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60話:孤児院での出来事 その1

 


「ヘックショ!!」


 月が出ている夜路の中、俺ことトーヤは水が染み込んだ靴からギュプギュプと音を鳴らしながら、己の不幸を噛み締めながらトボトボと歩いていた。


 幾人かすれ違う人が居るが、全員俺を奇異の目で見てくる。


 俺の容姿がどうとか……それもあるかもだが、一番は全身ずぶ濡れだからだろう……ソウダトオモオウ


 しかし大変だった。


 上排水路で猫ぐらいの大きさの大鼠に追いかけられるわ、大型の昆虫のワサワサとしたトラウマを植え付けられそうになるわ、俺は二度と水路に近づかないことを誓った。


 しかし春も盛りとはいえ、夜に全身ずぶ濡れでは風邪を引きかねないので、俺は暖を求め本来の目的地に向かうことにする。



(と、とにかくまずは風呂を借りよう、そうしないと風邪を引いてしまう)



 保険制度や医療がしっかりしている現代日本ならともかく、こんな異世界では風邪一つで命と懐が致命傷になりかねない。


 海外出張で急性盲腸炎になって緊急入院した同僚が居たことがあったが、一時立て替えの病院の治療費に目玉が飛び出る様な金額になったらしい。

 会社が保険をしっかり掛けていたので、最終的に費用の負担はなかったらしいが、それ以来ソイツは給料明細の健康保険料の項目にいつも手を合わせていたな……



 そんな訳で俺は病気になるわけにはいかない。


(なったとしてアリアにもう世話をかける訳にはいかないからな)


 今回は緊急と言うことで大目に見てもらおう。


 色々考えごとをしながら歩いていたら、避難先の礼拝堂兼孤児院に辿り着いた。



「たのもう… おたのみもうす… おねがいします、たすけて〜」



 立派な玄関先の扉を叩きながら、俺は最後は情けない声を出しながら助けを求める。



 しかし扉が開かれることはなく反応もない。



「……まじかよ……」



 メリアはもう就寝したのか反応がない。


 年寄りは早寝、早起きだから無理もない。

 もう夜半にかかろうとしている時刻であり、こんな時間に起きているのは夜の商売を生業とする者や夜勤の治安兵くらいなものだ。


 扉の鍵もしっかりと掛かっており、流石に押し入る訳にはいかないので、とりあえずティコと合流する目的だけ果たそうと玄関脇に座り込んだ。



 巡回の治安兵に見つかって不審者扱いされないことを祈っておこう。



(そう言えば初めてこの世界に来た時にも、ここで座り込んだな……)



 あの時との違いは、ティコが居ないことか……



 玄関は立派な造りのために横風があまり入ることはないので、寒さに対しては少しマシになってきた。



(さて……一体何が起きているんだ)



 落ち着いたところで俺は今回の騒動のことを考える。



 まず最初に起きたのは、俺の生活区域に《虐殺結界》なんて名前からして物騒な結界がいきなり張られたことだった。



 そしてもう1つは、あのドSサイコパスマネキン女……長いからドS女にするか……


 タイミング的にあのドS女は間違いなく、あの結界を張った一味だろうと思う。


 そしてティコが、あれは《魔法陣形》と言っていた以上、実行犯は複数人、そしてあの女は見廻りと言ったところか……



 そして次に何処の組織の手の者であるかだ。


 《虐殺結界》についてはガネメモのイベントで使用されたストーリーを思い出す。


 リューズルートで共和国のテロリストが、王都に結界を使用した話があったのだ。


 今回も共和国の仕業かとも思うが、本来このイベントは国王がある貴族を暗殺する為に共和国と取り引きし、貴族街に仕掛けたものなので、今回俺が住んでいた下町はそういった目的ではない。


 そもそも周囲同時多発に仕掛ければ陽動の意図もあるだろうが…… いや、陽動目的なら静かに死をもたらす《虐殺結界》はかえって不都合なはずだ。 それこそ《龍滅陣》の魔法陣形のが……




「坊主……そんな所で何をやっているんだい」



 考え事をしていた俺に不意に声を掛けて来たのはメリアであった。


 何処かに出掛けていたのだろう、通りから立派な…恐らく軍馬に跨り、俺のことを見下ろしていた。



「なんだい濡れ鼠みたいな格好で…… まあ丁度いい、坊主に話しがある」



 メリアは俺のこの姿に、このままでは風邪を引いてしまうと考えたのだろう。


 馬から降り扉の鍵を開け



「まずは風呂に入ってきな、話しはそれからだ」



 こうして俺は風邪を引く危機から免れることになった。



 今回は感謝しておこう。





 風呂で温もり、着替えは以前ここから卒院した子供が残して行った衣服があったので、それを借りることになった。


「アリアが居ないからね。たいしたものは用意出来ないが、これでも飲みな」


 そう言っていつもの談話室で白湯入りのカップが目の前に置かれる。


 凍えていた俺には何よりも嬉しいもので有り難く頂くことにした。


「アリアンロッド様は居ないのかい。坊主と二人に話しがあるのだけどね」


「ああ、今は居ない、実は……」



 起き抜けから先ほどまでの出来事をメリアに説明する。



 メリアは表情を曇らせ、俺の話しを聞いた後に聞いてくる。



「……そうかい、坊主、災難だったね。アリアンロッド様はその対応に向かわれたのかい……」



 俺はメリアの表情から何かを憂慮している感情を察する。いわゆる何か悩んでいると言う感じだ。



「どうしたんだ。結界はティコなら大丈夫だろう、何か心配事があるのか」


 メリアは一言「そうだねぇ……」と呟きながら、「坊主」と意を決した様に俺に向き直り。



「頼みがある」



 何か深刻な感じで俺に言うものなので俺は身構えてしまう。



「な、なんだよ。シリアスに改まって」



 メリアは応接室のテーブルに、先ほど玄関の扉を開けたこの施設の鍵を置き



「数日留守にする。その間、此処を預かって貰えないかい……」



 俺はいきなりのメリアの発言に困惑する。



(何言っているだ、この婆さん)



 何かの冗談かと思ったが、その真剣な表情に俺は本気だと悟る。



(……まさか……)



「アリアに何かあったのか……」



 俺のその一言にメリアは静かに頷き


「ああ……先ほどそのことについて教団に赴いていた」



 メリアは静かに言う。


「アリアが拉致された」


 メリアは冷静だった。



 その態度に俺は何か引っ掛かるものを感じる。



「アリアが拉致られたのに酷く冷静だな、いつものアンタなら有無を言わさず脳筋らしく突っ走るのに……」



「何があった」



 俺はメリアを見据える。



「今回の結界の件と何か関係が、相手の正体についても何か知っているのか……」



 俺のその言葉にメリアは鎮痛な表情で



「……すまん、言えんのだ。 しかし坊主も冷静だね。あの子が攫われたと言うのに、もっと驚くかと思ったのだが」



 いや……十分焦っているよ。


 先程の件といい、俺の知らない所で何かが起こり多くの関係ない人間が巻き添えになっていること、そしてアリアのことも心配だ。



「婆さん、何を隠している。歯切れの悪い隠し事なんてアンタらしくないじゃないか、一体何が……」



 俺がメリアを問い詰めようとしたところで、「ただいま〜」と場に似つかわしくない呑気な声でティコが合流して来る。



「……どうしたの、二人共そんなに怖い顔して」



 ティコのその呑気に当てられたのか、俺もメリアも毒気を抜かれる空気になった。



「いや、ちょっと悪い出来事があってな。それをメリアに聞こうとしていたんだ」



 メリアもティコが現れたからだろう、流石に自分が信仰する精霊女王本人に、しかめっ面は出来なく表情を和らげる。



「……何かあったのかい」


「アリアが攫われたのだそうだ」


 そして暫く留守にするから、俺に孤児院を預かってくれとも付け加えた。



 ティコはアリアが攫われたことに形の良い眉を歪ませ、メリアに問う。



「メリア話して、一体何があったの」



 ティコから言われれば素直に言わざるを得なかったのだろう、メリアは自分が教団で聞かされた出来事を一から語り始めた。



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