ファンタジー+ 3話
異世界でGPSなんて代物なんてないのに、どうやったら俺の位置を特定できるんだ。
ーーザザザッ……ザザ……ザザッーー
「えへへ」
「うふふ」
二人の少女が嬉しそうにわらう笑う嗤う。
互いの顔を見合わせて、たのしそうに楽しそうに愉しそうに、心からの笑みが、が、が……。
ーーブツン。
ーーん?
何か前世のヤンデレ風味なゲームの、一場面が過ぎったようなーー。
いや、前世の俺の趣味のヤバさは、今更いいとして……。
今回のように、前世のエピソード記憶は度々思い起こされることがある。
少しでも記憶に引っかかる所があれば、自動で前世の一場面が脳裏に浮かび上がる。
そのせいで少し世界の立ち位置が混乱することがよくあった。
想起している時間は一瞬のことで、時間経過がなく、今まで誰も俺の行動に違和感を抱く人はいなかったが、当時の俺の混乱具合はかなり酷かったと思う。
まあ、それも今は昔、だが。
「彼方兄ー? 早く行こうよ」
「にいさん、どうかしましたか?」
頭に浮かんだ疑問に、悩まされている俺の左右の手を引っ張りながら、二人は満面の笑みで先を促す。
ーーああ、兄さんだからな。うん。
彼らを養うためにも早めに飯を調達しなければ!!
奮起する内面のまま口を開こうとして。
「ぐぅー……ぎゅるぎゅるる」
と俺の腹が代わりに返事した。
ーーうは! 恥ずかしっ!!
「あははっ」
「くすくす」
「ーー! ……行こう」
恥ずかしいが、ぐる……、ぐぎゅうーと間をもうける隙間なく、要求を告げてくる腹音に降参する。
内心かなり恥ずかしいが、きっとそれも俺の顔に出てはいないだろう。
照れ隠しにスタスタと早足で道を進んでいく俺の後を、二人は嬉しそうに追いかけてくる。
とりあえず、こもりの森に獣か魔獣でも狩りに行こう。
食料として調達するのは獣、魔獣だけで、魔物は該当しない。
魔物がいるのは大抵遺跡であるのでこの周辺には見当たらないし、そもそも魔物とは瘴気から形成されていて、身体の中に魔石核を有するものを指すので、原型の肉体を持っていない場合が多い。
が、何事にも例外はある。
日常から気をつけていないと、此処は直接的な暴力とは縁遠かった世界ではないのだ。
不意に命の危機にさらされる。
生きるために行動しなければ、簡単に死神が刃を振るう異世界なのだ。
そして、魔獣とは獣が瘴気に侵され、凶暴性とスキルを持ち合わせて害獣となったヤツのことを指す。
魔獣を倒してしまえば瘴気も微々たるものを残し世界に還元される。
後は瘴気を抜くためのちょっとした下処理で、浄化の魔法を行使するか、浄化の魔石を使えば事足りる。
まあ、過去の俺はそんな下処理なんて知らなかったからそのまま食いついていたが。
別に俺は何も悪影響なんてなかったが、子どもたちの体調も心配だから下処理はするよ、ーーリンが。
魔法も魔石も使えない俺じゃできないし。
浄化の魔法をいつの間にか取得してたし。
それまではカケルのマップスキルで獣の探知に明け暮れ、かなりの数を乱獲してました。
それをシスターを通して街の朝市で売りさばき、魔石を買えたら獲物を魔獣の方に変更した。
そっちの方が値段がいいからね。
んで、獣とは前世の世界とは違い、ちょっくら暴力的になった動物たちのこと。
うん、人を見るや、かなりの確率で襲いかかってくるけど。
弱肉強食の世界だから仕方ない。
餌にありつくために人間を襲うのが一番手っ取り早いからね。
そういえば、魔獣と獣だったら意外と魔獣の方が美味しいという人が多い。
美味しさは何だろう?
運動量の違いから来るのかだろうか。
それか身に纏っていた魔力の影響かな?
早朝の人気のない大通りを、俺たち三人は多少警戒しながら小走りで歩く。
この世界は表を歩くだけでも、油断ならない。
時間的にスリや恐喝するような人はいないが、ちょっとの怪我でさえ命に直結するような場合もあるのだ。
小さい切り傷からも、ウイルスに感染したりするかもしれないし、風邪とかの病気になってしまうと、俺たち孤児は即座に詰む。
異世界は孤児に冷たい。
「でさ、あの時ヤクイ兄ーたちが来なかったらーー」
意気揚々と俺たちの前を歩き、時々振り返りながら大げさなジェスチャーを駆使しながら話しかけてくるカケル。
その様子に俺は微笑ましい気分に浸る。
カケルとの出会いは、行き倒れていた彼を俺が拾ったというありきたりな理由だ。
結構な大きさの商会の次男らしいが、口ごもる彼の経緯をこちらからうかがうようなことはしなかった。
それに、彼の持つスキルから推察できることもあったから、過去を詮索するつもりはない。
「ん〜〜♪ん〜〜♪」
急に前から鼻歌が響いてきた。
さっきまで饒舌に話しかけてきていたカケルの変化に、隣で黙々と付き従っていたリンの様子をちらりと確認した。
彼女は俺の視線に心得たと無言で小さく頷いた。
お互い状況の把握は出来ているようだった。
「ーーカケル」
小さく話しかけると、カケルは目的地に行くには必要のない横道に逸れる。
曲がって直ぐにそっとリンに触れ、彼女を直ぐ側の家の屋根の上に飛ばす。
他者への瞬間移動。
物体送信とも言われる能力の一つだ。
カケルの鼻歌は、どうやら俺たちを探っている誰かがいるという合図だ。
カケルが持っている自動マップスキルは実に有用だ。
自動マップはその名の通り、自分が行ったことのある地図作成を自動でしてくれる上に、敵、味方、それ以外の索敵が出来るすこぶる優秀なスキルである。
だが、そのために彼はその他の力が使えない。
戦闘時の攻撃手段を何も持っていないのだ。
それなりの魔力を有しているようだが、その全ては自動マップに注がれている。
使い勝手の良いものを与えられているが、自分を守るための防衛手段も持ち得ないカケルの心情は複雑だろう。
カケルに出来るのは攻撃を避けることと周囲の警戒だけ。
自分を守るための防具や武器を持たせると、逆に彼の身軽さを殺すことになる。
それに俺たちに防具や武器を買うお金なんてない。
安物を買っても身を護るには足りないし、メンテナンスもできない。
ならば、ひたすら避けるための技術を磨くしかない。
戦闘のサポート役しか出来ない能力に、彼が密かに歯噛みしていることは知っている。
「カケル」
呼び声だけで指示に的確に応えて見せる彼らに、感心しながらも次の展開に移行する。
細道を抜けながら、相手もいつの間にか人数が減っていたことに気づいてはいるだろう。
リンが消えたことに気づいても、そのまま俺たちについてくるので、尾行対象者は俺かカケルかのどちらかである可能性が高まった。
今のところ尾行者は一人のようだ。
単独であるならば、簡単にまくことはできる。
だがそれは軽率な行動だろう。
今度は見えるように別々の道に分かれて見せる。
カケルが軽いジェスチャーで手を上げなから違う道に進むのを眺めて、俺も違う道を進み出す。
さて、尾行者はどう対応するのか。
何が狙いで俺たちの後を追っているのか。
そのまま何も起きずに、俺は門番がいる門に到着していた。
「よお、カナタ。あれ、一人か?」
立番の顔見知りの衛兵に軽く頷いてみせると、不思議そうな顔のまま話し出す。
俺たちは三人セットで覚えられているようだ。
ま、確かにカケルとリンは、俺にひっついて行動することが多いが、いつもではないと思う。
……多分? ーーあれ?
よくよく考えると、ほとんど一緒にいるような気がしてきた。
「何かお前が一人なのは珍しいな? あの二人は一緒じゃないのか?」
「ああ」
「ふーん。でも一人だと流石に魔獣狩りは危ないんじゃないのか?」
人のいい衛兵は心配そうな顔をして話しかけてくるが、俺は会話することもなく沈黙したままだ。
それでも口下手な俺を気にすることなく、衛兵は会話を弾ませる。
朝早くだから退屈しのぎの面もあるかもしれない。
「あっ! 遅いぞ!!」
あ、そういや門には一人の衛兵しかいなかった。
立番は大抵二人一組だ。
もう一人の門番はトイレにでも行っていたのだろう。
「わりぃわりぃ。ーーあ!」
軽い感じで謝りつつ近寄ってくる衛兵は、俺に気づいたらしく盛大に顔を顰めた。
ま、孤児代表でもある俺を気に食わない住民もいるからな。
仕方ない、別に悲しくはない。
……ないよ?
「何だよ!?」
いや、目合っただけでキレられるとか、……ちょっと理不尽じゃね。
眉根を寄せこちらの不服を表現しとく。
通じないと思うけど。
「はぁ、何やってんだよ。子ども相手に大人気ない」
「ああん。お前こそ汚らしい孤児を何庇ってんだよ!」
え? 俺汚いの?
毎日水浴びしてんだけど。
臭い? 臭いのかな?
ふんふんと自分の服を嗅ぐ俺の隣で、お人好し門番のやれやれといった様子に、キレキレの人が果敢に叫ぶ。
その様は反抗期の子どもと親のような構図。
どうしよ? これ放置でいいのかな?
朝早いため誰の迷惑にもなってないけど。
俺このままこの人たちの話、聞いてなくちゃいけないの?
「だから、落ち着けって。お前がシスターに相手にされてないのは孤児のせいじゃないだろ」
「なっ! それは今関係ねーだろーが!!」
なんか必要のない他人の恋愛事情とか興味ないんですけど。
これ、いつまで続けられます?
生暖かい目で俺に見られてますが。
「彼方兄。何やってんのこれ?」
「早く行きましょう、にいさん」
トントントンと軽い駆け足で近づいてきていたカケルに、小首傾けて返事する俺。
そして、傍らにいつの間にかリンの姿があった。
え? あれ?
いつから……、いつからいたの?
ぎょっと驚くが誰も気づいてはくれない。
俺の顔面はほとんど仕事をしない。
威風堂々とした雰囲気のせいでリーダー役を任せられてはいるが、小心者の俺はいつだって内心であわあわしている。
内心が現れないせいで、いつものように俺の疑問に誰も気づくことなく場が流れていく。
「……あ? いつの間にか揃ってんな。悪い悪い、通っていいぞ」
「ちっ!」
三人になったことに気づいた門番は、軽く笑いながら閉められていた門を開口する。
もう一人は舌打ちをうってこちらに目も向けない。
カケルはイラッとした目つきで横目にするが、リンは一欠片も興味がありません、という顔つきで門が開くのを待っている。
俺はその様子をぼーと見ながら、やはりヤクイがいないと大人とのコミュニケーションが取れないな、と密かに思っていた。
当たり前だが、孤児は他人に対して警戒心が強い。
いつだって自分の利を容赦なく掠め盗ろううとする横暴な者たちが多い地区に住んでいるのだから、その対応は正しい。
生きていきたいのなら自分を護る術を身に着けなくてはいけないからだ。
力で勝てない大人との距離が遠いのは仕方のないこと。
これは経験を経た必然な行動。
だが、そのままでは不利になることがある。
必要な情報が手に入らないままでは、底辺でその日暮らしを続けるしかないし、病気や怪我にでもなったら助けてくれる人がいない状態に陥る。
その先は死あるのみ。
孤児が大人になるまで生きていけるなど、夢幻。
それがこの世界だ。
「リン。ーーどうだった?」
「はい。建物に入るところまで追跡しました」
「何処だったんだ?」
黙ったまま街からある程度離れた時にリンに問いかけた。
周りは見通しの良い草原で人の目はない。
ここら辺なら良いだろうと、駆け足だった歩を緩めて小走りに変更した。
いつもより時間が押しているので、速る足は止めない。
リンの返答に、興味なさげにカケルは周囲を眺める。
「ギルドでした」
「……ん?」
「ーーは?」
俺の顔はいつも通り無表情だろうが、心底不思議です、という聞き返しはできたと思う。
興味もないと言わんばかりだったカケルも、リンの返答に振り返り眉間に皺を寄せた。
「冒険者ギルドです」
「ーーーー」
「ギルドォー? 何でギルドから追跡者が来んの?」
「さあ……?」
そもそも尾行されていたのは誰だ?
「ーーカケル?」
「んーん。オレの方じゃないと思うけど……? 彼方兄ーでもないと思う」
「?」
「あんまり熱心な感じではなかったです。二人が別れた時にも迷っていた感じでしたし……」
「結局マップでも一時迷って引き返してたみたいだった」
三人寄れば文殊の知恵と前世では言われていたが、孤児が三人寄っても何も解決しない、と。
ま、気にはなるが、悩むだけ無駄な感じがするなあ。
「行くぞ」
「はい」
「うぃー」
俺たちは軽快な速度でこもりの森まで駆け出した。
ホントなら俺の瞬間移動で直ぐに行けるのだが、そんな浅はかな真似はしない。
こういう日頃の行動で、鍛錬になりそうなものはそれなりに多い。
何事にも体力は必要だ。
さあ、今日も獣・魔獣を狩りに行こう!
はあ、……お腹すいた。
とりあえずタイトルを長めに変更しました。