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57話:少女達の戦い

 


 時はトーヤとドSサイコパス女との追いかけっこの少し前に遡る。



 静寂に静まり返る収容施設の個室でアリアは寝台に座り俯きながら考え事をしていた。


 この部屋に床に座り自分を襲った理不尽に塞ぎこんでいた彼女だが、こんな自分を助けてくれようとする人々のことを考えるといつまでもこのままではいけないと、前向きに考え始めて来ていた。


 暗い感情が全て無くなった訳ではないが、その様な感情が沸き上がると決まってソレイナから殴られた頬が痛み出す。


 それは現実からは逃げられないと常に伝えて来る痛みとなって蘇る。


(私はどう償えばいいのだろう……)


 アリアは手にした多くの名が書かれた名簿を見据え、自分が裏切った人々にどう償うか考えていたが答えは出ない。


 そして名簿の最後に書かれた名を再び見る度に、彼女はその人物と話しをしたいと言う気持ちが溢れて来る。



(……話したい……会いたいよ……)



 ――――トーヤくん




 その時、静寂の中から考え事をしていた彼女を現実から戻す音が扉から響く。


 それは鍵を開ける金属音であった。


(コルグさん……? でも配膳の引き取りは先ほど来たばかりだし……)


 開かれた扉から現れたのはこの施設でアリアの世話をしていた神官のコルグであったが、その様子は息も絶え絶えに酷く苦しそうな姿であり、そしてアリアは見逃さなかった。


 老人の神官服から滲んでいた深い傷から滲んだ鮮血を


「コルグさん!!」


 アリアは怪我をしたこの施設の管理者である神官のコルグに駆け寄り、その傷を確認する。


 かなりの深手であり、これだけの傷を負っても立っているには驚愕にあたいすることであった。


 アリアは癒しの聖歌でコルグの傷を癒そうとするが、コルグは手でそれを制し



「自分は大丈夫……それよりも敵襲です。あいつらの狙いは貴方だ。今から……ごほっ!!ごほっ!!」



 コルグは傷の影響だろうか激しく咳き込み、その咳きの勢いで出血が更に酷くなる。


 アリアの目から見てもその状態は非常に危険な状態であり、アリアは癒しの聖歌を歌いコルグの傷を癒そうとするが



「今はその様なことをしている時では」


 コルグは歌を止めようとするが、アリアは止めなかった。



(もう間違えたくない……後悔なんてしたくない!)


 アリアの心を支配していたのは、自分でもよく分からない焦燥感であり、それは一度道を違えた自分がもう一度道を違える訳には行かないと言う強迫観念であった。



 傷の手当てが終わり、立ち上がったコルグはアリアの手を取り


「先ほども言った通り、貴方を狙い何者かが襲撃して来ました。この先に抜け道があります、貴方はそこの地下水路から脱出してください」



 アリアは何故自分がなど、未だに要領を得ていないがコルグの先ほどの怪我といい、そして室外に出たからこそ感じる異様な雰囲気といい、何か良くないことは起きているのは察せたので素直にコルグに追従しようとしたが、石畳の通路の奥へ進もうとした二人の耳に弦楽器の音が響き渡る。



 アリアは楽器についても役目がら知識は深いが、聞いたことのない音色であり、その音色と共に逆進行方向の廊下から1人の女性が歩んでくる。


 見たことのない弦楽器を手に持ち、左右非対称の瞳の色が特徴な美しい女性であった。



「初めまして神子よ。今宵貴方に会えたことを我が(しゅ)に感謝を捧げたもう」



 そう言った弦楽器を持った女性は、楽器から美しい音色を奏でる。



「二度もやらせん!!」



 女性の弾奏(だんそう)を阻止せんと、コルグは取り出した短杖を相手に向け


稲光(いなびかり)よ敵を撃て、《電光(ライトニング)》!」



 コルグの杖から一筋の稲妻が(ほどばし)り、その稲妻は弦楽器を奏でる女性を貫ぬくかにみえる。


 だが、稲妻は弦楽器の音色が僅に変化したと同時に女性を逸れ、床の石畳に当たり拡散されてしまった。



「意味なきこと。貴公も相応の腕を持つ魔術師でありなん、だがその力、(われ)に通用せず」



 そして再び変化する音色


 その音色はコルグとアリアの聴覚から、脳へと流れその動きを束縛する。



「……うう……」


「……くっ……」



 崩れる二人を目に、弾奏は佳境へと流れる様に響き渡る。


(いけない……このままじゃ……)


 膝を着き、アリアの心に諦めが過った時、その頬に鈍い痛みが甦る。



(そ、そうだ……諦めては……私は……もう二度とあの人を失望させたくない!!)



 アリアは気力を振り絞り立ち上がり、気迫を込め相手を見据える。


「その意志……まさに感嘆に値します。ですが、今の貴女は蜘蛛の巣に捕らわれた蝶……」



 再び奏でられる音色


(魔器使いの吟遊詩人の話しは聞いたことはあったけど、まさか本当に居たのですね)


 魔器と呼ばれる特殊な道具を使うことによって魔術を使用する魔術師……それが、目の前の女性だとアリアは認識する。


(でも、相手が魔術なら!!)


 アリアは聖歌を奏でる。


 それは控え目の歌声で相手の音に合わせるものではなく、自らの声量に相手の魔器の力を掻き消すほどの力強さを持った歌声であった。



 聖歌によって、アリアとコルグの魔術による拘束が弱まる。


 そしてそれは相手の焦りも誘発させた。



「むっ……」


 魔器から更に奏でられる強い音色……それにより再び形勢は魔器使いの女性に逆転されようとするが



(負けない!負けられない!!)



 アリアの心に甦るのは、無数の名、そしてその名の人々の想い、その想いが力となる……



 アリアは《魔抵抗(レジスト)》の聖歌から違和感なく節を変更する。



 アリアから奇跡の聖歌である《始祖の聖歌》が奏でられる。


「な!これは!!」


 始祖の聖歌は魔器の音色を完全に飲み込み、その音色をただの音へと落とし込む。



 アリアが歌うは《想いし友》



 聖歌呪法において、創造神の神圧すら防ぎ切った最強の守りを通路に展開させ相手との隔絶を行う。



「……不覚……まさか神子がこれ程の天稟を秘めていようとは」



 魔器使いの女性が《想いし友》の防壁を破壊しようと、激しき破壊の旋律を奏でるがそれは徒労に終わる。


 アリアは自分の力を多めに《想いし友》へと注ぎ込み防壁の維持を行う。


 ここは地下の石畳の通路である為に、横穴を掘るにしても時間は稼げるとアリアは考える。



「コルグさん、大丈夫ですか」


 コルグは身体にまだ麻痺が残っているが、何とか立ち上がる。


「大丈夫です。こ、これが噂にもなっていた始祖の聖歌ですか……」


 コルグは、噂に聞いていた聖歌を目の当たりにし、感嘆する思いであった。


 相手の魔器使いの実力は恐るべきものであったが、まだ子供でもあるこの娘は単身でその相手を抑え、聖歌により神の力を防ぎ切ったと言う噂は眉唾ではないことを、改めて認識させられる。



「コルグさん!」


 アリアのその言葉にコルグは意識を戻す。


(なるほど、若者の成長に嬉しく思うとはこういう時か)


 大司教もこういった気持ちを持っていたからこそ、彼女に対し心を砕いて来た意図を理解する。


「うむ……急ぎましょう、この先の地下の水路から外へ出る抜け道があります。何とかそこまで」



 コルグのその言葉にアリアは頷き、通路奥へと移動しようとする二人であったが




 ――――その足が止まる




 先を急がなければならない、アリアとコルグはそれは分かっていることだ。



 だが、二人の足は動きを止める……恐怖による震えと共に……



 《想いし友》の向こう側から圧倒的な存在感を感じる。あの魔器使いではない、他の気配であり、その者への本能的な恐怖により足が止まったのだ。



 《想いし友》の防壁の向こう側から、控え目な足音が聞こえる。



 否、恐ろしいのはその足音ではない。


 その足音と共に近付く気配であった。



(振り向きたくない……振り向きたくない……振り向きたくない……)



 アリアの脳内にはその言葉が無数に連呼されるが、それはコルグも同じであった。


 防壁があるから大丈夫なはずなのに、それでもその恐怖は互いに消えることはなかった。



「ティーテンから逃れるとは、さすがは神子……これは評価を改めないといけないわね」



 防壁の向こう側から響く声、その声に応じる様にアリアは思い切って、ゆっくりと振り向く。



 それは1人の少年とその少年が抱える女性の生首であった。



(そ、そんな……どうして……)


 顔立ちも違う、髪の色も、瞳の色も、造形が全てが違う。



 だが……



 アリアはその生首を目にした瞬間、ティコ(アリアンロッド)のことを思い出さずにはいられなかった。







 既に日は暮れ、街道に設置された固定式の《持続光(コントラクトライト)》の僅かな灯りが周囲を照らす中、前方の道を照らす光源を生み出し、1人の少女が大型の馬を操り駆け抜ける。


 祖父クラリオスに諭されたソレイナは単身、馬を駆けアリアが居る教団の収容施設に向かっていた。


(しかし、会った所で何と話せば)


 ソレイナは色々と悩むが、考えつくのはどれも言い訳にしかならないものでそんな自分を情けなく感じる。


(ええい、もう出たこと勝負ですわ!!)


 もう面倒なことを考えることを考えた彼女は、そのまま騎乗に集中する。



(しかし、今夜は静かですわね)



 普段でも、この時刻になると街道筋は人は居ないことが多いのだが、もう季節も春であり、エサを求める夜行性の小動物の物音なども全く聞こえないのは妙だと考えた所で、(くだん)の施設が見えて来ると、ソレイナの違和感は警戒へと変わる。


 もう夜だというのに、施設には(あかり)り一つ(とも)っていないのだ。


 施設に異常を感じたソレイナは自身が照らしていた灯りを消し、施設脇の林に入り込み様子を伺うことにする。


 ソレイナは先ずはこの林の安全を確保する為に、隠蔽式の簡易結界を張り、結界による隠形と不意を突かれることを避けた。



(一体何があったといいますの!?)


 ソレイナは茂みから《望遠》と《暗視》の魔術を自分に使用し施設の様子を離れて確認する。


 施設の門は開き切っている…… この時間は門を閉じ篝火を焚くのは規則であるのに関わらずだ。



(野盗か何かの襲撃……ではありませんね)


 この施設は元々砦であり、野盗の拠点としては居住性は十分だろうが、この街道は物資や旅人の街道とは殆んど無縁の場所だ。


 そしてこの砦には幾人かの神官戦士も詰めており、練度の高い傭兵崩れや正規兵の野盗くらいでないと、そう易々と落ちることはないはずだ。



 そしてなにより……



(静かですわ)



 《指向性聴覚》を使い、砦の音を拾ってみるが驚くほど静かなのだ。


(まさか、何者かの襲撃はもう終わった後……)


 終わったとすれば、砦を制圧したのは相当な手練れと言うことになる。


 ソレイナが日中ここを訪れてから僅かな時しか流れていないのだ、その間に砦が落ちたとなると……



(ああ!もう!ここで考えていても仕方ありませんわ!)



 ソレイナは《生命反応(ライフセンス)》の広範囲魔術の詠唱を行う。


 《生命反応》は指定座標に探知用の《球体(マイン)》を配置することによって、球体から円形に魔力波で生命反応を得る魔術である。


 本来は魔物の生体数などを確認するもので、魔力波を隠すことは出来ない為に知性ある対象には魔術の使用が気付かれてしまうのが欠点である為に、対人と想定される偵察には不向きな魔術である。



 しかしソレイナはあえてこの魔術を使用した、その理由は


(砦の人達が生きているかどうかで相手の意図が読めるはず、静かと言うことは伏兵の可能性もあると言うこと、これで炙り出してあげますわ)



 魔力波の検知に多くの生体反応の確認が出来る。


 生体反応の大半の人間は施設に詰めている人間だろう、現在施設に在籍する人数を記憶していた為にそれは分かる。


(人間は……誰も死んでいない……そして)


 その中に中庭に居る1つの個体から、魔力波を通じて毒の様な異物が引っ掛かった。


 勿論、その相手にも探知が気付かれた様だ。


 まあ気付かれる考えで探知を行ったのだが、ただソレイナはその妙な感覚に嫌な予感を覚える。


(こちらを誘っていると言うのですね……)


 相手は1人、もしかしたら無生物系の人形(パペット)やゴーレムなどが居るかも知れないと考えが過るが……


 普段のソレイナなら安全を優先に、ここは撤退を考慮しただろうが、昼間のアリアとの諍いで現在の彼女から冷淡な感情は鳴りを潜めていた。


(それに相手の正体も探れずに撤退はあり得ませんわ)


 ソレイナは《収納(アイテムボックス)》の魔術から紙と筆を取り出し現状で分かっていることを記入し、書簡用の入れ物も取り出し乗って来た馬の鞍に固定させる。


『主人の所に帰り、そしてこの箱をお前の主人に渡しなさい。』


 ソレイナは自分が乗って来た馬に《動物使役》と《念話》を使用し馬に役回りを伝える。



 馬は自分の役割を理解した様で、先ほどまで進んで来た道を逆に駆けて行った。



 馬を見送ったソレイナは施設に続く道を正面から歩んで行く。



(……その御誘いに乗るとしましょうか)



 ソレイナは理解していた、自身が行った《生命探知》に毒の様なものを送って来た者は、恐るべき力を有する魔術師であることを……





 施設の門は、もう門としての役割を果たしていなかった。


 門は蝶番だけを残し、完全に"消滅"していたからだ。



(これは《分解消去(エクスプロード)》……やはり相手は高位の魔術師)



 《分解消去(エクスプロード)》は破壊の魔術の秘奥の1つとも言われており、魔力の強制力が上回るあらゆる物質を消滅させる恐るべき魔術だ。


 そして門の消滅具合から見ると、恐らくこの力は……


(お祖父様に匹敵か……それ以上……)


 このことより、ソレイナは敵の力量にある程度の目星を付けるが


(ですが、まだ確証はありませんわ……)



 ソレイナは生命探知で察知した中庭に歩を進めた。




 中庭にたどり着く途中に職員が数多く横たわっていた。


 ただ彼らは死んだ訳ではなく、意識を眠らされただけの様だったので最悪の事態を想定していたソレイナは安堵する。



(眠りの魔術だけで拘束もしないとは、余程自信があるのか、人手が足りないのか、それとも他に理由があるのか)


 考えながら中庭にたどり着いたソレイナの目は1人の女性の姿を捉える。




 それは美しくも妖艶な女性であった。


 月明かりが照らすその姿は神秘的な美しさもあり、まさに月の女神と言い表しても不思議ではないくらいであった。


 平時であればその美しさにソレイナも見とれたであろうが、この女は紛れもなく己の敵と認識していたので、警戒心が欠けることはなかった。


「貴女ですわね。教団に対してこの様な狼藉を働いたのは」


 ソレイナの質問には応えず、女性は表情を変えることはない。

 静かにこちらに無感情な表情を向けるだけだ。



「・・・・・・」


 女性は聞こえないほどの小さな声で何を呟く。


 それと同時にソレイナの意識に一瞬白濁が混ざろうとするが



『……その眠り……偽りなり……』


 ソレイナは予め用意していた対抗魔術(カウンター)を発動し、誘因より意識を侵そうとした魔術は消滅する。


 そしてお返しとばかりに


『汝は我が友なり……《友惑》』



 ソレイナが使用したのは、術の対象が親しい友人と認識する催因魔術の1つである。


 先ほどあの女性が使用した《誘眠》と同系統の魔術で返す意趣返しの意味合いを込めて使用したのだ。



 無表情だった女性の表情が愉しむ様に変化する。


(効いた……訳ないですね)


 先ほどの魔術の腕からするに、この女は超一流と言っていい、そんな人物がこんな児戯な魔術にかかるとは思えない。



 女性は両の腕を僅かに広げ


舞踏(ダンス)遊戯(ベルクリフ)好きなのを選びなさい」


 その慈愛に満ちた愉しそうな、そう小動物を愛しがる少女の様な雰囲気で女は告げる。


 その声はアリアに並ぶほどの美声であり、ソレイナは理不尽な想いを募らせる。


(顔もスタイルもいいし、声も美声、そして魔術の腕は超一流……天は何物を与えたのでしょうかね!)


 それはさておき、先ほどの言葉の意味であるがソレイナは勿論理解していた。


 あの女が言った意味は、魔術師同士の決闘の闘い方を選べと言って来ているのだ。


 舞踏(ダンス)は、攻撃魔術などの応酬による直接的な戦闘であり、教団で神官戦士としての訓練でもトップであるソレイナとしてはこちらを選びたい所であった。


 そして相手の女はどう見ても荒事に慣れている様には見えないこともあり、舞踏(ダンス)が有利だろう。



 だが問題は周囲の状況だ。



 周囲に幾人かの施設の職員が倒れ伏しているのが目に写る。


 舞踏(ダンス)を選べば彼等を巻き込む危険性が高いであろう。


 故にソレイナに選択肢はない……まあ、相手が問答無用に周囲を巻き込む闘いをせずに提案をしてきたのは、かえって好都合だった。



「遊戯の相手を務めていただきますわ!」



 ソレイナのその言葉が闘いの合図となり、相者の魔力が空間を……世界を支配する。



 今ここに魔女と聖女を目指す少女との、最初の闘いが始まった……


久しぶりの投稿になります。



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