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66話:親友 その3

 

「あー!? お菓子なんにも残ってないじゃん! 授業のあとの甘いものは最大の愉しみなのに!」


 賑やかな女だなと思った直後、ボーイッシュは俺に恨みがましい視線を向け


「紳士なクロスティルなら、私達が来るまで手をほとんど出さないだろうから、犯人はオマエだ!」



 ズビシィ!と擬音が聞えそうな勢いで俺に指を指すボーイッシュ。


「確かに食べたのは俺だが、食べて良いって言われたから食べただけだ」


「5回もお代りしていたけどな」


 クロスティル……余計なツッコミ有難う。



「5回も!!どんな腹しているのよ! こっちは体型崩れるから抑えながら食べているのに、なんてうらやまけしからん! この乙女の敵め!市中引き回しの上、磔餓死刑じゃあ!!」



「……ライナ、うるさい、少し黙れ……」



 声量こそ小さいが良く通る美声が部屋に響く。


 しかしボーイッシュこと《ライナ》のマシンガントークは止まらない。



「今日の為に昨日の夕食もパンを半分にして、朝食もミルク一杯だけにした苦労を返せ!!」


「ああ〜、お腹と背中がくっつきそうだよ〜この苦痛、貴方には分からないでしょうね!! この空腹を認知しろ!そして謝罪と賠償を要求する!!」


 喚き立てるライナに一人の背の低い少女が歩み寄り、正面からライナの肩をしっかりと掴む。


 ライナの表情が我が意を得たりと、100万の味方が出来た様な希望に満ちた笑顔になる。


「そうだよな!エルリカも許せないよな!」



 ――――ボゴッ!!



 だがその返答は無言の腹パンとして、ライナの腹に拳が突き差さる。


「ゴフッ………む、むせる、なぜだ……アンタはアタシの親友じゃ……」


 だが背の低い少女ことエルリカは、ゴミを見るような視線をライナに向け吐き捨てる様に言う。



「……私は黙れと言ったはずだけど、黙らない貴女が悪い……」



 ライナの表情は信頼していた味方に見捨てられた様な絶望的な表情に歪む。


 お腹を押さえながら膝から崩れ落ち、横たわるライナ



「……いけねえ……これは致命傷だ……腹部筋が筋膜炎を発症しやがった……つまりはイテえ」



 ライナのその言葉を聞いたティコは吹き出し、大笑いを始める。



「あっはははははははは!!! あの時のトーヤと同じこと言ってる」


 ティコの笑いのツボに入ったのか、まさに大笑いだ。


「……いい加減に立ちなさいライナ、膜が痛いって、貴女に膜なんてもう無いじゃない」



 ブッ!!


 エルリカさんいきなり何を言い出すんですかい。



「ああ……愛するダーリンに捧げちまったから膜はもうないさ……でもな痛む膜はあるんだよ!!」


 いや、ヤンキーが『ゴミだって燃えんだよ!!』って風に言われても……


「ふっ……それに膜があるのが許されるのは初等部までだよね〜 キャハハ、処女なエルリカたんキモーい」


 ライナはエルリカを煽る様に言うが、俺は我慢の限界になったので注意することにした。


「あのー、ここに男子が二人居るんでもう少し慎みを……」


 年頃の娘さんが膜、膜、言うなよ……



「あん? ああ、アンタは大丈夫、童◯臭そうなおっさんな感じがするし、空気、空気♪」


 やかましい!! 張っ倒すぞ!!


 エルリカのボディブローで既に倒れているけどな。



 俺が何て女だと思い、同意を得る為にクロスティルを見るが、クロスティルは落ち着いた感じでお茶を飲んでいらっしゃった。


 その姿は正に茶人の如き佇まいであり、何か達観された姿だ。


 だが、見方を変えれば……


(何か全てを諦めた様な姿にも見えるな)


 苦労しているのだな……クロスティル




 改めてエルリカたんが佇まいを正し、俺に挨拶を行って来る。


「初めましてリーゼンフロイ、私の名はエルリカと申します。以後お見知り置きを」


 うん。知っているから


 しかし俺の知っているエルリカとは何か雰囲気?



 いや、根幹的なものが違う気がするのだが……


 まあ詮索は後にして、俺は彼女の勘違いを正すことにした。



「すまないですが、私はリーゼンフロイと言う人物ではありません。トーヤと言う名前です」


 だから人違いだと言おうとしたが


「ええ、分かっておりますトーヤ殿」


 そしてエルリカはクロスティルに顔を向け、不満そうな表情をする。


「……クロスティル、彼に事情は説明したの……」


 そう言えば俺も何で呼ばれたのか事情が良く分かっていなかった。


「まだ説明してないよ」


「……貴方にしては珍しい不手際ね。そつなくこなすのが魅力なのに……」


 そうだ!そうだ!不手際だぞクロスティル。


「説明しようと思ったんだが、あんなに追い詰められた目で食べなきゃ生きるか死ぬかみたいに、言われたら……何も言えないよ」



 エルリカも「……ああ……」と納得したようだ。


「……ディナー用の下ごしらえの素材も使ってしまった様で、厨房は大混乱していたわね……」



 そう言えば食べている時、クロスティルが何か言いたそうにしていたな、それに少し食べすぎたようだ……スミマセン……



 エルリカは俺に向き直り


「……改めて御説明と、お話しをさせていただきたいのですが、よろしいですか……」


「はい……」


 俺はまた何かやっちゃいましたで、申し訳なく頷くことしか出来なかった。




 あれからセバスチャンとメイド達が片付け、再びお茶の用意がされるが、先ほどとの違いは、軽食は俺とティコが平らげてしまった為、エルリカの秘蔵のクッキーがお茶請けとして用意されることになった。


「……ライナいつまで不貞腐れているの……貴女が食べたがっていた、私の秘蔵のベルベーヌの菓子を出してあげたのだから起きなさい……」


 ちなみにライナはエルリカにボディブローを受けたことによって「アタシの心は海よりも深くキズついた、一生この床をキャンプ地にしてやる!!」と、まるで拗ねた子供状態であったが……


「え!あの王室御用達のベルベーヌのおかし〜」


 玩具の仕掛け人形の様に飛び立ち上がる、満面の笑みのライナ


「……そう……王太姫殿下から頂いた最高のものだから機嫌を直しなさい」


 エルリカは聞き分けのない子供を宥める様に、優しい眼差しでライナを説得しながら彼女の制服の埃を軽く手で払ってあげている。



 俺はそのエルリカの表情に、ガネメモのエルリカの姿を想い出した。




 ――――『……冒険者さんのお話ききたいな……』


 初めて会った時は、不信と悲しみを秘めた瞳で人を拒絶していた少女


 だが、少女は温もりに飢えていた


 そしてその氷柱の様な心を溶かす為、勇気の一歩を踏みだす



 ――――『……冒険者さんに出会えてよかった……』



「おお!!心の友よ! もう、エルリカたんったらほんと素直じゃないんだから~」


 ライナのジャイアニズムなセリフが俺の回想をぶった切る。


 まったく賑やかな女だなと思うが、そのライナを見つめるエルリカの瞳は彼女に対する信頼を感じさせる瞳であった。




 ――――『……私にともだちなんて出来るかな……』



 幼き頃、大人達から多くの裏切りと欺罔を受けた少女は聡明な頭脳と引き換えに人を信じる心を失った。


 だが今の彼女は……



「……ライナが食べないのなら私が食べるけど……」


「た、食べます食べさせて頂きます!!」



 慌てて席に着席するライナを楽しそうに見るエルリカ



(そうか……エルリカは友達が出来たんだな)


 今のエルリカを見れば、サブスケさんも草場の陰で喜ぶだろう。


 サブスケさん元気だけどね。




「……ではトーヤ殿、改めまして……私の自己紹介は終わり、クロスティルのことはご存知でしょうから、彼女を……」


 そして幸せそうな表情をしてクッキーを頬張るライナを自身の手で導き


「おふ、(むぐむぐ)らいふぁだ。よろふぃくな」


 食ってから喋ろうな、ライナさん。


 普通なら顰蹙(ひんしゅく)ものだろうが、エルリカもクロスティルも特に気にした様子はない。


 いや、気にしたら負けと思っているのだろうな。


「えーと、色々聞きたいことはあるのだが、こちらから先に質問しても良いですか」


 正直、事情が分からなければ対応が難しいと考えた俺は先手を取ることにする。



 エルリカは王国最大の組織の一つ《財閥》の幾人か居る総帥の後継者候補の一人だ。


 そんな彼女が実績も名声も無い俺を呼ぶことに、嫌な予感を感じた為だ。



「そんなに身構えないでください」


 エルリカは俺が緊張していると感じたのだろう、笑顔で俺に微笑みかける。


 その笑顔は幼い容姿の彼女だが、年齢以上の風格を感じさせる。


(作り笑いか……やっぱりそうだよな)


 エルリカは親しい人間には感情を小さな仕草で表現する。


 彼女があからさまな表情をするのは、ほとんど演技だ。



「いきなりこの様な場所にお越しいただき困惑されていることでしょう。用件の前に質問にはお答えさせて頂きますので遠慮なくどうぞ」


 困惑はしたけど、それは場所じゃなくて先程のどつき漫才に対してなのだがな。


 まあ、流石にそれを指摘するのはやめておくか……


 さて聞きたいことはいくつかあるが、まずは


「改めて言いますが、おれ……私の名前はトーヤです。リーゼンフロイなんて名前なんて知らないですし、何で皆様方は私をそんな風に」


 先程の空気に当てられてか地が出そうになったが、何とか敬語で言い切る。


「それについては私が説明しよう」


 俺の言葉に反応してくれたのはクロスティルだった。


「ただ話の前にトーヤ、この場に居るのは私達だけだから、そんな畏まらなくてもいいぞ」


 エルリカも頷き、ライナも「あたしも堅苦しいのきらい~」と同意する。


 こちらもボロを出さなくて助かるか


「ああ、なら普通に喋らせてもらうよ」


 クロスティルは満足そうに頷き、俺の質問に答えて来た。


「ここ数日に急に広まって来た噂なんだ」


 クロスティルが言うには、俺がスネイルに喧嘩を売り、その結果スネイルは本国へ送還されることになった。


 そのことが貴族院の学生達に喝采されたとのことだ。



「そんなに嫌われていたのかスネイル……」


 俺の呟きに女子二人が反応する。


「アイツ、ウチの支家の子弟に喧嘩を売りやがったんだ。アタシを含めて気に入らない奴らは無数にいるぞ」


「……メイドに難癖つけられて、セバスチャンにお茶を掛けた……許さない……」


 な、なるほど、アイツ入学したばかりなのに方々で嫌われていたんだな。


 クロスティルは話しを戻す。


「そして、その時のトーヤがスネイルに言ったことを聞いた誰かが言ったんだ」



 ―――――「まるで、リーゼンフロイみたいだな」と……



 その言葉はあれと、あれよと周囲に広がり俺はリーゼンフロイと呼ばれる様になったとのことだ。


「まあ経緯は分かったけど、そのリーゼンフロイってなんなんだ」


 つまりは俺がその人物と同じことをスネイルに言ったから、アダ名が付いたと言った所か


「リーゼンフロイは中世期のアレス王の友人だった……その……」


 クロスティルが言いにくそうにするが、意を決した様に言った。


「乞食なんだ……」


 こ、乞食って酷くないか



「あははっ! アタシのスイーツを喰い荒らしたアンタにはピッタリじゃん!」


 うっ……それを言われると、こちらも何も言えない。


 実際、乞食みたいな極貧状態だからな


 まだ大笑いするライナだが、人誅が下ることになる。



「ハハハッ!!イテッ!!」


 脛を押さえながら椅子から転げ落ちるライナ


 あれは脛を蹴られたな………ざまぁ



「その、誤解のない様に言っておくけど、リーゼンフロイはただの乞食じゃない」


 そ、そうだよな。でないと中世期の乞食の名前が現代まで伝わっているのはおかしいもんな。


「リーゼンフロイは凄い乞食なんだ!!」


 クロスティル……それフォローになってないぞ


「……クロスティル、その言い方だとリーゼンは乞食しか伝わらない……」


 コミュ障のエルリカに突っ込みを受けるとは……


 クロスティルに猛虎魂(兵庫県)を感じるぞ。



 エルリカの指摘で自身の言葉不足を感じたのだろう、クロスティルは詳細を説明することにした様だ。



「これはアレス王の物語の内容なんだが」


 要約すると、父親や兄達の急死により十代半ばで王位を継いだアレス王は、とても国を守ることの出来る人物ではなかった。


 王の役目を放棄し、逃げ様とした彼の前に現れたのが、乞食であるリーゼンフロイと言う老人であった。


 アレス王はリーゼンフロイに自らの苦悩を語り、リーゼンフロイはこう言ったそうだ。


『陛下、貴方が役目から逃げ出したとて、御身はなんら問題はありません。 ですが、残された者達と今まで国を支え散っていった者達は哀しむでしょうな』


『まずは足元を見なさい。御身を支えているのは何か…… その答えを次にお持ちいただいた時、貴方は自分の道を選択で出来るでしょう』


「王宮に帰ったアレス王に多くの臣下達は無事で良かったと喜んでいたが、一人だけ違う人物が居たんだ」


 その人物はラルズと言う名の老将で、普段は穏やかな人物であったが帰還したアレス王に厳しく接したそうだ。


『殿下、ご無礼の罰はいかようにも受けます。ですが、貴方の身はもう貴方だけのものではないのです。 先王、王子様達がこの世を去り、この国は周囲に狙われている状況です。 民の安寧の為、御身を大切になさってください!!』


「そしてアレス王は考えた。自分を支えてくれるものを、そして自分が役目を捨てたらそれはどうなるのか」


「そしてアレス王は自らの答えを持ちリーゼンフロイの元へ向かい、王になると言う決意をアレス王は伝えたそうだ」


 そしてその後もアレス王はリーゼンフロイの元へ赴き、大陸統一の大きな力となった。


「そしてリーゼンフロイは『道を示す者』と、現在まで呼ばれる様になったんだ」


 へー、ガネメモ世界にそんな秘話があったんだと俺は関心したが


「でも、それ作り話じゃん」


 クッキーを食べ終え、お茶を一服していたライナから否定の言葉が上がる。


「リーゼンフロイは絵本の創作で、本当はアレス王の寄騎の貴族だったって」


 ライナの夢も希望もない説にクロスティルが眉を顰める。


「それこそ根拠のない仮説だろ、アレス王の回顧録にはリーゼンフロイの名が書かれているし、大陸統一後、かの三宰相にリーゼンフロイの為に、わざと一席を常に空けていたのは有名な話しじゃないか!」


 クロスティルの熱弁が振るう。

 クロスティルってリーゼンフロイオタクってやつなのか?


「でた、クロスティルのリーゼンフロイマニアっぷりが、はいはいそうですね〜 リーゼンは乞食ですよ、乞食〜」


 ライナの露骨な、もうお前の勝ちでいいよ発言にクロスティルの表情が露骨に不機嫌になる。


「逃げるのかい、ライナ。それならリーゼンは貴族じゃないって宣誓で取り消してもらうよ」


 クロスティルの反撃に、同じく露骨に表情を歪めるライナ


「宣誓って言ったか、せ・ん・せ・いって、吐いた唾は飲めんぞクロスティル!!」


 どうやら《宣誓》と言う単語に、ライナの怒りが発現されるがクロスティルは涼しい顔だ。


 宣誓って相当重い意味だと俺は悟るが……


「……いい加減にしなさい……二人共……!!」


 エルリカの静かながらも怒りの籠もった声で静かになるライナとクロスティル。


(エルリカたんコエー……)


 流石は次期総帥候補の一人と言われるほどの威圧感が漂う。


 ちなみに二人共「「はい……」」と素直に頭を垂れていた。


「見苦しい所をお見せしましたトーヤ殿」


 たとえ何か文句があろうとも先ほどのエルリカの気勢を受けた者なら必ずこう言うであろう。


「いえ、問題ありません(棒)」


 実際言ってしまったけどな。





「はあ、リーゼンの意味は分かりましたが、次に俺が呼ばれた理由を聞いて良いですか」


 俺はお呼ばれしたであろう理由の中核を質問してみることにする。


 するとエルリカとついでにライナまで身を正す様に姿勢を整え始める。


(な、なんだ。また俺何かやっちゃいましたかなのか)


 正直俺のやらかしは自分でも酷いくらいだと自覚していたので、またやらかしがあっても仕方ないと思っていたが、その結果は俺の予想外のものだった。



「……このたびはアリアをスネイルから守ってくれてありがとうございます…」


「その……アリアを守ってくれたことには感謝しているよ」



 先程まで騒がしかった二人の少女がしおらしく礼を言う姿に合点が言った俺は念の為に聞いてみる。


「二人はアリアの……」


 すかさず二人が


「親友だ」

「嫁よ」


 うん……一人変なこと言ってるな。



「でた、エルリカの嫁発言、ああこれ冗談じゃなくてガチだからな」



(ああ……知ってるよ)


 V版エルリカの設定で結婚相手は、旦那と嫁の二人が欲しいってあったな。


 因みに視聴者のことを、男性は旦那、女性は嫁と言っていた。



「もしかして今日俺をここに連れて来たのは」


「ああ、エルリカとライナがトーヤに礼をしたいと」


 クロスティルの言葉に続く様にライナが「ま、そういうこと」短く呟く。



「……そして貴方に手を貸して欲しいことがあります……」



 エルリカのその呟きに俺は、また厄介事の予感を感じさせらざる得なかった。




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