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第27話「アントル村③」〜アルガスとの別れ〜

その日の夜、アルガスはクリスティアの小屋を訪れた。


「よう、明日の荷造りは順調か?」


「あら師匠、こんな時間に珍しいですね」



明日の明朝に旅立つ予定のクリスティアは、荷造りを早々に済ませて、小ぶりなテーブルの上で何か作業をしていた。


「何してるんだ?」


テーブルの上や床には、見慣れない植物が積まれていた。



「今日までお世話になったお礼をしたくて、昼に集めた薬草を整理してたんです」


「薬草?これがか……?」


アルガスは近くにあった葉を摘んで見る。

それらはどれもアルガスの知識にはないものばかりだった。


「はい、この部屋に置いていないものを探してきました。例えばこれは高木の根の皮ですが、鎮咳去痰効果があります。こちらは多年草で葉に整腸作用があります。これは多年草で根に鎮痛作用があって……」


クリスティアはコマリ村滞在中に商人達から購入しておいた僅かな紙に、字が読めなくても分かるよう、植物の特徴や効果などを分かりやすく絵に描いて示していた。


「へ〜!多年草でも鎮痛薬が作れるのか!俺達が使ってるやつは時期が限られてるから、これが使えるならすげぇ有り難え!さすが偽聖女様だな!」


「えへへ、偽聖女教育の賜物です!」

聖女教育の一環で学んだことが役に立って、クリスティアは素直に喜びの表情を浮かべた。


「この森のことなら何でも知ってるつもりだったのにな……きっと森の外には、俺らが知らないことがまだまだ沢山あるんだろうなぁ……」

アルガスは遠くを見つめながら独り言のように呟いた。


一族の血を守る使命があるアルガスは、きっとこの森を出ることは許されないのだろう。


「そうですね。私も一人で村々を回って知れたことが沢山ありました。今まで本からも沢山のことを学ばせてもらってきましたが、それだけでは分からないことも沢山あるんだと気付けました」



「本か……やっぱ文字が読めると便利だよな〜!村にも文字を読める奴はいねぇし、紙なんて、時々狩りに来る貴族が落とした地図くらいでしか拝めないしな」


すると、クリスティアは1枚の紙をアルガスに差し出した。

そこには50音程度のこの国の音節文字が並んでいた。


「なんだこりゃ!?」


「この国の文字です。これを覚えれば最低限の言葉が読めるようになります。仲間内で情報を文字で共有したい時などに使ってください」


「へぇ〜!こりゃすげぇや!!しっかし、お前は明日にはいなくなるのに、今更これ全部を覚えるのは無理だぞ?」


「大丈夫です、この文字を覚えるためのとっておきの歌があるので、今からお教えします!」


「あ?今から……!?」

アルガスが動きを止める。


「本当は明日お伝えしようと思っていたのですが、今日師匠から来て頂いて好都合でした!早速始めましょう!」


「あぁ!?」

やや青くなったアルガスを他所に、クリスティアはにっこりと微笑んだ。






ーー1時間後。



『「ア」「ル」「ガ」「ス」』


「素晴らしい!さすが師匠!!こんな短時間で文字の読み書きを覚えるなんて!!」


「あとは明日の出発前に、またちゃんと覚えているか確認をすれば……」


「も、もう勘弁してくれぇ〜!!」


アルガスが、限界とばかりに勢いよくテーブルに突っ伏した。


いつも自信に満ち溢れたリーダー然としているアルガスが情けない声を出す姿が面白くて、思わずクスクスと笑ってしまった。

アルガスはそんな私を恨めしそうに睨み付けていた。




◇◇◇



1時間後、アルガスはまだクリスティアの元にいた。

紙の代わりに文字を書き記す為の木の板を量産する傍ら、彼女が行う作業を熱心に観察していた。



「ふあぁ〜っ!」

不意にアルガスが伸びをしながら大欠伸をした。


「師匠!そろそろ寝ないとダメですよ!」


「あ?お前だってまだ起きてるだろーが!」


「私はこの薬草の処理が終わってから寝るんです!」


「あーねみぃ!よりによって旅立つ前日にこんな大事を始めるなんて……なんて無計画な奴なんだ!」


「ぐぅ…っ!!だ、だって、毎日弓や狩りの技を習得するのに必死で、気付いたら日にちがなかったんですもん…!!」


「知ってる。毎日寝る間も惜しんで必死に訓練してたもんな。本当、お前の根性には驚かされたよ……」


「え……?」

手元から目を離してアルガスを見ると、彼は頬杖をついて優しい眼差しでこちらを見つめていた。


「え、あ…その……!あ、明日眠くなっても知りませんからね!!」

急に気恥ずかしくなったクリスティアは、誤魔化すように手元に視線を戻し、乱暴に手を動かした。


「はは!その時は寝るさ。それに、見るのも勉強だからな。寝てる場合じゃねーよ」

師匠はいつも私に言い聞かせていた言葉を言い、私の手元を観察し続けた。


そうやって彼は夜が明けるまで、私に付き合ってくれた。




◇◇◇





「じゃあ、元気でな」




翌朝、アルガスが一人で村の外れまで送ってくれた。



「いろいろとありがとうございました!」


私は感謝の気持ちを込めて彼を真っ直ぐに見つめた。



「どこへ行っても弓の練習は怠るなよ」


「もちろんです!!」

背中には、アルガスに持たせてもらったありったけの矢を背負っていた。

女性にしては物騒極まりない格好だが、不審な相手への威嚇としては多少なりとも効果があるかもしれない。


「師匠こそ、文字の読み書きを忘れる前に、皆さんにちゃんと伝達してくださいね!」


「ん、お、おぅ……」


「あれ!?念のためもう一度復唱しておきますか?」


「いや、大丈夫だ!心配すんな!!」


そう言って私の肩をくるりと回して後ろを向かせた。

私が振り返ろうとしたら、不意に後ろから抱きしめられた。


「っ!!」


「ったく……こんな早くにいなくなるなよ。寂しいだろうが……」


いつになく真剣で低い声音が耳に響き、心臓が大きく跳ねた。



「で、でも…私は……っ!」


「分かってるよ、言ってみただけだ……」


そう言うと、すぐに腕から解放してくれた。

振り向くと、アルガスはいつものように勝ち気に笑っていた。


「アルガス……」


「俺もさ、近いうちに旅に出ようと思ってる」


「!?」


アルガスの思わぬ言葉に目を見開いた。


「昨日の薬草の話だけじゃねぇ、お前を見て、俺達はもっと外の世界を知るべきなんだって思った。いつまでもあんなチンケな村に依存してる場合じゃねぇ。自分達の血と森は自分達で守り抜く。その為には、誰かが森を出て外の世界を見に行かなくちゃならねぇ……」


「………」


「お前に出会えたお陰でそう思うことができた、感謝してる……」


そう言って、いつものように私の頭を撫でた。


私はそれに微笑みで返し、両手を胸の前に組んで目をつぶった。


「すべての良きことが、あなたとあなたの一族に起こります……」


アルガスの選択が、これからウドゥフの民にどのような未来をもたらすかは分からない。

しかし、きっとよりよい未来が待ち受けていると強く信じた。





時間よりやや遅れて到着した馬車にクリスティアが背を向けて乗り込もうとした時、アルガスは咄嗟に彼女に手を伸ばした。


本当は手放したくなかった……


ずっと手元に置いておきたかった……


ーーでもそれは許されないことだと分かっていた。


(こいつはこれから世界の変化に大きく関わる存在だ……)

(俺なんかが独占していい女じゃない……)


そうアルガスの勘が語っていた。



アルガスは伸ばした手を握りしめ、彼女に触れることなく下ろした。



「……?」


当の本人は馬車に乗り込み、窓から俺を見ると満面の笑みで手を振った。


(ーーったく、こっちの気も知らねぇで……)




ゆっくりと走り出した馬車を、アルガスはいつまでも見送った。









◇◇◇





ーーコンタンディオス大帝国。






「陛下、西のベルタ国が近いうちにシェラ国に仕掛けるそうです」


「なんだ、遅かったな……」



ローランの言葉に、アレクシオスは皮肉げに笑った。



「あの強欲なバカ女がよく我慢できたものだ……」



「………」



「あの女が送り込んできた連中が随分と我が帝国の中枢に潜り込んでるみたいだが、全て見つけ出して殺すか?」



「既に議会は崩壊状態です。これ以上人数が減ったらこの国の政治が立ち行かなくなります。せめて代わりの者を見つけてからになさってください……!」

ローランは苦悩の表情で答えた。



「くく…そいつらの生首をあの女の前に並べてやったらどんな顔をするか、さぞかし見ものだろうな……?」

アレクシオスは獰猛な獣のように赤い瞳を鋭く光らせた。


「………」


ローランは、かつてのよく見知った残忍な主人の顔を見て、僅かに眉を下げた。


クリスティアが彼の元を去ってからは、更にその残虐性が増しているように感じた。



(やはりこの方には、あのお方が必要だ……)



ローランはベビーピンクと金色の美しい髪色をした彼女を思い浮かべ、隣国に思いを馳せた。







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