第11話「元騎士リオルの嘆き」
その頃、クリスティアの母国ルーマ国ではーー。
「はぁ……」
「どうした、イザベラ?」
「ミハイル……」
「あの日からすっごく心が沈んで、生きる気力がなくなっちゃって……」
数日前に、正式にこの国の聖女として認められた彼女は、砂浜に置かれたパラソルの下で、深く倒した椅子に寝そべりながら、憂鬱そうな表情を浮かべた。
黄色みがかったモカブラウンの髪が潤んだ灰色の瞳に無作為にかかり、より一層彼女の儚げな様子を引き立てていた。
「あの人のせいで私の聖女の力はすっかり失われちゃったし……もう二度と聖女の力が蘇らなくなったらと思うと、不安で夜も眠れないし……」
イザベラが両手で顔を覆うと、隣の椅子に座っていたミハイルが慌てた様子で飛び起きた。
そばに控えていた騎士団長の息子ザックと、宰相の息子クレオ・ラリスも心配そうな表情でイザベラの足元へ駆け寄る。
「イザベラ、たとえ二度と聖女の力が戻らなくとも、お前がこの国の聖女であることに変わりはない!この俺が責任をもってお前の一生を保証する!!」
「本当、ミハイル!?嬉しい!!」
「でも……こんな私はやっぱり役立たずよね……」
「そんなことはない!!悪いのはすべてあの女だ!!」
「そうだ!あの悪女クリスティアが悪い!!」
「あの女のせいで、お前の聖女の力が奪われてしまったのだから!!」
3人の男達が口々にクリスティアを中傷した。
「ミハイル、ザック、クレオ……」
庇護欲を掻き立てる潤んだ瞳を3人に向けると、3人は息を呑むように頬を赤らめた。
「お前のことは何があっても俺達が守ると約束する……!」
その様子を遠くから疑心暗鬼の目で見ていた者がいた。
数日前、聖女イザベラの親衛隊に抜擢されたリオルという若者だった。
このリオルは、元は第一近衛騎士団に所属していたが、金髪碧眼に整った顔立ちをしていたため、自ら己の親衛隊の選抜に来たイザベラの目に留まり、指名されるに至ったのだった。
(はぁ……)
イザベラが聖女としてお披露目したパーティーから四日が経ったが、毎日がリオルにとって目を疑うような日々だった。
まず、新しい聖女となったイザベラは、一切聖女としての仕事を行わなかった。
理由は、穢れたクリスティアの負のオーラに触れたせいで、一時的に聖女の力を失ってしまったからだという。
そもそも、たかが一般人に接触しただけで、聖女の力が失われるものなのだろうか……?
そんな話は聞いたことがない。
ただ難癖をつけているだけのように思える。
彼女が聖女となってから、この四日間、毎日ひっきりなしに聖女招致の要請が各方面から出ている。
その数はおよそ500件にのぼるという。
しかし、聖女はそのような要請をすべて断っている。
これが本当に聖女なのだろうか……?
つい先月まで次の聖女と呼ばれていたマリヌス公爵令嬢のクリスティア様は、まだ正式な聖女に選ばれていなかった時でも、先代の聖女様について各地を回っていたと聞く。
自分も先代の聖女様がご存命の頃、遠方の地へ赴く時に何度か駆り出されたことがあったが、そこには必ずクリスティア公爵令嬢の姿があった。
遠目でしかその姿を拝見することはできなかったが、彼女は長い旅路もいつも笑顔で従者を労い、気さくで穏やかそうな人柄に見えた。
そして殊更に美しい容姿をしていた。
この国の民は金髪碧眼の者が多いが、彼女の髪は毛先に向かって金髪からベビーピンクに変わる美しいグラデーションカラーで、肩下まで伸びる毛先は上品にカールしていた。
瞳も他の者よりも濃いサファイアブルーで、遠目からでも目を引くほどに美しかった。
きっと神から特別な使命をもって生まれた証に違いないと思った。
今更ながら、彼女こそが本物の聖女だったのではないかという思いが日増しに強くなっている……
人伝に聞いた話だと、数日前の審査で彼女が偽聖女だと判断され、その後の夜会でミハイル王子に婚約破棄を言い渡された上に、聖女を騙った罪で断罪されたと聞いた。
いまだに信じられない思いでいっぱいだ……
自分のような一騎士の立場では、発言どころか疑うことすら許されないが、親衛隊としてイザベラに付き従うようになってからというもの、彼女への疑惑は日毎に増すばかりだ。
まず、2日前から療養と称して海沿いの観光地へ来ているが、日がな一日海で泳いで王子達と戯れたり、お酒を飲んで騒いだりして楽しく過ごしていた。
仮に聖女の力が失われたとしても、次期王妃としてやるべきことはあると思うが、それすら行っている様子はない。
あまつさえ、聖女の要請が来るや否や、途端に具合の悪いフリをし始めるのだからタチが悪い……
そして彼女はかなりの好色家だった。
隙さえあれば、いつも3人のうちの誰かにしなだれかかり、話している間もずっと男性の身体に触れて戯れているのが常だった。
実は昨日、自分も彼女に声をかけられた。
護衛の任務中、王子達が公務で離れ、彼女が一人になった途端、こちらに近づいてきて腕に手を回された。
身体をいやらしく触られ、2人で一緒に海に入ろうと誘われたが、公務中だからと断った。
すると今度は、公務のことで質問があると、夜に私室に呼び出された。
渋々部屋に赴くと、そこには目を疑いたくなるような光景が広がっていた。
なんと、ミハイル王子を含む取り巻きの男達が半裸の状態でイザベラのベッドの上で酒を飲みながら戯れているのだ。
イザベラ自身も生地が薄く、丈の短い下品なナイトドレスに身を包み、いやらしい目を向ける男性達の視線に満足気な表情を浮かべていた。
何なんだこれは……!?
これが本当に聖女の姿なのか……!?
思わず後退り、その場から逃げ出しそうになったが、ベッドから降りてきたイザベラに腕を掴まれる。
「あ〜ようやく来たぁ!もう待ってたんだからぁ〜〜!!」
ひどく酔っ払った様子で、こちらの腕に身体をくっつけ、甘えたように笑いかける。
まるでこれをすれば、全ての男は自分になびくという確信でもあるかのようだ。
そのままベッドの方へ引っ張られそうになるのを抵抗して、その場に立ち尽くしたまま表情もなく尋ねた。
「このような時間にどのような御用でしょうか?」
こちらのこの態度が、イザベラの魅力に魅せられて緊張しているように映ったのか、イザベラは頬を赤らめながらいやらしく笑った。
「いやねぇ?私を守る親衛隊の方が本当に私のことを守ってくれるのか心配で、ちょっと審査させてもらおうと思って〜!」
そう言って再び私の身体をいやらしく触り始め、私の耳元で「今すぐここで上着を脱いで」と囁いた。
私がそれを拒絶すると、イザベラはすぐにミハイル王子に泣きついた。
「無礼者!!お前は聖女の言うことに逆らうのか!?」
すぐさまミハイル王子は激昂した。
「聖女はこの国の宝だぞ!!その宝をちゃんと守れるか、このイザベラ自ら審査してやろうと言うんだ!ありがたく従え!!」
「この命令に従えないと言うのなら、お前の一族諸共地獄を見せてやるからな!!」
王子にこのように脅され、仕方なく上着を脱ぐことにした。
俺の身体を見て興奮したイザベラが、ベタベタと無遠慮に身体に触れてきた。
嫌悪感のあまり、吐き気を抑えるのが大変だった。
イザベラがあろうことか、今度はズボンに手をかけようとしたところで呼び出しがあり、窮地を免れたが、イザベラは「また後でね♡」と不気味な笑みを浮かべていた。
今思い出しただけでもぞっとする……
仲間に頼んで、今日はイザベラから離れた場所での護衛の任務に代わってもらったが、それでも吐き気と嫌悪感は治らない……
俺と同様の目にあった同僚もいて、まともな奴は俺と同じようにイザベラに不信感を抱いていた。
でも自分達の立場では、どうすることもできなかった……
これからの任務を思うと、とても気が重かった。
そしてこの国の未来のことも……
「クリスティア様……」
誰かに助けてほしいと願わずにはいられなかった……
◇◇◇
「ねぇねぇ、ミハイルぅ?」
「なんだ、イザベラ?」
相変わらず砂浜の椅子に寝そべったままのイザベラをミハイル王子は優しげな瞳で見つめ返した。
「そういえば、私を公爵令嬢にするっていう話はどうなったの〜?」
「それが、クリスティアのとこのマリヌス公爵家でイザベラを養子にするように命令を出したのだが、無礼にも断ってきたのだ」
「ええ!ひどい〜〜!!」
「だろう?あそこの家から次の聖女が生まれる予定となっていたから、あの家にイザベラが入れれば完璧だと思ったのだが……全く、クリスティアのことも大目に見てやってるというのに、代々続く大公爵家の忠誠心もゴミ以下に落ちてしまったと言うことだな……!」
「そんな無礼な公爵家なんて、今すぐ取り潰しちゃったらいいんじゃない!?そしてそのままその家と爵位を私と私の両親がもらえば!?」
「しかし、あの家の者達はどうする……?」
「公爵夫妻は偽聖女をそそのかした罪で投獄して、使用人達はそのまま残してはどう?また一から雇うのも大変だし。両親のことを聞いたクリスティアさんは慌ててこの国へ戻ってくるだろうから、今度こそ捉えて仕事を押し付けられるだろうし、名案でしょ♪」
「なるほど、その手があったか!さすが、俺のイザベラは頭がいいな!」
「さすがイザベラ!」
「やはり本物の聖女様は違いますね!」
取り巻きのザックとクレオも口々に彼女を褒め称える。
「やだわ、私は思ったことを言っただけなのにぃ〜!」
「あ、でも……」
イザベラが急に表情に影を落として俯いた。
「どうした、イザベラ……?」
3人の男性が途端に心配そうに彼女を見つめる。
「でも庶民の中には、まだまだ彼女のことを本物の聖女だと勘違いしている人もいるのよね……?」
「もし彼女が帰ってきたら、彼女を本当の聖女だと讃える人達が出てきそうで、私すごく不安だわ……」
そう言って目を潤ませた。
今にも泣き出しそうな彼女を見た男達は慌てふためいた。
「心配しなくても大丈夫だ!新聞記者に頼んで、あの女の悪事をあることないこと書かせてやる!」
「俺も知り合いの貴族達に悪い噂を流してやる!!」
「私も知り合いの作家に偽聖女の悪事暴露本をすぐに書かせます!!」
と口々にクリスティアを貶める計画を提案した。
「みんな……こんな私のために…本当にありがとう……」
イザベラは、こぼれかけた涙を指ですくいながら、可憐な花のように笑った。
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