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第25話「アントル村①」〜狩人アルガスとの出会い〜

誤字脱字、随時訂正してます。

「お前、何者だ……?」


その青年は、弓矢を向けながら鋭い瞳で私を見据えた。



それが狩人アルガスとの出会いだった。




◇◇◇




ここはロストル領のアントル村。

コマリ村の次に派遣された場所だった。


ルーマ国の南東部にあり、やはり荒廃が激しい国境付近の村だった。

人の往来の多かったコマリ村に比べると、ここはとても閑散としていて、外に置かれている農具や家の造りなどからして、とても前時代的でどことなく閉鎖的な雰囲気が感じられた。


ここでもクリスティアは、村人達に受け入れられることはなかった。


再三にわたる聖女の要請の末にようやく訪れたのが噂の悪女とあって、村人達は失望感と共に怒りを募らせ、その矛先をクリスティアへ向けたのだった。

更に今回の彼女の服装が、益々村人達の印象を悪くさせる結果となった。


なぜなら、彼女はこの国ではない異国の服に身を包んでいたから。


コマリ村での滞在期間中、クリスティアは森から新鮮な果物を取ってきてはタガルネ共和国の商人達と交渉して物々交換を行った。


そこで使い勝手の良さそうな厚手の布やあちらの国の服などを買って身に付けていた。


共和国の服は、女性はチュニックの下に幅の太いズボンを履くスタイルだったため、とても動きやすくて、クリスティアはとても気に入っていた。

基本的にはカラフルで派手な柄物が多く売られていたが、この国の平民の服装に馴染むよう、麻でできたシンプルな色合いのものを選んで購入した。


商人が行き交うコマリ村では、それほど珍しくない服装だったため、その格好のままアントル村へ来てしまったが、彼らの信じられないような目を見るに、益々警戒心を強めることになってしまったようだ。


だが、服を替えたところで歓迎されないのはいつものことなので、クリスティアは村人達が去った後、空腹でふらつく足で村中の畑をそっと見て回った。


荒廃した田畑を見ても、コマリ村同様、以前のような不思議な衝動はもう沸き起こらなかった。


空腹と喉の渇きでヘトヘトになりながら、なんとか田畑を回り終わった後、村人達に「農具がとても古いから、他の村々で使われているような新しい道具達を試してみてはどうか」と提案してみたが、案の定彼女に耳を貸す者はいなかった。


それどころか、古き良き伝統を壊しにきた不届き者と罵られながら石を投げられ、そのまま村を追い出された。




◇◇◇




「さて困ったわ……」



私はアントル村の外れにある森の中でため息を吐いた。

森の入り口には、私が村に戻らないよう見張りまでつけたので、田畑に近づくこともできなくなってしまった。


しかし、馬車の迎えは十日後と決まっているため、またもや森での野宿生活を余儀なくさせられることとなった。



口では困ったと言いながらも、寝床も食事もない生活に慣れてしまった私は、手早く野宿の準備をしながら、どうやったら村人達を説得できるか知恵を巡らせていた。


「どうやったら村へ入れてもらえるかしら……」


クラクラする頭を必死に働かせるが、空腹を知らせる腹の音が思考を邪魔をする。

とにかく腹ぺこだった。


コマリ村で手に入れた食べ物は、このアントル村へ来るまでにすべて食べ切ってしまった。


先程見つけた適当なほら穴をきれいに掃除すると、寝床を作り、薪を集め、火を起こす準備をした。

早く空腹をどうにかしたかったが、困ったことに周囲を見渡す限り、木の実や果物のなる木は見当たらなかった。


森の奥からは聞いたことのない獣達の声が鳴り響いていたので、それ以上奥へ進む気にもなれなかった。


「あぁ…お腹がすいた……お肉が食べたい……」


コマリ村にいた時から、ほとんど木の実と果物しか食べていなかったので、慢性的な栄養不足と空腹で足に力が入らず、泣きたいほどの飢餓感に付きまとわれていた。


肉は食べたいが、さすがに何の知識もなく狩りを行うのは危険なので、ひとまず川で魚を捕まえることにした。


森で集めた木の枝の何本かを自前の包丁で鋭く削った。この包丁はタガルネ共和国の商人から手に入れたもので、先端は潰れていて、長四角の棒状の不思議な形をしている包丁だったが、ルーマ国のものより安価で、頑丈な上に切れ味が良い点が気に入っていた。


川はこのところの日照りで水量が減っていたが、おかげで魚の位置も掴みやすかった。

私は力いっぱい魚に向かって木の枝を突き立てたが、そんな簡単に捕まるわけもなく、魚1匹捕えるのに2時間もかかってしまった。


しかもその1匹も、手が滑って槍があらぬ方向に飛んでいって偶然捕らえた獲物だった。


「まあ、1匹は1匹よ!」




◇◇◇



気付けば夕暮れ。

ギリギリまで粘ったが、結局あれ以上の奇跡は望めず、なんとか捕まえた魚1匹をお手製の串に刺して、焚き火で丁寧に炙って食べた。


「う〜ん!おいひい…っ!!」


久しぶりに食べた魚は、涙が出るほど美味しかった。思わず言葉遣いが乱れてしまうほどに。



夢中になって頬張っていると、不意に人の気配を感じて顔を上げた。

すると数メートル先で、こちらに矢を向けている青年が目に入った。


「!!?」



その青年は、矢尻をこちらへ向けたまま、ゆっくりと私に近づいて来た。


「お前、何者だ……?」


少し年上に見えるその青年は、ゆるくウェーブしたキャメル色の髪で、瞳は珍しい紫色をしていた。

服装もアントル村の者達とは違う様相だった。


「えぇと……」


私は冷静にこの状況を考察した。


目の前で弓矢を構えている彼は、獣の皮で作ったベストや小物入れなどを身に付けていた。

恐らくこの森に住む狩人なのだろう。

瞳の色がこの国で見ない色であることから、この村に昔から住んでいる原住民なのだろう。


そして、今の私はというと……


見たことのない異国の服を着て、彼らの縄張りで勝手に魚を獲り、寝床を準備し、更には火まで起こして魚に貪りついている……


どう考えても不法侵入者だ……


そういう結論に至り、私は顔が青くなった。

こうなったら正直に謝るしかない。

私は立ち上がって彼の方を向いた。


「ごめんなさい、ここはあなた達の縄張りだったのね」



「お前達、今度は何を考えている……!?」


「“お前達”?“今度は”……?」


そう言うと彼は、ははっと冷たく笑った。



「泥を塗りたくって誤魔化しているが、そのお綺麗な肌と細い腕は隠しきれていないぞ。差し詰め、なんの苦労もせずに育った領主の隠し子ってところか?その程度の女で俺を籠絡するつもりだったとはな!!」


「!?」


なんと……!!


自分にとってはコマリ村での野宿生活で、髪はボサボサ、肌は日焼けし、腕も足も青あざや擦り傷だらけで、公爵令嬢だった頃の面影などどこにも無いように思っていたのだが、彼からすれば、私はまだまだ庶民のそれには遠く及ばないようだった。


私が目を丸くして感心した顔をしていたら、眉を寄せてややあってから弓を下げた。


私が彼とは無関係な相手だと悟ったのだろう。

(判断が早いのね……)

洞察力と頭の回転が早い相手のようだ。


それなので、私は正直に自分の事情を伝えることにした。


「実は訳あって今日この村に来たのだけれど、村を追い出されて、寝る場所や食べる物に困っているから、迎えが来るまでの十日ほど、この森に住まわせてほしいの」


「……」


「川の魚は少し分けてほしいけど、ご覧の通り満足に魚も獲れない腕だから、あなた方の獲物を乱獲する心配もないわ。だからお願いできないかしら……?」


私は真剣な顔で彼を見つめた。


「………」


長いこと黙って私を観察していた彼は、やがて弓を完全に下ろした。



「……変なことをしたら、すぐ獣の餌にしてやるからな」

「あ、ありがとう……」


赤みがかったチリアンパープルの瞳で鋭く睨み付けられ、居すくみながらも去っていく彼の後ろ姿を静かに見つめた。

狩人にしては細身な体格の彼は、あっという間に森の奥へと姿を消した。


「はあぁ……」

緊張が緩んだ私は、思わずその場に座り込んだ。

狩られる側の気持ちを味わった気分だった。




◇◇◇




その日から彼は私に見張りをつけた。時には彼自身が姿を現して堂々と私を監視した。


二日目の朝は、彼自身が私の下手な魚獲りを黙って観察していた。


「えいっ!!」


川底にひたすら木の枝を突き立てる行為は、彼からしたらなんと不毛な愚行に見えることだろう。

それを冷静に何時間も見つめられるなんて、一体何の拷問だろうか……


だが、食料を得るために、背に腹はかえられなかった。


しかし二日目は魚が1匹も釣れず、今日は村まで歩く気力もおきなかった。

とにかく腹を満たして身体を回復させようと、日がな一日魚と向き合った。

慣れない両手にはマメができ、皮がむけて血だらけになっていた。




三日目になり、ようやく魚を2匹捕まえた。お腹が満たされ、村まで歩く体力も戻ったので、再度村へ戻って田畑を見せてもらうようお願いしに行った。


幸い、村の外の見張りはもういなかったため、村へ入ることはできたが、その村に昔からいるという(まじな)い師がやってきて、私のことを「災いを呼ぶ存在だ!」と告げたため、目の色を変えた村人達に石を投げられ、またしても村から追い出されてしまった。


あの手の呪い師は、かつてこのルーマ国にはたくさんいた。

医療や教育の行き届かない村々では、村人達は呪い師の怪しげな呪いを信奉し、その者の発言に人生を大きく左右された。

彼らはその村の長に対して強い発言力をもっている場合も少なくなかったため、前聖女のエヴァ様の時代に大々的なテコ入れがなされ、この国の呪い師のほとんどが姿を消したはずだった。


そんな呪い師が現在も村におり、強い発言力をもっていることから、この村がいかに排他的で、古い慣習が残っていることを物語っていた。


村人達に力いっぱい投げられた石は想像以上に強い痛みを与え、クリスティアのなけなしの心を砕くには十分だった。


重い身体を引きずって森へ戻ると、いつもの彼が私の行く手に立っているのが見えた。



さすがに今日は誰かと話せるほどの元気もなかったので、私は無言で彼の脇を通り過ぎた。


「………」




◇◇◇




「おい……」


その後、植物の蔓で作ったお手製の釣竿を川に垂らしながらぼーっと宙を眺めていたら、いつの間にか後ろにいた彼が声をかけてきた。



「何ですか……?」


私は振り向きもせず気怠げに返した。



「聞いたぞ、あんたが噂の聖女様らしいな」



「“偽”ですが、それが何か……?」


いま一番聞きたくない単語を聞いて、私はうんざりしたようにため息を吐いた。


私の反応に満足げな様子が、背後から伝わってきた。


「なんでもあんた、王子の反感を買って辺境巡りをさせられてるんだってな?今は健気に聖女のお役目を果たすフリをしてるが、本当はこんなとこ放り出してさっさと帰りたいんだろう……?」

彼は意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「帰る………?」


私は振り返って虚な目で彼を見た。



帰るって一体どこにだろうか………?



お城の使用人の部屋……?


もう自分の家ではない公爵邸……?


それとも……




「………」



彼は一瞬目を見開いた後、再び挑発するように私に顔を近付けてしゃがみ込んだ。



「なんだその顔は?さしずめ、好き放題し過ぎて帰る場所を失っちまったってとこか!?本当におめでたいな、貴族のお嬢様ってのは!」

彼は紫の瞳に嗜虐的な色を滲ませて口の端を上げた。


「……あなたは貴族が嫌いなのね」

私は静かにその瞳を見つめ返した。


「ああ、嫌いさ!ご覧の通り、俺はこの森に古くから住まう狩人だが、奴らには相当頭にきてるんだ!」


「………」


「奴らは俺達の森に無断で入り、罠を踏み荒らし、ただの娯楽で動物を乱獲していきやがる!」


「子鹿や子うさぎを平気で半殺しの状態にしたまま、食べもせずそのまま捨ていくんだ…!」


「そんな血も涙もないごみの分際で、自分達は何かに選ばれたと勘違いして威張り腐ってるのがクソ貴族共だ、違うか!?」


「………」


彼の怒りは尤もなことで、返す言葉が見つからなかった。

いたずらに命を奪われた動物達を思うと、胸が痛んだ。


「ごめんなさい……」


私は申し訳なくなって項垂れた。


彼は僅かに驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻した。


「ふん!謝っても失われた命がかえってくることはないんだよ!」


「そうね……でも動物達にとても可哀想なことをしてしまったわ……あなたの部族にも……きっとたくさん嫌な思いをさせてしまったのよね……」


「ああ、そうだ……でも別にあんたのせいじゃねーから……」

彼は急にバツが悪くなったように顔を背けた。



「ありがとう……優しいのね」

行き場のない感情をそのまま私にぶつけることもできたはずだが、彼はそれを途中で踏みとどまった。



「ふん!そんなことより!いま俺達のことを部族って言ったな。俺達ウドゥフのことを知ってるのか!?」


彼は誤魔化すように語気を強めて言った。


ウドゥフ、初めて聞く言葉だった。

おそらく、それが彼らの部族名なのだろう。


「いえ、知らないわ。でもあなたの瞳はとても珍しい紫色の瞳をしていた。私が今まで見てきたどんな街や村にもそんな瞳の人はいなかった。あなただけがその色という訳でないのだとしたら、きっと特定の集団の中で血を守ってきた人達だと思ったの」


「……なるほどな」

それを聞いた彼は、ニヤリと口の端を上げた。


「この瞳は、俺たちウドゥフの誇りだ。数百年この血を守ってきた!」



「俺は誇り高きウドゥフの若頭、アルガスだ。お前に俺の名を呼ぶことを許可してやろう!」

ウェーブしたキャメル色の髪に美しいチリアンパープルの瞳をもつ彼は真っ直ぐに私を見て笑った。


それにつられて私も自然と微笑んだ。


「ありがとうアルガス。私はクリスティアよ、クリスティアと呼んでちょうだい」


「……それだけか?」


「え?」


「貴族ってのは、自分がどんな地位について、どんなに偉いかを自慢するもんだろ?」

アルガスに疑わしげに見られて、ハッとする。



「あ、ごめんなさい……元はマリヌス公爵の娘だったのだけれど、今は訳あって平民の身で、貴族ではないの……」

クリスティアは彼の期待に応えられず、申し訳なさそうに肩をすくめた。


「知ってるさ。王宮での横暴がたたって王子に見限られ、婚約破棄されたんだろ!?」

アルガスは再び挑発的な顔になり、私を嘲笑するように尋ねた。


「………」

私は黙って俯いた。


突然ミハイル王子に婚約破棄をされたこと、イザベラの登場により、瞬く間にミハイル王子の婚約者や次期聖女という立場を失ったこと、そんな不甲斐ない自分のせいで無実の両親が投獄されたこと…

私にとって、そのどれもがそう簡単に受け入れられることではなかった。




そんな私の反応を彼が静かに観察していたことを、私は気付かなかった。



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