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第16話「ルーマ国での生活」〜執務に掃除に〜


翌朝、執事がドアを叩く音で目が覚めた。

窓の外はすっかり明るくなっている。

どうやら珍しくたくさん寝てしまったようだ。


服と髪を整えてすぐにドアを開けると、見慣れた宮廷の執事が、まるで汚いものでも見るような顔をして口を開いた。


「昨夜、ミハイル王子より伝言がありました。“本日より契約に従い、日中は執務室に一日籠り、王子の執務を代行すること”」


「はい……」



「よろしい」



「それから、イザベラ様より」


「?」


「これからは毎日、イザベラ様方がご不在の時に謁見の間を綺麗に掃除しておくようにとのことでした」


「執務の他に?それは侍女達の仕事ではなくて……?」


「それを私に言われましても……」

執事は呆れたようにため息を吐いた。

まるで、私がそれをするのが当然だと言わんばかりに。


「………」


「それから、聖女様と王子はお昼まで休まれていることもありますので、その際にはお部屋に入られませんよう」


「え、なぜ昼まで寝ているの……?」


「さあ、そんなの私が知るわけないでしょう」

彼はまた煩わしそうに返した。


「ちなみに、ミハイル王子と2人きりで部屋で会うことも許さないとおっしゃられてました」


「そんなことするわけないじゃない……」


「どうでしょう…あなたは信用できませんからね……」

彼はそう言うと、私を軽蔑するような目でこちらを見た。


(どういうこと……!?)


宮廷執事の彼とは、これまでもミハイル王子の政務の手伝いをする際によく言葉を交わしていたが、このような態度をとられたことは今まで一度もなかった。


むしろ恭しい態度で毎回丁寧に対応してくれていた印象だった。

私の身分が公爵令嬢から平民になったことで、人はこうもあからさまに態度を変えるのか……


私という人間は何も変わっていないのに……





その後、彼に食事の場所だと言って案内されたのは、平民の使用人達が使っている食堂だった。

部屋は、貴族達が使う場所とは比べようがないほど簡素で薄汚れていた。

出されている食べ物も残り物を煮込んだだけの粗末なスープと見るからに日にちが経っているボソボソのライ麦パンだけであった。


私の姿に気付いた使用人達は、執事の彼と同じように眉を顰めて、怪訝そうな顔で私を窺った。


ここにすら私の味方はいないようだ……



彼らは、ほんの半月前まで政務の手伝いで頻繁に城に出入りしている私の世話をしてくれていた者達だった。


ニコニコと朗らかな笑顔を見せていた彼らが、今は別人のように冷たい視線を私に送っている……




私は、いたたまれなくなり、今すぐこの場から去りたい衝動に駆られたが、後ろにいる執事がそれを許さなかった。

仕方なく自分でカゴからパンを一つ取り、大鍋からスープをよそって、隅の席に座った。



「執務室は分かりますよね?食べ終わり次第すぐに向かうこと!それでは私は仕事がありますので!」


そう言うと、彼はやっと面倒な仕事が終わったとばかりに、大袈裟にため息を吐いて食堂を出ていった。



「………」

コソコソと周囲で私のことを話している声が聞こえてきたが、私は何も聞こえないふりをして、パンとスープを無理矢理口の中に流し込んだ。

何の味も感じられず、胸に痛みだけが残った。




◇◇◇





どうにか朝食を食べ終えた後、私は食堂から逃げるように足早に執務室へと向かった。




「はあ、ただいま……」


誰もいない執務室で、私は一人呟いた。


ミハイル王子と婚約してからというもの、多くの時間をここで過ごしてきたので、まるで我が家に帰ってきたような気分で、ようやく少しだけ気持ちを緩めることができた。


私は執務室の窓を開けると、入口近くにある応接セットの椅子へ座り、背もたれへと身体を埋めた。



(ああ、疲れた……とても……)



まだコンタンディオス帝国を出てから3日しか経っていないのに、あそこでの生活が遠い過去のように感じられた……



私はまたぼんやりと、アレクシオスのことを思い返していた。




執務室に閉じ込められて仕事をさせられるのは、ここも帝国も何ら変わらないのに、私の心はどうしてか帝国に戻りたいと願うほどに、コンタンディオスでの日々を懐かしいと感じていた。




「あの赤いドレス……」


イザベラに渡してしまったと伝えたら、あの方はどんな顔をされるかしら……



“俺の瞳と同じロイヤルカラーだ。この色を身に付けられるのは王妃だけだ”


そんな大切な代物を、たとえどんな相手であろうと譲るべきではなかったのに……


思い返すだけで胸がズキリと痛んだ。


ただの気まぐれとは言え、せっかくの彼の好意を無下にしてしまったことが悲しかった……


口では私を捕虜だと言いながらも、時折見せるほんの僅かな優しさが嬉しかった……


護衛のローランに小言を言われ、嫌々ながらも私のエスコートをしてくれたアレクシオスを思い出す。



ルーマ国にいた時は、ミハイル王子がイザベラに心を奪われてからというもの、例えどのような場であっても、ミハイル王子が私をエスコートしてくれることはなかった。



そのことがずっと辛かったのだが、今は別の苦しみが私の心を支配していた。



「もう忘れないと……」



私は自分の気持ちを誤魔化すように立ち上がると、使い慣れた執務机へと向かった。




◇◇◇




気付けば昼の時間になっていた。


やはり仕事に没頭していると、時間が過ぎるのがあっという間だ。

とはいえ、ここでの仕事は帝国に比べるととても楽だった。議会もちゃんと機能しているので、こちらは上がってくる書類を精査し、承認するだけでよかった。

そしてその作業は、私にとって毎日のルーティンの一つであった。


あまりに仕事が溜まりすぎていたが……

ミハイル王子は、私がいなくなった後ですら、一切書類に手を付けていないようだった。


そして気になるのはもう一点……


「イザベラ嬢が来てから、王子の支出がとてつもなく増えているわ……」

既に王子のために割り振られた年間の予算が、1ヶ月も経たないうちに底を尽きようとしていた。

一体何に使えばこんな額になるのか、疑問になるほどだった……


でも……

このことをミハイル王子に追求したら激昂するのは火を見るより明らかだった。


「はあ……」


どうしたものかと、私は頭を悩ませた。

とりあえず他の性急な仕事をこなしながら解決策を練ることにした。




◇◇◇





「さて、次は……」



朝と同じ食堂で昼食を済ませた後、私は掃除道具を持って謁見の間を訪れていた。


イザベラ達は、今はどこかへ出掛けているらしい。


(浄化の旅かしら……?)

(だとしたらよかったわ……)


昨日の彼らの言動に不安を覚えはしたが、聖女としての仕事さえちゃんと行っているのであれば、この掃除だってやる価値があるというものだ……


普段は結構な人数で掃除が行われているであろうこの広い部屋に1人立ち、気合いを入れてから、全ての窓を開け放った。



昨日に引き続き、酒瓶が転がるこの部屋は、酷いアルコール臭がした。なかには、酒瓶が倒れて液体がこぼれた状態のものや、粉々に割られて酒が漏れ出ているものもあった。

そのいずれもが高級なワインだった。


アルコール臭以上に気になったのが、部屋中に充満するどす黒い空気で、息をするのも苦しいほどだった。


まずはと、酒瓶を片付け、床にこぼれたお酒をすべて拭き取った。割れた瓶は指を切らないように片付けるのが大変だった。


水モップで何度もアルコールを拭き取とり、バケツの水を変えるために井戸を何往復もした。

これが一番時間のかかる作業だった。


「………」


ふと部屋の隅から視線を感じて、そちらを見ると、執事が付けたらしい護衛の者が一名こちらを見ていた。


今日の私の見張りを命じられたのはリオルではなく、また別の若者だった。

この青年もリオル同様、金髪碧眼の見目麗しい美男子であったが、私を見る目は冷たく、私の行動を終始無言で監視していた。




「いけない、もうこんな時間だわ!!」



掃除に夢中で、気付けば時計は14時を回っていた。ほとんどの時間を床掃除に費やしてしまい、ベッドの方はシーツを交換するだけで終わってしまった。


(大変!早く政務にあたらなくては……!!)



急いで掃除道具を片付けて、部屋を出て行こうとすると、私を監視していた見張りに突然肩を掴まれた。


「待て!!まだ十分に掃除は終わっていないぞ!?」


私は焦るあまりに、勢いよく彼の方に向き直って反論した。

「急ぎで確認しなければならない書類が山ほどあるんです!執務室に帰らせてください!」


「……!!」

私の勢いに彼は一瞬たじろいだが、徐々に憤りを露わにした表情になった。


(まずい!)

(つい焦りのあまり、勢いまかせに言ってしまったわ!

こういうタイプの方には落ち着いた対応をした方が話を聞いてくれやすいのに……!)


私は今度は申し訳なさそうな顔をしながら、控えめに言い直した。


「あ、その……イザベラ様よりお掃除のご依頼はお受けしたのですが、ミハイル王子からは必要な政務を早急に終わらせるようにと命を受けておりまして……」

「でもやはりお掃除を優先した方がよろしいでしょうか……?」


チラリと相手の騎士を見遣るが、その相手は虚勢を張るように「と、当然だろ!」と言い放った。


「分かりました、ではお掃除を続けます。ミハイル王子には、騎士様からそのようにご忠告頂いたとお伝えしたいと思います」

そう言って私はにこやかに答えた。


「な……!!」


「俺はそんなこと一言も言ってないぞ!!」


「え、でも……」


「そんなに政務がやりたいならさっさと行け!早く!!」


「え、あっはい!」


動揺した騎士は私を謁見の間から追い出し、扉を閉めた。


彼は私の見張りのはずなのに、私を一人にしていいのだろうか……?


この国の騎士は、自身の能力向上はもとより、いかなる時にも動じない心をもち、その場に合わせた柔軟な対応と素早い決断力、そして女性や弱者ヘの労りの心をもつことが要求される。

直情的で短慮な彼は、まだまだ騎士道を修めるどころか人間的にも未熟なようだ。


彼らの応対が主人の応対と見なされてしまうから、王族の婚約者の護衛騎士ともなると、誰を選ぶかは慎重になるはずなのだが。

一体イザベラは、何を基準にこの親衛隊を選抜したのだろうか……?

まあ、さっき余裕なく声を荒げてしまった私自身、もっと鍛錬が必要であるが……


そう思いながら執務室へ戻ると、休むことなく机の書類に向かった。





◇◇◇




夕食の時間になると執事がやってきて、ミハイル王子に晩餐に招待されたから参加するようにと言ってきた。


今度はどういうつもりなのかと訝しみながらも、すぐに準備して向かった。




晩餐室へ入ると、既にミハイル王子とイザベラが食事を始めていた。

2人分の席しかないのを見るに、夕食を一緒に誘われたわけではなさそうだ。


ここ数日、食事らしい食事を食べられていなかった私は、目の前のご馳走に思わず目が釘付けになってしまう。


「あら、クリスティアさん、そんなに見つめたら食べ物に穴が空いてしまうわよ!」

そう言ってイザベラは、朗らかに笑った。


「ねぇ、見て!このドレス!私によく似合うと思わない?」


そう言った彼女は、昨日私から取り上げたアレクシオスの赤いドレスを身にまとい、嬉しくてしょうがないと言った様子で、無邪気にドレスを見せびらかした。


ただでさえ華美なドレスに、これでもかというほどゴテゴテとした大粒の宝石を至る所に付けており、その様は洗練された貴族令嬢というよりは、成金商人のようだった。


「………」



「ねぇねぇミハイル〜!このドレスで今度の婚約パーティーに出てはダメかしら?」

イザベラが私の返答を待たずにミハイル王子の方を向いた。


「いや、お前にはもっと相応しいドレスを俺が用意してやるから安心しろ」

「えー本当!?すっごく楽しみ〜!!」


二人は見つめ合い、まるでそこに私がいないかのように二人の世界を作り始めたので、私はたまらずミハイル王子に尋ねた。


「それで、私をお呼びしたご用件は何でしょうか?」


「ああ、それなんだが。今話していたように、イザベラが正式に聖女として認められた披露パーティーから一ヶ月目の記念日に、彼女との婚約パーティーを盛大に行おうと思っている。その準備をお前に任せたい」


ミハイル王子はイザベラを見つめながら、こちらを見ることなく言った。


彼女が聖女として認められた日。


……それは、私にとってはみんなの前で聖女ではないことを正式に告げられ、彼に婚約破棄をされた日でもある。


なぜそんな日の準備を私にさせようと言うのか……



私は次の言葉を告げるために息を吸い込んだ。

「それについてですが……」


「言っておくが、逆らえば両親の命はないと思え!」

ミハイル王子が冷たく言い放った。


「!!」


「あ、そうだ!この前みたいに、また各国の王様達も呼びましょうよ〜!」

「ああ、それはいい考えだな!」


「各国の!?」


「お待ちください!!それでは時間が足りません!あと20日ですべての準備を終えるのは無理です!他国へも急な招待は失礼にあたります!!」


「うるさい!!いいからやるのだ!!」


「!!」


「それから、5日後には王都の貴族達を招いて宮殿でちょっとしたティーパーティーを開くつもりだから、その準備もしておくように」


「あと5日で…!?婚約パーティーと並行して!?そんなのむ…」

「何度も同じことを言わせるな!!」

「!!」


「これは命令だ!契約通り、しっかり責務を果たせよな!逆らったらどうなるかは先程言った通りだ!ほら、返事はどうした!?」


「はい……」


「ははははっ!最初から素直にそう言えばよかったのだ。皆から優秀だと言われてきたお前なら、そんなこと簡単だろう!?できない言い訳を考える暇があるならさっさと準備を始めろ!!」


「…………」

私は反論を飲み込んで歯を食いしばった。



「ひとつお尋ねしたいことがございます……陛下と王妃様は、この件について、なんとおっしゃっているのですか……?」


「私の好きにして良いと、それだけだ。父上と母上は私の言うことなら何でも聞いてくれるからな!」



自信満々に言い切るミハイル王子を見て、私は内心で「やっぱり……」とがっくりと肩を落とした。


ルーマ国の王妃は一人息子であるミハイル王子を溺愛していて、国王陛下も王妃には頭が上がらない。


恐らくは、各国の要人達を急遽招くことも良しとしてしまうのだろう……

私は頭を抱えた。


私の敬愛する前聖女様は、ミハイル王子の祖母にあたる王太后でもあった。

前聖女様であるエヴァ陛下が崩御されてからというもの、現王妃の影響力は日に日に増していき、それと同時に王妃の庇護を受けるミハイル王子の影響力も強まっていった。

その結果が今のこの状態だ……



(ああ、エヴァ様……)

(私は一体どうしたらいいのでしょうか……)



うまい説得の言葉も思い浮かばないまま、晩餐室から追い出された私は呆然となった。


「……とりあえず、婚約パーティーの準備が先決だわ!急いで他国への招待状を送らなければ……!!」


急な夜会の誘いなど、失礼にも程があるが、遅くなればなるほど、状況はどんどん悪化していく。

とにかく何としてでも今日中にその仕事だけは終えなくてはならない……!!


「まずは前回の招待客リストを大至急確認しなければ!!」



執務室で忙しくしていると、リオルが息を切らせてやってきた。


「聖女さ…クリスティア様!!こちらの新聞をお読みになりましたか!?」


「いいえ……どうかしたの?」


「これをお読みください!!」

慌てた様子のリオルが手にしていた新聞をバッと広げた。





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