第17話「怒涛の日々」〜帝国の変化と聖女の力〜
“ミハイル王子、悪女に温情を施す!”
リオルが持ってきた新聞の一面に大きな文字で書かれていた。
そこには、“私が聖女を騙った罪から逃げるため、一度はコンタンディオス大帝国の帝王にすがって亡命したものの、やはり宮廷での贅沢が忘れられずに図々しくも国へ戻り、ミハイル王子に泣きついてきた。
ミハイル王子は当然そんな私に厳しい罰を下そうとしたが、聖女であるイザベラが温かい慈悲で罪を許した。
しかし私が尚も宮廷に居続けたいと強く願ったので、仕方なく宮廷に仕えることを許した”
といったことが二人の美談として書かれていた。
「この新聞は今朝街中で配られていたようでした……」
リオルは、拳を振るわせながら必死に怒りを抑えているようだった。
「そう……」
「おかしくないですか!?昨日のことがもう記事になっているなんて!!」
「ええ。きっと昨日のうちに宮廷の誰かが意図的にこの記事を書かせたのでしょうね……」
あの場にいた使用人が小遣い稼ぎで情報を売ったのか、あるいは……
「しかもすべての情報がでたらめです!!悪意しか感じません!!クリスティア様、お願いです!!」
そう言って彼は私の前に跪いた。
「私にあの新聞社を調べさせてください!!誰があのようなくだらぬ情報を流したのか、突き止めたいのです……!!」
「え…!?」
「もちろん、貴方様にご迷惑はおかけしません!あちら側にも怪しまれないように、慎重に周囲から情報を集めるつもりです!ですので、どうかその許可を頂けないでしょうか!?」
「………」
私は考えた。
なぜ見ず知らずの彼が、私のためにそこまでしようとしてくれるのか……
しかし彼から発せられる怒りのオーラは本物だった……
今にも理性を失ってしまいそうな程の怒りを抱えながらも、怒りに任せて新聞社に乗り込むようなことはせず、事前に私に許しを得て、調査という形で冷静に対処しようとしている理性的な人柄が感じられた。
「……」
私は思い切って彼を信じることにした。
「分かったわ。でもリオル、決して無理はしないと約束してちょうだい」
「はい!ありがとうございます!!」
リオルは私を見上げながらホッとしたような顔をして、再度頭を下げた。
私はリオルの前にしゃがみ込むと、彼の肩にそっと右手を置いた。
「!!」
今回の犯人が誰であろうと、王族側の人間であることに変わりはない。
この記事を見るに、前々から私への誹謗中傷の記事を書かせて世論を操作していたのだろう……
今回の件もかなり限定的な内容が即日のうちに漏れ出ていることを考えると、やはりミハイル王子が絡んでいる可能性が高いだろう……
彼は本当に私のことが憎いようだ……
下手に探って勘付かれれば、イザベラの親衛隊であるリオルの身が危険に晒されてしまう。
でも彼はそれを全て分かった上で、私への罪滅ぼしとして行動を起こそうとしているのだと感じた。なので心配ではあるが許可することにした。それで彼の気が済むならばと。
でも……
「あなたに神のご加護があらんことを……」
彼がこれ以上、怒りと罪の意識に苛まれることがないようにと願いながら、触れた肩に気持ちをこめた。
リオルは一瞬ピクリと身体を震わせたが、何も言わずその場で動かなかった。
心に浮かぶ願いの言葉を胸の中で唱えると、そっと手を離した。
やはり今回も胸の内がすっきりしたような清々しい感覚になった。
自分でも不思議だが、このやや奇抜な祈り方が正しいのだと、どこか確信めいたものを感じていた。
「突然触れてしまって、ごめんなさいね」
私は触れていた手を離し、彼に謝った。
「いえ、今のが聖女様…いえ、クリスティア様のお力なのでしょうか……?」
「力も何も、私はただ触れて祈っただけで、他には何もしていないわ」
「いえ!!クリスティア様に触れられた瞬間に、明らかにいつもと違う感覚がありました!言葉で上手く言い表せませんが、胸の中を心地よい風が吹くような感覚があり、それとともに私の荒だった感情もどこかへ消えていきました!今は不思議と心が軽いです!!」
「そうなの……?確かに私もあなたと似たような感覚はあったけれど、それであなたの気休めになったのなら、私も嬉しいわ」
自分の確信が証明された気がして、私はホッと胸を撫で下ろした。
「いいえ!確かに貴方様には聖女様のお力がおありです!!ああ、やはり私の考えに間違いはなかった!!」
そう興奮気味に話すリオルを前にして、私はなんと答えていいか分からずに肩をすくめた。
私は代々聖女を見出してきた教会の関係者にも、聖女を審査するために呼ばれた有識者達にも選ばれなかった、ただの凡人なのだ。
そのことに間違いはない。
でもまだそれを易々と口にできるほど心の傷は癒えておらず、私は黙って曖昧に微笑むことしかできなかった……
◇◇◇
リオルが執務室を出て行った後、私は再び大急ぎで招待状の作成に取り掛かった。
招待客リストには、当然のごとくコンタンディオス大帝国の帝王であるアレクシオスの名前もあったが、今はそこで思考を止めるわけにはいかず、事務的に彼の名前を書き上げた。
全ての招待状の準備を終えた頃には、時計は夜中の三時を回っていた。
私は朝一で送ってもらえるように、執事の部屋の前に招待状をカートで運び、分かるように張り紙を付けておいた。差し出し人は空白のままにして。
「はぁ……とりあえず今夜の急ぎの仕事はこれで終わりだわ……後は明日の朝一で、あの方に謁見のお願いをして……」
私はフラフラと屋根裏部屋へ戻り、硬いベッドに倒れ込んだ……
◇◇◇
それからの毎日は、飛ぶように過ぎていった。
毎日朝から晩まで目前に迫るティーパーティーの準備と並行して、来月のイザベラとの婚約パーティーの準備、そして昼は謁見の間の掃除と普段の業務……
両親のことを考える余裕もないほど毎日睡眠を削り、身を粉にして働いた……
しかし、このような宮殿でのパーティーは、本来王妃様が主催し、準備するものである。
今や平民となった私のような部外者が執り行うのは、極めて異例である。
なので、念のため招待状を準備した翌朝、王妃様の元へ向かったのだが……
◇◇◇
「パーティーの準備はお前に一任したはずだ」
ミハイル王子の母親であるカサンドラ王妃は、私を見下ろしながら冷たく言い放った。
「ですが王妃様、私はもはや公爵令嬢でもミハイル王子の婚約者でもないただの平民です、その私がこのようなパーティーを主催してよろしいのでしょうか……?」
「もちろん、卑しい身分のお前の名前を使うわけがないだろう?何を勘違いしておる。あくまで私主催のパーティーをお前が準備するだけだ!」
「では、招待状の差し出し人は王妃様のお名前で出させていただきますね?」
「そんなの確認するまでもないだろう!!これだから無能な人間は嫌なのだ!!」
宮廷で行われる以上、王妃の名前で主催されることは分かっていたが、念のため差し出し人の名前は、王妃の確認をとった後で書き加えるよう、あえて空白のままで執事に預けておいた。
「宮廷では、私が2つのパーティーの準備をすることを誰も知りません。どうか使用人の方々にご協力いただけるようご助言いただけないでしょうか?」
「なんだと!?」
「私一人では知識も経験も足りません……万が一、パーティーの準備が間に合わなければ、貴族の方々や各国の賓客に迷惑がかかってしまいます……」
「なに!?お前はパーティーを失敗させるつもりか!?元公爵令嬢のくせにそんなことも出来ないのか!?まさかわざと失敗させて、私の顔に泥を塗ろうとしているのではあるまいな!?」
「え……!?」
鋭い目つきで思いもよらないことを言われて、思わず耳を疑ってしまった。
「できないと思うからできないだけで、やりようはいくらでもあるだろう!無駄なことばかりしているからできないのだ!!文句を言う暇があったらもっと頭を使って効率的に準備を進める方法を考えてみたらどうなのだ!?」
王妃は肘置きを叩いて怒りを露わにした。
王妃の声で、そばで控えていた若く美しい侍従達が王妃を庇うように立ち、私に非難するような鋭い視線を向けた。
私は、暗に準備が間に合わないのは、自分の作業の効率が悪いからだと言われたような気がして、二の句が告げなかった……
「万が一、パーティーを台無しにして私に恥をかかせるようなことがあったら、ミハイルが監禁していると言うお前の両親の命はないと思えよ!」
王妃様はふんっと私を鼻で笑った。
「………っ!」
またもや両親を人質にとられて、私は返す言葉がなくなり、その場で固まってしまった……
(一体どうしたらいいの……)
◇◇◇
ーーその頃、コンタンディオス大帝国では。
「アレクシオス様、こちらを」
「ああ……」
護衛騎士のローランが、いましがた執事から預かった手紙の束を手渡した。
アレクシオスは執務室の椅子に腰掛け、静かに何かの資料に目を通していた。
「……」
クリスティアが旅立った翌日から、アレクシオスは僅かながらも執務室で過ごす時間が増え、今までおざなりにしていた政務も正式に執事の仕事として命じ、執事が作成した書類を訓練の合間に確認しながらクリスティアの作った計画を着々と実行に移させていた。
ローランは主人の変容ぶりに驚きつつも、その姿が嬉しくもあり、見慣れぬ主人の様子をそっと見守った。
「これは……」
アレクシオスは受け取った手紙の中からルーマ国の文字を見つけると、すぐにそれだけを取り出して開封した。
「……はっ!」
読んだかと思えば、今度は吐き捨てるように失笑した。
「どうかされましたか……?」
ルーマ国の手紙と知って、内容が気になっていたローランは、たまらず尋ねた。
この国を去ったクリスティアの安否が密かに気になっていた。
「あのバカ王子が、先だっての醜聞には飽き足らず、また愚かな企みを企てているようだ」
そう言ってアレクシオスは楽しげに嘲笑った。
その筆跡は最近彼が毎日目にしている字と同じものだった。
「どうやら、あちらでは予想通り面白いことになっているようだな」
「面白いこと…ですか……?」
ローランは眉を寄せた。
「ローラン、お前は聖女の力が本当に存在すると思っているか?」
アレクシオスが唐突に尋ねた。
「聖女様ですか……?私にはよく分かりませんが、クリスティア様は他の方とは違う特別なお力をお持ちのように思います。陛下はどうお考えなのでしょうか?」
「そうだな……」
そう言いながら、アレクシオスは執務机に置かれた本の表紙を撫でた。
あれからアレクシオスは聖女に関する国の文献を読み込んだ。
今まで興味もなかったが、なぜこの国には聖女がいなかったのかも今さらながらに知った。
「この腕を見ろ」
そう言ってアレクシオスは腕を見せた。
「古傷が以前より薄くなっている」
「!!」
「あいつに触れられてからだ」
「触れ…!?」
「なんだその顔は?自然治癒力の緩やかな促進……本来聖女の力とはそういうものらしい。即効性はないが、自然の流れをほんの僅かに早めることができるのだそうだ」
「そうなのですね。てっきり私は、目の前ですごい奇跡を起こす方なのだとばかり思っていました」
「そうだな、ルーマ国の連中を反応を見るに、そう思っている者が大半なのだろう」
「ですが、陛下のその傷の回復具合は目を見張るものがあります。クリスティア様のご助言でお昼を食べるようになり、顔色も随分と良くなられましたから、傷跡にもより一層の効果があったのかもしれませんね!」
「そうかもな……」
いつになく素直な反応をするアレクシオスに驚きつつも、ローランは尚も興奮気味に話を続ける。
「クリスティア様のおかげで陛下が執務室へ足を運ぶようになりましたし、昼食を食べられるようになったおかげで、他の兵士達も食事や休憩をとる心のゆとりができ、結果的に格段に訓練の成果が上がっています!本当にあの方には感謝しきれません!!誰がなんと言おうと、私の中の本物の聖女様はクリスティア様です!!」
「はっ!今日はよく喋る……」
アレクシオスは赤い瞳を僅かに細めて笑った。
ローランはクリスティアが現れる前の冷たい目をしていたアレクシオスを思い返しながら、思わず涙ぐみそうになるのを堪えた。
「そろそろ迎えに行かなくてはな……」
アレクシオスは誰に言うでもなく、窓の外を見つめて不敵に笑った。




