64話:親友 その1
「ああ……侘びしいものだな」
あの深夜の大騒動の翌日の昼
俺ことトーヤは学園の人気のない裏庭で昼食を食べていた。
昼食と言っても、味気なく固いコッペパンみたいなパンに、妙に塩気が強いマーガリンの塊と井戸水(煮沸済み)のフルコースだ。
ポテトがある分、ネカフェの朝食バイキングのが豪勢だろうな。
そういえばここはシュウと問答した場所だと思い出す。
アイツは元気にやっているのだろうかと考えてみるが、まああの容姿に性格だ友人には事欠かないだろう。
それよりも自分のことだ。
今朝久しぶりに登校した俺を待っていたのは沈黙であり、誰も目を合わせようともせず、居ないかの様な扱いだ。
ちなみにリボック達とのパーティも遠慮させられる結果となってしまった。
理由は貴族と揉める様な人間は関わりを持ちたくないとのことだそうだ。
教室や食堂に居てもヒソヒソ話しの針のむしろ状態だったので、人気のないこの裏庭に避難してきたのだ。
これで俺が若ければ【貴族と揉めパーティを追放されたが帰って来て欲しいと言われても、もう遅い】みたいな"ざまぁ"な展開にしてやろうかとも思うが、人間関係に疲れたオッサンにそんな気力を求めても無駄である。
それ以上に今はアリアの救出作戦を練っている最中だ。
結局昨夜は、モーロノエの残留意識の解析と、メリアの教団の情報収集待ちになってしまっていた。
そして今は1人でも味方が欲しいのでメリアは色々伝手を当たっているだろう。
「ふー、ご馳走さま。今日の菓子屋のクッキーは中々良かったよ満足♪満足♪」
将棋での賭けであった甘いものの昼食にティコは大層ご機嫌だった。
おかげで俺はコッペパンもどきと塩味マーガリンのコンボであった。
ティコは俺の食べているマーガリンに興味を覚えたのだろう、指に一指し取って
「いっただき♪」
"ぱくっ"っと擬音がしそうな感じでマーガリンを口に運んだティコの表面が歪む。
「なにこれ!しょっぱ!!」
先ほど食べたクッキーの芳醇な甘さを塩分の暴力でかき消されたティコの眉が歪む。
「トーヤ大丈夫なの、こんな体に悪いものを食べて」
ちなみにこれは金のない冒険者御用達の糧食の代表的なものだ。
このコッペパンもどきは10日はカビも生えずに持つし、このマーガリンも1週間以上は常温保存が可能だ。
あと一番の利点は価格が安い上に学生なら学割が効いて更に安くなることだ。
学割バンザイ。
「ちなみにさっき食べたクッキーで、このパンとマーガリンのセットが20個は買えるのだけどな」
俺はカラカラのコッペパンもどきの続きをゆっくりと咀嚼し、水で流し込む。
ティコは「……あははっ……」と目線を外し軽く笑う。
これで少しは手加減してくれるだろう。
「トーヤ、こんな所に一人で何をしているんだ」
固いコッペパンもどきの最後の一欠片になったところに唐突に俺に声が掛かる。
ちなみに先ほど考えていたシュウではなくクロスティルであった。
「昼食中だ。クロスティルこそどうしたんだ、こんな寂れた場所に貴族様は似合わないぞ」
そう言って俺はパンの最後の一欠片を食べ終わる。
正直少しもの足りないが、一応腹は満たせた。
「ある人を探していてね。復学してからここに居ることが多いと聞いていたのだが、アテが外れたようだ」
お手上げだと言うジェスチャーを表現するクロスティル、イケメンのこういった仕草は絵になる。
俺とは大違いだ。
「ああ……恥ずかしい話しなんだが実はな……」
俺はスネイルに喧嘩を売ったことで周囲から総スカンを喰らっていることを伝える。
「ま、仕方ないと言えば仕方ないことだからな。俺の様な厄介な奴と関わりを持って悪目立ちは嫌だろう」
俺はそのことでリボック達や他の連中を責める気はない。
基本無視で、虐めにならないだけ大感謝だ。
「……そうなのか、貴族学舎のことでなら力になることが出来るだろうが、一般学舎ではどうにもならないな、すまない」
クロスティルが申し訳なさそうに陳謝してくる。
「おいおい何でクロスティルが謝るんだ。こうなるのも予想はしていたし今更だよ」
俺のその言葉にクロスティルは軽く笑う。
これだからイケメンは……
「……トーヤはこうなることも予想してか……それでもか……ははっ、やっぱり敵わないな」
一体何を勝手に悟っているんだコイツは……
さて昼も終わったし、そろそろ戻るか
「トーヤ、このあと時間はあるか」
いきなりなクロスティルの申し出が、俺の帰ろうとした意識を留める。
ちなみに暇ではない。
昼食後の講義はパーティの連携戦の演習であるので、ソロの俺は見学と言う名の観戦要員だからだ。
ちなみにティコと観戦しながら『知っているのか!?ティコ』実況をしようかと思っていたが……ウンつまりはヒマだな。
「ああ取り敢えず暇だな。次の講義は自主休講の予定だったから二時間くらいならあるぞ」
俺の暇宣言に我が意を得たりな表情のクロスティルは、俺に一緒に来て欲しいと誘いを掛けてくる。
「会って話しをして欲しい人達が居るんだ。礼はするから頼むよ」
何か面倒がありそうだが、俺はある一言の言葉が引っ掛かった。
(ん?今、礼をするって言ったよね?)
ちなみに俺はやじゅうな先輩じゃないから安心しろクロスティル
「ん?今、礼をするって言ったよね?」
でも、どう反応するか興味があったので、やじゅうっぽい視線で言ってみることにした。
なお、俺はホ◯じゃない。
ホントウダヨ
クロスティルは少し悩んだ挙げ句
「が、学食一回でどうだ」
………クロスティルお前ってやっぱりいい奴だな。
クロスティルの学食一回と言う言葉に反応するか如く、俺の腹が引き受けたと返事をする。
コッペパンもどきと塩分マーガリンと水では俺の腹は耐えられなかったか……
「オッケー会おう。例え相手が王太姫殿下であっても会おう」
俺は親指を立て了承の返事を行う。
俺はクロスティルに連れられ貴族学舎の方向へ向かうことになった。
「ところでトーヤ、さっきの視線はなんだ。背筋に悪寒が走ったのだが」
流石クロスティル、やじゅうの視線に直感が反応したか……
「クロスティル、世の中には知らなくていいこともあるんだよ」
純心なクロスティルに俺は、(発売前の)あの日のままの君で居て……せつないグラフティな心境になってしまった。
「マジかよ……」
俺がクロスティルに連れられた先は貴族学舎のカフェらしき所であった。
“らしき”としたのは学生にはとても似つかわしくないハイソな空間であったからだ。
カフェテラスも備えられまさに高級店な装いだった。
ちなみに王都の高級店の支店だと言うことだ。
これだから金持ちは……
店内に入った俺とクロスティルを迎えたのはいわゆるメイドさんだ。
給仕係や家政婦さんじゃないメイドさんを見たのは俺は初めてであった。
「ご来店有難う御座います。ルーウェン(ムッシュなどの男性の総称)、お一人でしょうか」
メイドさんはとても上品な声色でクロスティルに視線を固定し接客を行う。
ちなみに俺にはアウト・オブ・眼中だ。
クロスティルの下男か何かと思ったんだろうな。
クロスティルは少し不機嫌そうな表情で
「……彼は私の客人だ。並んで歩いているのに分からないのかね」
いつもの様なフレンドリーなクロスティルでなく、その姿は貴族のクロスティルと言った姿で俺は驚きを感じる。
(これが貴族の振る舞いと言う奴か)
現代日本人の俺には分からない世界だ。
「失礼しました。ですが、こちらの方の入店は少々……」
まあそうだろうな、ここはどう見ても俺には似つかわしくない高級店だ。
そんな所にネクタイもスーツも着ていない、フォーマルな奴が来たら普通お断り確実だろう。
ましてここは貴族以外お断りの店だ。
更には俺は容姿5、運動5で「そのお召し物と筋肉では少々……」なクリスマスパーティ門前払い確実パロメーターだ。
あーあ……メイドさんも困っちゃって、何かこっちが申し訳なくなるな。
「クロスティル、俺はどうやら好まざる客の様だから出るよ。話しはまた別な所で」
俺はそそくさと店を出ようとしたところ、クロスティルに肩を掴まれる。
「彼はエルリカ様の客人でもある。それでもか」
クロスティルがある人物の名前を告げた途端メイドさんの顔色が青ざめた様に変わった。
その時、問題が発生したと判断されたのだろう、奥から執事風の責任者らしき初老の男性がこちらに来る。
「……失礼致します。何か問題がありましたか」
慇懃が宿った落ち着いたその声色は、この初老の男性が只者でないと感じさせる。
性欲を持て余して、駆け抜けてしまいそうなダンディな声色だ。
メイドさんは事情を初老の男性に説明し、それを聞いた初老の男性は「後は私が対応しますので、貴女は席の用意を……」と告げ、メイドさんを奥に返す。
ちなみにメイドさんはこの初老の男性と話す際、頬を赤らめさせていた。
まあ、あのダンディな容姿とイケボで囁かれたら大半の人は墜ちるわな。
「大変失礼しましたクロスティル様。あのメイドはまだ新人ですので、貴方様のことを御存知なかったのです御容赦を」
そう言って胸に手を当て頭を下げる初老の男性。
謝る姿も絵になるその姿に俺は圧倒される。
(俺もこんな歳の取り方をしたいな……無理か)
醜いアヒルが猛禽類になるのは不可能だな。
「ああこちらも少し大人気なかった様だ。騒がせてしまってすまない」
大人気って、『あんた子供やん!!』ってツッコミたい関西人の血が騒ぐ。
トーヤは関西人どころか異世界人だけどな。
「主からは、例の御方か来られると聞いておりましたが……」
クロスティルは溜め息を一つ付き。
「彼は今日は休みの様だ、恐らく公務があるのだろう。なので彼を連れて来た」
そう言ってクロスティルは俺を初老の男性に紹介する。
「トーヤだ。私の友人であり……」
「例のリーゼンフロイだ」
リーゼンフロイ……何だそれ?
俺の疑問を余所に、クロスティルの紹介で眼光を鋭くする初老の男性。
(あれ……俺また何かやっちゃいましたか)
「貴方があの噂の……承知しました我が主もお喜びになりましょう」
喜ぶってなんで!? 何か凄い誤解されている気がするんですけど!!
「あの……リーゼンなんとかなんて俺は知らないので、多分人違いでしょうから俺はこの辺で……」
“で……”っと言った所でクロスティルの手が俺の腕を掴む。
そこから感じる意志は『逃さん、お前だけは』と言った感じだった。
は、ハメられた!!
「セバスチャン予約した個室に案内してくれないか、トーヤが逃げる前に」
てめぇクロスティル俺を売る気か!!
そして俺は執事セバスチャンの案内で、このカフェの個室へクロスティルに引きずられながら移動した。
しかしセバスチャンって執事、本当に居たんだな。




