえ)の言葉をつぶやいた。



「わあぁ……やっぱりすごいですわ!まるで身体の内なる力が目覚めるよう……!」


「そんな、大袈裟よ……」



「あなた様はもしかして、この国に存在するという聖女様なのですか!?」



「え!?……いいえ、私は………」

私は彼女の思わぬ言葉に驚き、言葉を詰まらせた。


私は聖女どころか、聖女を騙った罪人と呼ばれている……


私と一緒に行動していれば、嫌でもそのうち私がどういう扱いを受けているどんな人間かを知るだろう……

彼女に失望される様子が目に浮かび、咄嗟に触れていた手を引っ込めた。


フェリシアもそんなクリスティアの反応を見て、それ以上追求することはしなかった。




◇◇◇




「あぁ、ありがとうございます……!」


そうこうしている間にスープが出来上がったので、両腕が使えないフェリシアに代わり、スプーンで一口ずつ食べさせてあげた。


「こんなに美味しいスープを食べたのは生まれて初めてです……っ!!」

フェリシアは目を輝かせて感嘆の声を上げた。


「ふふ…空腹に勝る調味料はないと言うけど、本当にそうよね……!」

私も初めてアルガスのスープを食べた日のことを思い出して微笑んだ。

あの時は私もアルガスに食べさせてもらったっけ……



「本当にクリスティア様には感謝してもしきれません……!」


「ちょっと!“様”はよして!クリスティアと呼んでちょうだい」


「いえ、クリスティア様は私の命の恩人ですから、クリスティア様と呼ばせてください!」

にっこりと穏やかに微笑むその顔には、静かだが、断固たる強い意志を感じ、最後は観念した。


「……分かったわ。でも気が変わったらいつでも呼び方は変えてちょうだいね……」


「ええ。ありがとうございます」

朗らかな笑みを見せるフェリシア。


「フェリシアってとても不思議ね……一見とてもおっとりしてるように見えるのに、なぜか内面からはとても力強いエネルギーを感じるわ……」



「!」


彼女からは、おっとりした見た目とは裏腹に、内側から明るく元気なエネルギーが溢れているように見えた。



「ふふふ……さすがクリスティア様ですわ!」

それを聞いたフェリシアは、なぜか嬉しそうに微笑むのだった。






「うぅ……っ!」


「!!」

その時テントで寝ていた少年が目を覚ました。


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