62話:時計塔の戦い
そこは王都の高層建築中の時計台の内部であった。
現在は教団の本部が鐘による時報を行っているが、その時計台が完成すれば多くの人々が時刻の恩恵が得られるだろう建物だ。
だがその希望のインフラとも言える建物内部は戦いの様相を呈していた。
戦いは階段下から登ってくる攻勢側と階段上を守る守勢側とが、双方共に金属鎧と鉄兜を身に着け、狭い通路で互いに剣を打ち合っていた。
互角とも言う戦いではあったが、攻勢側の鎧姿の騎士らしき男の剣が、守勢側の兜を捉えバイザーを弾き飛ばし兜をずらしたが、その下の素顔に俺は驚く。
なんにもないのだ。
そこにあるはずの顔は無く首を落としたのかと勘違いしそうだが、血は一滴も出ていない。
攻勢の隊列後ろの騎士から、恐らく《魔弾》の魔術だろう、その一撃は頭が無い鎧姿の腕を弾き飛ばす。
腕の鎧のパーツが外れ、石畳の床に転がるが……
やはりそこには素の腕はなかった。
『気を抜くな! コイツらの中身は“がらんどう”だ! 四肢をバラすまで仕留めたと思うな!』
後列に待機する鱗鉄鎧と鉄兜を纏う魔術を使った騎士……鎧の形からすると女性が前衛に叱咤する。
鱗鉄鎧の騎士は再び魔力を高め、《魔弾》の魔術で守勢側の先ほど攻撃したのと、別の鎧に魔術をぶつける。
その衝撃は再び相手側の兜を弾き飛ばすが、その鎧も中身は空であった。
「これは動く鎧か」
「……いや、動く鎧にしては動きが良すぎる。恐らくこれは《英雄戦士》を鎧に定着させているのだろうね。以前にダンジョンでやり合ったことがある」
俺の疑問の呟きに応えたのは、意外にもメリアであった。
《英雄戦士》
ガネメモのダンジョン深階層のエネミーである。
その姿は生前の姿のままの幽霊だが、普通の幽霊とはレベルが違う。
ダンジョンで無念の死を遂げた、高レベル冒険者の亡霊達であり、その名の通り《英雄戦士:騎士》《英雄戦士:魔術師》などカテゴリーごとに分けられているエネミーで、戦術能力も高く、高レベルキャラを並べてもヘタをすれば全滅もあり得る厄介な相手だ。
その後攻勢側の騎士風の人間の一団は守勢側の《英雄戦士》を徐々に減らして行くが、それは攻勢側にも言えることで死者こそ出てはいないが、入れ代わり立ち代わり怪我人を下がらせ一進一退の状況であった。
「攻勢側の集団は鎧からすると近衛騎士隊だね。恐らく、緊急を要すると言うことで王太姫から派遣されたのだろう」
メリアの解説後、幻影から鱗鉄鎧を身に着けた女性が皆を鼓舞する。
この女が隊長なんだろう。
『皆耐えるんだ! そして死すことは決してまかりならんぞ!!』
そして前衛に付与魔術を使ったのだろう、前衛の者達の体が淡く光輝く。
それにより魔力を使い過ぎたのだろう、鱗鉄鎧の女騎士が崩れ様とするが寸でのところで耐える。
『団長なら……団長ならきっと成し遂げてくれる。重ねて言う!死すことはまかりならんぞ!!』
その騎士の激が効いたのだろう、前衛、そして後列に下がった騎士達の士気がこれ以上にないくらいに激増する。
『そうだ!!あのバケモノ団長ならきっと成し遂げてくれる!!』
『単細胞団長に笑われないように奮起させてもらいますよ!!』
『ヘマした後の地獄の特訓メニューはコリゴリだ!!』
相手を飲み込もうとするほど騎士達の戦意が守勢側の鎧の集団にぶつけられる。
(えっと……近衛騎士団の団長ってアイツだよな……)
俺の脳裏にガネメモでの、貴族出の大樽の様な、如何にもな無能貴族であった……名前なんだっけ?
剣も振れず、馬にも乗れず、その割には尊大な性格でリューズも諦めの溜息をいつもついていたキャラだったけど……
何か随分と信用されているがどうなっているんだ。
俺の疑問を他所に近衛騎士達は果敢に攻勢を仕掛ける。
鎧の《英雄戦士》は少しづつ数を減らして行き、近衛騎士達の実力と士気が完全に相手を上回る結果となったが、障害は最期に訪れた。
『ぐわっ!!!』
一人の近衛騎士が袈裟懸けに掛けて切り捨てられる。
敵は最期の一体となっていたが、その鎧は明らかに今まで戦っていた鎧連中とは一線を図していた。
幽鬼様に佇む黒の板金鎧姿の《英雄戦士》、その手には先ほど騎士を切り捨てた長剣から血が滴り落ちる。
その姿に近衛騎士達はその気配に飲み込まれようとするが、鱗鉄鎧の女騎士は実力の差に気付いたのだろう。
『剣士隊後退。盾隊、槍隊前へ!』
近接戦は不利と感じたのか、通路が狭い為に多くの人数が出せないのか前衛二人が大盾、その斜め後衛に薙刀を突き出したファランクスの様な隊列を取る。
相手の装備は板金鎧であるため機敏な動きは取れない。
故に鈍い動きを想定し、防御しながら削る作戦に出たのだろう。
幽鬼の様に佇む黒騎士は金属鎧なのにもかかわらず足音一つさせることなく、盾を構える騎士達に向かう。
そして信じられないことが起きた。
薙刀の間合いに入ろうとした瞬間にその動きが加速……否
その姿は消える様に騎士達の背後に移動したのだ。
「……これは《空間歩法》のスキルか!?」
メリアは驚いた様に声を上げる。
《空間歩法》は短距離を障害物を無視し一瞬で移動する聖騎士のスキルだ。
「この鎧の《英雄戦士》は聖騎士なのか……」
メリアは“うむー……”と考え込みながら幻像の続きを観始める。
突如として陣形の真っ只中に現れた敵に、騎士達は完全に浮足立ってしまい、最早戦いにならない状況となった。
『ぎゃあああ……』
『ひいいい……』
『ぐはっ……』
黒鎧の英雄戦士が駆ける所に鮮血が舞い、悲鳴が木霊する。
『止めろ!!私が相手をする!』
鱗鉄鎧の女騎士が腰に差していた広刃の剣を抜き放ち、背中に背負っていた小型の盾を構え、黒鎧の英雄戦士の前に立ちはだかる。
『…………』
その女騎士の力を見抜いたかの様に黒鎧の英雄戦士は、先ほどまで盾を構えていた騎士を切り捨てようとしていたが、その手を止め女騎士へと向き直り長剣を構える。
先手仕掛けたのは女騎士の剣だ。
鋭い踏み込みから繰り出される剣閃が黒鎧の英雄戦士の胴を薙ごうとするが、相手の神速ともいえる長剣の薙ぎが剣閃より早く繰り出される。
それにより女騎士は攻撃の手を止め、小盾で長剣の斬撃を受け流すが、その斬撃はかなりの鋭さを持っており、盾の表面を覆う金属板を火花を熾しながら削り落とす。
女騎士は手持ちの盾ではあと一撃しか持たないと感じたのだろう。
先程兵士に魔術を使用した様に、自身の小盾に魔力を宿らせ二度目の斬撃を防ぎ、今度は盾の表面が削れることはなく強度を増した様だ。
しかしその一撃は致死性の一撃を秘めた斬撃であり、まともに受ければ言うに及ばず、盾で受け流さず正面から受けても盾ごと両断される威力を秘めていた。
それでも女騎士は死の剣閃を掻い潜り、自らの広刃の剣を放つ……
“キィィ……”
浅い一撃だが、女騎士の剣が漆黒の鎧の英雄戦士に届きその鎧にキズを刻む。
大きい実力差にも関わらず、女騎士の意志は漆黒の鎧に届いたのだ。
漆黒の鎧の英雄戦士は再び《空間歩法》を使い女騎士と距離を取る。
その距離はいわゆる仕切り直しといった距離であった。
そして漆黒の英雄戦士は剣の柄を自分の胸に当て切っ先を真上に向け、その姿は正に騎士が一騎打ちに臨む様な清廉さを感じさせる。
―――――――カチャ、カチャ……
漆黒の兜が何か言葉を発した様な感じがするが、そこに響くのは無機質な金属音であった。
だが、女騎士は鎧が発した言わんとすることを理解したのだろう。
自らの兜を外し、その素顔を鉄兜から出す。
(ん?どこかで見たような)
俺はその女性の顔に何処かで見たような引っ掛かりを感じる。
兜を床に落とした女騎士は漆黒の鎧の英雄戦士と同じ構えを取り、両者のその姿はまさに一騎討ちを行おうとする騎士そのものだ。
『近衛騎士コーデリアだ』
漆黒の鎧の英雄戦士に名を告げた女性……コーデリアは何らかの魔術か魔術具を使用したのか、胴を守っていた《鱗鉄鎧》の胴丸が消え、鎧下だけの姿となり、更にその鎧下も消え、薄着のレオタードの様な姿を晒す。
「……思い切ったね。あの剣は何か特殊な魔力がかけられているし、それにあの鋭い斬撃だ。あの娘の鎧では一撃でも入ると致命傷になる」
だからって、身軽になる為に鎧を捨てる決断を取るのは恐れ入る選択であり、戦いにおいて防具は体を守るものであると同時に、恐怖から心を守るものでもあるのだ。
昔、顧問が居ない時に剣道部に遊びに行ったのだが、遊びで防具なしで軽い打ち合いをしたらかなり怖かったのを思い出す。
(※危険なのでマネはしないでください)
しかも相手が振るうのは真剣であり、それが凄まじい剣閃で命を刈り取って行くのだ。
だが、女性……コーデリアは冷静そのものだ。
左腕の小盾を前に、右手の広刃の剣を槍を引くように構える。
まるで槍兵の突撃の様な構えであった。
それに応じるかの様に漆黒の鎧の英雄戦士は自らの長剣を上段に構える。
それは突撃に来ようものなら一撃で脳天から斬り捨てるものだろう。
相手の剣速を上廻ることが出来なければ――――――――死
・
・
・
先手、動き出したのはコーデリアだ。
初速は通常の動きであったが、漆黒の鎧の英雄戦士の間合いに入った直後その姿が加速する。
《加速》の魔術を使用し一時的にスピードを上げたのだろう。
『キエエエエエ!!!』
耳を紡ぐほどの烈帛の気合と同時に広刃の剣から鋭い突きが放たれる。
踏み込み、威力共に見事な一撃ではあったが
漆黒の英雄戦士を倒すには至らぬ一撃であった。
その突きを上廻る速度の袈裟懸けの振落しがコーデリアの一撃ごと斬り裂く様に落とされる。
魔術を使っても届かぬ差……
それがこの二者の決定的な差であった。
だが俺は一つの名言を知っている。
それは……
《戦いは強い者が勝つんじゃない》
コーデリアに何の抵抗もない様に長剣の一撃が入る。
しかしその一撃の余りの手応えの無さに漆黒の英雄戦士は戸惑いを起こした。
硝子の割れる様な破砕音がコーデリアから響き渡り……
その姿が霧散した。
《勝った者が強いんだ!》
「《鏡像幻像》か! この娘は《魔術騎士》だったんだね」
《魔術騎士》はガネメモの職業の一つで、いわゆる魔法戦士の系統の一つである。
RPGのお約束として魔法戦士は剣も魔法も中途半端なネタキャラだと最初思っていたが、ガネメモの中盤以降は育てたキャラの対応力がとても問われる難易度となっており、そして《魔術騎士》は防御能力が強力に設定されている職業であり、先ほどの《鏡像幻像》は一撃死の単体物理攻撃限定で攻撃を一度だけ無効化出来る《魔術騎士》のスキルだ。
コーデリアは鏡像幻像を囮にし漆黒の鎧の英雄戦士に尚も接敵する。
だが、相手の体勢が整うのにそうは時間が掛からなかった。
接敵しようとするコーデリアに再び斬撃が襲いかかる。
今度は長剣の“払い”だ。
このままでは胴が断たれるかと思ったが、コーデリアはその払いの斬撃に合わせる様に自らの広刃の剣を袈裟懸けに相手の剣に叩きつけた。
漆黒の鎧の英雄戦士の力も、重量も、相手が上である上、コーデリアは片手である為に力負けする光景が頭を過ぎるが……
何と彼女はその斬撃を力ずくで弾き返したのだ。
《武器相殺》
騎士の技能で、物理攻撃の武器による回避補正を上げるものだ。
ガネメモのシステムの回避計算は、主にキャラの速度、知覚、幸運、知性を使用し、そして盾や鎧などの受動補正(いわゆる防具の受け流し)、そして防御コマンド使用時には武器にも隠し補正が設定されているのだ。
広刃の剣は防御に使用すれば補正は結構あるが、あの鋭い斬撃を防いだのはスキルによる補正を得たのだろう。
コーデリアの足は止まらず、彼女は駆け抜ける様に漆黒の鎧の英雄戦士に特攻する。
小盾を構えてだ。
彼女は身体を沈ませる様に小盾で突撃する。
恐らく《盾攻撃》だろうが、相手が生身の人間であれば吹き飛ぶか昏倒するだろう。
だがガランドウの鎧は昏倒などとは無縁の様だ。
だが俺は見落としていた。
先ほどの戦いで彼女が鎧の英雄戦士にどう戦っていたのかを……
彼女が狙ったのは脚……脚甲の関節だった。
『やああああ!!!!』
《盾攻撃》のスキルの一撃で盾の表面の金属部分と漆黒の鎧とがぶつかり鈍い金属音が響く。
―――――――ガシャ………
鎧の右脚の脚甲箇所の関節部位が外れ、片脚状態になった漆黒の鎧の英雄戦士はその姿を傾けるが……
驚くことが起きた。
なんと漆黒の鎧の英雄戦士は自分の鎧の脚甲付近に自らの長剣を突刺し、脚の代わりの支えとしたのだ。
『なっ!!?』
これにはコーデリアも驚いた様で、その驚きが一瞬の隙となる。
漆黒の鎧の英雄戦士はその隙を見逃すことなく、コーデリアの首を両手で締めその身体を持ち上げた。
『しまっ……がぁ!ぐぅ!!』
女性ながら身長も高く、体格もしっかりしているコーデリアであったが、漆黒の鎧の英雄戦士は子供を持ち上げる様に持ち上げる。
コーデリアの首からミシミシと嫌な音が響く。
(首を圧し折る気か!)
『止めろ!!!』
コーデリアが危ないと見たのだろう、周囲の騎士の一人が剣を抜き放ち漆黒の鎧の英雄戦士に向かって行く。
だがその掩護が来るよりも彼女の首が落ちるのが早いだろう。
だが、次に響いたのは首を折る音ではなく
金属を断つ音であった。
――――――――チィン!
時計台内部の窓から何処からともなく、目にも留まらない速度で乗り込んで来た人物に漆黒の鎧の英雄戦士の腕部は断たれ、コーデリアは地面に尻餅をつく様に崩れる。
更にその人物は漆黒の鎧の英雄戦士を袈裟懸けに肩の箇所から腰まで斬り裂き一撃で仕留めた。
そして彼女を助けたであろう人物は、白銀の部位甲冑とコーデリアが身に着けていたような面付きの兜を身に着け顔は分からず、体格からは男性と思うが、佇まいからは色気の様なものが感じられ性別の判断に迷う様な人物だった。
続きます。