第22話「波乱の婚約パーティー②」〜二つの選択〜
「ほら、来いっ!!」
二人の騎士に両腕を手荒く拘束され、使用人用の通路まで連れてこられた。
「まったく…こんな日まで問題を起こすとは、どうしようもない女だな!!その上、他国の王にまで手を出すとは!噂は本当だったようだな!この薄汚いあばずれが!!」
一人の騎士が蔑むように吐き捨てた。
「………」
私が反論も抵抗もせずに黙って自分の足で歩き始めると、その騎士は更に目くじらを立てた。
「そうやって、おとなしいフリして男に取り入るのが常套手段なんだろ!みんな知ってるんだからな!!」
「男がみんな馬鹿だと思うなよ!!」
「ええ、もちろんよ」
「!!」
突然言葉を返してきた私に面食らった騎士は、驚いてこちらを見返した。
「男性も女性もどちらもそれぞれ素晴らしいし、尊敬しているわ。馬鹿なわけがない」
「あ……?」
予想外の返答に思わず間抜けな声を出した彼は、私のトンチンカンな返答に毒気が抜かれてしまったのか、それ以上は何も言ってこなかった。
使用人の部屋へと続く屋根裏部屋の階段まで来ると、もう一人の騎士が先程の騎士に向かって言った。
「今日は俺が見張っているから、その間お前は休憩してきていいぞ。今日は夜会のおこぼれが俺達にも回ってくるそうだ。酒もあるって話だぞ!」
「本当か!?それはありがてぇ!後で替わってやるからな!」
「俺はさっき食べてきたから大丈夫だ!その代わり、今度何かあった時には交換頼む!」
「分かった!また今度埋め合わせするな!」
「ああ!」
それを聞いた先程の騎士は、足早に引き返して行った。
「………」
「それではお部屋へお送りします、クリスティア様」
「ええ、ありがとう、リオル」
この場に残った騎士はリオルだった。
彼はイザベラの護衛と称して、有事にすぐ駆け付けられるよう、セレモニーの後もずっとクリスティアのそばに控えていたのだ。
クリスティアに出会ってからというもの、リオルは空き時間を見つけては鍛錬に励んで実力をつけ、みんなが嫌がる雑用も率先して引き受けて、徐々に隊の中でのまとめ役になっていった。
その甲斐あって、今日もある程度隊の中で自由に動き回れるよう、人員を配置することができた。
騎士や使用人達への特別な賄いもリオルの根回しによるものであった。
もちろん、彼がクリスティアを信奉していることは、誰も知らない。
リオルは周りに誰もいないことを確認すると、クリスティアの手を取り、エスコートするように階段を上がった。
彼にとっては、憧れの彼女に触れる唯一の機会であり、その貴重な名誉と栄光を感じることができる至高の時間でもあった。
リオルはまるで宝石を扱うように、優しく慎重に彼女の手を握った。
それだけで天にも昇るほどの喜びを感じ、彼の心臓は高鳴った。
屋根裏部屋にはいくつかの部屋があったが、使用人の中でも特に立場の低い下級使用人が7名ほど、この階の部屋を割り当てられていた。
今日は夜会準備に全員が早朝から駆り出されており、現在この階にはクリスティアとリオル以外は誰もいなかった。
恐らく今日は夜中まで戻って来られる者は誰もいないだろう。
「では、私は階段の下で見張りを続けます」
リオルは、クリスティアが部屋へ入るのを見届けると、そう言った。
「そんなことをしなくても、私は逃げたりしないわよ」
クリスティアは冗談めかして笑った。
「もしあなたがそれをお望みであるのなら、私は喜んでお手伝い致します」
彼は真剣な眼差しで微笑んだ。
「もう、リオルったら冗談よ!……でも、ありがとう。その気持ちがとても嬉しいわ」
私は感謝の気持ちを込めて微笑み返した。
「そんな!!もったいないお言葉です……!!」
彼は顔を赤くしながら胸に手を当て、礼をした。
「もしかしてリオルは今回のパーティーがきっかけで、この部屋の住人達が私に何か良からぬことをすると心配しているのかしら……?」
「え、いや……」
「だとしたら大丈夫よ。ここには男性の使用人もいるけど、みんな朝から晩まで働かされて、余計なことに頭を割く余裕なんてないわ。それにみんなとっても良い人達だし。今回のパーティーで私の評判が更に悪くなったとしても、急に態度を変えることはないと思うわ。たぶんね……」
そう言って弱々しく笑った。
かつての友人達に裏切られたことは、彼女にとってはまだ新しい記憶だった。
「はい、それはよく存じ上げております」
リオルは優しく微笑み返した。
本当は、ここに住む者達は周りの上級使用人や騎士達からも蔑まれており、口数が少ない彼らのことを陰気だと小馬鹿にされているのを知っていた。
実際現場に不満をもち、毎日不満顔で仕事をしている者達も少なからずいた。
でもクリスティアは、そんな彼らの長所に目を向けて接するので、下級使用人の者達にも良い印象をもっているのだった。
当然そんな彼らの中に、クリスティアを悪く言う者はいなかった。
「ここの者を疑っているのではありません。今日は他領や他国の様々な方が滞在されます。先程の騒ぎで興奮した輩があなた様に危害を加えないかが心配なのです。ですから…」
そう言って、彼は私の前で跪いた。
「どうか今日はあなた様を朝まで護衛する栄誉を頂けないでしょうか……?」
彼は許しを請うように私を見上げた。
「リオル……私はもう敬語も頭を下げる必要もない平民なのよ……?」
私を見るリオルの目には強固な意志が見え、彼の覚悟が感じ取れた。
「……分かったわ。リオル、あなたに今晩の護衛をお願いします。けれど、あなたの立場が悪くなるようなことは絶対にしないと約束してちょうだい」
「はい!もちろんです!ありがとうございます!!」
そう言われたリオルはこの上なく嬉しそうに返事をした。
◇◇◇
部屋に戻ったクリスティアは、イザベラから下賜された地味なドレスを脱ぎ、自分で締めたコルセットを緩めて、ホッとひと息を吐く。
今日もいろいろなことがあった……
いつもの使用人のお仕着せに着替えながら、先ほどのことを思い返した。
そして最後に、こちらを睨みつけていたカサンドラ王妃の目を思い出して思わず身震いする。
更に、感情を剥き出しにして怒っていたミハイル王子とイザベラを思い出して、気が重くなる。
明日からまた更に風当たりがキツくなりそうだ……
唯一、楽しげにあの惨状を眺めていたアレクシオスを思い出し、無意識に顰めっ面になる。
(本当にもう……人の気も知らないで……)
豚の話で声を上げて笑っていたアレクシオスを思い出すと、なぜか胸が熱くなり、次いで彼の唇が触れた時のことを思い出して慌てふためく。
挙動不審に百面相をしながらベッドに顔を埋める。
彼が人前であんなことをしたのには、きっと訳があるはずだ……
考えていると不意にドアの外で物音がし、次の瞬間、勢いよくドアが開け放たれた。
◇◇◇
「誰だ!?」
屋根裏部屋へ続く階段の下で見張りをしていたリオルが、誰かの気配を感じて声を顰めながら静かに叫んだ。
「ほぅ…いい勘をしている……」
「!!」
どこからともなく現れたのはアレクシオスだった。
見たところ護衛もおらず、一人のようだった。
この入り組んだ宮殿の中をどうやってここまで辿り着いたのかは分からないが、目的は明らかだった。
「……っ!!」
彼は遠目で見ていた時とは違い、全身から放たれる殺気は尋常ではなく、激しく燃え盛る炎のように真っ赤な瞳は、刺すように鋭い眼光をしていた。
一目で並の人間ではないことが分かり、リオルは本能的に身体を強張らせた。
恐らく少しでも下手な真似をすれば、躊躇いもなく自分を殺すだろうことを肌で感じた。
「………っ!」
リオルは何度か呼吸をして自分を落ち着かせると、胸に手を当て、頭を下げて道を譲った。
すると、アレクシオスは探るようにリオルに近付き、低い声で尋ねた。
「いいのか……?俺は他国の不法侵入者だぞ?お前の仕事はこの持ち場を守ることではないのか……?」
リオルは未だかつてないほどの恐怖心と威圧感に苛まれながらも震える声で答えた。
「私の…仕事は…この先におられるクリスティア様を今晩安全にお守りすることです……」
「それで?俺は危険ではないと…?」
アレクシオスは挑発的な笑みを浮かべた。
「はい…あなた様はクリスティア様を救うことができる唯一のお方です……私はそう信じておりますので……」
「……」
「無礼を承知で述べさせて頂きます。先程のミハイル殿下方へのお言葉、胸のすくような思いが致しました。クリスティア様の誤解を解いていただき、ありがとうございます……!」
「まあ、あれで誤解が解けるほど、簡単な話ではないだろうがな」
「それでも……心から感謝致します……!」
リオルは深く頭を下げた。
「………」
アレクシオスは感情のない目で黙って彼を見下ろした。
「私はこのまま階段下で見張りをしております。何か異状があればすぐお知らせに参りますので、ご安心ください」
「ああ」
◇◇◇
「あの護衛は筋がいいな。うちに欲しい人材だ」
突然クリスティアの部屋に入ってきたアレクシオスは、それが当然だと言わんばかりにごく自然にベッドに腰掛けた。
生まれてからしかるべき淑女教育を受けてきたクリスティアも、この時ばかりは人前で驚愕した表情を見せた。
それをアレクシオスは、したり顔で笑った。
「陛下!?ど、どうしてこちらに!?まだパーティーの途中では……っ!?」
「つまらんから出てきた」
「へっ!?」
「あのイザベラとかいう女が、しつこくまとわりついてうるさくてな。俺のやったドレスを脱げと言ったらその場で脱ぎ出す始末だ」
「な……っ!!!」
私は絶句した。
……どうやら、私が去った後にも一悶着あったようだ……
「この国の聖女様はさすがだな」
未だにドアの横で棒立ちになっている私に不敵な笑みを向ける。
「……っ!」
それが褒め言葉なのかどうかすら私には分からず、なぜだか胸の中がもやもやした。
「隣に座れ」
アレクシオスに命じられて、少し複雑な気持ちのまま自分もベッドに腰掛ける。
「……」
「今日はお前を連れ帰りにきた」
横からアレクシオスの真っ直ぐな視線を感じたが、私はモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、俯いて答えた。
「陛下がお望みなのは、イザベラ様なのではないですか……?」
「なぜだ……?」
「だって、陛下は私よりもイザベラ様をお気に召してらっしゃるようですし……」
そう言った後にハッとした。
これでは自分がイザベラにやきもちを妬いているようではないか……!!
「い、今のお言葉はお忘れください!!」
慌ててアレクシオスの方に向き直ると、突然両手を押さえ込まれてベッドに押し倒された。
「なにを……っ!?」
「あの女が面白いことには変わりないが、俺が欲しいのはお前だ」
「!!」
彼の言葉に心臓が跳ね上がった。
「でも……」
「私を欲しがるのは、帝国を建て直すためなのでしょう……?」
「その通りだ。それ以外に理由が必要か?」
「……!!」
彼の言葉にときめいた次の瞬間、鋭い剣で胸を突かれたような感覚に襲われる。
彼が私を必要とするのはあくまで政治目的のため。
それ以上でもそれ以下の関係でもないと、一線を引かれた気がした。
「……離してください……」
私が急に表情を暗くしたことに不可解な顔をしながらも、素直に身体を離してくれた。
「私は行きません……」
私は目を合わせることなく答えた。
「……そんなに両親とやらが大切か?」
「はい……」
「俺よりもか?」
「もちろんです……」
私のことなど、なんとも思っていない彼がそのように発言するのが腹立たしくて、つい不貞腐れた顔で答えてしまった。
自分でも子どもっぽくて嫌になってしまう。
「そうか……」
「ならば奪うしかないな……」
彼の低い声が部屋に響いた。
「!!」
「まさか戦争を……!?」
「そうすれば、貴様も貴様の親も手に入る、帝国は更に大きくなって一石二鳥だ」
彼は冷たい表情で言った。
私は背筋がゾッとした。
いつかアレクシオスに見せてもらった帝国の騎士達が、この国へ大量に押し寄せてくるのを想像して顔が青くなった。
「そんなことのために無辜の民を傷付けるというのですか!?」
私は思わずアレクシオスの服を掴んだ。
「はは…まあ、そう興奮するな」
彼はこの状況を楽しむかのように、私の手首を掴んでゆっくりと服から外した。
「ここでどちらかを選べ。今すぐ俺に攫われるか、無辜の民を犠牲にして両親と共に攫われるか」
「……っ!!」
まさかそんな重大な選択肢を迫られるとは思わず、思わず絶句した。
このまま私一人がアレクシオスについていけば、残された両親は更なる罰を受ける可能性が高い……
最悪の場合、殺されてしまうかもしれない。
しかし私が断れば、彼は戦争を起こして我がルーマ国を滅ぼし、私と両親を奪う。私と両親には安寧が訪れるかもしれないが、それによって大勢の民が死ぬことになる。
戦争によって施設や土地が踏み荒らされれば、それを回復させるのにも多くの年月とお金がいるだろう……
こんな質問は考えるまでもない……
彼は私に今すぐ帝国へ戻れと言っているのだ……
私は手を震わせた。
「でも……一度は逃がしてくれたではないですか……!」
「なんのことだ?お前が勝手に逃げ出したから連れ戻しに来ただけだが……?」
「うっ……」
私は返す言葉がなかった。
「私は……」
私は足上のスカートを握りしめた。
「うん?」
「私は……っ!!」
◇◇◇
バタン!!と乱暴にドアの開く音がしたと思ったら、至極不機嫌そうなアレクシオスが一人階段から降りてくるのが見え、リオルは慌てて頭を下げた。
クリスティアとどのような話をしたのか気になったが、とても話しかけられるような雰囲気ではなかったので、固く口をつぐんだ。
アレクシオスの姿が見えなくなり、程なくしてクリスティアが階段から降りてきた。
こちらもやや不機嫌な顔で。
「あの悪魔は帰ったかしら!?」
「あく……っ!?」
いつになく口の悪いクリスティアに驚きつつも、先程より元気になった姿を見て内心安堵した。
「何かあったのですか……?」
何かあったのは一目瞭然だったが、敢えて尋ねてみた。
「彼がね、あり得ない選択肢を突きつけてきたのよ!両親を見殺しにして帝国へ行くか、戦争を起こして私と両親を奪いに来るのを待つの、どっちがいいかって!!」
「そ、そんなことを……!?」
あまりの事態に、リオルも一瞬アレクシオスを通したことを後悔した程だった。
「もしかして……いま陛下が一人でお帰りになられたということは、まさか……」
クリスティアは後者を選んだ……
つまり、戦争の道を選んだと言うことだろうか……
心臓の冷える思いがして、答えを待つようにクリスティアを見た。
「……もちろん!!」
クリスティアは語気を強めて言った。
「どっちも断ったわよ!!」
「へ……!?」
リオルの声が静かなフロアに響いた。
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