61話:孤児院での出来事 その2
子供達も就寝し、自身も就寝しようとした時に教団からの遣いが訪ねて来て、聖騎士の緊急の召集が課せられた。
そこには王都に詰めていた自分を除く聖騎士一人と、神殿騎士の二人の団長、そして魔術部門の責任者の司祭、そして大司教がそこに居た。
そこで語られたのは、教団の収容施設が"ある連中"に襲撃されアリア侍祭が誘拐されたとのことだ。
「ちょっと待て、"ある連中"って、その言い方だと正体は分かっているのか」
話しの途中でメリアは押し黙り、俺に険を込めた視線を向けてくる。
「坊主……悪いがこれは教団の問題なんだよ。アリアンロッド様と二人で話すから向こうに行ってな」
メリアは話しづらいかして、俺を追い出そうとするがメリアの言わんとすることにティコが気付き、そこで助け舟を出してきた。
「メリア、トーヤは降神のことも知っているから話しても大丈夫だよ。降神のことは一般の人への守秘義務があるから、それを守ってくれたのは嬉しく思う」
ティコは慈愛の女神の様に優しい表情でメリアに微笑む。
素直に戒律を守ってくれる彼女のことが好ましいのだろう。
「お、恐れいります。では、御意向通り全てお話しいたします」
まるで、印籠の紋所を見せられた代官の様に頭を下げる。
「しかし坊主は何故、降神のことを…… 情報統制はしっかりと機能しておりますから、他所から聞いたと言うことはないでしょう。アリアンロッド様が教えられたのですか」
メリアの疑問にティコは首を横に振り
「違うよ、でもトーヤは何故か色々なことを知っているのよ。聖人の時もそうだったし」
そう言えばそうだったことをメリアも思い出したかの様な表情をする。
「坊主、降神のことは何処から知ったんだい」
俺は部屋の壁に掛かった、教団の神様の絵を指差して
「……神様から聞いたんだけど」
嘘偽りなく素直に言ったが
「……はいはい……トーヤのホラがまた始まったよ。そう言ったホラはあんまり面白くないんだけどな」
ティコが呆れた様に溜め息をつき、メリアは
「……………」
な、なんだよその憐れむような視線は、そ、そんな眼で俺を見るな!
「坊主……神様はいつでもアンタを見守っているよ」
神に仕えるシスターがそんな目をして説法するなよ。
少し脱線したが話しを再開することになった。
メリアは今回は隠さずに話すそうだ。
「先の教団の幹部に大司教が伝えたのは、アリアが攫われたこと、そしてそれを行った実行犯は4人……まあ、"人"と表現するのは正しくないかも知れんが」
言われなくてもわかるが、まあ黙っておくことにしよう。
話しは、日が暮れてすぐに"長身の美しい女性"が施設の門を魔術で攻撃したことから始まった。
使われた魔術は《分解消去》と言う、魔術の奥義とも言われるものであったそうだ。
《分解消去》なら俺にも分かる。
ガネメモの高位魔術の一つで、抵抗に失敗した対象を即死、成功しても大ダメージ+防御ダウンのデバフを付ける対物理魔術だ。
門は一瞬で消滅させられ、内部に居た職員も見たことのない弦楽器を使う、魔器使いの魔術師に為す術もなく封じられたそうだ。
そしてその弦楽器の使い手の魔術師に唯一対抗出来た者が、コルグと言う神官であった。
「そのコルグは何とか追手をやり過ごし、アリアを逃がそうとしたのだけど、自分が足手まといになってしまい叶わなかったと悔やんでいたそうだよ」
メリアの言葉には口惜しそうな感情はない。
むしろアリアがコルグを見捨てなかったことに、かえって安心したのだろう。
「そして何の偶然か、教団の司祭がその襲撃の最中に乗り込んでね。先の門を消滅させた魔術師と戦うことになった」
そしてその戦いで、相手の魔術師の女は《自己の世界》を使用したことで降神の分身体であることが分かったのだそうだ。
「じゃあ、その女性が今回の事件の主犯と言うことなの」
ティコから確認がされるが、メリアは首を横に振り。
「いえ、どうやらその者は協力者の様な感じで、主犯は首だけの女性で……」
メリアは一拍の間を置いた後
「その者は空間を支配する能力を使ったそうです」
メリアのその言葉にティコの視線に険が交じる。
「つまり、聖人と降神とが手を組んだと言うこと……」
メリアは「恐らく」と短く呟く。
空間を支配する能力を持つ聖人。
その存在は俺も知っている。
それはガネメモのティコルートのラスボスで、世界を憎み、自らの身を引き換えに世界を滅ぼそうとした強敵だ。
単純に考えればそうなるだろうけど、俺は腑に落ちなかった。
まず俺が知るその聖人は年端も行かない男の子で、極度の人間不審を患っており、誰かと手を組もうなどと考えることもない人物だった。
確か葛霧資料には、聖人は基本憑依した人物と添い遂げ、その後転生するのが基本であって、その憑依を別人に移すなどは出来ないと書かれていた様な……
ちなみにアリアの時は何か特殊な要因があったのかな。
どうやら主犯は《聖人》とその《降神の分身体》であると、お二人様の会議で決まりそうだったので、俺はその結論に別意見と言う名の水を差すことにした。
「待ってくれ、まだ結論を出すのは早いぞ」
俺は気になったことをメリアに尋ねることにした。
「その四人組に"男の子"は居なかったか」
俺の指摘にメリアは頷き
「ああ……司祭と神官の証言によれば、その女性の生首を持っていた者が年端も行かない少年だったと」
そう言ってメリアは鞄から何枚かの紙を取り出す。
その紙にはそれらの人物のスケッチが描かれており、他の三人の女性は見覚えはないが、少年の容姿には見覚えがあった。
(ビンゴだな。しかし何故コイツが降神と手を組んでいるんだ)
俺はガネメモのティコストーリーの聖人の内容を思い起こす。
かつて共和国を地獄に落とし込んだ聖人は既に亡く、その《十二使徒》の力は共和国と旧公爵領の緩衝地帯の小さな農村の少年に転生された。
その家族は貧しいながらも幸せな家庭であったが、その家族に魔の手が伸びる。
奴隷狩りの連中が集落を襲ったのだ。
その奴隷狩りは共和国の人間で組織されていたが、その背後には旧公爵勢力がその組織を操っていた。
規制の緩い時代でもあり、倫理委員会の審査もエロの検閲は厳しかったが、それ以外は緩めで通ったこともあり、ガネメモのR18の側面はエロよりも人間の残虐性の側面が強い作品となり、それは目を覆う内容であった。
抵抗した家族は残虐に殺され、大切な姉妹は汚され、まさに吐き気のするような内容であった。
後にガネメモイラストレーターのサブスケさんに聞いた話しだが、このシーンの葛霧さんの拘りは異常とも言えるもので、最低な気分な仕事だったと語っていた。
『……みんながしぬことが せかいのせいと いうなら…… せかいなんてなくなればいい……』
ティコストーリーの聖人の最期の言葉だ。
当時は俺も疲れていたこともあり、俺はこの少年に思いっきり同情してしまったことを思い出す。
最期は自分の家族の幻影と共に、ティコの砲撃中で消えていった。
「どうしたのトーヤ……目が潤んでいるよ」
ティコに指摘され俺は目を拭う。
「欠伸を噛み殺しただけだよ……」
適当に誤魔化した。
「聖人はこの少年だ」
俺はメリアが拡げたスケッチの少年を指差し、そう告げるが
「しかし証言では、空間を支配する力を使ったのはこの生首の女性だと」
メリアはそう言うが、聖人を他所に移すには転生と言う手段しかない。
そして当の本人は生きているいる為、生首の女性が聖人と言うのには性急過ぎると思ったのだ。
「ふーん……で、トーヤは何でこの少年が聖人だと思ったの」
「勘だ」
俺はすかさずそう答えるが、本当のこと言ったって誰も信じはしないだろうからな。
「坊主、冗談を言っている場合じゃないんだよ!」
夜中なのにお構いなしに大声を上げるメリアに俺は静かにとジェスチャーをするが、それが余計にメリアの怒りに火を点けることになったようだ。
「……まって、その少年が聖人であるかどうかは確証はないけど、その女性が聖人であると言うのは確かにボクにも異論がある」
ティコさんなら解かってくれると思っていましたよ。
「ボクの知る限りだと聖人は多感な年頃の人間に宿って、その複雑な心を歪めようとする性質があるんだ。この生首、結構若作りした年齢みたいだし、首だけになった女性に聖人が宿っているのも変な話しだよ……それに」
「首だけになって生きている人間なんて居るの? 聖人て一応人間だよ」
ごもっともなご意見だけど、漫画とかでは結構居るんだよな。
「……婆さん。他に何か手掛かりはないか、ほらコイツらの名前とか」
ダメ元で聞いてみたが
「一応は奴らが話していた内容はこの書類に記載されておるが、固有名称などは《真実看破》の占星術で調べた所、偽りだと判定が出ておるのだ」
メリアが取り出した書類を俺は流し読む。
まあ、潜入してくる奴が堂々と本名や地名を言う訳ないわな。
言ったとしてもこちらを騙そうとしていると思うし
だがその書類を読んだ俺の思考は凍りつく。
(た、たしか降神は異界の神だったよな)
《ティーテン》《モルゲン》《聖剣》《貴婦人》……
この単語だけで、俺はコイツらの正体を察する。
いや、分からいでか………
「《真実看破》は何を偽りと反応したか分かるか」
メリアは話しの内容を思い出す様に
「クラリオスからは、確か"偽りの戴冠、真実の名は至高なり"と言っていたそうだけど、要はウソの名前を名乗っていたと言う処だろう、姑息な賊らしい……」
俺はこんな単純な思考が出来るメリアが、ある意味羨ましいかった。
この占星術の結果を俺なりに解釈すると、"名前は偽りだが真実の名はとにかくヤベエ"と言ったところだ。
まさに『旗本の三男坊風情が実は……余の顔を見忘れたか"バーン!"』といった、ざまぁなサンバと言ったところだろう。
俺はとりあえず知っている知識を二人に教えることにする。
何の警戒も無しに戦うには危険過ぎる相手だ。
降神との過去の戦いの光景を観た俺は、降神はその姿によって戦闘能力がまるで違うことを知っている。
しかも、今回の相手は特にヤバい相手だ。
そして更に聖人まで加わるとなると、ティコでもピンチは避けられないだろう。
最初俺の話しを聞いた二人は(またホラか……)と言った表情だったが、必死の説得の成果だろう取り敢えず信じて貰えた様だった。
まあ半信半疑と言ったところだろうけどな、普段の行いの大切さを身に沁みて感じましたよ。
「トーヤの話しだと、降神の分身体はその三人だと言う話しだけど、恐らくその貴婦人かモルゲンが主体になっているのじゃないかな」
そう言ってティコは何かの力を使ったのか、光の糸で人型の人物を創り出した。
3Dモデリングの様に出来たその人物は俺でも知っているファンタジーな種族、エルフの男性であった。
細身で長身、整った容姿に尖った耳、まさにファンタジーだ。
エルフの男性は家令の様な正装を身に着けており、その通りに流麗な仕草でティコに敬々しく礼を行う。
「女王陛下、イングウェイお呼びより参上しました」
セバスチャンではないのか……
ティコはウンウンくるしゅうないと言った感じで、大仰に頷く。
「そうだね……折角だし、お茶でも入れて貰おうかな」
ティコは以前にアリアがお茶を入れていたティーケースを指差し、エルフの男性イングウェイにお茶を入れる様に催促する。
イングウェイにはそれだけで十分だったのか、無駄の無い流麗な動きでティーケースからお茶の準備を行う。
待つこと数十秒
「お待たせしました」
はやっ!
用意されたカップからは、いい匂いが立ち昇っている。
俺は半信半疑な気分でカップに口を付け、お茶を飲んだ。
(う、美味い)
湯は!? 蒸らしの時間は!? 色々ツッコミどころはあるが、数十秒でこれだけのお茶を入れるこのエルフは只者ではないと俺は戦慄する。
「……うん、まあまあだね。ただ蒸らしの段階での《温調》の魔力の調整にまだ改善の余地がありかな。 でも他は及第点ではあるよ」
こんな美味いお茶に、何とも厳しい御言葉のティコさん。
何か魯山人気取りのツンデレ爺さんのオーラが見えるような、見えないような。
「ありがたき御言葉、このイングウェイ、更に精進させていただきます」
また流麗に礼をするイングウェイ、まさに理想の執事と言った感じだ。
「彼はイングウェイ。ボクの《自己の世界》《精界城》の精界に“生きている”妖精だよ」
俺とメリアはイングウェイに視線を向けると彼は一礼し「家令のイングウェイと申します」と絵になる様な自己紹介をする。
その見事さに、俺もメリアも釣られて礼儀作法なんて大して出来ないのに、それっぽい挨拶を返してしまう。
(こっちの世界のマナーも勉強しないとな)
「さっきも言った通り、彼は《精界》の民だ。彼はボクの傀儡とかではなく自分の意志があり、向こうでは君たちと変わらない様に生きている」
俺はティコのその説明に、思考のパズルのピースが嵌った感覚がする。
「つまりあの三人全員が降神の分身体ではなくて、分身体は一体で、後の二人はイングウェイの様な《自己の世界》の民なんだよ」
《モルゲン》と《ティーテン》について俺なりに知っていることは、二人はアヴァロン島に住まう九人の魔女の内の二人だ。
アヴァロン島は《湖の乙女》が住まうと言う聖地であり、モルゲンはそこの世界《自己の世界》に生きる者であるのなら、分身体は《貴婦人》と呼ばれる生首の女性の可能性が高い。
聖地アヴァロン
その逸話はいくつもあり、俺の世界にもモデルとなった島自体は存在しているが多くの謎に包まれた存在だ。
曰く、聖者の始まりの聖地とも
曰く、天国や地獄への入口とも
曰く、妖精達が住まう楽園とも
そして一番有名なのが、アーサー王の最期の地となり、いつか復活する為にこの地に眠っていることだ。
俺はメリアが出した教団の資料を再度流し読む。
《貴婦人》……
湖の乙女の別名に湖の貴婦人と言う名がある。
この生首の女性はそれを騙っているのか、あるいは本人なのか……
湖の乙女自体が謎が多い存在で、様々な通説があり、その一つに湖の乙女は一人ではないと言う説がある。
もしかしてこの生首の女性は湖の乙女の一人と言うことなのかも知れないと思った。
首を斬り落とされた湖の乙女に俺は覚えがあった。
アーサー王がおんにゃのこで出てくるえろげに影響を受け、アーサー王伝説の書籍を読みまくっていた時期があり、その内容で湖の乙女がアーサー王配下の騎士に首を斬り落とされた件の話しがあったのだ。
もちろん乙女は怒り狂い、首だけにもなろうとも呪詛まで吐いたほどで凄まじい剣幕だったそうだが、次の登場からそんなことがなかった様にケロッと登場して来て「そうはならんやろ!!」と一人ツッコミした若き日の過ちが頭に過ぎる。
『いえ、”神”とは呼んでいますが、あれは数々の世界の神話や逸話からあぶれた者達の群れですよ』
シロの言葉から察すると、首をはねられた湖の貴婦人の一人が、降神に堕ちたと言ったところか
俺はそう結論付けた。
「……アリアンロッド様、結界を張った犯人はどのような者でしたか」
メリアはティコに俺が先ほど話した、結界での出来事を聞いてくる。
正直俺も知りたい。
「うん、それがね……」
ティコが歯切れの悪そうに言うが、要は結界を解除したのはティコではなく別の人物達なのだそうだ。
ティコは《幻影》を映像の様に広げ、そこであったことを説明する。
お久しぶりの投稿になります。
感想も頂き、テンションが上がって書き溜めてはいたのですが仕事が鬼の様に忙しくなり、修正の時間が取れなくて、こんなに時間が掛かってしまいました。(おまけに話がほとんど進展していない^^;)
あと書き溜め続き二話分も、もう少しで修正が完了しますので少し時間をずらして投稿させて頂きます。
毎回本当に申し訳ございません。
あと読んで頂ける方々には本当に感謝させて頂いております。
諦めず続けられるのは読んでくださる方々がいらっしゃるからです。
誰かが読んで頂ける間は辞めることは考えていないので、気長にどうかよろしくお願いします。