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55話:後悔

 

 少女は後悔した


 怒りに任せ、愚かな自分が壊してしまったものを


 今になって気づいた


 奥底に眠っていた、その憧れを……そして醜い嫉妬を……


 その醜き心を洗い流したいかのように


 少女は泣いた。



 王都の教団本部に帰った頃には夕暮れとなっていた。


 紅い夕日の光は今のソレイナにはとても眩しく感じる。


 馬車の業者に礼を言い、その足で大司教の執務室に向かう。

 今回の報告……否、必要なのは懺悔でしょうね、と自答する。


(綺麗な夕日ですわね……)


 その美しさに逃げたいが、左手の痛みがソレイナを現実に戻す。


 怪我をしている訳ではない。


 心が、殴った左手の痛みを訴えかけてきているのだ。



(全く……後悔するなら最初からしなけばよかったのに)



 醜い嫉妬に駆られ、怒りに任せアリアを殴った後、ソレイナは泣いた。



 あれだけ泣いたのは両親を失って以来のことだった。


 ソレイナは祖父の元に向かう為に教団本部の廊下を歩くが足取りは重かった。


 祖父の期待に添えず、なおかつアリアに対し嫉妬に狂い、傷付け、その自己嫌悪に消えてしまいたい気持ちが支配していた。


(……憂鬱ですわ……)


 しかし、祖父に報告しない訳にはいかない。


 過ちをを犯してしまったのは自分なのだから……




「どうしたんだいソレイナ、何かあったのかい……」


 祖父クラリオスの居室を訪れたソレイナに開口一番祖父の温かい言葉が伝わる。


(お祖父様に隠し事は出来ませんね)


 努めて冷静に振る舞っていたが、一瞬で見抜かれてしまった。


 元々隠すつもりもなかったソレイナは、祖父にありのままを伝える。



「全ては(わたくし)の醜い心が起こしたことです。どのような罰でもお受けする所存です」



 そう言ってソレイナは崩れる様に床に両膝を着け、頭を垂れる。


 このまま祖父が自分を見限ってくれてもよかった。


 むしろそれが愚かな自分にはお似合いだと、少女は自らを裁く言葉を待つ。



「ソレイナ……」



 静かに席から立ち上がったクラリオスは、頭を垂れるソレイナに静かに歩み寄り。



 その頭を優しく撫でる。



「そなたのしたことは、いけないことだ。それは罪であり罰を受けなければならない……」



 ソレイナは微動だにしない。


(お祖父様が引導を渡してくれるなら、それほど嬉しいことはありません)


 自己満足なのは分かっていたが、失望と言う罰を受けソレイナは楽になりたかった。


 覚悟が少女の心中に固まる。



「罰は……ソレイナ、それは自身で考えなさい」



 その言葉にソレイナは顔を上げ驚愕の表情を表す。


 その表情に応える様に、クラリオスは優しい表情でソレイナに告げる。


「一つ昔話をしよう、お前にも話したことのない儂の恥ずかしい若かりし頃の話しだ」



 本来であればソレイナを厳しく叱咤し、責を厳しく問うのが組織者の長としての責務だろう。


 だが、クラリオスは信じていた。


 孫としてだけではない。



 この娘の奥底に眠る人としての想いを……



「これは儂の冒険者だった時分の話しじゃ……」


 後に伝説的に謳われる冒険者パーティーであった5人の者達が居た。


 その中に若きメリアとクラリオスが居たのは叙勲詞として吟遊詩人に謳われ、多くの人々が知る伝説となった。



「儂がまだ未熟だった頃は、まあ……毎回思い返しても嫌な奴での。いつもメリアから”お前には人としての情けはないのか!!”と怒られておったよ」


 ソレイナは初めて聞く話しであった。


 祖父クラリオスは教団において人徳者の鏡とも言われることが多く、その名に恥じぬようソレイナは表向きは祖父の様に人々と対して来たのだが……


「で、でも、苛烈な気性のメリア様のことです。言い過ぎたとかそんなところでは」


 ソレイナはきっとそうだと自身を納得させる様に言うが


「いや、今思い返してもあれは儂の性根が腐っていたと思っておる」


 だが、ソレイナは信じられなかった。


 幼き日からその偉業と背中を見続けた、ソレイナにとって祖父は絶対の存在だ。



 恐らく自分を卑下しての発言だろうと思うが


「ふむ、では詳細を語ろう、その話しを聞き自分で判断なさい」




 あるところに小さな集落があった。


 その集落は迫害され行き場のなくなった者達が造り上げたものであり、人々と関わりを絶ち暮らしていた。


 あの日その集落に魔物の被害が出る様になった。


 最初は自分達で何とかしようと思ったのだそうだが、大型の魔物も存在しており討伐は不可能と彼らは判断した。


 彼らは集落を捨てるか、専門家の冒険者を雇うか選択しなければならなかった。


 彼らは後者を選んだが報酬も安く、なおかつその集落は排他的で冒険者達の評判はすこぶる悪かった。



「それに応じたのが、お祖父様のパーティですわね」


 ソレイナのその言葉にクラリオスは横に静かに首を振った。


「いや、儂を含め1人を除き皆反対した」


 その意外な言葉にソレイナは驚く。


 祖父は大司教となってからも、助けが必要な多くの者達の力になるべく尽力してきた。


 故に信じられないことだとソレイナは考える。



 クラリオスの話しは続く。


「依頼を受けようと言い出したのはメリア1人で、他のメンバーは皆反対した。それも無理らしからぬことであった」


 その集落は、かつて自分たちが依頼を遂行中に怪我人を休ませて貰う様に頼んだが、断られた経緯があった為だ。


 他のパーティも似たような理由で依頼を受けようなどとする酔狂な者は居なかった。


『メリア、今回の依頼は受けるに値しない。経緯的なところもあるが、報酬が安すぎる、我らとて慈善事業をしている訳ではないんだ』


 事実パーティの資産はいつもカツカツの状態だった。


 何だかんだで、報酬が安く、割に合わない依頼をこなすことが多く、消耗品の調達にも苦慮している状態であった。


「その晩の話し合いは平行線でお開きになり、そして翌朝メリアが居なくなっておった」


 衛兵に向かった方角を聞き、慌ててメリアを追いかけた。


 だが、メリアは馬を使って行ったらしくメンバー全員ではとても追い付けない状況であった。


「儂は馬を借り1人でメリアを追いかけた」


「道中魔物に襲われる危険もあったが、そんなことは頭から抜け落ちておった。ただただメリアのことが心配でのう……」


 その甲斐あってかクラリオスは何とか彼女に追い付くが、メリアは帰還を固辞するのであった。


「その言葉に儂はカッとなって……儂はメリアを激しく罵ってしもうた。メリア自身も考え浅く血気に逸ったことを反省しておったのだろう、最初のうちは黙って聞いておったが、儂が ”例の集落なんて見棄てればいい!!” と本音をポロリと言ってしまうと」



『……それがお前の本音か!!』



 そう言われ殴られた、儂も相談もされず出ていかれ仲間とも友人とも思われていないことに逆上して、殴り合いになった。


「……あの、大丈夫だったのですか、メリア様と殴り合いなんて」


 近接でのメリアの強さを考えると、圧倒的に祖父の不利が予想できる。



「若い頃じゃったからの、儂もその頃は剣術や格闘術を結構やっとったから、全く相手にならないことはなかったよ」



 ソレイナは思い出す。


 クラリオスは魔導師として有名ではあるが、かつては剣の使い手として馳せていた時分があったことを



 そうこうしているうちに、他の仲間達が追い付いて来て喧嘩は止められた。


「そして仲間達からは、そんなに血気が余っているなら迷っているより依頼をこなそうとなり、儂らは魔物を討伐した」


「案の定、集落の者達は感謝の言葉どころか、依頼が終わったらとっとと帰れみたいな対応じゃった。日も暮れような時刻であったし、野営地を探そうとしたら村人の1人に、大した持て成しは出来ないが良かったら泊まって行かないかと誘われた」


 今回の集落の対応で機嫌が悪くなっていた皆は難色を示していたがメリアが二つ返事で了承してしまって、儂らはその者の家に泊まることになった。


 家畜を擂り潰したのだろう、見た目粗末な夕食であったがこの様な閉鎖的な集落の家畜はとても貴重なものである為、この男は精一杯の持て成しを行っていることが分かった。


 そして男は涙ながらに、妻と子供の仇を取ってくれてありがとうと感謝の言葉を述べていた。


「その時の儂はその男の感謝より、無駄な仕事の後始末の方ばかり考えていての……表向きは丁寧に接していたが、村人達の冷たい仕打ちは儂の中から消えることはなかった」



 クラリオスはため息を付き、一拍置く。


「だから、儂はその男の感謝を信じることは出来なかった。また厄介ごとを頼む為の演技だとな」


「その様な考えは長きに変わることはなかった。そして兄の死により、父の後を次ぐことになって教団の仕事をする様になって気づくことがあった」



 クラリオスの胸中に今までの過去の苦い思い出が甦る。


 その中ので彼が掴んだ一つの答えがあった。


 その答えは正しいものなのかどうかは分からない。


 だが、それが今日までの彼の行動の指針となった。



「人の心は信じられぬ、だが人の真意は信じられる」



 ソレイナは良く分かっていない表情で固まる。


 だがそんな孫にクラリオスは静かに微笑む。


「そのままの意味じゃよ。まずは疑うこと無しに人を信じることは出来ぬ、人の真意……それはその人間の中身だ」


「如何に嘘が上手い者でも己の心は偽れぬ、例え偽ろうとしてもそれは浅はかな演技に過ぎぬ、そして偽りは容易く見抜ける」


 クラリオスは瞳を閉じ思い出す。


 かつての男の言葉を……彼の思いを……


「後に後悔した、何故あそこで儂は素直に礼を受けなかったのか、その悔恨が儂に人に対する審眼を与えたのだと思っておる」


「儂はその事に気付くのに随分時間がかかった。 ソレイナよお主はまだ若い… あの頃の儂より若いのじゃ。失敗もしよう、後悔もしよう、問題はその失敗を経験と言う糧に出来るかどうかだ」


「過ちを後悔する気持ちがあるのなら償いなさい。自身を責めるだけではただの自己満足じゃ……」


 その言葉にソレイナは俯く、その姿にクラリオスは1人の少年の姿をソレイナに重ねる。


 それはソレイナの父でもある我が子の幼き姿であった。



(あの頃もこんなことがあったのう……)



 友人と喧嘩をし、今のソレイナの様に思い悩んでいた我が子に同じ様な話をしたことを思い出していた。


「しかし、(わたくし)は取り返しのつかないことを……」


 まだ後悔の檻に囚われているソレイナにクラリオスはそっとその肩に手を置く。



「大丈夫、彼女はメリアの娘だ。お主が誠心誠意償いを行えばきっと分かってくれる」



 クラリオスは軽く手を添える様にソレイナを立たせる。


 その身体と心をだ。



「おまえは頭はいいが悩み過ぎるのが欠点だ、こんな時ぐらい素直に思う通りの行動をしなさい」



 その言葉に触発されたのだろう、ソレイナはクラリオスに一礼をし慌てて部屋を後にした。



 クラリオスの執務室を後にしたソレイナがまず向かったのは教団の厩舎であった。



 そこでは馬番が馬の鞍を外している最中であった。



「司祭様このような所に一体何用で」


 馬番は突然の司祭の来訪に慌てるが


「馬を一頭お借りします。あ、その馬が良さそうですわ、お借りしますわよ!」


 今、鞍を外そうとしていた馬番はいきなりのことで慌てた様に首を横に振り。


「だ、だめですよ! この馬は聖騎士様の戦闘馬(ウォー・フォース)ですよ、気性がとっても荒いので司祭様には」


 馬番は止める様に言うが、ソレイナはそんな言葉は聞いていない様にヒラリとその戦闘馬(ウォー・フォース)に跨がる。


 魔物の血が入った戦闘馬(ウォー・フォース)の馬体は通常の馬より遥かに巨体で、ソレイナの身体では子供が跨がった感じになるが、戦闘馬(ウォー・フォース)はその体格が示す通りの気性でソレイナを振り落とすことはなかった。


 馬番は長年の経験から馬の表情や感情が分かるのだが、戦闘馬(ウォー・フォース)から感じた感情は『またか……』と言った諦めの感情であった。


 手綱を構え、脚で馬を器用に操ったソレイナは教団本部から馬で駆けて行く。


「レグルスに伝えなさい! この子を少しお借りしますと!!」


(今は何をすればいいか分からない…… でも、行かなければいけない!)


 日が暮れようとする朱の空の下、少女は馬で駆ける。


 自分の進むべき道の為に




 クラリオスは眼を閉じ静かに日課である考え事を行う。


(頼むソレイナよ、アリア嬢の力になって欲しい。我らの過ちを再び繰り返さない為に……)


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