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59話:ソレイナの誓い

 

 生きている者とは思えない、生首の女性からの取引……もとい脅迫にアリアは頷くしかなかった。


 少年に組み伏せられた、コルグは止める様に言うが、アリアには、ここに居る人達を犠牲にして自分だけが助かる道を選択することは到底出来なかった。



(……ごめんなさい……)



 アリアは自分を助けようとしてくれた、多くの人達に再び裏切ることに心中で謝る。



 届かぬその想いを……





 中庭の遊戯(ベルクリフ)は絶望的な闘いとなっていた。


 ソレイナは《世界の変質(ベルクリフ)》に残っていた最後の魔術を、目の前の"牛"に似た獣にぶつけ動きを止め、新たに発現した攻撃魔術《氷槍(アイスランス)》で、"牛"の額を貫き、その動きを止める。



「……ハァ…ハァ…まったく次から次へと、キリがありませんわね」



 息も絶え絶えにソレイナは軽口を叩くが、現状は最悪の一途であり、女性の《自己の世界(ファンタズマゴリア)》から発生した獣達を相手にソレイナは奮戦していた。


 精霊女王(アリアンロッド)の《自己の世界(ファンタズマゴリア)》《精界城》に住まう妖精達が居ると言う話を聖典で読んだことがあったが、恐らくこの獣達は妖精達と相当の、この女性の眷属なのだろう。


 既にかなりの数を倒してはいるが、女性の《自己の世界(ファンタズマゴリア)》からは無尽蔵とでもいうが如く獣達が現れ、おぞましいその姿はソレイナには見慣れない獣達であり、恐らく異界の魔物なのだろうと推測する。



 骨だけの牛、巨大な灰色狼、大鷲ほどの大きさの鴉、人を一口で飲み込みそうな大蛇、粘液でテラテラとテカっている大鰻、……様々であった。



 どれもこれもが禍々しい気配を放ち、ソレイナの肉を喰らわんと牙を剥き出しに迫って来てくるが……



「あの女ほど可食部位はありませんが、身持ちは固い身の上ですのでお断りですわ!!」


 アリアに比べると肉付きの悪い細身の体ではあるが、こんな獣達に分けてやる肉はない。


 ソレイナは遊戯(ベルクリフ)において、最初に発生させていた《魔弾(エナジーボルト)》を広範囲に拡散させ、迫りくる獣達に対する弾幕を張るが、拡散された弾幕程度では前衛の数頭の足を遅らせる程度にしかならなかった。



(でも、時間は稼げましたわ)


 もはや遊戯(ベルクリフ)において自分の勝利はないことは理解している。


 だが、先程の弾幕は悪足掻ではない。



(遊戯の勝ちはそちらでしょうが……)



 ソレイナは《収納(アイテムボックス)》の魔術に格納していた、愛用の武具である一振りの細剣(レイピア)を取り出し身構える。



「最後に勝つのは(わたくし)ですわ!!」



 それはソレイナに迫る大型の獣相手には、可細く無力な武器な様に見えるが、彼女の起死回生の策の一つだ。



 ソレイナの《魔弾(エナジーボルト)》の弾幕を抜け、一体の灰色狼がソレイナの首に喰らいつかんと迫ってくるが、ソレイナはその身を翻し、細剣(レイピア)の尖端で灰色狼の眉間を貫く。



 ―――――ボッ!!



 眉間を貫かれた狼は大きな衝撃音を起こし、その姿を消滅させた。


 女性はソレイナの細剣(レイピア)に纏う、魔力の性質に美しい眉を歪ませる。



 それは不機嫌によるものか、何か別な想いのものか分からないが……



「なるほど……伝承武器の能力を魔術で再現したのですか……」



 女性は心底嬉しそうにその頬を緩ませる。


 それは英雄譚に心を踴らせる少女の様な姿の様でもあった。




 ――――英雄武器の再現


 伝承などには必ず登場する、英雄と対なす伝説の武器。


 精界より創られし、英雄王アレス王と聖王ローランが振った《精光剣》


 歴代の最強と讃えられし聖騎士を守り、戦い抜いた《雌雄一対の剣》


 創造神に叛逆した、古の大魔導師の手したとされる《渾沌の杖》



 伝承には様々な強力な伝説の武器が存在するが、それらの武器はどれだけ強力であっても『個』の力であり、その英雄と武器が備わっての1代限りの力であることが常であった。


 しかし教団は1代限りとは言え、その力に着目し、英雄と共に戦い抜いた武器が得たであろう経験と特性を魔術で再現する技術を編み出したのだった。



(魔獣殺しの聖騎士の力……伊達ではありませんわ)



 ソレイナが細剣に付与した魔術は、《千の魔獣殺し(デモンスレイヤー)


 かつての教団の聖騎士《千の魔獣殺し》の、武具から解析された対魔獣特効の付与魔術であった。


 しかし伝承武器の再現はかなり不安定な技術で未だ改善の余地が多い技術であるが、ソレイナは細剣(レイピア)素材(マテリアル)となった《精銀(ミスリル)》と自身の魔力で、力づくで発現させていた。



(遊戯には勝てなかったですが、要は()()()()()()いいわけです。これで時間を稼げば)



 この施設に入る前に連絡に戻した《戦闘馬(ウォーホース)》が援軍を連れて来てくれるだろう。



(レグルスが居れば相手が降神の分身体であっても、勝機はありますわ)


 あの長い付き合いの聖騎士の相棒が居れば、こうも一方的な戦いにはならないだろう。


 降神との戦いは《精霊女王(アリアンロッド)》が教団に下した宿願とも言える事項であるが故に、《高位次元神体》や《自己の世界(ファンタズマゴリア)》に対する戦い方は、教団の戦士には伝わっていることであった。



 援軍が到着するまで時間を稼ぐ。



 ソレイナ実力ならばその作戦は成功し、戦況を覆すことが出来たであろう。


 目の前のこの女性()()であればだが……





 突如として現れる一つの大きな気配



「っつ!!?」

「………!?」



 対峙していて二人はその大きな気配に、互いに動きを止るる……否



 動けなかった。



『そこまでよ……二人共』



 その大きな気配から放たれた不可視の力によって、ソレイナの魔術も女性の《自己の世界(ファンタズマゴリア)》も消滅させられる。


 初めからこの世界に存在しなかった様に



(新手……! いえ、それ以上に厄介な!!)



 ソレイナは手にしていた細剣(レイピア)が、先ほどの不可視の力に耐えられず消滅する様を、また女性の《自己の世界(ファンタズマゴリア)》を掻き消す様子から見て、新手が対峙する女性より高位の存在だと見抜く。



 施設の入口から歩んで来る三人の人物


 ソレイナはその一人の少年の腕に抱かれている"モノ"に絶句した。



 ―――――女性の生首



 子供が抱く女性の生首……本来ならその姿だけで怖気が走るものではあるが、ソレイナに別な意味での怖気が走る。



(な、なんなのあれは……)



 生首の女性の姿をその目に収めたソレイナの背筋に冷や汗が流れる。


 それは岸も見えない透き通った湖の真ん中で、底が見えない湖を見つめる様な不安さを感じた。



 対峙する女性だけならば、援軍が来るまで耐えられる。新手が来ても格下相手ならば何とかしょう……



 しかし、こんな化け物相手では、自分1人では殆ど耐えられないと諦めが支配した。


 ソレイナの推測では、生首の女性には教団の全戦力をぶつけて、ようやく戦いになるかとのレベルの話しであると言う事実が彼女の心を折る。


 ソレイナの心中に諦めの感情が支配し、その感情に逆らうことなく腰が碎け、膝を屈した。



『お愉しみのところ悪いけど用件は終わったわ、モルゲン』



 神秘的な灰色の髪を持つ女性、モルゲンは穏やかな表情を浮かべてはいるが、不機嫌な感情の気配が漂っている。


「そちらの目的が達せられたのはよかったわ……でも、今は私の望みを得られるかどうかの最中なの」


「邪魔しないで欲しいわね」


 そしてモルゲンはその穏やかな表情から、勝負に水を差した非難の視線を女性の生首に向けるが



『あら……そう……やはりこの世界にね…… でも、悪いけど今回は見逃しなさい』


 生首の女性のその言葉にモルゲンは再度食い下がろうとしたが、生首の女性を抱える少年の後ろに居る少女を目に収めた後、納得した様に矛を収める。



(大方、この場に居る者の身の安全を引き換えに降伏したと言ったところどうかしょうか……随分甘い人物の様ですね、神子は……)


 でもそれは不快な感情ではなく、この娘が持つ自己犠牲精神に憐れさを感じる感情だった。


「貴婦人……貴女の顔を立てて、今回は手を引きましょう。……ですが、次は無いわ」



 モルゲンはソレイナへの未練を諦め、その興味を抑え込んだ。




「……アリア侍祭……」



 ソレイナは彼女達の背後に居るアリアの姿を目に収めるが、アリアは伏し目がちに、ソレイナとは目を合わそうとしなかった。


(……あれだけ殴ったのですから、仕方ないと言えば、仕方ないですわね)


 一応無事なのは確認したが、生首の女性達に追従するその姿に聡い彼女は悟った。



(わたくし)達は人質になったと言う訳ですわね)



 奴らが言っていた《神子》と言う単語がアリアのことを指し、あの女に何かさせたいことがあるのなら、自分達は恰好の人質となったと言うことだった。



 ――――――人質



 お荷物扱いされたソレイナの内心に、絶望以上の怒りが燃え盛り、折れた心が再び奮起する。



「……巫山戯るなっ!! 惡鬼共が!!!」



 ソレイナは怒りに任せ《魔弾(エナジーボルト)》の弾幕を生首の女に放つ。


 だが怒りを秘めながらもソレイナは冷静であった。


 弾幕は時間稼ぎであり、ソレイナの本命は女性―――モルゲンにぶつける為に練り上げていた攻撃術式である。



 ―――《神滅》



 《神滅》は自己の世界(ファンタズマゴリア)に対抗する為に、精霊女王の砲撃を再現した最強の攻撃法式であるのだが、本来は《魔法陣形》で複数人の魔術師が使用する戦略級魔法陣形の法式であり、ソレイナは単身でそれを無理に発動させようとしていた。


 ソレイナの魔力が砲の型を取り、その照準が生首の女性に向けられる。


(……収束を誤れば周囲全てを吹き飛ばしてしまう。砲撃後防壁を……)


 ソレイナは頭に血が上っていても、周囲の巻き添え、被害を冷静に計算し、それを防ぐ計画を立てるが



『なるほど、これは確かに凄いわね。でも、無理をして壊れるとモルゲンが哀しむわよ』


『……(ひざまつ)き、伏せなさい……』



 術式を発動する直前にソレイナに不可視の圧力(プレッシャー)が襲かかり、膝を付き、顔を地面に付き伏せることになった。



(がっ!!)



 不可視の力で地面へと顔を付き伏せ、ソレイナはうめき声を上げようとしたが、うめき声すら相手に封じられる。



(こ、これは呪縛……、重力操作、違う……まさか……空間を)


 瞬時の分析により、ソレイナの脳裏は最悪の結論が導き出された。



 空間を支配する能力。



 共和国を地獄に変えた、ある聖人が持っていたとされる力であり、現在確認されている聖人の中でも最強最悪の能力であり、それは視界の空間に能力者の力が及ぶ限りの事象を引き起こす、神の様な力だったことをソレイナは記憶していた。



(くっ……この………解呪を……)



 ソレイナは魔力を高め、生首の女性が使ったとされる空間支配の力に抗うが、それは雁字搦(がんじがら)めになった紐を解く様なもので簡単には行かない。



『あら、頑張るわね。まあ、解呪が終わるまでに私達は行くとしましょうか』



 歩みを始める複数人の足音がソレイナの耳に届く。


 無人の荒野を歩む様に、彼女達の歩みを止めることが出来る者は誰も居らず、止めようとしたソレイナは魔術どころか声すら出せず、地面にしか視線を合わせられなくなり、自身を通り過ぎていく足音しか聞こえなかった。



(……ま、まちなさい!)


 ソレイナのその念が通じたのか、否か、最後に通り過ぎようとした人物の足音が止まり、その人物がソレイナに手を添えようとする気配が感じられる。



(アリア……)



 ソレイナはその気配から彼女だと推測するが、伏した己の姿ではその表情すら図ることは出来なかった。



(ははっ……貴女は今どんな表情をしているのでしょうね)



 ソレイナの脳裏に、先の己の醜い行いが蘇る。



(当然の報いと嘲笑っているのでしょうか、そうであっても仕方ないことでしょうね)



「……………………」



 息を吐く様な感じから彼女(アリア)は何か言っているかのようだが、それは全く言葉になっていなかった。



( ……言葉を…… 聖歌呪法を封じられたのですか……)



 本来考えてはいけないことなのに、ソレイナはほっとした。


 ソレイナは何故か怖かった。


 戦いよりも、彼女から罵倒を受けるのが何故か恐ろしかった。


 気に食わない彼女に何を言われても何ともないはずなのに、それはソレイナにも理解出来ないことであり、本能的な恐怖となっていた。



(……安心しているの……彼女が喋れないから……なんで、なんで……)



 だが、ソレイナに下されたのは負の感情のものではなかった。



 彼女(アリア)の暖かい手のひらがソレイナの背に優しく添えられる。



 その優しく温かい手つきは、ソレイナを責める様な感情は一切感じられるものではない。



(どうして……どうして……貴女は(わたくし)を責めないの……)



 ―――ソレイナの頬に降りかかる雫




 それはとても暖かで、少女の想いそのものだった



 ―――ごめんなさい、ごめんなさい……




 彼女は出ない言葉でソレイナに謝り続けていた。




(どうして、どうして貴女が謝るの……)




 ソレイナの脳裏に蘇る記憶


 初めてアリアと出会った時のこと


 彼女は何か言いたげに(わたくし)に話し掛けて来たけど、(わたくし)は相手にしなかった。



(……随分酷い奴でしたわね……(わたくし)



 あの頃は必死だった。



 強くなりたくて必死に己を磨いた。



 同年代の人間に関わっている、時間も、余裕も、(わたくし)にはなかった。


 それから幾度となく、彼女は(わたくし)に話しかけ様としていたけど、まともに話すことはなかった。



(……人間なんて信用できない、どいつもコイツも打算で(わたくし)と繋がろうとしているだけ……)




 大切な人が奪われようとした時に、守ってくれた少女の背中の記憶がソレイナの中に蘇る。




(……わたくしは……)


 ・

 ・

 ・



「必ず……必ず、迎えに行きますわ!」


 体も動かず、顔も上げられない状態であったがソレイナはアリアに言葉を届ける。


 決意を秘めた己の言葉を…



「……うん……待っているね……ソレナちゃん」



 それはとても小さな声であったが、アリアのその言葉はソレイナに届く。



(え!?)



 ソレイナが再び言葉を発しようとしたが、転移の類いであろう、彼女達の気配が消える。



(……そういうことでしたの……)



「今度こそ、必ず迎えに行きますわ」



 ソレイナは己の心にその誓いを刻み付けた。




最近、投稿が遅くて申し訳ありません。

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