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第18話「ティーパーティー当日」〜アレクシオスからの手紙〜

七月も半ば、今日はティーパーティー当日。


私は使用人と同じく会場の端で、半分うつらうつらしながらパーティーの様子を伺っていた。


結局使用人の協力が得られなかった私は、寝る間も惜しんで毎日毎晩準備を行った。

最後の三日間はほとんど寝ずに夜通し準備を行った。

もう立っているのがやっとなほど、へとへとだった……


宮廷内の人間で唯一、イザベラの親衛隊であるリオルだけが、仲間内の目を盗んで夜な夜なパーティーの準備を手伝ってくれた。

彼だって毎日朝早くから護衛の仕事があるのに、嫌な顔一つせず、いつも遅くまで私に手を貸してくれた。


本当に彼には感謝してもしきれない……


無事にパーティーが開かれた安堵感とは裏腹に、私の心はあと半月後にやってくるミハイル王子とイザベラの婚約パーティーの準備への不安でいっぱいだった……


遠くにいる本日の主役であるイザベラが、今日もアレクシオスからもらった赤いドレスを身に纏い、大粒の宝石をこれでもかというほど全身に身に付けて、一際存在感を放っていた。


そのイザベラはチラチラとこちらを見ながら、扇子で口元を隠し、他の令嬢や子息達とコソコソと私の話をしているようだった。


その話の内容に心当たりがあった私は、そっとため息を吐いた。

それは婚約パーティー以上に、今私の心を乱していることでもあった……



それは昨夜のこと。




◇◇◇





「失礼します、お呼びでしょうか?」



「クリスティア!貴様ぁ!!」



「!?」



夜遅くに謁見の間に呼び出してきたミハイル王子は、私の姿を見るなり顔を真っ赤にして声を荒げた。


そこには王妃とイザベラ、イザベラの取り巻きである宰相の息子クレオ・ラリスと、騎士団長の息子のザックが集まっていた。


何事かと思って首を傾げると、脇に控えていた執事から1通の手紙を手渡された。


それはコンタンディオス大帝国帝王であるアレクシオスからのものだった。


「!!」


その懐かしい名前を見て、一瞬ドキッと心臓が跳ねた。


「読め!」

人目を気にせず怒りを露わにするミハイル王子に促されるまま、困惑しながら手紙を取り出して読んだ。



ーーー



“愛しのクリスティアへ”



「……へ!?」


出だしの一文で目を疑い、思わず差し出し人を確認する。



やはりアレクシオスからのものだった……


(どういうこと……!?)



私は再び便箋に目を落とす。



“私の大切な友人であるあなたが我が帝国を去ってから、私の心は終わらぬ冬を迎えているように冷たく……”


「………!?」


私は再度差し出し人を確認した。



……やはりアレクシオスからだった……



(一体何なのこれは……!?)


何か悪い物でも食べたのか、

実は同じ名前の別人なのか……!?


私の頭の中は疑問符でいっぱいになった。

私は困惑しつつも手紙に視線を戻す。



“夜は一人になったベッドで、毎夜枕を濡らして過ごしています”



……うん?



なんだか嫌な予感がしてきた。



“あなたとの激しい夜とその美しい白い御御足を思い出すだけで、私の胸は張り裂けそうに……”



「う、うわぁああぁっ!!」


そこまで読んで、私は手紙を投げ出した。

周りの人間達が私を刺すように睨み付けた。



「ち、違うんです!!これは……っ!!」


「何が違うものか!!こうして奴からの手紙にも書いてあるだろうっ!!お前は私と婚約をしていたにもかかわらず、関係が終わった途端にすぐさま他の男に取り入ったのだな!!なんて淫らな女なんだ!!」

ミハイル王子は今までにないくらいの大声で私を怒鳴りつけた。


「ひどいわ!クリスティアさん!!私が彼に会えない間に抜け駆けして、あちらの国で彼を誘惑してたのね!!そんなふしだらな人だとは思わなかったわ!!」


クリスティアはミハイル王子にしなだれながら、涙声で訴えた。

取り巻きのクレオ・ラリスとザックはそんな可憐なイザベラを心配そうに見ながら、私をまるで親の仇のように睨みつけた。


「だから違うと……っ!!」


「全く!このような身分も心根も卑しい女を可愛いミハイルと結婚させなくてよかったわ!」


最後には王妃様までもが私を蔑むように言った。

その後も皆口々に言いたいことを言ってくるので、私も最後には反論するのを諦めてしまった。


内心で頭を抱えながら、私はアレクシオスがなぜこのような手紙を送ってきたのか思考を巡らせた……




◇◇◇



今や私はアレクシオスに取り入った不埒な女として、宮廷中の嫌われ者になっていた。

アレクシオスに対しても、女にだらしない帝王だと悪く言う者すらいた。

イザベラから事情を聞いたパーティー参加者は、私に対して無遠慮に蔑みや好奇の目を向けてきた。



(あの人は、本当になんてことをしてくれたのよ……!!)


まさかこの前逃げた仕返しじゃないでしょうね……!?


私は様々なストレスで胃がキリキリしてきた。



「帝国の王様は、人の本質を見抜かれる聡明なお方なのですね」


パーティー中、私の近くに控えていたリオルが、私の心中を察して声をかけてくれた。

唯一、リオルだけが私の言葉を信じ、アレクシオスを評価してくれた。


「ええ……冷徹な一面もあるけど、なんだかんだで優しいお方だったわ。ちょっと茶目っ気が過ぎるところがあるみたいだけど……」


私はリオルの優しい言葉に心が温かくなり、自然と笑顔になった。

リオルもそんな私の顔を見て、青い目を細めて優しく微笑み返してくれた。



◇◇◇



パーティーでは、会場の素晴らしさを参加者達に褒め讃えられたカサンドラ王妃がまんざらではない様子で、まるですべて自分が準備をしたかのように話していた。

今回は婚約パーティーを控えているイザベラ達が話題の中心であったが、別の意味で人々の注目を集めている者達がいた。


それはイザベラの両親であり、新たにマリヌス公爵夫妻となった元準男爵の二人だった。


その夫婦はイザベラに負けず劣らず、大きくて派手な宝石を指という指にはめ、その上ブレスレットにネックレスにイヤリングに服の装飾に……と、とにかく身体の至る所に宝石を身に付けていた。

その様はまるで装飾品で遊ぶ子どものようでもあり、どこか滑稽に見えるほどだった。


(あの宝石達は、公爵家の財源で購入されたものなのかしら……)

私の心に言いようのない不安が押し寄せた。


(公爵領のみんなは元気に生活できているかしら……)


豊かな公爵領ではあるが、イザベラ達のようなお金の使い方をしていては、すぐに資源も財源も枯渇してしまうだろう……


豊かさは日々の営みの積み重ねで成り立っているのだ。

公爵領での政務は滞りなく行われているのだろうか……?

つい気になって、公爵の姿を目で追っていた。


ところが……

公爵達は、自分達が身に付けている宝石がいかに高価で希少価値が高いかを伝えることに執心で、そのことばかりを声高々に話していた。

更には自分達が以前仕えていた子爵家の主人に対して横柄な態度をとり始め、場内は騒然となった。


目に余る光景に、さすがのミハイル王子も眉を顰めていたが、イザベラが隣で申し訳なさそうに謝るのを見て、どうにか機嫌を直したようだった。


(大丈夫なのかしら……)

私は公爵領の未来がとても心配になり、心が重くなった。




パーティーも終盤の頃、どうにか無事に終えられそうだと胸を撫で下ろしていたら、かつて親交の深かった令嬢達が私に声をかけてきた。


「クリスティア、久しぶりね、少し痩せたんじゃない……?」

イザベラが現れてから疎遠になっていた面々が笑顔で話しかけてくれたので、私も思わず嬉しくなったが、今はもう貴族ではない自分は、困ったような顔で彼女達の前でお辞儀をした。


すると頭上から「ふふ…」と鼻で笑うような声が降ってきた。


「聞いたわよ、隣国の王様に手を出したんですってね!」


「!!」


顔を上げると、かつての友は、相手の醜聞を喜ぶ卑劣な顔で笑っていた。


「あなた、公爵令嬢だった時は真面目で隙のない優等生って感じだったけど、実は結構裏で悪いことをしていたんですってね!」


「そんなこと……していないわ……」

私は、かつての友人からの心ない言葉に胸を傷めながら、絞り出すように答えた。


「嘘よ!全部新聞に書いてあったんだから!宮廷でも今まで散々いろいろな男性に手を出してきたんでしょ!?知ってるんだからね!」


「そんなこと、私がするわけないでしょ……!?」


「しかも、聖女候補の立場を利用して、国の内政にまで手を出して、国のお金を自分の家や贅沢品に使い込んでいたらしいじゃない!?私達全部知ってるんだからね!!」


彼女達は、新聞で読んだだけの事実をまるで実際に見てきたかのように語った。


「政務の手伝いは、国王陛下やミハイル王子の要請があったからお手伝いをしていただけで、横領なんて、したことも考えたこともないわ……!」


私は必死に反論するが、彼女達の目は全てを拒絶するように私を見下していた。


「口では何とでも言えるわよ!でも、もうあなたと話すのは今日で最後になるから言い訳もできないわね。あなたはもう私達貴族と口の聞ける立場ではないのだから!」

クスクスと周りの女性達も笑う。

彼女達は落ちぶれてしまった私の立場を心底面白がっているようだった。


「………」


友人だと思っていた相手から心ない言葉を投げつけられ、クリスティアの心は深く傷付いた。




そこからは何をして部屋までどう戻ったのか、よく覚えておらず、気付けば自分の部屋のベッドの上で朝を迎えていた。



「………」


いまだ心は深い闇の底に沈み、身体は鉛のように重かった。



……もう、このまま消えてしまいたい……



思わずそんな考えすら浮かんだ。



別に重罪を犯したわけでもないのに、人々に嫌われ、蔑まれる。


このまま生きていても、辛いことしか起こらないのではないかと思えてきてしまい、次から次へと涙が溢れてきた。



「うっ……うぅっ………」


それでも死なずに生きているのは、ひとえに自分のせいで投獄された両親のためだ……


両親の顔を見ずしては死ねない……



私は彼らの為に何がなんでも生きねばならないのだ。

たとえどんなに辛くても……





ーーパァン!!ーー


「!!」


不意にアレクシオスにビンタをされた時のことが脳裏に甦り、ベッドから飛び起きた。



“人に人生を踏み躙られて当然と思っているのか!?それとも悲劇の少女を気取って自分に酔っているのか!?”



“試練は自分にしか乗り越えないからと決めつけ、勝手にいらぬものを背負い込み、自分だけが不幸などと悲劇ぶるつもりなのだろう?なんて傲慢な女なんだ”



“お前と親の人生は別物だ。それを混同するうちは一生不幸せなままだ。家の奴隷として命を棒に振り、死ぬまで泣いて暮らすんだな”




「………っ!」




どうして、忘れてしまっていたのか……



とても大事なことを彼から教えてもらっていたのに……



私はまた両親と自分の人生を混同してしまっていた。

両親の命を捨ててまで無茶なことはしないにしても、自分の生きる意味は両親のためではなく、自分自身のためでなくてはならなかった……


「私はまた、自分の人生の責任を両親や周りの人間のせいにしようとしていた……私の人生は私のためのものなのに……」

私はゆっくりと一呼吸ついた。



「まずは、いま何ができるかを考えよう……」




心の中の彼に感謝を伝えてから、すっと顔を上げた。

その顔にもう迷いはなかった。





◇◇◇





それから4日後。


「私の代わりに視察に行ってほしいの」


呼び出された謁見の間で、イザベラから依頼を受けた。


「視察…ですか……?」


「ええ、私は本物の聖女でしょ?みんなに求められて浄化に行かなくてはならない場所が多くて、手が回らないのよね。なので、曲がりなりにも元聖女と呼ばれていたあなたの力も借りたいの。ただでさえ、あなたのせいで私の力が弱まってしまっているんだから、もちろん協力してくれるわよね?」



「……分かりました」


少し迷ったが、やはり自分の故郷であり、かつての聖女エヴァ様が守ってきたこのルーマ国を私もできる限り守りたいと思い、返事をした。


「まあ、どのみちお前に断る権利などなかったがな……」

イザベラの隣に座っていたミハイル王子は、吐き捨てるように言って笑った。


きっとまた両親の命と引き換えに脅すつもりだったのだろう……

私はそれ以上は何も考えることなく、明日の視察に思いを巡らせていた。


聖女様が亡くなられてからしばらく経つ。


聖女様と一緒に回った村々が今はどうなっているのか、気にはなっていた。

だから今回は村の様子を知るいい機会だと思うことにした。


(そう思うと、久々の視察が楽しみになってきたわ……)


僅かに微笑む私を見て、ミハイル王子達は顔を顰めた。






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