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58話:少女達の戦い その2

 


「……そんな……どうして」



 アリアは混乱の渦中(かちゅう)にあった。


 新たに現れた少年の腕に抱かれた女性の生首を目にした瞬間、ティコ……精霊女王(アリアンロッド)のことが頭に過ぎっのだ。



(何一つ特徴は合っていないのに、どうして……)



 聖歌呪法を会得出来る者の感受性は軒並み高い、その例にも洩れずアリアは高い感受性を持っていたが故に悟った。


 あの生首の女性と精霊女王(アリアンロッド)は内に秘めたる"なにか"が同じであることが分かってしまったのだ。



 コルグも少年とそれを抱く女性の生首を目にしてから、その瞳に驚愕の感情を写し小さく震える。



 自身が未だかつて理解出来ぬ、圧倒的強者の姿に対する恐怖を称えて……



「主よ。我が力、神子に及ばず申し訳ございません」



 弦楽器を手にしていた魔器使いの女性 - ティーテン -は、少年の腕に収まっている女性の生首に恭しく赦しを請う。



 その謝罪を受けた女性はアリア達に向かい、一瞥する視線を向け



 ―――――ズッ………



 地震が起きたかの様に施設が揺れる。


 女性の生首の眼力は不可視の力となり、アリアが構築した《想いし友》の防壁に襲い掛かったが、地を揺るがすほどの威力を伴った攻撃であっても《想いし友》は、その攻撃にもびくともしない。



「見ての通りよティーテン。これは貴女の失策ではなく神子を侮っていた私のミスよ」


 ティーテンと呼ばれた弦楽器を手にしていた女性は、その言葉に一礼に頭を下げる。



 眼力だけで地を揺るがす圧倒的な力の発現……



 アリアは生首の女性の圧倒的な力に、震えが止まらない。


 魔術にそこまで造詣がないアリアでも理解し恐怖する。



 あの生首の女性の圧倒的な力を……



(は、はやく逃げないと!!)


 危機感に煽られたアリアはコルグの肩を背負い、防壁が何とか持ち堪えているうちに逃げ切ろうと試みることにした。



「アリア侍祭、私のことは捨て置きなさい。貴女だけなら逃げ切れるはずだ」



 コルグも理解していた。


 あの化け物には、この防壁も長く持たないことを、故に彼女に自分を捨て逃げ切る様に伝えたが……



「嫌です!! もう私は皆に……あの人に失望されたくない!!」


 控え目な彼女からは考えれないほどの強い言葉であった。


 コルグの脳裏にこの施設に来たばかりの死んだ様な瞳をしていたこの少女を思い出す。


(……これが彼女の本来の姿か)


 容姿から儚げな印象が強かったが、その芯の強さがこの女性の美しさを彩っているのだとコルグは理解した。



 アリアの揺るぎない意志に、少年の腕に収まる女性は感心した。


 人の本性は強き感情と共に現れる。


 神子の言葉は確固たる意志として、彼女に届いたのだ。




(でも、高潔な選択肢は時に愚かな結果となる……若いですね)



 少年は女性の意を感じたのか、自らの腕に抱く生首をティーテンと呼ばれている弦楽器を手にしていた女性へと手渡す。


 ティーテンは跪き、まさに天の祝福を得るかの様に女性の生首をその手に(いだ)く。



 石畳の地下に一音(いっぷ)の金属音が響く。



 女性の生首をティーテンに託した少年が、腰に差していた小剣(スモールソード)をその手に抜いた音であった。


 その小剣は少年の体格に合わしたかの様に拵えられたのか、その小さな体躯に合ったものであった。



「我が騎士《湖の騎士》よ…… 汝に《聖剣(アーサー)》を授ける……壁を裂け」



 少年の手にした小剣(スモールソード)に強い光が宿り、その光が光の剣となると同時に少年は駆ける。



 強い光を後方から感じたアリアは後ろを振り向くと、少年が光の剣を手に凄まじい速度で《想いし友》の防壁に切迫する姿が映る。


 以前にコーウェンの《音速踏破》を再現したアリアだから分かった……あれは《音速踏破(同じもの)》であると




 少年の光の剣が一拍の間、防壁に阻まれる……


 だが、それだけしか壁は持たなかった



 ――――――――キィィィ!!!



 甲高い金属音と共に斬り裂かれる防壁を目に、アリアは自分の肩が軽くなったことに気付く。


 いつの間に来たのだろう、アリアの肩を貸していたコルグは少年に床に組み伏されていた。


 その凶行に、敵う相手ではないというのは、アリアの頭の中から抜け落ち少年からコルグを引き離そうとするが……



『――おやめなさい――』



 生首の女性から発せられた言葉に、アリアは固まったかの様に動きを止める。



(う、動けない……これは魔術!?)



 アリアは直立不動の姿勢で動きが阻害されるが、以前に自らの耐魔力を活性化すれば強固な術を破ることが出来る話を思い出す。


 アリアの耐魔力は平均よりも高いものであり、かなり高位の魔術も耐えることが出来ると、教団の魔術師からは聞いていたが



(……だ、だめ、どうしても動けない!)



「無意味な抵抗はお止めなさい。貴方の耐魔力は大したものですが、私の術からは逃れられはしませんよ」



 アリアはかろうじて視線を、弦楽器を持った女性の腕に収まる生首の女性に合わせる。



「……良き瞳ですね」


 生首の女性はとても愛しむ者に対する瞳をアリアに向ける。


「今まで信じていた者に裏切られ、投獄され、人間不信にでも陥っているのかとも思いましたが…… それでも信じる決意を秘めた人間の目は、いつ見ても美しいものです」



(まあ、その決意の瞳が現実と言う名の絶望に歪むのも、いつもの人の末路ですが)



 ソレイナに殴られたアリアの頬が熱を持った様に熱くなり、頬に貼った絆創膏が床に落ちる。



 アリアの頬の傷は跡形もなく消えていた。



「ふふっ……その頬では話もしにくいでしょう。神子よ、貴女にお話があります」


 その話はアリアに現実と言うものを突きつける内容であった。







 《ベルクリフ》という名の、盤面を役割を持った駒を使用する戦術盤の遊戯がある。


 そして、この遊戯の元となったのは、ある二人の大魔術師の決闘であるのは有名な話であった。


 魔術は、術師の精神と魔力を媒介し空間に現象を発現させる能力であり、故に発現させる空間の許容量を魔術は超えることは出来ない。


 魔術が限界のある力と称される由縁である。


 100の空間に101の現象は発現できないのだ。



 だが、それは空間に限った話であり。



 古の大魔術師達は空間ではなく、より容量の大きい《魔術世界(ベルクリフ)》に魔術を刻み発現させることによってその限界を超えたのだ。


 そして魔術世界(ベルクリフ)に刻み、魔術を発現させる二人の大魔術師達の決闘が数百年ぶりに蘇ろうとしていた。




「遊戯の相手を務めていただきますわ!」



 その言葉と同時にソレイナの周囲の空間……否、世界が変質を起こす。


 これは《魔術世界(ベルクリフ)》と呼ばれる神が使う力《自己の世界(ファンタスマゴリア)》を魔術で再現した劣化術式ではあるが、この大魔術を使用出来る魔術師は、現代では10人も居ないであろう最強クラスの魔術であると同時に、《遊戯》の決闘を行うには最低限これくらいは出来なければ話にならない魔術であった。



 ソレイナの《魔術世界(ベルクリフ)》に応じるかの様に、相対する女性の背後の世界も変質が起こる。


 女性も《魔術世界(ベルクリフ)》を使用したのだ。


 互いの世界を発現させたのを合図に、変質した拮抗した空間の中、命を掛けた遊戯★(ベルクリフ)が始まった。



(《魔弾》、《支配》、《昏睡》、《麻痺》、《盲目》、《脱水》、《凍結》……)



 ソレイナは自分が展開する空間に他者を制する魔術を次々と装填する。



 それは相手をする女性も同じくだ。



 ベルクリフは盤上の陣取りゲームであり、役割りを持った駒と、特性の持った領域(エリア)を支配し、如何に優位に戦うかが肝となっている。


 この遊戯(ゲーム)の元となったこの決闘もそれに通づるものであり、自分の《魔術世界(ベルクリフ)》に様々な魔術を駒として展開、そして如何に、本来の空間の制圏内の盤上を自分の魔術で染め上げ、領域を確保するかが勝利の鍵となるのであった。



 幾許かの後、ソレイナと女性の周囲には無数の魔力溜りが浮游する。


 双方のその圧倒的な力は、例え魔力を視る力が無い者あっても圧されるものであり、視認することが出来ればその者の常識を根底から覆すほどのモノであったろう。



 ソレイナは遊戯の相手の女性の表情を見据え



 その表情は何だか愉しそうな、とても今から命のやり取りをする直前の表情にとても見えないものであり、ソレイナはその余裕な表情にカチンと来る。




(……その余裕に満ちたキレイな顔を……)



 ソレイナは展開が終わった《魔術世界(ベルクリフ)》内の魔術を発動させる。



(フッ飛ばして差し上げますわ!!)



 ソレイナの魔術が一斉に数十の弾丸となりその軌跡は、女性を撃ち抜くかの様に襲い掛かった。


 だが女性の対抗魔術が、ソレイナの魔術を次々と無効化していく。


(そんなところでしょうけど……それも計算づくですわ!)



 ソレイナは《魔術世界(ベルクリフ)》の初弾の魔術を十数個を一気に消費し圧倒的に不利な状況となるが、これは計画通りであった。



 ――《魔弾(エナジーボルト)


 魔力を礫として放つ攻撃魔術の中でも初歩中の初歩の魔術である。


 初級の魔術ではある為、練達者が使う《魔弾》であっても威力には上限がある為に、本来は牽制程度にしか使えないモノではあるが、使い様によっては侮れない力を誇り、この魔術の最も恐るべき能力はその拡張性にある。


 《火球(ファイアボール)》や《雷撃(ライトニング)》などは威力こそは高いが、《爆裂》、《気圧操作》などの魔術の組み合わせが必要な為、これらの魔術のキャパは低くアレンジを加える余地は少ない。


 だが《魔弾(エナジーボルト)》は威力こそ低いが、単純な魔力の塊である為にアレンジによる拡張性がかなり余裕があった。


 そのソレイナが編み出した拡張技を《魔弾(エナジーボルト)》に再現させる。



「魔弾よ、再び嵐となれ……《鏡術複写(ミラーエイジ)》!」



 ソレイナが最初に放った数十の魔力の軌跡が、()()ソレイナから放たれる。



 女性は「無駄なことを……」と言わんばかりに再び《対抗魔術(カウンター)》でソレイナの《魔弾(エナジーボルト)》を無効化を行う。


 だが二度目の《魔弾(エナジーボルト)》を消去した直後に、再び三度目の無数の《魔弾(エナジーボルト)》が女性を襲った。



「……これは……!」



 女性は再び襲来する《魔弾(エナジーボルト)》にその美しい眉を動かす。


 《自己の世界(ファンタズマゴリア)》と《魔術世界(ベルクリフ)》の大きな違いは、単純にその許容量の差が挙げられる。


 《魔術世界(ベルクリフ)》では、繰り返される《魔弾》の嵐をこうも発現させるのは不可能であった。


 威力を抑えれば可能かも知れないが、繰り出される《魔弾》は一撃、一撃が上限値の威力を伴っている。


 女性は三回目の襲来する魔弾を《魔術世界(ベルクリフ)》に格納させていた《対魔障壁(ルーンシェル)》で防ぎ、同時に《魔弾》の解析を行う。



(《鏡術複写》……? いくえにも繰り返される反鏡の魔術強化とは器用な……)




 《鏡術複写(ミラーエイジ)》―――――

 原作ガーネット・オブ・メモリアルのソレイナの固有スキルで、下位の魔術限定で通常ターンに使用した魔術を毎ターン終了時にソレイナのMPが続く限り術を自動的に使い続けるスキルである。


 この魔術の特性として《連続術式》と言う1ターンで2連続で魔術を使用出来る別スキルがあるが、このスキルを使用しての魔術は"同じ魔術を使用出来ない"と言う欠点がある。


 だがこの魔術は元となった魔術の()()を繰り返す魔術であり、逆戻りの結果を発現出来るものであるので、繰り返される魔術は"新たな発動された魔術"ではなく、"元の魔術"を繰り返すことになるので威力の低下、発動の失敗(ファンブル)などは起きないのが特徴となっている。


 余談だが、藤也は《誘眠(スリープ)》の魔術と、この繰り返しを使用し、睡眠耐性のないガバ敵を一方的に『ずっと俺のターン』と言ってボコしたことがあった。



「不可視の鎖縛よ……かの者の()を捉えよ……《麻痺縛(パラライズ)》!!」



 ソレイナは《鏡術複写》の《魔弾》に手一杯の女性の隙を付き、格納していた魔術を発動する。



 一本の魔力の(ロープ)が女性に絡まる様に縛ろうとするが、女性を封じようとした魔力の縄は発動と同時に解呪され、一瞬の動きを封じるしか効果はなかったかの様だが、ソレイナにはそれで充分だった。



 《魔弾》も《麻痺縛》も最初から囮であり……


 ソレイナは《麻痺縛》の隙間を縫う様にもう一手の魔術を発動させる。



(《凍結》よ……かの者の足と魔力を封じよ!)



 足元から徐々に霜が迫り上がる様に女性のその身が凍結していく、麻痺縛を解呪しようとしていた女性の動きが完全に止まり、それは決定的な隙となった。



「これで終わりですわ!!」



 世界の変質にストックしていた、止め一撃の《分解消去(エクスプロード)》の魔術をソレイナは発動する。



 魔力の渦が女性を呑み込み、その存在そのものが分解される……





 はずであった。



「フッフッフ………、ハハッ………、アハハハハハハハハ………」



 魔力の渦に飲まれながら、女性は高笑いを始めた。


 ソレイナは最初は負け惜しみか、ヤケになってのことかと考えたが



(何で……)



 ―――――そんなに愉しそうに笑うのだろう



 膨大な魔力を秘めた魔力の渦、嵐の様にその身を塵に変えんとする中




『……見つけた』




 ソレイナに念話が届く。


 そのことにソレイナは驚き、女性を凝視するが、その時女性に変化が訪れる。


 漆黒の美しく長い髪が、灰色に変化し、そして女性の《魔術世界(ベルクリフ)》が何か別モノに変わって行く。



「これって……まさか!?」



 女性の世界……それは



 ――――――荒野が広がる



 それは(つわども)どもが夢の跡の世界


 栄光、勝利、繁栄、強者、夢、希望

 愛慾、慾望、暴力、狂喜、絶望

 嗜虐、狂気……



 その古戦場は人の持つ、ありとあらゆる狂喜と狂気が存在する世界であった。


 ソレイナはその世界に対する嫌悪感と、人の狂気の世界に吐き気を感じる。


 彼女は魔獣討伐などには参加したことはあるが、人間同士の戦争には参加したことはないので、この空気に耐性はない。


 ソレイナの《分解消去(エクスプロード)》の魔力の渦は、女性に対し傷一つ付けること無く消滅する。


 それどころか、今までのソレイナの魔術はこの女性に"届いて"すらいなかったのだ。



「最初から遊んでいたと言う訳ですか」



 ソレイナの脳裏に《高位次元神体》と言う単語が過ぎる。


 そうこの女が発現しているものは《魔術世界》などではなく



「《自己の世界(ファンタズマゴリア)》……異界の神《降神》」



 ソレイナのその呟きは後の1つの事実となる。



 絶望と言う名の事実として……




遅くなって申し訳ございません。


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