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プロローグ



 静寂が占める空間に二人の男女がいた。


 右手の方に、大きな錫杖を持ち真剣な面持ちで佇む少女。

 今から粛々と行われる儀式への意気込みが、その全身からゆらゆらと立ち昇る視認出来るほどに濃い魔力から窺い知ることが出来る。


 それとは一変して。

 左手の方に、旧館の執務室のような大きな机と、重厚に本が納められている本棚を背後に、書き物をしている壮年の男性が一人。

 時おり羽ペンが止まり熟考しているようで、机をとんとんと人差し指で叩く仕草をしていた。 


 互いに同じ空間にいるようだが、注意深く観察すれば、二人の隔たれている空間の魔力密度の違いに気づいたかもしれない。

 ーーいや、やはりこの神の如き妙技を創り出した術者以外は誰も気づく者はいなかっただろう。

 それ程の熟練の魔術技巧。 

 これは少女への気遣いであり、男性の拘りでもあった。

 自分が編み出し熟考の上に獲得した理念の形式が、実際の魔術儀式として今から少女の手で施行されるのだ。

 その現場を自分の目で見たいという欲。

 だが、それは儀式に余計な不純物を混ぜ込むという行為に繋がる。

 ただでさえ難航な手順を踏み、(いにしえ)の技術で行われる儀式だ。

 その様を自分で編み込んで繋ぎ合わせた創造者たる己でさえも一苦労するであろう場に、術者以外の者が立ち入るべきではない。 

 そう己を戒めて、それでも予測不能の出来事があれば大変だ、という体で、男は自分からは視認できるように場を無理やり整えたのである。


 大きな大きな亜空間(はこにわ)に、自分と少女のいる別々の場を納めて、無理やり強引に閉じた。

 ここが亜空間でなければ、ぎしぎしと空間が撓む嫌な音と空間が捩る崩壊寸前のーー。

 いや、そもそもそんな強引な力技を現界で構築しようとすること自体が無謀というものか。


 自分の方にある必要のない魔力は、少女の儀式場に注ぎ足りなかった魔力も補うことにして、必要な措置だったと言い訳しながら、数時間前の男は満足そうに頷いていた。

 まあ、人の機敏に疎い少女には測りかねる行いだったのだが。

 

 一呼吸。

 少女が目を閉じて。

 力強く開かれた目の先で錫杖が鳴る。

 張り詰めた空間に走る魔力が呼応していく。 

 さあ、ーー儀式が始まった。

 

 少女が彩る儀式の様以外の全てが制限されていた。

 沈黙が場を制していた。

 空間に蠢く膨大の魔力が少女に重圧をかける。

 少しでも停滞しようならば儀式の要が砕け散り、その暴力なまでの魔力によって、少女が押しつぶされてしまう。

 その全てを一身に受けてしまうのだ。

 結末は語る必要もないだろう。

 

 少女の操る全ての魔力が複雑怪奇に踊る様は、ここに大勢の観客がいたとしても、息を呑んでただ呆然と見つめることしかできず、沈黙したままだっだだろう。

 徒人が扱いやすいように簡略化し魔法陣に落とし込んだ現行版の魔法を使うのではなく、場の魔素の段階で流麗に操り世界に顕現させる魔術形態では、あまりに差が有り過ぎて、理解が追いつかないままに、呆気にとられて我に返るには全てが終わった頃かもしれない。

 

 まあ、どうであれ。

 この場にはいる二人には関係ない話か。


 男に教わった通りに、少女はただただ厳かな儀式を辿る。

 魔力の軌跡が残像のように場を照らしていく。

 儀式は途切れることなく、順次抜かりなく場を満たしていく。

 その身を襲う重圧など物ともせずに、そのまま継続されるのだろうと誰も疑う余地もなく、淀みなく遂行されていく儀式。

 

 そして、幾ばくかの時が経ち。

 後はもうその一手順を終えるだけのはずだったーー。

 

「あ……」

「どうかしましたか?」

 

 不意に、ぷつりと糸が切れた操り人形のように止まった。

 明らかに何か失敗しました、と言わんばかりの少女の声。

 男はノートに書き連ねていた作業を一旦停止し、落ち着いた声音で訊ねた。

 閉鎖空間のようだった二人の隔たりは、思いがけない儀式の中断により解かれていた。

 男が前もって不測の事態に陥った場合には、解除される魔術式も場に仕込んでいたからだ。

 その重厚な魔力の暴力も何のその。

 場にあった膨大な魔力は軽々しく霧散していた。

 それだけの圧倒的な魔力の行く先は、少女の近くに空いた歪んだ亀裂の先に適当に処理していた。

 

「ごしゅじんさま、……いなくなりました」

「ーーえっ!?」

 

 しゅんとした様子の少女の様子に気を使い、少女の視界から見えないーーただし、自分の方からは観察できる配置ーー離れた場所で書き物をしていた男は、ひどく驚いた様子で勢いよく席を立った。

 おかげで先程まで熱心に書き連ねていたノートに、インク壺が倒れて悲惨な目になっていたのだが、男は気に留める様子もなかった。

 

 少女がしていた儀式は、男が少女に教えた技術だったからだ。

 実に丁寧に、時間をかけて少女に教え込んだのだ。

 道具も場の設置も何もかも、儀式に必要なものは全て男が用意し整えた。

 確かに失敗する要素は、あった。

 99%の成功と1%の一欠片らの失敗。

 どちらが起こりえるか、なんて考えるまでもないと思っていた。

 だから、失敗という二文字が思い浮かばなかった。

 

「わたしに……あいたくない、ですか?」

 

 たどたどしい言葉使いは少女の幼さを感じさせる。

 だが、少女の美しく整った容姿と大人びた表情のせいで、傍から少女の年齢を推し量ることはできなかった。

 年齢不詳な少女の美は誰もが見惚れる程の引力を持っていた。

 誰もが少女の悲しげな様子を見れば、言葉を尽くしてその表情を変えようと頑張ることだろう。

 少女はそれほどの優れた美を放っていた。

 が、男にとってはそれは重要ではないし、興味を覚える程のものでもなかった。

 徐に少女の元に足を運びながら。 

 

「いえ、そういう問題ではなく……」 

 

 男は上の空に返答した。

 ゆらゆらと揺れる視線とは違い、男の脳内では忙しなく儀式の失敗の原因が追求されていた。

 

「ーー確かにそちらにはいなくなったようですね。……繋がっているせいで輪から弾かれたのでしょうか」

 

 男は今回の失敗した鍵を探り、見つけた。

 儀式の失敗でなく繋がったパスのせいで、結果思いがけないミスリードに至ったと。

 男は経緯を説明しようとして、止める。

 ただでさえ難しい事柄を、少女に聞かせたとして何の意味があるのか。

 探求を何よりも愛する自分とは違うのだ。

 少女がここにいるのは単純に偶然の産物で、己とは違う目的を持っている。

 

「仕方ないですね。ーーこちらでまたやり直しです」

「いちから……?」

「はい。……こちらなら前よりは時間がかかることもないでしょう」

 

 小首を傾げて自分を見ている少女に、一つ息を吐いて見せながら、仕切り直しを宣言する。

 男が人差し指をくるりと回すと、何処からかぱっと天球が現れる。

 宙に浮かぶその天球は男がかつていた場所を模していた。

 少女もかつてはいたことがある場所だが、あまりに朧気で覚えてはいないだろう。

 少女が少女になる前のことだからだ。

 少女が覚えているのは自分の主人のことだけで、少女の世界の中心は全て主人へ向かっている。

 

 男が今度は指でぱちんと音を鳴らすと、次の瞬間空中に古びた杖が現れた。

 仰々しくもない、どこまでもシンプルで実用だけを考えて作られた、己の手と魔力に馴染む一品。

 

「ーーーー」 

 

 男は右手で杖を持ち、小さい声で何かを唱え出す。

 傍にいる少女にも聞こえない程の小さな詠唱。 

 男にとっては、口に出さずとも出来るはずの事柄だが、先の失敗を鑑みて、出来るだけ省略せずに一々手順を踏まえるべきだと考えたのだろう。

 杖をふわふわと浮かぶ天球にかざすと、ゆっくりと天球が回り始めた。

 

「ーーふむ。この調子ならそのうち居場所が分かるでしょう」

 

 その様子に頷きながら感触を確かめる。

 確かな魔術の行使に研究の成果を愛でながら、何処か誇らしげな様子で少女に語りかけたが、少女の反応は良くない。

 

「いつ?」

「……前よりは早いと思いますよ」

 

 気が逸るのか少女は男に早く早くと力強い目力でものを言う。

 男は鷹揚に、少女の気を落ち着かせるように、ゆっくりとした動作で応えるが、あまり効果はないようだった。

 男から望む言葉が出てこなかったためか、少女は回っている天球に目を向けた。

 少女は目の前に浮かぶ天球に急かすように、うずうずと拳を上下に振るが、それで何かが変わるわけではない。

 少女の様子に苦笑した男は、天球にかじりつく少女を横目に自分の定位置に戻っていった。 

 そんな男の様子に気づくことはなく、少女は動く天球から目を離さずに、自分の運命に思いを馳せるのだった。

 

「ーーごしゅじんさま、はやくあいたいな」

 

 

 

 いきあたりばったりの処女作です。

 とりあえずファンタジーが書きたかったので、書き始めた作品です。

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