第20話「リガード村視察2日目」〜ロイとの約束〜
翌朝6時に、遠くの教会で鳴る鐘の音で目が覚めた。私は昨日ロイが持ってきてくれた食べ物の残りを馬車の中で食べ終えると、外へ出て伸びをした。
大きく深呼吸した後、まっすぐに畑へと向かった。
もちろん畑には何の変化もなく、昨日と変わらない酷い状態だった。
私は辺りを見回した後、しゃがみ込んで両手で土をすくってみた。
「うーん……」
◇◇◇
2時間後、護衛騎士のライアンと村長と数名の村人達が畑にやってきた。その中にはロイの姿もあった。
昨夜、村人達を説得すると息巻いていたロイだったが、浮かない表情を見るに、どうやら思わしくない結果だったようだ。
ライアンは、私の方まで歩いてくると、皆んなの前で頭を下げた。
「昨日は自分だけ館に泊まってしまって申し訳ない……!」
彼の予想だにしなかった言動に内心驚いてしまったが、
「ええ、いいのよ。気にしないで」
と穏やかな笑顔で返した。
その返答に、ライアンは益々申し訳なさそうに顔を顰めた。
「さあさあ、視察は十分済んだろうから、馬車までお送りしますよ」
私達のやりとりを忌々しそうに見ていた村長が、まだ朝だと言うのに帰りを急かしてきた。
「分かりました。ですが、少しだけお話を聞かせてください」
「話?何ですかな!?」
村長がいかにも煩わしそうな顔で尋ねた。
「見たところ、この辺りの畑は人糞を肥料として利用しているようですが……」
「ああ、うちの村は昔からそうだ、それがどうした!?」
「見たところ、堆肥化がきちんとなされていないようなのですが……」
「たいひ……??」
「こちらを見てください。苗が根腐れを起こしています。もしかして、人糞をそのまま畑に混ぜているのでしょうか?」
「そうだ、悪いか!?それがうちの村のやり方なんだ!!」
「そうなのですね……糞尿は確かに肥料としては素晴らしいですが、腐葉土などと混ぜてきちんと堆肥化をさせてからでないと、かえって苗を傷めてしまいますし、深刻な病の原因にもなってとても危険です。家畜がいた跡はありましたが、今は飼われていないのでしょうか……?」
「はっ!それがどうした!?牛も馬も餌代がかさむから、みんな食糧にしたんだ!餌代を払い続けるよりもずっと賢い使い道だろ!?」
「そうなのですね。そのためでしょうか、畑の肥料もあまりよく混ぜられていないようです。根腐れを起こしている所や、肥料が行き届かずに葉の色が変色している所など、野菜の成長がまばらなのが分かります。本来であれば、家畜などを使って堆肥化や肥料を土に混ぜる作業を行うと思うのですが……」
「……っ!!」
村長と周りの村人達は息を呑んだ。
確かに数年前までは家畜を使って行っていたことだったが、やがて堆肥化の工程を省くようになってから畑の作物がうまく育たなくなり、そこから村が徐々に貧しくなっていったのだった。
そして家畜を手放したことで、更に状況が悪化していたのだということを、彼女の言葉によって気付いたのだった。
クリスティアは更に続けた。
「土壌の特性によって育ちやすい作物があることはご存知でしょうか?場合によっては年ごとに植える物を変えている村もあります」
「こちらの村は山に囲まれていて、雨には恵まれるけど夏は湿気がこもりやすいため、病気が発生しやすい土地ですよね。加えて秋になると山から降りてくる虫の影響で害虫被害も増えます。なので病害虫に強く改良された苗を選ぶと共に、害虫対策も必要になってきます。なので……」
「そ、そんなこと、お前に言われんでもやっとるわ!!」
村長はクリスティアの言葉を遮って、顔を赤くして言い返した。
「そうなのですね。では、もしその記録がありましたら、見せて頂けないでしょうか?」
「!!?」
「どの植物が強く、どう改良すれば良くなるのか、どのくらいの規模で何年くらい検証を行ったのかなど、過去の記録はこれからの苗選びの参考になりますので」
クリスティアは村人達を圧倒するほどの真剣な表情で見つめた。
そこには悪意など微塵も感じられなかった。
昨日の弱々しい印象とは打って変わって、今日はまるで研究者のような顔つきをしていたことに、ロイを含む全員が驚き動揺した。
「そ、そんなもの、余所者のお前に見せるわけがないだろうっ!!第一、素人のお前に見せたところで理解できるわけがない!!」
口では素人と言ったが、村長はもうクリスティアがただの素人ではないことに気付いていた。
しかし、自分のプライドを守るために必死で声を荒げた。
「お前のような偽聖女にそんな大事な記録を見せて、この村まで乗っ取られたら敵わんからな!!」
「村長!!」
ロイが村長を止めに入ろうとするも、周りの村人達に両腕を掴まれて阻まれた。
「……そんなつもりはありません……」
偽聖女という言葉に一瞬顔を歪ませたが、尚も毅然とした態度で言葉を続けた。
「私と前聖女エヴァ様が当時調べたこの村の資料を元に、現在他国や他領で育てられている病害虫に強く、この村の気候に合う種をいくつか持ってきましたので、よかったら植えてみてください」
そう言って、ハンカチに包んでいたいくつかの種を大事そうに出して差し出した。
「……!!!」
「育て方については、それぞれ資料をご用意しましたので、今からご説明を……」
「う、うるさーいっ!!!」
村長は大声で叫びながらその手を跳ね除けた。
クリスティアの手は弾かれ、種は全て地面に落ちてしまった。
「あ……」
クリスティアは目を見開いた後、落ちた種を見て唖然とした。
恐らく、手に入れるのに苦労したものだったに違いない。
落ちた種を見つめながら、しばらく言葉を失っていた……
「村長!あんまりです!!」
「うるさいロイ!!そして偽聖女のあんたも!!うちの村にはうちの村のやり方があるんだ!!昨日来たばかりのよそもんにとやかく言われる筋合いはねぇんだよ!!余計なことしねぇで早く帰れっ!!」
そう怒鳴って砂を掴み、昨日のようにクリスティアに投げ掛けようとした。
「!!」
クリスティアも反射的に腕で顔をかばった。
ロイが村人達の拘束から抜け出して村長を止めに行くよりも先に村長の腕を掴んだのは、護衛騎士のライアンだった。
「な、なにをするのです……!?」
ライアンの突然の行動に村長は驚いた。
ライアンはいつものように、強面で感情の乏しい表情で淡々と話した。
「落ち着いてください。腹が立つのは分かりますが、彼女は今のところ、間違ったことは言ってません」
「な…っ!!」
ゼノ村長は返す言葉がなくなった。
本当は自分達が見下しているクリスティアに、村の不作の原因をすぐに見抜かれてしまったのが恥ずかしかったのだ。
おまけに、今まで伝統にこだわりすぎて、こんな状況になっても新しい作物を試してみようなどと、一度も考えたことがなかったことにも気付かされた。
そんな自分達の職務怠慢を責められている気がして、我慢ならなかったのだ。
「……悪いが、今日はもう帰ってくれないか……」
プライドを傷つけられた村長はクリスティア達に背を向けたまま、そう言った。
「分かりました……最後に、この村の豊作の未来を祈らせていただきます」
クリスティアは丁寧にお辞儀をした。
「……勝手にしろ……」
村長はそう言って吐き捨てると、他の村人達と一緒に肩を落として館へ戻って行った。
唯一、ロイだけがその場に留まり、先程村長によって落とされた種を全て拾い、大事に握りしめた。
「この種は、私が責任をもって育てます!きっと…きっと、俺がこの村をまた豊かにしてみせます!!」
そう言ってロイは目に力を込めて誓った。
「ありがとう、ロイ……」
クリスティアはロイの言葉に胸が熱くなった。
「あなたと、この村の幸せを願っているわ……」
そう言うと、畑の方へ向いて両手を胸の前で組み、意識を自分の内側へ集中させた。
(私に力はないけれど、願うことはできる……)
(エヴァ様、どうかお力をお貸しください……)
胸の中に渦巻く何かをうまく解放させる。
これを今行うのが正しいことなのだと、本能で感じていた。
心の中で暴れ回る風を胸の中心に一度まとめ上げるような感覚だ。最初はそれが暴走して、まるで自分の身体が何者かに乗っ取られたような感じだったが、今は自分自身ではっきりとコントロールできていると感じる。
私は大きく息を吸って吐いた。
次の瞬間、胸の中心にあった風がすごい勢いで身体から出ていくのを感じた。
胸の中心は底なし沼のように後から後から激しい風が噴き出てくる感じがする。
私はその間、口から勝手に流れ出てくる古の言葉を唱え続けた。
今回のもやは特に濃かったので、自分で納得がいくまで続けるのに、今までで一番時間がかかってしまった。
終わる頃には身体はくたくたで、近くにいたロイと護衛騎士のライアンは、口を開けたまま私を見ていた。
「すごい!!昨日の何倍もすごい力でした!!やはりあなたは本物の聖女様だ……!!」
「はぁ、はぁ……。ありがとう……」
もはや誤解を訂正する気力もなく、クリスティアはふらつきながら苦笑した。
「………」
ロイは興奮冷めやらぬ様子で、尚も感動の言葉を並べ立てていた。隣にいたライアンは相変わらず無言のまま私を見つめていた。
ロイが私を称賛してくれればくれるほど、聖女様の真似事をしている自分が居た堪れなくなった。
祈り方もこの感覚も、聖女様に聞いたことをあたかも本当に起こっているように感じるなんて、私は少しおかしくなってしまったのかもしれないと思った。
ーー偽物の聖女ーー
この言葉が今もなお、私の心を突き刺すように苦しめていた。
◇◇◇
馬車の前まで来ると、唯一見送りに来てくれたロイが胸に手を当てて頭を深く下げた。
「この度は長旅の中、我が村へお越しいただき、ありがとうございました」
彼は村長の代わりに、私に深々と頭を下げてくれた。
「聖女様…いえ、クリスティア様の浄化の祈りのおかげで我が村は救われました。ですが、これに慢心せず、クリスティア様のご助言を参考に、この土地にあった作物を研究し、村を豊かにしていくことを誓います!いつかクリスティア様が再びこの地を訪れる日まで……!」
私はロイの言葉に再び胸が熱くなった。
「ええ、またこの村に来ることを楽しみにしているわ……!」
それを聞いたロイは茶色の瞳を細めて嬉しそうに微笑んだ。昨日クリスティアに会った時とは、まるで別人のように穏やかで優しい顔つきになっていた。
「お待ちしています!いつまでも…いつまでも……!」
ロイは馬車が見えなくなるまで、クリスティアを見送った。
◇◇◇
「ふぅ……」
クリスティアは馬車の椅子に腰掛け、背もたれに身体を預けた。
(最初はどうなることかと思ったけど、結果的に来てよかった……)
私はロイの活力に満ちた表情を思い出して勇気をもらえた。
(ミハイル王子に宮殿を追い出されることになったら、リガード村でロイの手伝いをさせてもらえないかしら……?)
ロイの話だと、村を逃げ出した者も大勢いて、放置された畑が多く残っているという話だったし。
(でも、あの村人達に受け入れてもらうのは至難の業かもしれない……)
クリスティアは、昨日のことを思い出して悲しそうに笑った。
「申し訳ありません」
長い沈黙を破って、突然護衛騎士のライアンが口を開いた。
「………?」
突然何のことか分からず、目を丸くしてライアンを見返した。
「私はあなたの護衛騎士としてミハイル王子から命令を受けていたにも関わらず、昨晩はあなたの元を離れ、任務を全うすることができませんでした……」
ライアンは頭を下げた。
「いいのよ。あなたも私が逃げないか、さぞかし不安だったでしょうね……でも御者も馬もいない馬車では、さすがの私も逃げることはできないから安心してちょうだい」
そう言って穏やかに笑った。
「そんな…ことは……」
ライアンは図星を突かれて言葉に詰まった。
更に、自分が護衛ではなく監視目的で付いてきていることもすべて見越した上で、それを笑って済ませる懐の広さに言葉が出てこなかった。
それ以降は再び沈黙が訪れたが、ライアンの中では、クリスティアを見る目が俄然変わっていた。
「………」
一方のクリスティアは、帰ってからの婚約パーティーの準備のことで頭がいっぱいになっていた。
(パーティーまであと7日……)
(間に合うかしら……)
ふとアレクシオスの顔が思い浮かんだ。
(あの方にも会えるかしら……?)
今度は彼にビンタをされることがないようにと、背筋を伸ばして心を奮い立たせた。
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