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第10話「視察の夜」〜脱ドレス〜

日が傾きかけた頃、ようやくお城へ戻ると、アレクシオスのエスコートにより、当然のごとく執務室へと通された。



「………」


(まさかとは思っていたけど、やっぱり執務室に連れてこられるのね……)


この分だと、私の為に用意された部屋はないのだろう。



手前の応接セットの椅子に座らされ、相変わらず書類だらけの部屋を見回してため息を吐いていると、その間にアレクシオスに足枷を嵌められる。


「………」


「俺が迎えに来るまでの辛抱だ」

アレクシオスが暗い笑みを浮かべて私を見上げる。



(あなたはそれまで自室で休まれるおつもりなんですね……)



(ミハイル王子といい、なんで王族ってこんな酷い人ばかりなのかしら……!?)



バタン…!




アレクシオスがいなくなった部屋で、私は足の重りをゴロゴロと引きづりながら、書類が山積みの執務机の前に座った。


「はぁ……」


本日何度目かのため息を吐いた後、さっと顔を上げて、手際よく目の前の書類をどかし始めた。


机の書類を両脇に積み重ねて真ん中にスペースを作り、そこに新しい紙とペンを置いて、今日のことを振り返りながら思いつくままに書き出した。



「まずは町の汚物と異臭の問題ね…」


住人が皆、汚物を道端に捨てているから、王都ですら酷い異臭がする。


下水道の設備自体はあるようだったが、機能している様子はなかった。

恐らくそこで何らかの不具合が起こった際に適切な対処がなされずに、そのまま放置されてしまっているのだろう……



あのままでは伝染病などの病気が蔓延しやすくなり、とても危険だ。


今この危機的状況で、王都にまで伝染病が流行ってしまったら、この国は壊滅的な打撃を受けるだろう……


下水道の日々の点検と管理が漏れなく行われるように、厳格な管理システムを作って徹底させる方法を考えなくてはならない。

これは最優先で取り組むべき課題だ。




「その次に治水と利水の対策ね……」


昨日読んだ国の災害記録に、王都近くを流れる川の氾濫についての記載が目立った。

おそらく、雨が続いて水かさが増すと、現在の堤防では十分に対応できないのだろう。

だが、堤防は強化されることなく毎回氾濫が起こった後に問題に対処するという後手後手の対策を行っているようだった。


一方で、日照りが続く今のような時期には、今日のように土地が乾涸びてしまい、植物が十分に育たない事態が起こっている。


「まずは川に頑丈な堤防を造りましょう。そこから下水や田畑へ使用するための灌漑設備を設けて、水が必要なところにいつでも供給できるようにしなくては……」

「あとは防火対策も兼ねて貯水池も必要ね……」


私はかつて聖女・王妃教育で習った知識を総動員して、着々と計画を練り始めた。




◇◇◇




2時間後。


「迎えに来てやったぞ、晩餐の時間だ」


私が執務机で作業をしていると、アレクシオスが姿を現した。


私の前まで来ると、慣れた手つきで足枷を外した。

「………」


私は眉を寄せてアレクシオスを恨めしそうに見た。


「なんだ?」


「今日は視察で一日中町を回りましたよね……?」


「それがどうした?」


「もう少し早く言って頂ければ、入浴を先に済ませましたのに……」


「何のために?」


「身体中ホコリだらけだからです。これでは食事を作ってくれた方に失礼ではないですか!」


馬車に乗る前に落とせるだけ砂埃は落としてきたが、裾の汚れはどうにもならなかった。


「なら着替えればいいだろう?」


「着替えたいですよ!ですが、私は何の準備もなくこの国へ来たから、晩餐に着る他のドレスがないのです。替えの服があるか聞こうと思ったのですが、日中は二階に誰もおらず、尋ねることができませんでした」


さすがに足枷を付けたまま階段を降りる勇気はなかった。

二階から声をかけてみたが、どこかに引っ込んでいるのか、誰も出てこなかった。


「ふん、それがどうした?昨日はその格好で晩餐に出席したではないか」


「あれはあなたが無理矢理連れて行ったからでしょう!それに汚れてもいませんでしたし」


「せめてこのドレスの汚れを少し落として、身体を清める時間をください!砂まみれの汗まみれで食事を摂るわけにはいきません!」



「なんだ、その格好が嫌なら、ドレスを脱げばいいだろう?」

アレクシオスが挑発的な笑みを浮かべる。


「なっ!!」


「それも嫌なら無理に飯など食わなくてもいい」


そう言って笑いながら背中を向けて、横目で私を見る。

まるで次にくる私の反応を楽しんでいるようだ。


「でしたら私は……」




「ドレスを脱ぎます!!」

そう言って勢いよく部屋を飛び出した。




「……」


脇目にアレクシオスが僅かに目を見開いたのが見えた。





◇◇◇





「まったく、お前という奴は、本当に王妃候補だったのか……?」


晩餐室の向かいの席にいるアレクシオスが呆れ顔で私を見る。



「ええ」


澄ました顔で微笑む私。


遠目には慌てた様子のメイド達が見える。



「貴様がドレスを脱ぐと言って部屋を飛び出していった時は、気が触れたのかと思ったが」


「うふふ……」


あの後、私は女性使用人達の部屋へ行き、彼女達が止めるのも聞かずに自分で身体を拭き、メイドのお仕着せを1着借りてその場で着替えたのだった。


もちろん、着ていたドレスは洗ってもらうようお願いして。



なので、今私はメイドと同じ格好をして晩餐に臨んでいるのだった。

外から見たら、主人が気に入ったメイドに食事の供をさせているように見えるだろう。



「まったく、お前はいつも俺の想像の斜め上をいく……」


「想像通りなんてつまらないでしょう?」

私はすまし顔で返す。


「はっ」

アレクシオスは不敵に笑い、ワインに口をつけた。



「それで、今朝のお話なのですが」


「?」


「結婚の誓約書を作成するにあたって、両親に手紙を書きたいのです。なにせ私はあの夜会の後、両親に何の説明もなくこの国へ来てしまったので、詳細を知らせたいですし、結婚の許しも得たいので」


アレクシオスは、ゆったりと背もたれに寄りかかると、チラリと私に視線を送り、笑った。


「案ずるな、例え許しを得なくても、お前を娶ることは既に決まっている」



「そう……ですか………」


既に決定事項なんですね、私の意思に関係なく。



……それはなんだか……

とっても嬉しくないのですけれど……



私の強張る顔を見たアレクシオスは満足気に笑うと


「そもそも、他国で悪魔と呼ばれている男の元へ嫁がせようという者などいないだろう……?」


と面白がるような目で私を見た。


私は、夜会でアレクシオスのことを悪魔と呼んだミハイル王子を思い出して青くなった。



「いや、そんなことは……」


(あるけど……)


今のところ、悪辣な様子しか見られないし……


正直あの頭の硬い両親が許してくれるかは甚だ疑問だ……


というか、私も別に彼と結婚したい訳ではないし……



言葉に詰まって俯く私をしばらく見つめた後


「いいだろう、後で便箋を用意させる」


と許可してくれた。



「!!」


「本当ですか!?ありがとうございます!!」


私が瞬時に表情を明るくすると



「手紙を書くのがそんなに嬉しいのか……?」


と心底不可解な様子で私を見つめた。




◇◇◇



その夜、私は執務室で両親へ手紙を書いた。



夜会でミハイル王子に婚約破棄をされたこと。

その後、アレクシオスに命を助けられて求婚されたこと。

現在アレクシオスに連れられて、コンタンディオス大帝国にいること。

どうか彼との結婚を許可してほしいことなどを書き記した。


(……私が次期王妃、次期聖女となることを期待していた両親はどう思うかしら……)



私は両親の顔を思い浮かべながら、封を閉じた。




◇◇◇




1時間後。


私は昨夜のナイトドレスを身に纏い、ガチガチに緊張した状態で、再び夫婦の寝室に立っていた。



アレクシオスは白いバスローブに身を包み、既にベッドの上で足を組んで待っていた。

バスローブから覗かせる細身だが筋肉質の足が、男性としての色気を放っていた。


「遅かったな、早くこっちへ来い」


「……っ!」


私は恥ずかしさで、心臓が高鳴った。

今すぐこの場を逃げ去りたい衝動に駆られた。



私が扉の前から動かないでいると、痺れを切らしたアレクシオスがベッドから降り、こちらに向かってきた。



「……!!」


そして私に顔を近付けて見下ろすと


「あまり俺を待たせるな」


と低い声で言い、昨日のように軽々と私を持ち上げ、ベッドへと運んだ。


「……じ、自分で歩けます!!」


「なら、明日は自分からベッドまで歩いてくるんだな」


「う……っ」


動揺している私をよそに、彼は私を乱暴にベッドへ投げ捨て、手首を掴むと、昨日のように手枷をつけた。


「!!」


「安心しろ、鎖は昨日より長くしておいた」



そう言って、彼は私に妖しく微笑みかけた。







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