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76話:狂気との遭遇 ―終幕―

 


 《魔導書》との戦いも終わり、クルラホーンが居たダンジョン地下50階層に戻ったが、ソレイナは困惑していた。



「あの……これはどうすれば」



 ソレイナの周囲に纏わりつく様に漂う《闇》


 この《闇》は先程矢となって助けてくれたモノだろうが、何故バンシィの《自己の世界(ファンタズマゴリア)》に戻らず自分に付いているのか戸惑っていた。



「あのバンシィ様、この《闇》は一体」



 困るソレイナに意地の悪い楽しそうな表情をしながらバンシィはソレイナに告げた。


「どうやら貴女のことが気に入ったみたいね。連れて行ってあげなさい」



(は?……じょ、冗談ではありませんわ!)



 ソレイナの脳裏に闇の気配を漂わせる自分を想像する。

 完全に悪の魔術師だ。


 ちなみにトーヤがそれをみたら『中二乙wwwww』『闇の炎に抱かれて消えるのかwwww』と笑い転げただろう。


「お気持ちは有り難いのですが、これではちょっと……」


 この《闇》の力は頼りになるのは分かるが、自身が闇の気配を漂わせるのは遠慮したいソレイナであった。


「《闇》にカタチはありません。それでしたらその子に《姿》と《名》を与えて上げなさい」


 バンシィの説明によると、使い魔の契約で《名》と共に《姿》を与えれば《闇》の気配を抑えれるとのことだった。



(使い魔か……)



 使い魔と言う単語にソレイナに嬉しい響きがあった。


 ソレイナは今まで《使い魔》が欲しいと思っていたが、契約したことがない。



 本来、使い魔は生物に己の魔力を分け与え魔力のパスを繋ぐのだが、術者の魔力が強いと定番の猫や鼠などの小動物では強い魔力に耐えられないからだ。


 魔術師の使い魔はその格を表すものでもあるので、高位の術師には格に合ったモノが必要なのだと言うことだ。



(お祖父様いわく、『お主が契約出来そうなのは高位の魔物くらいじゃ』と言われた時は気が遠くなりましたわ)



 資料を調べてこの魔物がいいですわと考えていた時期があったが、その個体が僻地に居たり、現存数が少なかったりと使い魔を得る機会がなかったのだ。



 ちなみにダンジョンの魔物は創造神の影響を受けているのか、使い魔には出来ない。


 故に自分もようやく使い魔を得られるとのことで嬉しさが込み上げて来ていた。



「我 ソレイナ 汝との盟約を望まん……」


 《闇》の周囲に、使い魔契約の陣が広がる。



(ここまでは成功ですわ。あとは……)



 次に《使い魔》に何の魔力を与えるかだ。


 魔力のパスを繋ぎ、力を分け与えるのだが、そこで与えるものによって《使い魔》の能力が決まると言って良い。


 例えば『我が目を分け与え 汝の力とせよ』とすると、使い魔に視覚強化が可能となったり、『我が脚を分け与え 汝の力とせよ』とすると使い魔が脚力に強化魔術を使用したりと様々だ。


 その代わり与えるものに比例して、術者の魔力の使用権限を大幅に与えることにも繋がるので、通常使い魔には与えるものは大したことがないものが多い。



(しかし……)


 この《闇》が居なければソレイナは《魔導書》を倒すことなど出来なかったであろう。


 そしてまだ自分に力を貸してくれようとするこの《闇》に親しみの様なものも感じて来たのだ。



(ええい!ケチくさいことは言いませんわ!)



「契約の対価に我の《半身》を与える」



 過分な契約の対価に《闇》から強い喜びの様な感情が感じる。



 そして……



「汝に《名》と《姿》を与える」


 特に考えていた訳ではない。


 転生者の記憶の底に残っていた一つの姿



(造形は苦手ですし、せめてもの餞ですわ)


 《闇》は濡羽輝く闇色の双翼を持つ鴉に変化する。だが全身が黒い訳ではなく、胴の部分はあの女の記憶通り灰色の羽毛だ。



「我が半身を持つ使い魔よ」



 ソレイナは灰色鴉に笑みを向け



「これからよろしくお願いしますわ。我が半身 《パズヴ》」


 灰色鴉はその言葉に応えるように「カァ!」と一鳴きした。






「お世話になりました」


 この二人が居なければ今ここで両の脚で立っていることはなかっただろう。


 当の本人のクルラホーンは特に応じることなく、何処からか取り出した酒を呑んでいる。



 そしてバンシィであるが


「己の試練を乗り越えたことに祝辞を、そして異界の黒き災いの討伐に寄与していただいたことに感謝します」


 表情は分からないが、その言葉から感謝の気持ちは伝わる。


「……あの()のことをお願いします」


(……ああ……そういうことでしたの)


 バンシィがいうあの子とは《闇》パズヴだったのかと脳内で納得する。



(確かにあんな情けないことを言う様な女に自分の力を分け与えたくないですわね)



 ソレイナは力強く頷き



「はい!私にお任せください。大切に致します」



 その言葉に満足したのか、バンシィは二、三言、聖歌らしきものを歌い


「貴方の勝利を願いましょう」



 ソレイナは教団の一礼を行い二人に背を向け走り出す。



(アリィ……貴女を必ず助ける。そして取り返すんだ……)




 ――――――――― 二人の夢の続きを





















「で、これで満足したのかバンシィ」


 ダンジョン地下50階層


 先程まで激戦を繰り広げソレイナを見送った後、クルラホーンとバンシィは共に盃を傾けていた。


「ええ、当初の予定とは違いますが満足の行く結果は得られました」


 クルラホーンの酒蔵の中でも強い酒ではあるが、バンシィは気にせず水の様に飲み干す。


(この底なしめ)


 自分のことを棚に上げてクルラホーンは心中で呟く。


 思えばバンシィが精霊になる前、人間の時からこの女は底なしだ。


 自分はあの頃とほとんど変わっていないと自負はあるが、目の前のこの女は人間の少女だった面影はない。



 その身も心も……



「“結果は”だろ? 理想ではどうだったんだ。たとえば……」


「ソレイナが魔女(ヴァハ)になることか」



 クルラホーンの言葉に責める感情はない。


 彼からすればどちらでもいいことだった。



「そうね……それが一番楽なのだろうけど、最良の結果になるかどうかは微妙なところね」


 当初の計画では転生の格であるヴァハと、人の格であるソレイナを融合させ《魔女》を創ることであった。


「あの魔女なら交渉も可能だったし、向こうに居る《魔女(モルゲン)》と合流させれば、あの《(ネヴァン)》を制することも可能だったわね」


「しかし本末転倒じゃねぇのかそれ」


 クルラホーンから呆れた様な反論が起こる。


「オマエさんの目的は、ローランの魂を受け継いだ例の娘だろ。あの魔女の目的は向こうの《魔女(モルゲン)》と、()()()……アリアを依代にしたもう一人の《魔女(パズヴ)》だと言っていたじゃねぇか」


 ソレイナの精神世界での出来事は、クルラホーンとバンシィには全て筒抜けであった。



「アリアを贄に提供する必要はないわ……だって」



 そう言ってバンシィは凝縮した一つの《闇》の球体を召喚した。


「これはソレイナに与えた子とは別の子だけど、私の《自己の世界(ファンタズマゴリア)》《天獄》の基礎となっている《闇》よ」


 アテルアが《創造神》から《死の支配者(バンシィ)》の精霊に転生させられた際に流し込まれた知識の一つだった。



 この世界の《死の定め》の《導式》を創る際に、《創造神》は自身が保有していた《闇》を使用しようとしたが、《闇》には《神格》などの《格》の型が無く、導式として成立させる為に《闇》に《()()》を宿らせ《自己の世界(ファンタズマゴリア)》《天獄》が、《死の定め》を支える基礎となった。



「その《神格》には、私達の知らない、異界の神々の《神格》が使われている。その中の一つが……」


 クルラホーンが手にした盃の酒を一気に煽るように飲む。


 それはバンシィの企みに不機嫌になったからか、理解するのも面倒になったからか……



「ソレイナに渡した《闇》が、あの鴉……パズヴの《神格》だと言うことか」



 バンシィは短く「ええ……」と首肯し



「本来なら《ヴァハ》となった彼女に《パズヴ》を報酬に動かせれば……と考えていたけど思惑が変わった」



 それはソレイナが《精霊の弓》に認められ、ヴァハを征したことだった。



「あの娘ならアリアの隣に居ることが出来る。でも、あの程度ではまだ足りない」


「それでアレを呼び出したということか……」


 クルラホーンは呆れた様子で呟いた。



 《異界の死の書》がこの世界に現れたのは偶然ではない。


 切っ掛けはヴァハの異界の魔術だが、それに便乗する様にこの女が仕掛けたことだった。



「でも結果は期待以上だった。ソレイナは《闇》から光の矢を生み出し、《パズヴ》の神格と契約を成功させ《黒》を討った」


 自身の思い通りに結果が出て上機嫌だったバンシィであったが、その上機嫌な表情はすぐに苦虫を噛んだかの表情に変わる。



(酔って本音が出て来たか、ま……こっちのがおもしれぇ)



「そうだ……アイツは、あの男は危険だ。このままではアイツはアリアを歪めてしまう」


 死したるあの娘に最愛の人の魂を与え、今に至るまであの娘を見守って来た。


 自らの聖歌呪法を伝えた愛弟子でもあり、己に親戚が居ればその様な感覚だろうと思っていた。



 だが、アイツが……あの男がアリアの前に現れてから全てがおかしくなった。



 アリアの聖人化を止めたまではまだいい、だがそれによりあの娘は更に窮地に追い込まれることになった。


 あの時アリアを《死の歌姫(セイレーン)》に出来れば、今回のことにはならなかっただろう。



(……全てアイツが悪い……全てアイツが悪いんだ!!)



 バンシィは己の内に湧き上がる怒りの感情を酒で流し込む様に一気煽り飲む。


 クルラホーンの酒は《精霊》であっても酔う。


 そしてその酔いは怒りを鎮火するところか、方向を変に動かした。



「はっはっ!怖いな! そんなに忌々しいのなら葬送の華でも贈ってやったらどうだ!」


 クルラホーンからしたら冗談で言ったことだが、自嘲気味に溜息を吐き出したバンシィの姿に驚きを隠せなかった。



「……まさか本当に贈ったのか……」


 自身も規格外であり相手のことはあまり言えないクルラホーンであったが、これには色々な意味でどっ引く。


 バンシィが葬送の華を贈るのには意味があり、導式《死の定め》に何らかのイレギュラーがある生命体が支障なく《死》を送る為の能力だった。


 その能力を個人の思い込みで勝手に使用したことと、もう一つはバンシィに華を贈られながら、その男はまだ生きていると言うことだった。


「驚れえたな。その男とやらは一体どうやって、お前の《死》を免れたんだ……」


 驚きと共にどんな答えかと期待したクルラホーンだが、まさか更に驚かされるとは夢にも思わなかった。



「……ティコが邪魔したのよ……」


「はぁ!!そこで何でティコ坊が出て来んだよ!」


 正直クルラホーンは意味が分からなくなった。


 自分は長い間地上には出てなく、最後に出たのは目の前のバンシィがまだ人間だった頃だ。



「何があったんだ。話せ」



 《創造神》からはこれと言って口止めはされてなく、クルラホーンに話しても問題ないかと霞んだ様な思考で、先に地上で行ったことを話す。



「ティコ坊の光を受け取るほどの器……まさかその男はオヤジ殿が創った《英雄》なのか」



 クルラホーンのその言はバンシィも最初に疑ったことだったが


「ないわね。光は普通の人間が受け取れる量ではなかったけど、《英雄》が受け取るほどの量じゃない」



 クルラホーンの脳裏に《創造神》が創った世界の防衛システム《守護者と英雄》が思い浮かぶがそれはバンシィに否定される。


 クルラホーンもそうだと考える。そもそもかのシステムはこの世界の危機の際に発動されるもので、かつての《降神戦争》の際でも戦局の終端で正式な盟約がなされた。


「……その男とやらは興味深さもあるが、一応言っておく」


「もう直接その男とやらに、もうちょっかいは出すな。それがオマエさんの為だ」


 クルラホーンからしたら色々な理由があってのことだ。


 このままバンシィの行動がエスカレートしてしまったら、世界の円環を乱す“敵”として処理しなければならなくなるかも知れない。


 あの男とやらの時は《創造神》の関与があったからまだ大丈夫だったとして、今回の《異界の魔導書》を呼び出した件はまさにギリギリのことだ。


 もっともあの程度の敵、周囲の被害を考えずに本気を出せばあそこまで苦戦を演じる必要すらないことだが……


「ええ勿論よ。その為にソレイナを送り出したのだから」


 彼女の精神世界でのアリアの執着はバンシィからすればとても好ましいことだった。


「後は彼女に任せることにするわ。それにね、また直接手を出したらティコは次は容赦しないでしょうから……」


「おいおい、お前等ダチじゃなかったのか」


 バンシィは口角をニヤリと歪めると

「女の友情は男が絡めばどうなるか分からないものよ」


 クルラホーンはそのややこしい友情とやらに、その男とアリアと言う娘とのあいだにソレイナを放り込んどいて何を言ってるのかと思ったが……


(ま、俺の知ったことじゃねぇわな)


 騒がしかったダンジョン地下50階層は、直に本来の静寂を取り戻す。



 新たな試練を越えんとする者達を待ち続ける様に……




四か月ぶりの投稿になります。


初めましての皆様、そしてお久しぶりの皆様、今回もお読み頂きありがとうございます。


長らくかかってしまい申し訳ございません。

四月頃から私生活の環境が変わり、思っていたより作成の進みが悪いことは自覚しておりましたが、どうしようもなくここまで時間がかかってしまいました。


こう言ったスランプの様なものを乗り越えられる人は本当に凄いなと思わされました。

梅雨もそろそろ明け、夏になり環境も変わりますので皆さまも体調にお気を付けてお過ごしください。


続きも出来るかぎり頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします。




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