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2話

 

「ーーおはよう、彼方(かなた)

「ん……」

 

 物思いに沈む俺に声をかける人物がいた。

 もうあの頃(ぜんせ)の世界じゃなく、異世界にいるのだと気づかせる呼び声に視線を向けると、硬質な雰囲気を纏ったヤクイがいた。

 

 そう、俺は三上彼方ではなく、だたの彼方だ。

 実を言えば、この世界のスラム街にいついているただの孤児なので、名前なんて高尚なものもなかった。

 そもそも呼びかけてくれる人なんていなかったのだから、名前は必要なかった。

 少しずつ仲間が増え、呼び名が必要になってきたので、前世の名前を流用したに過ぎない。

 前世では名前があったとしても、呼んでくれる人はいなかったからーー。  

 

 ヤクイはスラム街にある剣術道場に通っている。

 ーーというより居候先が剣術道場らしく、小さい頃から剣術を習っているらしい。

 道場の誰よりも見聞を積んで努力する上に、冷静沈着な性格。

 黒髪をゆるく麻紐でくくって後ろに流し、肌は若干黒くエキゾチックな雰囲気である。

 女子受けのする容姿なのだが、そういうことに興味はなないらしく、俺たち以外の人にはあまり友好的ではない。

 何というか、斜に構えたように見えるらしくて、初対面では確実に遠巻きにされる。

 

 ま、それ以外でも男には受けが悪く、女子は……まちまちかなあ。

 ああ……、そういや、他の幼馴染のリンという子が言うには観賞用? らしく近づくよりは遠くで眺めていたいタイプなのだとか。

 

 居候先の道場でもあまり交友関係は広がらなかったようで、俺たちとの付き合いが変わることはなかった。

 俺たちの立場ーーたまに孤児というだけで蔑まれるーーを理解しても、距離を取るでもなく付き合ってくれている。

 

 そういえば何故か、住み込みの弟子の皆さんには何処か遠巻きにされているようで、年下相手であるのに相手側が敬語を使っていた。

 うーん。

 その一般的じゃない容姿がそうさせているのだろうか?

 意外と俺たちにはフランクなのだが。

 

 まあ、話を戻して。

 道場が何故スラム街にあるかというと、剣術を教えている師匠がスラム街を牛耳っているという噂のある、少々偏屈で骨のある爺さまであるからだ。

 結構謎な爺さまで背景がいまいちよく分からない人だ。

 道場に来る馬車はさり気なく地味です、と主張したいらしいが、様々な華美のある意匠が施してあったりするし……。

 

 何だろ? 

 地味のテイストが違うとゆうか……、下々の世界を知らない人が作ってるんだろうな、と。

 ……ああ、あのちょっと外国映画に出てくる勘違いしている受け入れ難い間違いまくっている日本風な日本。

 映画の世界に没頭していたのが、一瞬でちんぷな偽物世界に様変わる感じ、と似ているような……?

 

 でも、そんな着眼点や知識を持たなければ、そもそも気にならないものらしい。

 そこにヤクイが関わってなければ、俺も気づかなかったかもしれない。

 うーん、俺の穿った偏見だろうか。

 孤児としての生活? がそれなりに安定してきたので、自分以外を顧みる余裕が出てきたせいだろうか。

 

 彼の出自もちょっとよく分からないから、変に想像してしまうのが原因かもしれない。

 ヤクイにその辺を訊いたことはない。

 が、この国の出身ではないんじゃないか、とは思っている。

 追求も詮索もしませんが。

 ま、誰でも一つ二つぐらいは秘密を持っているものだろう。

 いい女は常に秘密を纏っていると聞いたことがある。

 だったら、いい男も同じぐらいミステリアスでいいんじゃないか。

 

「ーー彼方?」

「…………ん」

 

 俯いて余計なことを考えていた俺を、不思議そうな顔をして見ているヤクイ。

 走り込みで汗をかいたのか、タオルで額を拭きながらこちらに近づいて来ていた。

 関心のないような俺の声だが、別に無視している訳ではない。

 これも前世から引き継いでしまった俺の特性だ。

 口も顔も無表情がデフォルトで、変に笑顔を作ろうと頑張った結果は無惨なものになる。

 強張った顔面がヒクヒクと動き、人様にお見せするわけにはいかない変顔に変わるだけ。

 

 前世でも今と同じように無口無表情でヘルモードな人生だった。

 心の中で何かを考えていても表情に出ず、口も思う通りに動かせない。

 そのせいで周りと協調できずにぼっち人生を送った前世。

 今世も引き続きハードな環境かと思いきや、俺の周りの子どもたちは、そんな俺の気持ちを汲み取ってくれる優しい子たちでした。

 

 孤児だけど。

 皆仲良くホームレスだけど。

 

「ーー彼方兄(かなに)ー!」

「ーーにーさん!」

 

 ガタ……ガタタガタンと、廃教会の中の方からあきらかに騒動の種らしき物音が響いてきた。

 いつの間にか、気配とともに足音さえ隠す技術を身に着けていたはずの少年少女が、ガッとか、ガシャンとか騒々しい音を出しながら俺の名を呼び近づいてきていた。

 

 はぁ……。

 早朝に近所迷惑ですよ、二人とも。 

 先程の部屋で放置してきた子どもの内の二人、カケルとリンがお互いに競うように走ってきているようだ。

 バタバタとした足音の合間に、ぶつかり合う音が響いてくる。

 段々と騒音が近づいて、視界に入り込んだ二人の様子は案の定ーー。

 

 張り合うように、確実にお互いの走る邪魔をしている。

 ぶんと大きくカケルが腕を上げてリンの進行を塞ぐと、リンは足幅を大きくすることで頭をしゃがませて前に進み、その間に今度はリンが仕掛ける。

 目を凝らしても見えない鋼糸(こうし)を放ち、カケルの足を引っ掛けようとする。

 

 いや、俺の場所からは太陽にきらりと反射していたから気づいたけど。

 なんか二人とも戦闘モードに移行されてませんか? 

 じゃれ合いにしては本気すぎません? 

 

 先を読んでいたのか、カケルはひょいっと小さくジャンプしてそれを飛び越える。

 

「ーーへっ!」

 

 策を見破っていたカケルの勝ち誇った顔に、若干気の毒な心情が湧いた。

 カケルの着地点にさり気なく水が撒かれていたからだ。

 はじめから鋼糸が躱されることを見越して、リンが水魔法でスリップさせる目的で水を撒いていたのだ。

 

 あれ? 

 そういや、いつの間にかリンが無詠唱を獲得してる。

 

「げっーー!?」

 

 カケルは途中で気づいたようだが、回避できる間がなかったようだ。

 引きつった顔で、案の定ずるりと豪快に滑る。

 

「ーーふふ」

 

 隣で勝ち誇った顔で先に行こうとするリン。

 それを阻止するために、カケルは滑る途中で何とかグイッとリンの洋服の襟を掴んでみせた。

 

「え……?」

「ふん、お前も道連れだ」

 

 ーーぱしゃんと、水溜りに仲良く沈む二人。

 

 ここは廃屋。

 古びた廃屋です。

 誰も掃除なんてしていない泥砂まみれの地面に、水が撒かれたとしたら。

 

「はあ、何してるんだ二人とも」

 

 ヤクイが呆れた表情でやれやれと頭を振る様子は、まるで彼らの長兄のようである。

 小さな子どもたちが泥んこで遊びまくった後のような情景だから尚更。

 

「くそっ、ーーぱんつまでびしょぬれだ」

「うー、何で私まで濡れる羽目に…………」

 

 二人とも項垂れながら服の状態を確認する。

 カケルは泥水を吸って少し重くなった服を脱ごうとして。

 

「こんなとこで何脱ごうとしてるんですか!」

 

 リンに殴られないようにして、カケルは身軽にひょいひょいと躱しながらシャツを脱ごうとしている。 

 ーーなんて器用で無駄な敏捷性。

 カケルは脱ぐことには成功したが、足が一時的に止まったせいでリンに殴られるハメに陥ってる。

 その傍らで、放られたシャツをヤクイが拾って、絶妙な火魔法で乾かしてやっている。

 

 俺が火魔法を使えたとしても、ヤクイのように乾かそうとしたらあのシャツはものの見事に炭化し、見るも無惨な結果になっているはずだ。

 それだけの技術が駆使されているのだが、使い方がまことに残念である。

 

「ほら、乾かしたからさっさと着ろ」

 

 見苦しいとカケルの頭に服を投げる。

 後はリンの方だが、さすがに女子に服を脱げとはヤクイも言えないようで、何故か俺の方に視線を寄こしてくる。

 

 え? 俺の番なのこれ? 俺が何か言うの? 

 えーと、……うん。

 

「ーーリン、水魔法で水気を切れ」

「あっーー、はい!」

 

 俺がぼそりと示唆すると、行動に移すリン。

 水魔法で水を出すことは考えつくが、逆に取り除く方には意識がいかなかったのだろう。

 やはり足すとか引くの考え方は、異世界ではあまり主流ではないのだろうか。

 あるがままというか、大雑把と言うか。

 魔法があるせいで、細かいところまで考えない。

 女神様とか、精霊とか、魔法とかがあるせいで、そこから先の何故? という考えが浮かばない。

 原子とか分子とかの科学の概念がないと言えばいいか。

 現代社会の一般常識の下地がないせいで、発展性のある思考に及びつかない。

 

 いや、前世(まえ)の世界でも、一般人が生活する上で必要な知識か、と聞かれたら俺的には要らないだろうと思うが。

 

 この異世界の庶民はあまり学がなく識字率も低い。

 ーーというか、学を必要とする生活ではないため、出来たとしても単純計算の簡単なものしか出来ないし、そもそも日常で字を書くという場面が殆どない。

 それも商人と一部の庶民たちが必要とするだけで、田舎に行けば今でも物々交換が主流であったりする。

 

「後は泥だけだな」

「そうっスね」

 

 シャツを乾かすだけ乾かしてみたが、火魔法の場合は意外と泥が付着したままになったようだ。

 

「こっちは叩けば砂はそれなりに落ちるみたいです」

 

 リンの方は水気がなくなれば問題ないようで、ぱたぱたと服の汚れをはたき落としている。

 その作業をなんとはなしに見守っていると。

 

「そろそろ行くぞ」

 

 ヤクイはカケルの汚れた服はスルーすることにしたらしい。

 汚れたままの服を着込んだカケルの背を押しながらこちらに歩いてくる。

 

「ーーああ」

 

 素早く頷く。

 俺の腹が人に気づかれてはいないが、さっさと飯をよこせと主張している。

 ちらりとリンの方に目配せすると、気づいたリンが小走りで俺の隣に並んだ。

 

「オレはいつもと同じようにギルドで依頼を見てから追いかける」

 

 まだこの街の住人の多くは起き出していない時間帯。

 早朝の澄んだ空気の中を歩きながらヤクイが口を開く。

 まあ、見なくても皆常時依頼の内容なら知ってはいる。

 だが、重要な情報もギルドでは仕入れることが出来るので、誰かが顔を出す必要はある。

 

 周辺の魔物の様子とか、他から来た冒険者のチェック。

 そして横暴な冒険者に権力を振りかざす貴族。

 (けもの)や魔獣に魔物の分布、テリトリーとかは大体決まっているものだが、それに変化がないかどうか。

 収集依頼もその時々によって価格変化があったりするし、季節によっても旬なヤツが相場が高くなるのは予想できるが、数が多ければ値崩れしたりもするし。

 

 情報に敏感でなければ損をすることもある。

 危険を事前に察知できなければ、この世界では簡単に命を落とす。

 

 些細なことでも、耳を傾けるべき情報がある。

 小さくくだらない噂からも汲み取れる情報が交じっていることがあるし、精査すればそれが意外と重要だったりもするのだ。

 情報の取捨選択。

 その役目はいつもヤクイが担うことになる。

 彼は身長が高いし、凄みのある雰囲気があるので、気が荒い者たちのちょっかいを誘発したりしないのもいい。  

 普段から相手にスキを見せたりしないので、大人と対等にやりとりできる適任者だ。

 

 俺たちはちょっと遠くの森で、確か……引きこもりの森? 

 いや、……こもりの森だったかな? 

 森としか呼ばないから、正式名称なんて忘れていくな。

 そこで魔獣を狩る。

 いつもの日課だ。

 孤児である俺たちが食料を手に入れるには、現地調達しかない。

 冷蔵庫とかもないし、適切な処理をしないと肉の旨味も数段落ちる。

 そして、腐るのも早い。

 

 ヤクイはちょっと違って、トレーニングの一環として俺たちに付き合ってくれているだけーー。

 

 ……ん? 

 ちょっと、ーー待って待って。

 今気づいたけど、君たち俺の居場所どうやって特定してるの? 

 俺、その日の気分で寝る場所変わってるのに、君たち毎朝きちんと俺のとこに集合してるんですけど!? 

 

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