65話:親友 その2
案内された先は海外映画などでよく出るマフィアなどが寛いでいる様な、VIPルームと言った所であった。
質の良い調度品、フワフワのカーペットにソファー、そして意味が良く分からない石像もあった。
芸術性で言えば孤児院の壁画のレリーフのが上な気がするが、アレは本当に高価なんだと再認識する。
「トーヤすまない。こっちも色々あって、貴公に来て欲しかったんだ」
クロスティルは俺に謝るが、まあ安請け合いした俺が悪いのもあるからな。
「おいおい、貴族が平民に頭を下げるものではないぞ。それに、王太姫殿下であっても会うって言ったけど、礼儀作法とか期待しないでくれよ」
俺の了承した言葉に安堵したクロスティルは“ほっ”とした様子だった。
しかし今から会うのがあの《エルリカ》とは、俺は少し楽しみでもあった。
《エルリカ》
王都最大の商会である《財閥》総帥の孫娘であり、その身分に恥じない能力を持つ天才少女だ。
ガネメモでは、後援者システムがあり、数ある商会中からどれか一つを選択し後援になってもらえれば物資の購入や売却にアドバンテージがあるシステムがある。
そしてエルリカが後援者になってくれると彼女の専用依頼のシナリオがあるのだ。
キャラも立っており、隠しヒロインじゃないのかとも思ったが、どうやらそうではなかった。
(アレなシーンどころか、ラッキーすけべすら無いのは)
まさに冬の泣きゲーの『アハハ〜♪』な先輩ポジなキャラだ。
ちなみにエルリカについては葛霧資料には記載されていない。
この娘の生みの親はイラストレーターのサブスケさんだからだ。
『リカたんはね……本当にいい娘なんだよ。一見無愛想だけど感情を表すのが苦手なだけで、人との関わりに飢えているんだよ!! それなのにリカたんのことアイツら何て言ったと思う、天才ロリきょにゅーだよ! バカじゃないのかアイツら!! ほっぺた渦巻きの子供みたいに言うなよ!』
エルリカの誕生秘話をサブスケさんから聞いた時、打ち上げの居酒屋で酔っ払いながらマシンガントークで解説される。
ちなみに現在エルリカはサークルこめしばいの看板娘を勤めており、最近V化もされたそれなりの人気キャラになっていた。
『そんで、そんでリカたんはね……』
まだ続く流星拳の様なトークに、俺はこめしばいのスタッフさんに助けを求める視線を送ってみるが、皆さん見ない振りをしてらっしゃった!!
俺は地雷を踏み抜いたのか!?
『高嶺く〜ん。リカたんの素晴らしいお話はまだ終わってないよ〜』
俺はサブスケさんに肩を掴まれ、まさに『逃さんお前だけは!』と言った状況に……
アーッツ!!
(あれはもう洗脳の域だったな……)
エルリカたんの素晴らしさに洗脳、もとい感化され色々グッズも買ってしまっていた。
俺の部屋の壁にはエルリカたんキーホルダーが掛かっている状態だ。
(しかしエルリカが、俺に一体何の用なんだ)
因みにゲームでエルリカと出会うには、冒険者としてかなりの実績を積まなければならないのだが、今の俺は実績どころかカースト底辺中の底辺な状態だ。
まあクロスティルの知り合いみたいだし、俺の名声とは関係ないか……
「ところでクロスティル、色々質問があるのだけど、さっき言っていたエルリカ様と俺を会わせてどうするんだ」
先のセバスチャンとクロスティルの会話から察するに、エルリカが会いたかった人物は二人
“彼”と“リーゼンフロイ”と言う人物の様だが、俺はどちらも当てはまらない。
「ちなみに俺はリーゼンフロイと言う人物とは無関係だ。情報も持っていないし、会っても何も話せないぞ」
俺のその言葉にクロスティルは一瞬驚いた様な表情をしたあと笑顔を浮かべる。
何か変なこと言ったか……
「そうか、トーヤはまだ知らないんだな。安心しろ貴族学院で“リーゼンフロイ”と呼ばれている人物は貴公で間違いないよ」
俺は訳が分からなかった。
悪目立ちした俺に蔑む様な言葉が付いたなら分かる。
かと言ってリーゼンフロイが蔑む言葉である様には聞こえない。
セバスチャンもその名を聞いた時に何か関心する様な雰囲気が滲み出ていたからだ。
「そのリーゼンフロイって一体……」
クロスティルに意味を訪ねようとした時に扉からノックがし、クロスティルが「どうぞ」と言うと先ほどのセバスチャンと二人のメイドがワゴンを押しながら部屋に入って来る。
セバスチャンは俺達の側に来ると一礼して
「主人は所用で少し遅れるとのことです。 その間ゆっくりお寛ぎくださいと指示を承りましたので、ささやかですが午後の御茶を御用意させていただきました」
後ろではメイドさんがテキパキと流れる様にアフタヌーンティーの準備を行っている。
メイド好きなら垂涎の光景だろうな。
俺は違うがな……
みるみるうちに、テーブル上が満開の花壇にでもなったかの様な彩りに染められて行く。
目で愉しむ光景もさることながら、お菓子や軽食から漂う甘い香りと、お茶の香りが俺の食欲を大いに刺激する。
――――ぐ〜〜〜♪
俺のお腹からご機嫌なとても大きな音が響く。
やはりコッペパンもどきと、塩マーガリンと井戸水では俺の腹は耐えられなかったか……
ちなみにティコも色とりどりのお菓子に目をキラキラさせ、口元からは涎が垂れそうになっていた。
「ティコ行儀が悪いぞ」
「トーヤのが悪いじゃない、大蛙の鳴き声みたいな凄い音だったよ」
おっしゃる通りで
「本日は貸し切りで、お代りはいくらでもありますので遠慮なく仰ってください」
セバスチャンは何か好ましいものを見たかの様な笑顔で俺に伝えてくる。
ちなみに後ろのメイドさんも笑いを堪えながら仕事をしておりました……
節操ないな……俺のお腹……
セッティングが終わった後、メイドさんが給仕に残るかと思われたがクロスティルが用事があれば呼ぶとし、麗しいメイド達は部屋を退出して行った。
すみません! やっぱり大好きなんですメイドさん! 行かないで!!
古風でシックなロングスカートを翻す仕草が、正に本職を感じさせる動きであり、メイドさんの給仕を受けてみたかった……
「どうしたんだトーヤ、さっきのメイドに何か用でも」
貴族のクロスティルにとっては、本職メイドなんて見慣れているのだろうな。
だが、俺にとっては絶滅危惧種クラスの貴重な本職メイドをもっと見たかった……イヤ……『旦那様』と呼ばれたかった……
俺のメイドじゃないけど
「いや……何でもない、何でもない……」
俺はメイド対する興味を封印し、視線をテーブルに固定する。
そこはアフタヌーンティーの楽園と呼ばれる世界が広がっており、甘味と軽食の天使達が佇むまさに艷の園だ。
俺は、今からその艷の園を穢そうとするオークかゴブリンと言ったところだろうな。
「ところで、トーヤ話しの続きだが」
クロスティルは話しがあるそうだが、悪い今の俺は聞けそうにない。
「……いけるか、ティコ……」
戦術効果最大を確認したかの様な俺のセリフに、ティコは親指を立て「いくらでもイケるよ」といつもの返事を返して来る。
そうそれは、終わらない円舞曲の様にいつもの光景だ。
いきなり軽食に手を伸ばす様な無粋な真似はしない、事はエレガントに先に紅茶で口内を浄め、そして皿が重なった様なスタンドからサンドイッチを手に取り一口で頬張る。
この世界では言うに及ばず、現世のコンビニのサンドイッチのクセのある味とも違い、正にこれだよ、これ、こういうのでいいんだよ。
しっとりしたパンにみずみずしい生野菜、ちなみに庶民の野菜は基本、熱を通して食べるのが主流なのでサラダはない。
つまり衛生管理が行き届いた、生で食べられる野菜は凄い高級品なのだ。
現世でも衛生的な理由、寄生虫などで国々によって、生で野菜を食べられるのは限られているので不思議ではないけどな。
久しぶりの生野菜にテンションを上げ、次はハムサンドを手に取る。
これも高級品だ。
一次生産品の生肉は安いのだが、二次生産品の腸詰やハムなどの加工品の燻製肉は恐ろしく高い。
昔、北海道出張で食べた道産ハムに勝るとも劣らない味が口に広がる。
(こんな贅沢なものは久しぶりだな)
現世では普通に買えるものが、異世界では贅沢品
つくづく文明の有り難さが身に染みる。
ティコはフルーツサンドを凄い幸せそうな表情で頬張っているが……ま、まさか!!
残ったフルーツサンドを一つ手に取り、口に入れる。
ティコが自分の分が取られたと非難の声を上げるが、俺は驚きのあまり目を見張る。
(ぺろっ……こ、これは……生クリームだ!!!)
今どきの若い人ならそれがどうした言うだろうが、昭和後期においても生クリームは値段が高いこともあり、代替品のバタークリームケーキがそれなりに幅を効かしていた時期があったのだ。
幼少の頃は誕生日やクリスマスケーキに、バタークリームケーキが出ることも珍しくなかった。
その頃は過渡期ともいうもので、小学生の中頃からはケーキは生クリームが主流となっていったが、俺が思うに生クリームは原価もさるものながら保存が難しいのもあったのだろう。
故に特にこんな異世界では、まさに高級中の高級品なのは間違いない。
素晴らしい軽食の数々だがダントツに美味かったのは、ティコもお気に入りなフルーツサンドであった。
もう一個と思い手を伸ばすが、6個ほどあったフルーツサンドはティコにぺろりと平らげられてしまった。
生クリームをありがとうフルーツ、サンドロッコ分……
フルーツサンドを平らげたティコは、色とりどりのジャムとスコーンに狙いを定める。
俺もそっちに流れるようかとも考えが過ぎるが……
い、いかん
そうだ! 早まるなトーヤ……食べ放題において、迂闊な行動は食死につながる……
スコーンなんて小麦粉の固まりだ。
小麦粉なんて昼に食べたコッペパンもどきで十分だ。
これは好機だ!!
ここで栄養を取っておけば、数日は元気に過ごすことが出来るだろう。
俺は残ったサンドイッチを次から次へと食べて行く。
俺が食べ終わる頃、ティコもお菓子であるスコーンをジャムごと平らげた様だった。
「よ、よく食べたなトーヤ。では、食べ終わったことだし話しを……」
だが、クロスティルが言い終わる前に
「「 おかわり!! 」」
俺とティコの声がハモる。
まあ、クロスティルにはティコの声は聞こえないけどな。
「そんなに食べて大丈夫なのか、食べ過ぎは……」
また言い終わる前に、俺は切実な事情を述べる。
「頼む! 今ここで栄養を取れるかいかんによって、俺の生死の境目になるんだ!」
大袈裟の様に言っているが、ここ数日のコッペパンもどきと塩マーガリンの生活は俺に強い飢餓感をもたらしていた。
その俺の生存本能が告げる。
ここで栄養を取らなければ、栄養失調になると……
俺の剣幕に折れたクロスティルは諦め表情で、手元のハンドベルを鳴らしメイドさんを呼ぶ。
ちなみに入って来たメイドさんは『えっ!もう全部平らげたのかよ!』と言った様な表情を一瞬し、クロスティルがお代りを所望すると、そそくさと部屋を出て行った。
お代りを持って来たメイドさん達は再びセッティングを行い、そこは再びアフタヌーンティーの艷の楽園となるが、俺とティコによって再び蹂躙されることになった。
それは終わらない円舞曲の様にまた繰り返される。
食べ放題は食いまくるのが正義だ!!
また繰り返される。
喰って、喰って、喰って、喰いまくるぜ!!
楽園は幾度、蹂躙され、滅び、再生されたのだろう。
だが、終わりは唐突に来る。
満腹が俺の腹を襲ったのだ。
(流石に5回は頼み過ぎたな)
ティコも横になってふよふよ浮きながら、「あ〜お腹いっぱい♪まんぞく、まんぞく」と、とてもご機嫌だ。
「満足したか、トーヤ」
クロスティルが頭を抱えながら、苦笑いで応じて来る。
「ああ、これで数日は持ちそうだ。悪かったなクロスティルの分まで食べてしまって」
「はは……トーヤが満足したのならいいよ」
――――ガチャ
俺とティコの食べ放題から少しして、ノックも無しに扉が開く。
俺はエルリカたんが来たかなと思い扉へと視線を向けるが
「やあ!またせた、またせた、皆の衆」
誰だコイツは……
部屋に入って来たのはボーイッシュな感じの少女だったが、もちろん俺の知っているエルリカたんとは似ても似つかない。
ボーイッシュ少女は俺に視線を向け
「ん?きみ誰?」
それは俺のセリフだ。