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牛魔王、来襲

今回は牛魔王側視点

次回配信開始します。


 ホテル来来猿。

 二年前にオープンしたばかりの宿泊施設であり、それほど繁盛しているというわけではないものの、誰でも気軽に泊まれる手続きの簡単さから一部では密かに有名になっているホテルである。

 そのホテルに今夜招かれざる客が現れた。


「いい加減、素直になったらどうだ?」


 身長が優に二メートルを超える筋骨隆々の巨漢がエントランスホールの趣味が悪い扇を掲げる石像が安置されたその直上、天井付近に設けられたシャンデリアに吊り下げられた初老の男に話しかける。老人の両腕はロープできっちりと固定されていて、ちょっとやそっとのことでは抜け出せそうにない。

 この巨漢の名は上級怪人“牛魔王”。

 中国を拠点として世界各地で犯罪行為を働く悪の組織“極大魔王”の大幹部である。

 今まで彼が起こした事件は数しれず、下の方とはいえ上級クラスの怪人としての実力と彼が率いる組織の強大さ。この二つが合わさることにより彼より上位の実力者でも容易に手出しできない状況を作り上げてきた。


「だれが話すか! あれは儂が苦労して手に入れたもんだ! 誰にも渡さん!!」


 今回、彼らの目的はホテルジャックに見せかけたとある過去の遺物の収集である。

 遥か昔、まだこのホテルが建てられるどころか鎌倉幕府が開かれるよりも更に昔、中国大陸にて大いなる戦いがあった。

 その戦いの最中、殷の上大夫“楊任(ようじん)”が所持していたとされる神器、中国では宝貝(ぱおぺい)と呼ばれる特殊な武具、五火神焔扇(ごかしんかせん)。それがこのホテルに隠されていることを牛魔王は突き止めたのである。

 何故中華由来の神器が日本にあるのか、それはこのホテルの支配人の経歴に深く関連している。

 このホテルの支配人、名前を田中太郎と何処ででもありそうな名前であるが、本来の名は別にある。


「つれないなあ張偉(ヂャンウェイ)、お前と俺の仲じゃないか」

「黙れ牛野郎! テメェのことを仲間だと思ったことは一度たりともねえ! テメェの残虐なその本性がいつ儂に向けられるか、そう考えたらまともに夜も寝れなかったわ!」


 そうこの男、張偉は名を偽り日本人として暮らしてはいるものの、歴とした中国人である。

 そして、彼本来の名を知る牛魔王。彼と張偉は嘗て上司と部下と言う間柄であった。

 牛魔王は彼のことをできる部下だと彼なりに信頼していたが、張偉には信じられなかった。

 牛魔王は裏切り者や失態を犯した部下には容赦はしない。思いつく限りの残虐な手段を用いて苦しめた後に粛清してしまうのだ。張偉はそれを幾度となく目撃していた。

 百歩譲って裏切り者は仕方ないにしろ、昨夜まで楽しげに酒を飲み交わしてきた親しい友人とも言える部下を次の日には殺している事もあるのだからそれは当然の感情だと言えた。


「まさか鉄扇公主の為に捜索していた五火神焰扇を横取りした挙げ句俺の宝物庫の宝を持ち逃げして、名を変え顔を変えこんな極東に隠れ潜んでいたなんてなぁ。探し出すのに五年もかかったぞ」


 ある日、自分の身も危ういと感じた張偉は予め牛魔王に隠して持ち出していたいくつかの宝と彼が熱心に探していた神器を先回りして強奪して、彼の知り合いの手助けもありそのまま日本へ密入国した。

 闇医者に金を積み顔を変え、戸籍を偽造し、盗んだ財産の大半を売り払い土地を購入、そこに宿泊施設を建てることで老後の資金の足しにしようと考えていたのだ。


「だが、何年経っても詰めの甘さはかわらんようだなあ」

「そ、それは!?」


 そう言って牛魔王は懐から細やかな細工が施された純金のペンダントを取り出した。

 これは彼が組織のボスから賜ったもので、世界に一つしかない特注品である。

 不幸なことに、張偉が売り払った宝物の一部が巡り巡って牛魔王の元へと舞い戻ってしまったのだ。

 そこから牛魔王は入手経路を調べ上げ、このホテルへとたどり着いた。

 しかし、支配人の正体が張偉だと判明した段階で一つだけ懸念事項が発生した。

 そう、強奪された五火神焰扇の行方である。

 他の宝物は金にはなるがそれ以外の価値はない。だが、五火神焰扇だけは別である。

 あの神器は中華に伝わる神聖なるもの。

 一扇ぎするだけで忽ち焔を引き起こし、辺り一面を火の海にすることすら可能という超兵器なのである。

 あれが他の組織、ましてやヒーローどもの手に渡ってしまえば幾ら牛魔王といえど苦戦を強いられることだろう。

 更にはこの一件以降鉄扇公主と上手く行っておらず、このままでは彼女の愛情を失いかねない。

 故に何としてでも五火神焰扇だけは取り戻さなければならない。そう決意して今回のホテルジャックに及んだのだ。

 そして運が良いことに作戦実行の数時間前に近くの都市で日本各地のヒーローが集結した大規模な合同作戦が実行されたのだ。

 作戦に参加したヒーローたちは残党処理のためその都市を離れることはない。更に中国と違い彼の悪事と聞けば何処からでも駆けつけてくる忌まわしい猿もいない。

 このような絶好の機会を彼が逃すはずがなく、念の為に人気の無くなる夜中の十時を過ぎた辺りで犯行に及んだ。

 結果はご覧の通り。

 碌な抵抗もできないまま、彼は拘束されることとなった。


「儂も耄碌したもんだ。まさかそっから足がつくとはな……だが! アレの在処がわからん限り儂を殺せんだろ! やれば最後、お宝は永遠に手に入らなくなるからな!!」


 しかし張偉はことここに来て強気の姿勢を崩さない。

 彼には絶対の自信があった。

 誰にも見つからずに隠し通せるように五火神焰扇を加工していたのだ。


「クククッ」


 しかし、その言葉を聞いた牛魔王はまるで上等な道化でも見たかのように腹を抱えて笑いだしたのだ。

 そんな不気味な彼の行動に、張偉は頬に冷や汗が垂れるのを感じた。


「な、何がおかしい!!」

「お前は全然成長してないなと思ってなぁ。なぁ張偉、お前は昔から大事なもんは身近なとこに飾ってたよな」


 そう言うと牛魔王は彼へと近づいていく。

 いや、彼にではない。その下にある趣味の悪い石像にである。


「まさか、止めろ! それに触るな!!」


 制止する張偉の声を無視して、牛魔王は右腕を振り上げ、そのまま石像の頭部に向けて振り下ろした。

 彼の剛腕が石像を砕く。

 頭部だけでに留まらず、拳は直下の台座までも破壊して、それが元は石像だとわからない石屑へと変えてしまった。

 しかし、牛魔王が石屑の中を漁ると、その中から美しく光り輝く物体を掴み出したではないか。

 それは五色の赤系統の鳥の羽で作られた美しい扇であった。

 その赤い羽はシャンデリアが発する光を受けて、まるで炎のようにゆらゆらと光り輝いている。


「あ、ああぁぁ……」


 それを見た張偉はまるでこの世の終わりを目の当たりにでもしたかのような絶望に満ちた表情を浮かべる。

 その反応こそが、彼が持つ光り輝く扇が嘗て張偉が強奪した五火神焰扇であると物語っていた。


「だから言ったろ。詰めが甘いってな」


 牛魔王が傍にいたドレッドヘアの若い男に顎で指示すると、その男は吹き抜けの天井にまで届くほどの驚異的な跳躍をみせたではないか。

 その跳躍の際、彼は張偉の首元を掴んでシャンデリアから取り外し、着地と同時に牛魔王の前へと放り投げた。

 カエルが潰れるような汚い声をだし、張偉は大理石でできたタイルの上を転がる。


「そう怯えるなよ張偉。お前と俺との仲じゃないか」


 目に見えるほどに震え上がる張偉の両肩を掴み、その場に座らせる。


「まあ、結果的にこうして俺は五火神焔扇を妻に渡すことができるんだ。全部許してやるよ張偉」

「!? 本当か? 嘘じゃないよな!」

「ああ、全部に水流してやるよ。それでいいじゃあないか。なあ鉄扇」


 牛魔王が笑顔で彼の後ろに佇んでいた女性に声をかける。

 美しい漢服を纏い、口元を緑色の羽根で作られた扇で隠す女が背後からゆっくりと近づいてくる。


「そうねえ。まああたしはもうだいぶ待たされたからねえ。これさえ手に入ればあとはもうどうでもいいんじゃないかい」


 そう言って牛魔王から五火神焔扇を受け取ると、顔を綻ばせてそれを抱きしめる。


「ああこの美しい五色の赤、滑らかな触り心地、まさに宝貝と言っていいほどに素晴らしいものだね」

「気に入ったか鉄扇公主よ」

「ええ最高の気分だよ。あんたの今までの不始末を全部忘れてやってもいいくらいだね」

「はは、それは苦労した甲斐があるってもんだ」


 目の前の張偉のことを忘れたかのように夫婦仲睦まじいさまを見せつける二人。

 しばらく乳繰りあった所で、ふと鉄扇公主は思い出したかのように呟いた。


「そういえばこの扇、一扇ぎするだけで炎を起こすことができるんだったよねえ。物事には何であれ練習ってのは必要だと思わないかい? なあ紅孩児よ」

「ああ、母上の言う通り。実戦の前に練習しておく必要があるなあ」


 彼女の問いに先ほどのドレッドヘアの男、紅孩児と呼ばれた青年が返答する。


「ちょうど、ここに活きの良い的があることだしねえ」


 耳にまで口が裂けたかと錯覚するほどに口角をあげ、恐ろしい笑みを溢す鉄扇公主。

 一瞬誰のことか理解できなかったが、この場に当てはまるのが自分しかいないとわかると張偉は慌てて牛魔王を問い詰めた。


「お、おい! 今儂のことは水に流すって、許してくれるって言ったよな!! さっきのは嘘だったのかよ!!」

「嘘じゃないさ。これは鉄扇が決めたことで俺には関係のないことだしな」


 ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべる牛魔王。

 そうして張偉は悟った。

 やはりこいつらは自分を生かす気など最初からなかったのだと。

 あの時逃げ出した自分の判断は間違っていなかったのだと。

 こいつらは、人の形をした悪魔なのだと。


「あ、あああ…………。ああああああああああああああああああ!!」

 

 縛られている腕のことなど気に求めず、彼は走り出した。

 一刻も早くこの場から逃げなければ殺される。

 生き延びたい一心で彼はホテルの出入り口へと走る。

 あと一歩、外部へ脱出できるかという距離にまで近づいたその時だった。


「炎よ」


 彼女がそう唱えると同時に、持ち手につけられたトリガーを引き、彼に向かって五火神焔扇を仰ぐ。

 すると、扇の先端から凄まじい炎の波が現れたかと思えば一瞬にして張偉を包み込んでしまった。


「ああああああああああ!! 熱い、熱い!? 誰か、誰か水を、火を消してくれえええええ!!」


 熱さと痛みのあまり彼は床を転げ回るが、その場にいる人間はその無様な有様を見て笑うだけで一向に助ける素振りも無い。

 当然のことだろう。今この場にいるのは牛魔王の部下だけで、彼に味方するような人間など誰一人いないのだから。


「ああ。あああああ……」


 やがて彼は力尽き。その場に倒れ伏す。

 炎だけが激しく揺らめき、彼の体を炭へと変えていく。


「で、これからどうすんだいあんた。ヒーローどもがいない隙を狙ったとはいえ、もう警察どもに嗅ぎつけられたようだよ?」


 鉄扇公主が外へ目をやると、そこにはこちらに近づいてくる夥しい数の蛍光灯が見える。

 そう、牛魔王一派の動向を追いかけ、ようやく居場所を掴んだ日本警察機構の皆さんである。


「問題ねえ。ここまでは計画通りだからな。……おいてめえら! ホテルに泊まってる客全員をここに集めろ! そいつら人丹(じんたん)にしたらトンズラすっぞ!」


 人丹とは彼らが自身の肉体を強化する際に用いる特殊な丸薬である。

 本来、中国には金丹と呼ばれる不老不死の薬があるが、これは名前こそそれをモチーフとしているが、実際は似ても似つかない邪悪な丸薬なのである。

 まず生きのいい人間を集め儀式を行い魂を抜き出す。

 抜き出した魂と特殊な薬草を混ぜることによって人丹は完成する。

 この人丹を食すことによって牛魔王たち極大魔王は無類の強さを発揮することができるのだ。

 無論、このような人畜にも劣る外道な方法を世界が許すはずもなく。人丹を作成した、もしくは服用したものは最低でも終身刑を受けることとなっている。

 しかし、そんな常識や法律なんぞ。この牛魔王には通じない。

 組織の考えこそが絶対不変のルールであると信じて疑わないこの男は平気で魂を奪い、人丹を作り、またそれを服用する。

 もはや死刑では足りないほどの所業を積み重ねるこの男。さらにはそれを止めるどころか後押しすらする鉄扇公主。彼らの言いなりで気性の荒い紅孩児。ついでにビビりながらこれらを見守っていた混世魔王と愛人の玉面公主。

 彼らを中心として牛魔王一派は何者にも恐れることもなく、今日も外道の限りを尽くしていく……そう思われていた。


「混世、お前は上から人を集めろ。紅孩児と玉面は周囲を見張れ」

「応よ! 旦那はどうすんだい?」

「俺と鉄扇はちょっと日本の警察に挨拶してくるわ」

「ええ、あんな雑魚じゃなくて、もっと数の多いものを燃やしたいってこの子も言っているわ。楽しみだねえ」


 笑顔でホテルの外へと出ていく二人。

 まさかこの会話が牛魔王一派が最後に交わしたものになるとは、この場にいる誰一人として感づくものはいなかった。

・楊任

 元ネタからして、これ何てクリーチャー? という見た目してる

 一度見たら忘れられない顔。

 流石に登場はしない。ヒーロー側なのだろうけど、どう見ても怪人にしか見えないし。


・張偉 

 小悪党。たぶん裏切らなくても死んでた。


・五火神焰扇

 かなり昔に作られた超兵器。

 鳳凰の羽を材料にしたと言われている。

 5色の赤が美しい。

 様々な炎をダイヤルで設定して、トリガーを引けば放つことが出来る。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます! [一言] 牛魔王一派は実に悪役らしい悪役で無残に死んだ所で全く心が傷まない素晴らしい存在なので、戦闘員さんに如何に無慈悲に処されるか期待してしまうw
[一言] あけましておめでとう。これが彼等の最後の会話となったのあった。
[一言] 更新ありがとうございます!
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