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53話:陰謀編 宰相と近衛騎士

 

「それでは本日は失礼します。明日の商業組合の会合は朝刻9つと時刻の変更がありましたので、ご注意のほどを……」


 ここは王国内府の宰相執務室である。


 その名を表す様に高価な敷物で床は覆われており、周囲の調度品も来客をもてなす様に見事なものが並んでいた。


 先ほど、この部屋の主とも言える初老の人物に恭しく接するこの男性は内府秘書官であり、秘書官は礼儀正しく、目の前の初老の男に敬う様に伝える。


 それは当然のことであった。


 この初老の男はこの王国政治の内府のトップとも言われる男である。



 名をロベルタ


 王国の宰相である人物であった。



(さて……本日の仕事も終わったか)



 秘書官が帰ったことを確認し、ロベルタは自分の執務机から一本の蒸留酒の酒瓶を取り出し、これまた同じ様に隠していたグラスに一口の酒を注ぎ、それを軽く口に含み喉に流す。



 アルコールの焼き付く様な感覚が喉に伝わるが、悪くない感触だ。


 いつもは休憩時のお茶に香り付け程度に入れてはいるが、香りばかりでこの感覚はない。



(贅沢な時間だな……)



 ロベルタは窓から写る、街の灯りを眺めながら静かにグラスを口に傾ける。


 今の時刻、もう眼下の家庭では夕食も終わり家族と団欒を嗜む者、そして夜の街の享楽に浸っている者も多いだろう。


 その灯火一つ一つが自分が守らねらならない灯火と考えると、酒によって沸き上がって来るのは上から見下ろす高慢な思いではなく、ロベルタは仕事場で街の灯の生活に思いを馳せ、決意を新たにする思いであった。




 仕事終わりの習慣も終え、帰り支度を始めようとしたロベルタの元に自室の扉を叩き声を掛ける者が現れた。


 声に憶えはある、宰相執務室の衛兵の男である。



「このような時分にどうした」


 いつもは迎えの馬車が来た場合でも呼びに来ることはない。


 その場合は待たせることが常だからだ。



 そうとなると……



「はっ!! 近衛騎士団長様が急ぎご報告があると参られております!」



(キミマロが……この様な時刻に一体……)


 ロベルタは考える。


 恐らく急ぎの要件であり、近衛騎士団長のあの男が直接来るのであるなら王太姫殿下からの関連が濃厚だ。


「分かった、急ぎ通せ」


(一体何があった)





「まずは、このような夜刻に参ったことを御許しください」


 執務室に入ったシュウは、膝を付き開口一番にその様に詫びて来る。



(王太姫殿下の使いではなかったのか)



 その様な姿にロベルタはシュウが王家、つまりはリューズのの使いではないと判断する。


 王命を受けたのであればこの様に畏まる必要はないからだ。



「ふむ……では、どの様な用件で、かような時刻に訪ねて来たのか聞こうか」



(ある程度の検討はつくが……)



 間者からの報告では、近衛隊の内偵は王都・ローデシア間の街道整備においてのロベルタが請け負った事業についての、()()()()について調べているとのことだ。


 恐らくそれについての聞き取りの報告だろうとロベルタは見当を付けたが……



「まずはこれを……」



 シュウがロベルタに手渡して来たのは、確かに商業路の整備についての内偵の報告書ではあったが、その内容はロベルタの想定していた内容とは違っていた。


 その内容は王国の海路の一つ、辺境の港町の調査報告書だった。


 内容は簡単に言えば不法取引を行う不逞の輩を捕らえ取り締まったと言う内容であったが……


「内容は分かったが、これは司法省の役目だろう。 近衛騎士団の貴様が何故これを持って来る」


 この国の警察機構は治安兵を有する組織、司法省の管轄でありこれは近衛騎士団の仕事とはまったく異なることであった。


「おっしゃる通りでありますが、今回のこの件の調査に対しては王太姫殿下からの直々の命がありましたので、近衛騎士団が直接取り締まりを行わせて頂きました」


 確かに命令ではあったのだが、近衛が派遣された理由が『おぬし停学で暇であろう、あと入学式をサボったバツじゃ』と言った理由であるのは内緒である。



 シュウはロベルタが心中で『余計なことを』と言っていると思っていると考えるが、その通りであった。


 何故ならば……



 報告書の最後を確認したロベルタは今度はあからさまに表情が歪んだ。



 その表情は……



「貴様!! 私の許可無くこの様なことをしたのか!!」



 その迫力は普通の官僚ならば血の気が引き、腰を砕くほどの迫力があったが



(やはりこうなるか、ルーファスの言った通りだな)



 修羅場に馴れているシュウからすれば、何てことないことであった。


 正直、養父のクロドの怒った時のが怖い。



「貴様がやったことがどういうことか分かっているのか!!」



 顔を怒りに歪ませたロベルタに対し、シュウは涼しげな態度で



「はい、王国に違法に入国しようとした旧公爵領船舶内の”共和国の違法奴隷”を摘発しました」



 その言葉だけであれば職務を全うしたと言っても良い内容であっただろう。



「違法奴隷は帝国との連邦協定に抵触するのは分かっている、故に取り締まるのは良い。 だが貴様も知らぬ訳ではあるまい、王国と旧公爵家との航海の協議において両国臨検海域において()()臨検取り締まりが出来ることを」



 ロベルタは書類を叩き付ける様に該当箇所をシュウに見せるようにがなる。



「この海域は臨検海域外であるのに何を考えているんだ!!」



 書いている内容は分かっているが、シュウは書類を軽く一瞥する。


 そしてロベルタの顔を見る。


(それが孫に向ける顔かな……)


 街中で見かけた祖父と孫の楽しそうな表情を思い出すが、今の自分達の関係はコレである。


 まあ…この老人は血筋ではシュウの祖父に当たるが、自分は孫だと自覚したことはない。



 それはロベルタも同様だろう。



「はい、臨検海域外においては船舶は独立国家に等しく、臨検・取り締まりは外交の(おさ)の認可が必要であると…」



「そこまで分かってて何故だ!!」



 シュウは報告書に目線を合わせ


「報告書にも記されていますが、一番の理由はラズルカからの交易船の擬装にあります」



 今回の捕り物については、王国と旧公爵領の海路の中洲にある、港町ラズルカからの擬装船が要因となっていた。


 ラズルカは王国の臨検海域の内側手に位置している。


 そして臨検後のラズルカに寄港する旧公爵領船舶の人員・客を装った違法奴隷を少数づつラズルカに待機させ、ある程度の人数が集まって王国へ移送させる。



「面白い内容ではあるが、王国の港への寄港の際の臨検はどうするのだ。 まさか、寄港の際の臨検を知らぬ訳はあるまい」



 その言葉に応じる様に、シュウはもう一つの資料を取り出す。


 それは今まで限られた者しか見たことがない内容のものであり……



 その内容は今まで臨検をすり抜けた港の名前が載っていた……そして



「苦労しましたよ。旧公爵領の交易船の臨検を行った者達の素性とその背景を探るのは……」



(まさか……ここまで調べられていたのか…いや…こんな資料を何処から!)


 ロベルタの手にしている資料には、臨検に手心を加えた者達の名前が委細書かれていた。


 先に苦労とシュウは言ったが、シュウにとってはそれはあまり苦労ではなかった。


 この情報をネタに一儲けを企んでいた闇組織の構成員を皆殺しにしただけであった。


(尻拭いはルーファスがやってくれるとも言っていたし、殺るだけなら楽なものだよ)


 それにその闇組織は、帝国崩れの外道共の集まりで罪悪感など持つことすらももったいない連中だった。


 保護した者達は治療と聴取を終わらせた後、適切な処置を行う予定であり、幾人かの命が救えたのは幸いだった。




「背後でこれらの不正に関わった貴族……共和国の亡命議会員は、明朝発せられる殿下の勅令が下りし、次第拘束を行います」



 その言葉にロベルタの怒気が僅かに緩まる。



(何故そのことを言うんだ。恐らくキミマロは掴んでいるのだろう)



 そう、その亡命議会員を更に裏で操っていたのは自分だと言うことを……


 そのことをロベルタが知ったなら、ロベルタは夜通しで証拠の隠滅を図り全ての事柄から手を引くだろう。


 ロベルタはシュウの考えそうなことを2つ絞り答えを導き出す。

(このことを貸しにするつもりか…… いや、この男にそんな考えなど出来ないはずだ)


 ロベルタは、まだ知らなかったのだ。


 シュート・キミマロは、ある出会いを果たしたことで少し大人になったことを


 そして彼の側にある知恵者が就いたことを



(まさか確たる証拠はないから自白でも引き出しに来たのか……なら、ツメの甘いことだ)



「そうか、ならば殿下の勅令が発せられ次第それらの不逞の輩を捕らえることだ。本来は司法省の役目だが、(みことのり)となれば近衛が動いても問題はあるまい、司法の長には私から言っておこう………」


 ロベルタは話は終わりだと言う様に沈黙によって会話を切る。


 通常のなればここで会話の終わりを悟り退出するのだろうが


 シュウの口撃はここで終わらなかった。




「奴隷の対価は旧公爵領への便宜ですか、それとも……」



「教団のアリア侍祭を奴隷の対価に、旧公爵勢力に売り渡すことですか…… 王家の」



 ―――血族を……



 ロベルタの表情に変化はない、だが戦士であるシュウには分かる。


 ロベルタの気配が変わる瞬間が……



(これが”宰相”ロベルタか)



 カマをかけてみたが、太刀合わせの話し合いから、真剣を構え切り捨てる様な雰囲気を感じる。



(フジヤかルーファスが側に居てくれたら良かったのだけどな)



 だがシュウの心は静かだった。


 そして自覚出来きていた。


 かつてのシュウならば、この様な状況になれば何も出来ず、いい様に丸め込まれただろう。



「アリア侍祭はナインラブス家のスネイル子爵子を傷付けた咎に法によって裁かねねばならん。それを教団は身内を庇い自分達で決着を着けようとしている。 そしてナインラブス家に引き渡そうと言うのはただの流言だ。 奴らはそれに過剰反応を起こし王国の法に楯突いているだけだ」



 なるほど最もらしい話であった。


 だが先だってクロスティルと見た王都・ローデシア間の街道整備の書類の内容を思い出す。


(言っていることは正論だ……しかし……)




 ――――そこに真実はない




「あとアリア侍祭が”王家の血族 ”だとはどういうことだ、彼女は聖騎士侯メリアの娘であり王家とは何の縁もないはずだが」



 シュウは事前にルーファスと打ち合わせた策を実行すべく言葉を組み立てる。



(まったく……(ルーファス)を紹介してくれたフジヤには感謝してもしきれないな)




 まず王家の現在の血筋であるが、叔父のクロドが亡くなった為に残った血筋は姉と自分だけである。


 かつてのは王家も上流・下流と分かれ多くの支家が存在した。


 だがそれらの家名はもうない、その多くの一族郎党が王妃殺しの冤罪を受け処刑された。


 王妃を失った後、国王はその哀しみを紛わらす様に多くの女性との関係を持ったとされ、その中から10人の子供が産まれた。


 だがある時を境に国王は我が子を手に掛ける様になる。


 国王が行ったのが《妾腹殺し(バスタード)》と呼ばれた粛清である。


 それが起因となったのは、娘のリューズの変化であった。


 リューズは成長するにしたがい、亡き王妃の面影を強く宿すこととなり、国王は狂気に蝕まれながらも娘を最も愛した。


 だがその愛情は歪んだ愛情であった。


 国王は将来の娘の障害となりそうな者を次々と粛清しのだ。


 それは先の自分の子供も含まれており、王妃の実子でなければシュウも例外ではなかっただろう。



 そしてある噂がある。



 王の妾腹の子供は10人ではなく、まだ居たのではないかと……


 実際お手付きともなった一人の侍女は行方を(くら)ましたと言った話しがあった。


 その侍女の子供としてはアリアとは年齢が合わないが、シュウとルーファスは彼女はその関係者ではないかと考えた。


 シュウとルーファスは、クロスティルから預かった署名と、アリア侍祭の状況をルーファスと意見の交換を行い、その結論として行方知れずの王家の血筋の者と彼女(アリア)は何かあるのではないかとルーファスとの結論となった。



 そして内府に保管されていた出生書からアリアの素性はもちろん調べられた。


 聖騎士侯メリアの遠縁の娘で天涯孤独となった際に、メリアの養女となったと出生記録には記されていたが、その出生記録には産みの両親のことは平民の人物の名が記されており、最初は怪しい所はないとシュウは思ったが、その集落は国王の粛清の対象とされその存在は地図上から消えていたので真実は不明となった。


 もしアリアが王家の血筋を引いている。 又は、王家の血を引いた者の関係者ならば、ロベルタにとっては目の上のコブになるだろう。


 多くの貴族が国王を追放した王太姫による新王家を支持しているが、その船出は波瀾の日々である。


 逆らうほどではないが、王太姫に不満を覚えている勢力も多い。


 そんな中でもし新たな選択肢……自分を除く王太姫の血族など出て来たとすれば、それは新しい騒動の火種になる結果が火を見るより明らかだった。


 今回はクロスティルとの協定があるが、もしアリア侍祭が王家に仇なす存在であれば……シュウはその覚悟は出来ていた。


 例え姉に恨まれようとも……




 シュウはクロスティルから預かった貴族の連盟が記されたアリア侍祭の減刑嘆願書をロベルタの執務机の上に置く。



「これは……」



 最初は訝しげにその署名を読みはじめたロベルタだが、署名の内容を読み終るとその瞳に黒い炎が宿った様にシュウには見えた。


「教えてください、自分は王太姫殿下の弟でありそして殿下の治世を望む者であります」


 シュウのその言葉は心に秘めた自分の芯とも言える、(まこと)の言葉であった。




「それが王家に陰を落とす者であれば……覚悟は出来ております!」




 ロベルタの鋭い視線がシュウの目を、意志を射ぬくように注がれる。


(”本当に守るべきものとは何なのか、それを思えばどんな恥辱にも耐えられるさ”か…フジヤ、今ほどこの言葉が染みる時は無いよ)


 シュウの中にフジヤの言葉が甦る。


(クロスティル…ルーファス…すまない、本来の予定とは違うが宰相の答え如何によっては……僕は彼女を切らなければならない)


 シュウは姉の治世を守る為に例えそれが聖女とも謳われた人物であっても手を染める覚悟を秘める。


 その覚悟が伝わったのだろう。



 ロベルタは重そうに口を開く。


「彼女は……」


 ロベルタの脳裏に過去の記憶が甦る。


 それは1人の聖騎士とその腕の中に抱かれていた赤子だ。


(あの時棄てた赤ん坊が……運命と言うものがあるのなら因果なものだ)


 ロベルタが自分の孫を捨てたのは、当時の情勢があまりにも悪かったからだ。

 ロベルタも人の子だ、血縁に対する情くらいはあったが、だがもしアリアを引き取り……関わるだけで、素性が明るみになれば自分は国王の粛清の対象になっただろう。


 そして自分と赤子の命も絶たれ、胸中に過ったのは地位に対する執着心や命欲しさではなく……


 自分の領地に住まう領民と築き上げた絆であった。


 自分が祖父として生きれば領民は皆殺しになっただろう。


 故にロベルタは自分が守るべき領民達の為に孫を捨てた。


 それだけのことであった。


(守るべきものの為なら、恥辱も受けよう、冷酷にも、残忍にも、強欲にもなろう……だが…だが……)


「その必要はない。王太姫殿下の治める今の王国はかつての血の暗闘の治世とは違う、キミマロ……それはお主も存じていることであろう」



 ロベルタは孫を諌める祖父の様に「そんな悲しいことを言うな」と付け加える。







「以上が事の顛末だ。ルーファス、君はどう思う」


 ロベルタとの話しも終わり、街中にある近衛騎士団の支部に戻ったシュウは、今回の策を立てた目の前の青年ルーファスに内容の確認をする様に説明を行った。


「概ね計画通りですね。 亡命議会員はともかく、これで背後に居る旧公爵領派の貴族を牽制出来たのは今回大きいかと……しかし……」



 ルーファスは一拍置いた後


「本当によろしかったのですか」



 ルーファスのその言葉にシュウは目を閉じ、迷いを振り切る様に告げた。


「ああ……これで良い。 君が調べた()()の考えも分かるが、それはかなり危ない橋だ。 だからこのあたりでの幕く引きは向こうも望む所ではないのか」


 ルーファスは「でしょうね」と静かに呟く。



 今回の結果を見れば、帝国と締結している連邦法の共和国の違法奴隷の密輸を旧公爵勢力との協定違反を行い、臨検拿捕した。 と言うことになる。



 だが、この件が明るみに出ることはない。


 殿下の勅令は出るだろうが、共和国の亡命議員のペナルティと奴隷の強制送還だけで終るだろう。


 送還された奴隷の末路は……悲惨な最後になるだろうがルーファスはそれについて後味の悪さを考えることは止めた。



 今日、内府において調べていた王都・ローデシア間の街道整備についての資料を思い出す。


 あの資料を最初に調べていたのはルーファスであり、そしてそのルーファスに資料を貸して欲しいとシュウが来た時は驚いた。


 そして更に驚いたのはその資料の裏の内容を知っている者が居たことだ。


 ルーファスがシュウに聞いた所、その人物はシュウの幼なじみであり、お人好しな性格であり公務にも就いたことがない人物で、シュウが知る限りその様な知見を持った人物ではないとのことだ。


 それ故にその背後に陰謀に長けた何者か居るかと考えたが、その人物が持っていたアリア侍祭の減刑嘆願書に記載されていたある人物が彼に入れ知恵したのだろうと確信する。



 トールズ子爵



 その名を心に響かせる際、ルーファスは自分の手の平をじっと見つめる。


 自分の中に半分流れる彼と同じ血脈を自覚せずにいられなかった。



 同じ父を持つ腹違いの兄


 正当な貴族の血筋を引く黄金


 そして過ちから生まれた鉛の自分


 ルーファスは自身が鉛である自覚はあった、自分は全てにおいて兄のトールズには敵う相手ではない事実である。



(何を企んでいる、トールズ!!)



 ルーファスはトールズの今回の計略を読み解こうとするが、引っかる名が一つあった。



(その鍵は……)



 ――――アリア侍祭



(恐らく彼女に何かある。我々が知らない何かが……)



 それを決定付けたのは、シュウから聞いた宰相の彼女への対応だった。


 シュウにアリア侍祭の誅殺を提言させたのは、ルーファスであった。


 ルーファスの考え通り、彼女が国王の隠し子、又は関係者であるなら宰相は殺害を命じた可能性が高いと考えた。


 現在、王家は正統な血筋のみの状況である、故に現状の王家は絶妙なバランスで安定していると言っても過言ではないのだ。



 ”トールズがアリアを使い王家に仇なそうとしている”



 その釣り針に大魚は掛かることはなかったのは果たしてどんな思惑があってか……


 ルーファスは、まだ知らぬ情報の必要性を痛感せざる得なかった。






 宰相の執務室においてロベルタは魔術具を使用し、ある人物と連絡を取っていた。


 先のアリア侍祭の減刑嘆願書からトールズ子爵の名を見たロベルタは、本来の策であった旧公爵領へのアリア侍祭の引き渡しを断念せざるを得なかった。


 ロベルタにとって、現王家に対してのアリアの存在は、今までであればそこまで脅威の存在ではあり得なかった。


 だが彼女が成長しその名声が大きくなるに従って、その血筋が王国の政争……血の暗闘の始まりをロベルタは恐れたのだ。


 だから全ての事が露見する前に、アリアをナインラブス家が新公爵家として象徴として復興させ、現王家との橋渡しをさせる役を期待してのこともあった。


 だが現在のアリアは教団、そして王都の民にとって重要な存在となっていた。


 その証拠が目の前の署名と、先ほど届いた情報である民衆の名簿である。


 その数は恐るべき数となっており、教団はそのあまりの数の民意を盾とし旧公爵家の悪行も同時に裁かねば、アリア侍祭の一方的な裁判は絶対に許さないと声明を発してきたのだ。



(このままでは内府だけではなく、王家に対しても陰を落とすことになってしまう……)


 そしてロベルタにとってもっとも最悪なのが、”トールズがアリアを支持している ”と言うこの事実だ。



(もしやトールズはアリアが旧聖王家の後継だと知っているのか……)



 そして、今回のこの署名運動もトールズが仕掛けたと考えれば納得が行く。



 あまりにも事が上手く行きすぎているのだ。



(……恐るべき男よ……トールズ)


 自らの策が破られたことにより歯噛みする思いもあるが、同時にこの男が王国に居ることに対しての頼もしさも同時に感じていた。


 自分もいつまで宰相を務めていられるか分からない。


 若い者の台頭は、むしろロベルタには望むところでもあったのだ。



『ふむ……では、当初の予定は違えると仰るわけですな』



 自身の目の前にある人型の彫像から相手からの声が発せられる。


 これはナインラブス家との連絡を相互に行うことを目的に使用された《伝えるもの》と言う中世紀の降神戦争時生産された《古魔術具(アーティファクト)》である。


 現代において通信の概念は、早馬、鳥形の使い魔による早飛、そして魔術《送声》による手段が主になっていた。


 だが、《送声》の魔術は風の精霊の力を利用するのだが、余程の熟達者でない限り失敗が多い魔術でもある。


 風の流れによる飛距離の減少、雑音による聞き取りの困難、盗聴……様々なリスクがあった。


 だが大戦時に各国の軍の統制の為に、精霊女王(アリアンロッド)の世界《精界》でいくつか生産され各国に与えられたこの魔術具は、精界の霊脈(レイライン)を利用しており、《送声》のリスクを全てクリア出来るのだ。


 欠点は人類には製造不可能であることと、現存数が少ないことである。


 この彫像も旧聖王家の財貨の1つなのであった。


「ああ、今はまだその時ではないと判断したまでだ。そもそもそちらの()()()()殿()が余計なことをしなければ、上手くことを運べたと思うのだが?」



 疑問符付け足した様に言ったが、実際その通りだとロベルタは思う。


 根回しは上手く行っていた。


 だがスネイルの愚行が、それをぶち壊したのだ。



「ふぇ…ふぇ…ふぇ… それはあいすまんかったの。あの愚か者には()()()この様な失態は起こさせぬよ」



(この狸……いや、狐か……)


 その言葉にロベルタは心中で吐き捨てる。



 ”二度と起こさせない ”


 その言葉の意味をロベルタは理解していた。



(この化け物め)



『しかし、共和国の奴隷が届かないとなるとユーラリアへの街道整備にはご苦労様されるのではありませんかな』


 ロベルタは奴隷の使い道であったローデシアとユーラリアと言う街を繋ぐトンネルの事業に”使用する ”損失を計算するが……



「問題はない、当座の数自体はもう十分集まっている。いざとなれば戦争捕虜協定のない共和国の戦争奴隷を徴用すれば何とかなるであろう。 もっとも……」


「その時はグローバス家を餌に共和国への挑発をお願いしてもらうことになりますがね」



 そのロベルタの発言に像の向こう側の人物は愉快そうに大笑いを行う。



『ふぇ…ふぇ… 残酷なお方ですな。自分の民が傷付かなければ、他の力なき者達はどうなっても構わないと』


 その残酷な言葉にロベルタは何の悪びれもなく。



「自分の大切な者を守る為に、どうでもいい者を切り捨てるのはおかしいことではあるまい」



 ロベルタのその言葉に像の向こう側から、再び老人の(しわ)れた声で笑い声が響く。



『いやはや、我も人と外れた外道ではあるが、人の身でよくぞそこまで至ったものよ……』



 老人のその声は馬鹿にした様な感じは一切なく、本気で感心した様な感情が込められていた。



「お褒めにあずかり恐悦至極……」



 だが化け物にこの様に褒められて?もロベルタには不快感しか湧かなかった。



 その後の話しは、今回の事件の後始末においての話し合いで会話は終る。


 互いの面子は潰れない程度の妥協点で、話し合いは終ることとなった。






(ロベルタ様、ヒルダ様は国王の手の者に無残に殺されました……無念です!!)


 あの時のボロボロのメリアの言葉とその腕の中の赤ん坊と会った光景を想い出す。




(お父様、ヒルダは必ず王家と聖王家を繋ぐ架け橋となります。お父様の民を愛する心をヒルダも受け継ぎます)


 国家の為10歳の可愛盛りの娘を手放したことを想い出す。




 目の前のグラスに入った琥珀色の蒸留酒を眺めロベルタは静かに、独り言を呟く。



「シグルズ……お前が公爵家を潰し、その孫がアリアを助ける……ははっ……何の……何の冗談だ!!!!」



 ロベルタはかつての肉親を失ったことの怒りが甦り、目の前のグラスを床に叩きつける。




 宰相執務室に硝子が砕けた音が鳴り響く。




 一人の男の失った心の様に……




ブックマーク100件突破ありがとうございます!!


お読み頂き、評価などもしていただけるのは幸せだと重々感じております。

最近は投稿ペースが遅くて申し訳ありません。

こんな拙作かつ歩みは遅くではありますが、お付き合い頂ける様、精進いたしますので変わらぬご愛顧を願っております。


(シリアス続きでギャグを書きたい欲求ががが)

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