第21話「波乱の婚約パーティー①」〜彼との再会〜
ミハイル王子とイザベラの婚約パーティー当日。
セレモニー中、私は裏方ではなくイザベラの後ろに立って彼女の扇子を両手で持って歩いていた。
イザベラはあえて私を裏手に隠すことはせず、使用人のように自分の物を持たせて連れ歩くことで、自分が正式にマリヌス公爵令嬢になったことを他国へ表明するとともに、自分こそが本物の聖女であることを周りに印象づけようとしたのだった。
先日のティーパーティー同様、セレモニー中も人々の好奇の目が私に注がれた。
しかし一つだけ真横から射抜くような鋭い視線を感じた。
どうやら来賓として招かれたアレクシオスのもののようだった。
立場上、セレモニー中にそちらに顔を向けることはできなかったが、式典中ずっと視線を感じていた。
周囲もそれに気付いたのか、このところ広まっている噂もあいまって更に会場がざわめいていた。
「見て!アレクシオス様が私のことを見つめているわ!」
しかし、嬉しそうに自慢してくるイザベラの言葉にハッとして、自分を見ていると勘違いしてしまった自分に恥ずかしくなった。
「うふふ、ミハイルとのダンスが終わったら一番にお迎えに行かなくっちゃ♪」
ファーストダンスは国王夫妻、次に今回の主役であるイザベラとミハイル王子が踊り、その後はいつものように自由に好きな相手と踊る流れになっていた。
アレクシオスのことを考えて頬を染めているイザベラは、もはやミハイル王子のことなど頭にないようだった。
セレモニーが終わると舞踏会場で音楽が鳴り始めた。
国王夫妻のファーストダンスが終わり、イザベラ達の番になった時、彼女は私に自分の扇子を控室に持っていくように指示した。
「人目に付かないようにそっと出ていくのよ。もちろん、会場には絶対戻ってきてはダメだからね、分かった?」
彼女は意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「はい……」
私は扇子をそっと握りしめたまま、まっすぐに使用人用の扉へ向かって歩き出した。
「待て」
「!?」
聞き慣れた声に振り向くと、そこにはアレクシオスが立っていた。
「!」
久々に見た彼は、美しい紺色の髪をすべて後ろに流しており、きれいな白い肌と形のいい額があらわになり、いつもより大人びた顔付きをしていた。
ルビーレッドの瞳は相変わらず宝石のように美しくありながらも、どこか鋭い光を放っていた。
服はホワイトタイの黒の燕尾服姿で、初めて会った時のように、帝国の紋章や勲章を胸に付けていた。
右肩からかけるサッシュは帝国の国王だけが受け取ることができる特別な勲章で、赤い生地に金と銀と青の糸で複雑な模様が描かれていた。
まだ若いながらも大国の帝王たる堂々とした出立ちに思わず息を呑んだ。
「なんだその地味なドレスは、おかげで探すのに手間取ったぞ」
「その割には、すぐこちらへいらしたではありませんか……」
情けない自分を誤魔化すように、思わず口を尖らせて無礼な物言いをしてしまった。
アレクシオスは特に気にする様子もなく会話を続けた。
「俺がやったドレスはどうした?」
アレクシオスが表情の読み取れない顔で尋ねてきた。
「………」
あのドレスは、今日もイザベラが着用していた。
今日のためのドレスは、ミハイル王子からもプレゼントされていたらしいが、今回アレクシオスが来るということで、あえてあの赤いドレスを選んだらしい。
ティーパーティーでも着ていたというのに、余程アレクシオスのことを気に入っているようだ……
イザベラのドレスにアレクシオスが気付かないわけがなかった。
しかし、ここで彼女に奪われたと本当のことを言っては外交問題に関わると思い、
「……イザベラ様に献上致しました」
と目を伏せて答えた。
「ほう……」
いつもよりやや低い声に、心臓が冷える思いがした。
アレクシオスが何かを言いかけた次の瞬間……
「これはこれは!コンタンディオス大帝国の帝王様ではないですか!!」
「ちょっと通してもらえるかしら!?」
突然人混みをかき分けながら、大声で話しかけてきた二人組がいた。
イザベラの両親である新マリヌス公爵夫妻であった。
「!」
「私は今日の主役のイザベラの父のマリヌス大公爵です!これも何かのご縁、あちらで私達とお話しませんか?娘があなたのことをとても気に入っているんですよ!!」
「あら〜!イザベラの言う通り、本当にいい男ね!!しかも大帝国の帝王だなんてすごいじゃない!!これは結婚したら大きな玉の輿に乗れそうね!!」
「……っ!」
アレクシオスをまとう空気が一瞬で凍りついたように感じて、思わず後ずさった。
「いま俺はこの女との時間を楽しんでいるんだ……邪魔をするな……」
「しかし、その者は平民に成り下がった罪人でしょう?そんな話す価値のない女をなぜ相手にするのです!?」
「そうですわ!!それよりもうちの娘の話を聞いてください!きっと帝王様もうちのイザベラを気に入るはずですわ!!」
尚も食い下がる公爵夫妻を横目で見ると、アレクシオスは嘲笑った。
「これが公爵とは、この国の貴族も質が落ちたようだな。最低限の礼儀も弁えられぬとは!」
あえて周りに聞こえるように大声で言っているようだった。
「それともこれは我が帝国への宣戦布告を意味するのか?」
マリヌス公爵を食らうように見据えるルビーレッドの瞳が恐ろしく光った。
そこまで言われて、ようやくマリヌス公爵も顔を青くし始めた。
「い、いえ!そんな滅相もない!私達はただ、あなた様とお近づきになりたくて…!!」
「俺は将来性のないやつは嫌いなんだ。金を生み出す成金の商人ならまだしも、お前達はただ公爵家の金を食い潰すだけの宝石をまとった豚だろう」
「なっ!!」
みんなの前で馬鹿にされた二人は、今度は顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。
アレクシオスはもうそんな二人には目もくれず、私の手を握り口づけをすると、
「二人だけで話がしたい」
と言って熱い視線を送り、バルコニーへ優しく手を引いていった。
(あのアレクシオスが、こんな甘い言動をするなんて……!!)
この前の謎の手紙といい、本当に以前の彼と同一人物なのか疑わしくなるほどだった。
「あの、この前の手紙なのですが……」
「ん?」
間近にアレクシオスの整った顔が迫ってきて、思わず飛び上がりそうになった。
「い、いえ…っ!!」
私は心の動揺を抑えながら、話題を変えることにした。
「先程は我が国の者が大変失礼致しました。あの者達は…」
「お前の親からすべてを奪っていった連中だろう?」
「!!」
「ご存知だったのですね……」
「品のない連中だ。公爵と呼ぶには、何もかもが足らなすぎる」
「まさか、私のためにあのようなことを……?」
「別にお前のためではない。俺は醜いものを醜いと言ったまでだ」
「あの、そのことで……先程、お二人を豚のようだと仰っていましたが……」
「なんだ?どんな愚かな者にも憐れみの心をとでも言う気か?」
アレクシオスが眉を寄せて、至極面倒くさそうな顔をしてみせた。
「いえ、その……豚は貴重な食料であり、可愛らしく素晴らしい生き物です。あのように蔑みの言葉として使うのはちょっと豚が可哀想だと思いまして……」
アレクシオスは虚をつかれた顔をしたと思ったら、次の瞬間口を大きく開けてハハハ!と笑った。
「確かにあんな醜いゴミと一緒にしては、豚が気の毒だな!」
先程の大人びた雰囲気とは打って変わって、突然屈託のない柔らかな表情を覗かせたので、思わず心がざわめいた。
後ろについていた護衛騎士のローランも紺色の目を見開いて驚いていた。
「さあ、豚をも愛しむ心優しい偽聖女様、こちらへ……」
アレクシオスがからかいの笑みを向けながら、バルコニーの扉に手をかけた瞬間……
「アレクシオス様!!」
とイザベラの大きな声が会場に響いた。
アレクシオスは途端に顔を顰め、黙って振り向いた。
「ああ!そのお顔!今日もとてもお美しいですわ!!」
イザベラは、アレクシオスの冷たい表情は全く気にならない様子で、うっとりと頬を赤らめた。
そのまま私とアレクシオスの間に割って入り、私に目配せをして、すぐにこの場を去るように合図を送ってきた。
「………では、私はこれで失礼致します」
私はすぐさまカーテシーをして、アレクシオスの元を逃げるように離れていった。
入れ替わるようにイザベラが隣に立ち、アレクシオスの腕に手をかけた。
「………」
「実はあなたにお会いした日から、あなたのことが頭から離れなくて。今日のパーティーも、本当はあなたに会うために開いたんですよ……」
そう艶かしくアレクシオスの耳元で囁いた。
それを聞いたアレクシオスが、クリスティアが消えた方を見ながら口の端を上げて笑った。
「なるほど……」
満更でもなさそうな彼の表情にイザベラは益々嬉しくなり、アレクシオスの腕に自分の腕を深く絡めた。
「私、次のダンスは、あなたと踊ろうかと思います」
「ローラン」
「はっ!」
アレクシオスは、イザベラに返事を返すことなく自分の護衛騎士を呼んだ。
返事をしたローランはすぐさま人混みに消えていった。
イザベラはそれを気にすることなく夢中で話を続けた。
「前にお会いした時、あなたは、自分にふさわしい身分の者を好きになるとおっしゃったわよね?私はもう公爵令嬢になったわ!あんな嘘つきの平民なんかより、私こそがあなたに相応しいと思わない……?」
「ほう……」
アレクシオスが目を細めてイザベラを見た。
まるで氷の像のように美しく整った顔のアレクシオスを見て、イザベラは胸が高鳴った。
「では、今ここでカーテシーを見せてもらえますか?私は振る舞いが美しい高貴な女性が好きなもので」
アレクシオスがイザベラの腕を離し、表情の読めない顔で答えた。
「まあ!そんなの簡単ですわ!」
そう言うと、イザベラはすぐにカーテシーのポーズをとって、自信満々に顔を上げた。
すると、それをアレクシオスが手で制した。
「カーテシーとは、そんなに早く顔を上げるものではありません。高貴な身分の者ほど、一つ一つの動きにゆっくりと時間をかけるものです。お分かりですよね…?」
「あ、ああ!私としたことが、つい焦ってしまって!いつもは完璧にできるんだけど!!」
「では、次は公爵令嬢らしい優雅なカーテシーを見せていただけるのでしょうね?」
「もちろんよ!!」
そういうと、すぐさま勢いよく頭を下げた。そしてそのまましばらく動かなかった。
…
……
………
「どうかしら!?これで私の優雅さが…!!」
次に顔を上げたイザベラの前に、アレクシオスの姿はなかった。
「!?!?」
必死に辺りを探すと、ダンスホールの中央に立っているのが見えた。
そして彼の前には、護衛騎士に連れられてきたクリスティアの姿があった。
「……!!」
(あの女はまた私の邪魔を……!!)
気づいた時には時既に遅し。音楽が鳴り始め、皆が踊り始めた。イザベラは今回の主役だというのに、誰も踊る相手を見つけられないまま、呆然と立ち尽くして二人を見守る他なかった。
◇◇◇
イザベラの指示により、早々に裏方へ下がろうとしていた私は、不意に誰かに腕を掴まれた。
「失礼します!」
振り返ると、赤毛に紺色の瞳の見慣れた男性だった。
「ローラン!!」
ローランは私を見ると、いつもの穏やかな顔でにっこりと微笑んだ。
「お久しぶりです、クリスティア様!」
「ローラン!久しぶり……」
とても年上とは思えないほんわかとした笑顔だったが、掴まれた腕はびくともしないほど、しっかりと掴まれていた。
「あの、私……」
「アレクシオス様がお呼びですよ」
にっこりと笑うローランに有無を言わさず人混みの中に連れ戻され、今に至る。
目の前にはあり得ないほどの絶世の美男子がおり、不敵な笑みを浮かべながら私の手を握り、踊り始める。
「先程はよくも俺を無視してくれたな」
地を這うような低い声に、思わず背筋がゾッとする。
「む、無視だなんてそんな……っ!」
「俺に断りもなく、あの場を離れただろ?深く傷付いたぞ」
(どの口が言うのよ!)
(あなたなんか、私に断りもなく手枷足枷を付けてたじゃない!!)
と心の中で突っ込みつつ、表面上は謝る。
「それは申し訳ありませんでした…ですが、イザベラ様が陛下に御用があるようでしたので……」
「ああ、あいつか。あれは面白い女だな」
そう言って笑うアレクシオスの真意が分からなかったが、なぜだか不安な気持ちになった。
(まさか、陛下もイザベラに好意を……?)
そう思うと、途端に握っていた手に力が入らなくなり、踊り慣れたはずのステップも足の動かし方が急に分からなくなり、アレクシオスにリードされるがままになってしまった。
皆んなが手のひらを返すようにイザベラを好きになっていくと同時に私を憎み、蔑むようになっていった。
いつか彼もそうなってしまうのではないかと、考えただけで胸が苦しくなった……
長く感じられたダンスが終わり、重い心で深々とお辞儀をすると、その様子をアレクシオスがじっと見ていた。
「……?」
「やはり、お前の所作はどんな時でも美しいな……」
整った顔で、口の端を上げて笑う。
なんと絵になるご尊顔であることか。
「ありがとうございます……」
ふと、どうしてこんな美しい相手が目の前にいるのか、不思議な気持ちになり、本当に自分には分不相応な相手だと痛感させられ、たまらず顔を背けた。
「では、私はこれで……!」
「待てぇーー!!」
そのまま彼に背を向けて会場を離れようとすると、誰かに大声で呼び止められた。
ミハイル王子だった。
隣には目を潤ませたイザベラがミハイル王子の腕にぴったりとくっついていて、両脇にはいつもの取り巻きのクレオ・ラリスとザックもいた。
ミハイル王子は私をものすごい形相で睨み付けていた。
それだけでもう嫌な予感しかしなかった。
「貴様…っ!平民の分際で何をしている!?まさか他国の王と最初にダンスを踊るなど…身分をわきまえよ!!お前にダンスの相手を奪われたイザベラが泣いてしまったではないか!!イザベラは今日の主役なのだぞ!!お前はそんなことも分からないほど愚鈍なのか!!」
ミハイル王子は感情を抑えるどころか激昂させて私を怒鳴りつけた。
またしても注目を集める私達……
「申し訳ございません……」
とりあえずこの場を収めるために頭を下げて謝罪した。
すぐ隣にいたアレクシオスの視線を感じた。
周りからは、平民になってもまだ問題を起こすのかという嘲笑ともとれる囁き声が聞こえてきた。
こんなみじめな姿を彼に見られたくはなかったのに……
でも自分はどんなに背伸びをしても、それ以上でもそれ以下の存在にもなれないので、苦しくても今の現状を受け入れるしかなかった……
「私もすごく悲しかったけれど、それ以上に身分に相応しくない相手と踊らせてしまったアレクシオス様に申し訳なくて……」
イザベラが涙ながらに上目遣いでアレクシオスを見た。
「そうだ!!何をしているクリスティア!!陛下にも謝らんか!!」
ミハイル王子が私の髪を掴んで頭を押さえつけるとアレクシオスの方へ頭を向けた。
「構わぬ」
そのミハイル王子の手をアレクシオスがゆっくりと掴んだ。
「この者は私の友人であるが故、特別だ」
見た目よりも強い力で手首を握られたミハイル王子は、一瞬酷く顔を歪ませたが、皆んなの手前、必死に痛みに堪えているようだった。
「友人……そう、友人ですのね!なぁ〜んだ、よかった!!」
イザベラがあからさまにホッとした顔で言葉をこぼす。
前回の夜会で、アレクシオスが私を妃として飼い殺すと話していたことや、あの意味深な手紙の内容を気にしていたらしい。
私自身、彼が公の場で私をどのような立場で扱うつもりなのか分からなかったので、友人と聞いて内心安堵した。
捕虜、友人、婚約者……
彼は気分次第で私を様々な呼び名で呼んでいたが、友人というのが一番無害で無難な立ち位置だろう。
捕虜と言うと外聞が良くないし、大帝国の婚約者が平民であることも、あってはならないことだ。
そんな私の心情を知ってか知らずか、アレクシオスは私に近付くと、俯いている私の顎を掬い、友人というよりはむしろ恋人のような距離で私を見つめた。
間近に見える彼のルビーレッドの瞳は何かを企んでいるように鮮やかに光っていた。
「………!?」
私達の距離に嫉妬したイザベラは、金切り声を上げて反論した。
「アレクシオス様!その者から禍々しいオーラが見えます!!触れてはなりません!!」
「ほう…そうか……」
アレクシオスの瞳が妖しく光ったと思ったら、不意に彼の唇が私の唇に重ねられた。
「!!!」
会場内は騒然とし、イザベラは奇声を上げた。
「………!?」
私は膝から崩れ落ちそうなほど驚いたが、なんとか平静を保って声は出さなかった。
本能的に彼の言動を遮ってはいけない気がしたのだ。
「俺にはこの女が金色の美しいオーラを放っているように見えるのだが、俺にもその禍々しいオーラが移ってしまったのか……?」
アレクシオスが不敵に笑った。
「な、なんということを…!!それ以上触れたらあなたにも恐ろしい災いが降り注ぎます!!今すぐその女から離れてください!!」
「そうか……」
アレクシオスがニヤリと笑った瞬間嫌な予感がしたが、そう思うや否や、今度は私の腰を抱き寄せて、先程よりもややねっとりとしたキスをしてみせた。
「〜〜っ!!!!」
今度こそ卒倒しかねない様子で発狂するイザベラの声が会場中に響き渡った。
私は心が激しく動揺する一方で、アレクシオスの真意を必死に汲み取ろうとしていた。
「な、なんとふしだらな……!!」
ミハイル王子も肩を震わせながら怒りの感情を吐き出した。
「ふしだら……?この国では普通のことだと聞いたが?」
「なんだと!?」
「この国の聖女様は、若い男と見れば、浄化先でも所構わず自分の寝所へ呼び寄せてふしだらな行為を繰り返していると聞いているが、違ったか……?」
アレクシオスが暗い笑みを浮かべて言った。
「まあ!誰がそんな根も葉もない噂を……!!アレクシオス様!それは嘘です!私のこと、信じてくださいますよね……?」
イザベラは両手で顔を覆いながら、おねだりをするような困り顔でアレクシオスを見た。
誰から見ても彼女がアレクシオスに色目を使っているのは一目瞭然だった。
私は初めて聞くイザベラの実情に困惑の表情を隠せなかった。
「それが事実かはさほど重要ではない。それよりも一塊の新参貴族の分際で、許しなく俺の名を呼ぶな。殺されたいのか……?」
アレクシオスが刺すような鋭い視線を向けて言った。
隣にいたミハイル王子は、今ので完全に威圧されてしまったようで、足がすくんで内側に折れ曲がっている。
一方のイザベラはその顔すら美しいと思っているようで、彼の話が聞こえていないのか、恍惚の表情を浮かべていた。
「それから、そのドレスだが。確かそれは私の大切な友人に贈った物なのだが、なぜお前が着ているのだ……?」
「ああ!それはそこのクリスティアが、失礼にも陛下の贈ったドレスのデザインが気に入らないと言って私に押し付けたのです。もちろん私は喜んで受け取らせてもらいましたが!」
「そんな……っ!!」
(自分から奪ったくせに……!!)
私はつい口から本音が出そうになった。しかし、ここで醜い口論を始めては、自分も彼女達と同じになってしまうと思い、必死に堪えた。
「そうか、それは残念だ……」
イザベラの話を聞いたアレクシオスは、わざとらしく眉を下げて悲しそうな顔で私を見た。
「あのドレスはお前のために特別にあつらえた俺の瞳と同じ色のドレスだったのに……」
そう言って私の頬に優しく触れた。
「………」
(なによ白々しい……)
そう思いつつも、彼の好意を踏み躙ったことへの罪悪感で胸がズキズキした。
前髪を上げているため、切れ長の整った眉が憂いを帯びた表情を際立たせ、周りの女性達からは感嘆の声が聴こえてきた。
彼が愛おしそうに私の髪をすくって口づけた。
私はまた何かされるのではないかと警戒して後退りしそうになる足を、ドレスの中でなんとか踏ん張った。
その様子を見たミハイル王子が震える声を振り絞って尋ねた。
「まさか……その女が陛下をたぶらかしたのですか……!?」
「たぶらかした?まさか……」
アレクシオスは鼻で笑った。
「俺はこの女に騙されも惑わされもしていないぞ。貴様と一緒にするな」
「で、ですが……友人にしては、距離がその……」
「彼女は私の大切な友人だ。その友が母国で両親を人質にとられてしまい、泣く泣く国へ帰ってしまったから、今日は再び迎えに来たのだ」
「迎えに……!?」
その言葉に周囲がざわついた。
「この国では悪女などと呼ばれているらしいから、さぞかし住みにくかったことだろう。帝国で手厚く保護することにする。構わぬな?」
アレクシオスが私を見る。
「………」
私は両親の顔が浮かび、まっすぐに見つめてくる彼の目を見返すことができなかった。
「な、なりません!!その者はこの国にとっての罪人です……!!」
ミハイル王子が以前アレクシオスの怒りを買った言葉を再び繰り返した。
「なんだ……?貴様は余程この女を手放したくないようだな。もしかして、そっちの下品な女よりも密かに心惹かれているのではあるまいな……?」
前回のようにミハイル王子の言葉に怒ることはなかったが、代わりに意地の悪い笑みを浮かべた。
「そ、そんなことは……!!」
「冗談でしょ!?ミハイル!!?」
顔を真っ青にしたミハイル王子を、イザベラが物凄い形相で睨みつけた。
「冗談だ。さ、帰るぞクリスティア」
アレクシオスが私の肩を抱いて会場を後にしようとすると、
「お、お待ちください!!その者は私と契約をしたのです!!私の愛人として一生ここで働き続けると……!!」
「愛人だと……?」
ピクリとアレクシオスの眉が動いたと思ったら、次の瞬間、背筋も凍るような殺気が放たれた。
ミハイル王子も彼の殺気を感じて身体が一直線に伸びた。
「俺の許可なく、よくもそんな勝手な契約を結んでくれたな……」
「こ、これは彼女の意思でして…へへ!」
「そうなんです、陛下!あの契約は彼女が進んで要望したもので、彼女がどうしてもミハイル王子のことを諦めきれないから、せめて愛人にしてほしいと言ってきたからしょうがなく……!」
「………っ」
どこまでも身勝手な2人の言い分に、私は唇をきつく噛み締めた。
「陛下といえど、ただのご友人のお立場で、彼らの関係に口を出すことはできませんよ!これは彼女とミハイルの問題ですから!」
イザベラが勝ち誇ったように言った。
本来であればミハイル王子の婚約者として、愛人を作ったことをよく思わない立場であるはずなのだが、そのような様子は微塵も見受けられなかった。
「そうか……」
しかし、そう言われたアレクシオスも不敵な笑みを浮かべた。
「実は言い忘れていたが、この女は友人である前に、俺の婚約者なんだ」
彼の言葉に、会場が一瞬凍りつき、静まり返った。
「こっ…こ……!!?」
ややあってミハイル王子が、飛び出そうなほど目を見開いて驚きをあらわにしていた。
「えぇーー!!嘘でしょおお!!?」
イザベラも完全に言葉が崩れ、お世辞にも可愛いとは言えない声を上げた。
彼の意図がまだ読めない私は、頭がクラクラしてきた。
会場が騒然となればなるほど、彼は恐ろしくも美しい笑みを益々深めていくのだった。
「嘘よね!?帝国の王様がこんな平民の偽聖女を選ぶわけがないわ!!嘘に決まってる!!」
納得できないとばかりに、イザベラが叫んだ。
「しかもこの方、男にだらしなくて、宮殿でもいろいろな人に声をかけては自分の部屋に連れ込んでいるのよ!」
おそらく新聞に書かれているであろう内容をイザベラが話した。
「なるほど。どおりで2人きりのときは積極的なわけだ……」
アレクシオスが顎に手を当てながら思わせぶりに笑みを浮かべた。
(うっ……)
(もう……何も言うまい……)
私は反論をして、彼に更に余計なことを言われないよう、固く口をつぐんだ。
「まさか…2人はもう……!?」
謎の誤解をしたイザベラは動揺して更に続けた。
「そ、その上、国政にまで手を出して、国のお金を好き放題使っていたのよ!!」
「そうか、金が欲しいのなら、我が帝国で自由に使うが良い」
「!!!」
イザベラは更に顔を青くした。
(ーーって、あなたの帝国、火の車でしょうがあぁぁ!!!)
すべてを知っている私は、ポーカーフェイスのまま責めるように彼に視線を送った。
アレクシオスは、そんな私の反応を楽しげに観察していた。
「そんなクリスティアばっかりズルい!!私より劣ってるそんな女のどこがいいのよ!!私は公爵令嬢になったのよ!あなたに相応しい身分になったわ!帝国へ連れて行くなら私の方が相応しいでしょう!!?」
最後にはイザベラの本音が飛び出した。
もはや聖女としての威厳も建前もそこには存在しなかった。
「イザベラの言うとおりだ!クリスティアは陛下には相応しくない!契約を破ればお前の両親だってただじゃ済まない!分かってるよな!?」
終始無言を貫いていたクリスティアの肩が僅かに動いたのをアレクシオスは見逃さなかった。
「なるほど。この者達が王族としての義務を放棄して一生遊んで暮らすために両親を人質にとり、愛人という名目でお前を死ぬまで奴隷のように働かせるつもりなのだな」
アレクシオスが大袈裟に哀れんだような声を上げた。
(まあ、あなたも同じようなことしようとしてましたけどね!?)
(むしろ手枷足枷まで付けてそれ以上だったし!!)
(なんなら、私を帝国に連れ帰ったらまた同じことするつもりでしょ!!?)
……この心の声を抑えるのに一番苦労した。
「だから、それはこの女が……っ!!」
ミハイル王子が口を開いた瞬間。
「何事ですか!?」
ミハイル王子の母親であるカサンドラ王妃が現れた。
「またお前か……!」
カサンドラ王妃は私を見つけると、憎々しい目で睨み付けた。
「誰か!この薄汚いネズミを連れて行きなさい。今日のこのパーティーに彼女は相応しくないわ!」
それを聞いたアレクシオスが挑戦的な目をしたのを見て、私は小さく首を振りながら制止するように彼の目を凝視した。
「………」
しばらくすると、彼はつまらなそうに、はあ…とため息を吐いて天井を仰いだ。
私はそれを見て安心すると、入ってきた騎士達に今度こそ会場の外へ連れて行かれたのだった。




