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【江戸時代小説/仇討ち編】

【江戸時代小説/仇討ち編】徒花~徒労に終わった仇討ち~

作者: 穂高

 男は名を長谷兵衛(はせべえ)といい、年は十五の男盛りだったが嫁も取らず、釧路から遥々、江戸にやって来た。というのも、長谷兵衛は昨年の秋に実父を素性の知れない侍に斬り殺されており、そいつを捜して遠路遥々、浅草界隈まで来たというわけだった。

「ここなら見つかるかもしれねぇ」

 長谷兵衛は人ごみを見渡してぼやいた。

 アテならあった。事件当時、幸いにも通行人が人斬りの人相を覚えていて、元いた釧路では人相書きが出されて、それなりに知れた事件になっていた。

 長谷兵衛は休む間もなく、まず聞き込みをし、大通りを行き交う人々に尋ねて回った。

「木を隠すなら森の中と思って来てはみたが……」

 人が紛れるなら人ごみの中。だが、そうそう見つかるはずもない。

 ひょっとしたらまだ釧路にいて、静かにのうのうと暮らしているのではないか……という考えも浮かぶが、その可能性を捨ててまでこちらに来たのも訳があった。

 江戸のほうで似たような殺され方をした事件が発生したという情報を掴んだからである。どちらの事件も、事件当時は夜遅く、人気のない小路で後ろから袈裟斬りにされていたという。

「気を長く持つしかあるめぇ……」

 それからというもの、毎日のように町の隅から隅まで仇を捜し回っては聞き込みをし、足を棒にするが、うわさの一つも出てきやしなかった。ため息ばかりが出るような日々が何年も続き、もうこのあたりで仇捜しは仕舞いにしようかと己の刀を見つめることもしばしば、酒に頼ってなにもかもを忘れようとすることも増えた。

 そんなときだった。ある秋の明朝、人相書きに似た人物を見たと、同じ長屋住まいの近所の小僧が言ってきた。

 長谷兵衛はもう何年もこの辺りで人探しをしているので、人捜しの男として顔が知れているのだった。

 長谷兵衛はすぐに刀を持って飛び出した。

「どこだ、小僧ッ」

 走る小僧の背を追うと、小僧は少し行った先の角を曲がり、立ち止まって橋の上を指さした。

「あっこ」

 見ると人だかりができている。壁になっている人をかき分けてそこを覗くと、男と女のずぶ濡れになった死体が一組。

「情死(心中)だってさ」

 群集のだれかがそう言ったのが聞こえた。

 既に役人らが仕切っていて、遠巻きに見るしかないその光景でも、死んだ男の人相は何年も追い続けていたその男であるとがわかった。

「ふふふふふ、あははははは!」

 長谷兵衛は突っ立ったまま、涙を流しながら、もはや笑うしかなかった。


 おわり

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